リカルドエンディング
アルマンドとのフラグは全撤去。
代わりにリカルドとあらゆるフラグを打ち立てた先の、IFのエンディングです。
アリビアから戻って早数ヶ月。
本省は相変わらず多忙を極め、プリシアもリカルドも丁度良いコマとして働かされていた。
そんな折、プリシアがいい加減気付け、と私の頭をどついた。物理的な方法ではなく、言葉の暴力で。
「リカルド殿下って、幼児舎の時のリカちゃんよぉ。あまりにも鈍感すぎて、流石に可哀想になってきたわぁ」
「えっ」
十数年前、当時のバタバタで私とリカは離れ離れになってしまった。一方でプリシアとリカはずっと交流があったらしい。
言われてみると、確かに繋がる部分はある。女性好きで常に周りに侍らせていたのは、純粋に寂しいからだったのだ。リカは常々臆病で、夜の暗がりにすら怯えていた。
納得した数日後、私とリカルド宛にシルヴェニスタ王から封書が届いた。婚礼の儀における日程がずらりと羅列されている。洗礼を行なう日取り、司祭との打ち合わせ、王族との顔合わせ、マナー講座。
斜め読みして、婚姻を行う二人の名を見て暫し無言になった。
何故リカルドと私?
疑問は尽きないが、しかしまあいいか、と湧き上がる気持ちを飲み込んだ。王命を無碍にするほど愚かではない。
リカルドも同じく仰天した様子だったが。
そして結婚式当日。
純白のドレスに身を包んだ私に、沢山の祝福の言葉が届けられた。
それを右から左に聞き流し、控室にて介添人を待つ。本来なら養父がその配役になるのだが、生憎養父母共に戦中だ。
特に伝えるほどのことでもない。リカルドの女性たちは数多く、その中の一人として私が任を得ただけだ。形ばかりの婚姻である。
子供時代の関係を知った国王は、私に彼の目付役となることを望んでいるのだ。事実、子供時代はうまく彼の手綱を握っていたと思う。
女性問題が日々騒がれる第二王子をうまく誘導し、王族の品位を損なうことのないようにと。
こんな役回りを受けるだけで、両親の信頼も回復するのだから、喜ばしい。やっと不義理を働いた仇に恩で返せる。
考え事をしていたら、ノックと共に誰かが入ってくる。
「すまない。待ちきれなくて」
「あら、リカルド殿下」
「……ッ。やはり、君は美しいな」
「殿下も素敵ですわ」
一礼し、お世辞を聞き流す。
暑いのだろうか。真っ赤に顔を染めたリカルドは、私を見て、しかしすぐに目を泳がせ落ち着きがない。
「あ、……その、なんというか」
「?」
「やはり、私たちは同じ気持ちだったんだね。ロリータは駆け引きがうまい。おかげで私は何度も心が折れかけたよ」
「え?」
「悪い子だね。でもそこも可愛い」
顎をすくわれ、潤んだ瞳とぶつかる。
あれ、と思う間もなく、唇が重なる。殿下は私を嫌っているはず。昔はさておき、大人になった今相性はあまり良くなかった。
常に敵意を孕んだ瞳で睨まれて、でも時には気まぐれに優しくて。
彼の唇が頬に、額に、顔中に散らされ、それは次第に首元へ降ってくる。逃れるべく胸を押し返したが、焦ったせいかドレスの裾を踏み抜いてしまった。
布が裂ける嫌な音がして、気づいた時には遅かった。胸元が溢れ、装飾の宝石までも床に散らばってゆく。
まずい。
折角の祝いの場でこんなことになるなんて。
リカルドの見本的立場になると心に決めたはずが、とんだ失態である。落ちる胸の部分を押さえて、リカルドを見上げる。
しかし見る前に抱き上げられて、そのままソファーへと運ばれた。確かに一旦座って呼吸を落ち着けよう。裁縫セットを借りて修復出来れば。
「…………?!」
「ロリータ」
背面の紐が解かれ、下着が露わになる。両の腕を押さえられ、何がどうしてこうなったかわからない。
疑問を吐きたい口は既に塞がれ、やんわりと舌を入れられた瞬間、どっと滝のような汗が流れた。
「あ」
瞬時にリカルドが身を引いた。焦ったように自分の上着を脱いで私に被せる。
先程まで甘やかだった金色の瞳は、一転怯えるように光彩を揺らした。
「す、すまない。つい、嬉しくて箍が外れ……」
「…………」
「ろ、ロリータ。お願いだから、泣かないでおくれ。もう、しないから」
「……え」
涙と誤解される滝汗って。
我ながら間抜けくさくて恥ずかしい。おかげで冷静になったが。
ハンカチで汗を拭い、呼吸を整える。
「いえ、失礼しました。折角のドレスを壊してしまい」
「そんなの、どうでも……」
「しかし、今のようなことは他の姫君となさってください。殿下だって嫌いな私となんて、お嫌でしょう」
「…………、え?」
「え?」
リカルドの顔が間の抜けたようになる。
大きく見開かれた瞳が私を射抜き、急に彼の顔色が変わった。蒼白と言っていい。
「ちょ、ちょっと、待ってほしい。君の言っている意味がわからない」
「発音がおかしかったですか?」
「いや、言語の問題ではなくて。……す、少し考える時間がほしい」
「かしこまりました」
リカルドはそう言ってフラフラと控室を後にした。
彼と入れ替えに、針仕事職人が入ってきて、すぐにドレスを直してくれた。職人って凄い。
そしてその後、滞りなく形だけの結婚式は終わりを告げた。
王城にて仕事をして数日。私はあることに気づいた。
リカルド周りはもっと女性たちで溢れていると思っていたのだが、意外にも数が少ない。いや、少ない以前に使用人以外の女性を見かけたことがない。
ある程度の品行方正をお伝えするべく結婚したはずなのに、なかなかその機会が現れないのだ。外で会っているのかと思ったがそうでもない。
彼の周りに集っていた煌びやかな集会は、ある日を境に解散したという。侍女にその理由を聞いても、寧ろ不思議そうに私を見返すのであった。
「ロリータ」
「ご機嫌よう、リカルド殿下」
「じゃあ、行こうか」
そして、生活の中に一つの日課が加わった。リカルドとの朝晩の散歩である。
それなりにお互い忙しいのでまとまった時間は取れない。けれど合間を見て数分園庭を見て回るのだ。たわいも無い会話をする、意味のよくわからない日課である。
歩いていたら、互いの指の先がぶつかった。彼の肩が強張り、痛かったかと思い謝罪を述べる。
「ロリータ」
「申し訳ありません。痛めましたか?」
「……違うよ。そうじゃなくて、手を繋いでもいいかな」
「ええ、どうぞ」
差し出すと、すぐに力強く握られる。手袋越しでもわかる、彼の体温の高さ。リカルドは何かを噛みしめるように目を瞑った。
そしてまた数日後。更に日課が加わった。
「だ、抱き締めて、いいかな」
「え」
「す、少しだけだから」
「構いませんが」
少しと言いながら、なかなか離してくれない。やけに心臓の音が早くて、病気なのでは無いかと心配してしまう。
苦しくなって腕の中から顔を出すと、真っ赤になった顔がそこにあった。彼の指が、私の唇を撫でる。
何度も横断を繰り返し、リカルドは苦しげにため息をついた。
そしてまたまた数日後。次なる日課に私は眉を寄せる。
「い、一緒に寝ても、いいかな」
「それは……」
「無理にとは言わないよ。私はソファーでいいから」
「でしたら私がソファーに休みますわ。殿下はベッドをご利用ください」
一時ソファーの取り合いになったが、結局ベッドの端と端に寝ることに落ち着いた。
話は落ち着いたが、私は落ち着かない。彼がいなければ無着衣で眠れたのに。おかげで寝不足な日々が続いた。
流石におかしいと思って、彼の自室へ向かった。部屋は開放されている。
探し人は部屋におらず、代わりにテーブルの上の手紙の山に目が行った。
見るつもりはなかったが、見知った筆跡に無意識に吸い寄せられてしまう。
この丸文字はプリシアのものだ。この直角文字はライネリオのもの。
書かれている内容は……、目で追いながらここ数日の疑問が一気に解けた。
突然背後で物音がし、振り返ると探していたリカルドが立っていた。真っ赤な顔をして狼狽える彼と、人の手紙を盗み見て気まずい私。
先に口を開いたのはリカルドの方だった。
「あ、あ、あ、……み、見たのかい? 手紙」
「ごめんなさい」
「いや、あ……。す、すまない。いざとなると、言葉が出ない」
唇を震わせる彼と対照的に、彼らの手紙は非常に強かだ。
私とリカルドの間にある誤解を二人は知っていたのだ。プリシアとライネリオは誤解を承知の上で、リカルドに助言を送っていた。
どうすれば誤解を解き、私との仲を深められるのか、その一点に集中している。最終的に手紙をあえて見えるところに置け、とライネリオが書いていた。
「あの女は恐ろしいほど速読だ。一秒見れば全部読んでる」と。
「私は思い違いをしていたのでしょうか」
「いや、そう思わせたのは私の方だ。何でもいいから、君の目に映りたくて」
「では殿下の姫たちは……」
「私の伴侶はロリータが最初で最後だ。他の女性たちとはそういう意味での関係にない」
「…………」
僅かに嘘を感じたが、今までにないリカルドの必死さが喉を詰まらせる。リカルドにそのつもりはなくても、彼女たちはきっと彼が好きだっただろうに。
「ずっと、怖くて、直接的な言葉を言えなかった」
「…………」
「子供の時指輪を贈った時も、君の血が縁遠そうだと言った時も。遠回しに伝えて、君が意図を汲んでくれると願うばかりだった」
指輪。
あの時はリカと同じ立場になることを望まれた。ずっと友達だと、約束したのだと思ったが。
船で戯れた時も同様に。
下賤な血を謗られたのだと受け取っていた。
「察しが悪く、殿下を苦しめたのですね」
「いや。私が臆病なのがいけないんだ。いつも君に守ってもらったばかりだったよね」
「殿下」
「ロリータ、愛してる。ずっとずっと、君だけが好きだった」
意を決して発せられた言葉に、息が詰まる。
いつも穏やかに女性を囲んでいる彼とはまるで別人だ。一生懸命な様子が、昔のリカに重なる。虐められていても、必死に誇りを胸に抱いて争っていた。私の後ろに隠れながらも、自分のやり方で戦っていた。
金色を震わせながら私を見る彼にそっと近づく。
頬にキスを送り、答えを返した。
「私も、多分貴方が好きですわ」
「え」
「けれど、気持ちの進みが遅くて。殿下に追いつくまで待っていただけませんか。きっとすぐ追い付きますから」
「……ロリータ」
待つよう言ったのに、被さるようにキスが重なる。
唇の膨らみを楽しむように緩急をつけて何度も口付けられ、息ができない。
けれど、あまりにも嬉しそうに微笑んだリカルドを見て、受け入れざるを得なくなった。
その口づけに僅かに返しながら、私たちがこれから歩む道を考えるのであった。




