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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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リカルドエンディング

アルマンドとのフラグは全撤去。

代わりにリカルドとあらゆるフラグを打ち立てた先の、IFのエンディングです。

 アリビアから戻って早数ヶ月。


 本省は相変わらず多忙を極め、プリシアもリカルドも丁度良いコマとして働かされていた。

 そんな折、プリシアがいい加減気付け、と私の頭をどついた。物理的な方法ではなく、言葉の暴力で。


「リカルド殿下って、幼児舎の時のリカちゃんよぉ。あまりにも鈍感すぎて、流石に可哀想になってきたわぁ」

「えっ」


 十数年前、当時のバタバタで私とリカは離れ離れになってしまった。一方でプリシアとリカはずっと交流があったらしい。

 言われてみると、確かに繋がる部分はある。女性好きで常に周りに侍らせていたのは、純粋に寂しいからだったのだ。リカは常々臆病で、夜の暗がりにすら怯えていた。


 納得した数日後、私とリカルド宛にシルヴェニスタ王から封書が届いた。婚礼の儀における日程がずらりと羅列されている。洗礼を行なう日取り、司祭との打ち合わせ、王族との顔合わせ、マナー講座。

 斜め読みして、婚姻を行う二人の名を見て暫し無言になった。


 何故リカルドと私?


 疑問は尽きないが、しかしまあいいか、と湧き上がる気持ちを飲み込んだ。王命を無碍にするほど愚かではない。

 リカルドも同じく仰天した様子だったが。



 そして結婚式当日。


 純白のドレスに身を包んだ私に、沢山の祝福の言葉が届けられた。

 それを右から左に聞き流し、控室にて介添人を待つ。本来なら養父がその配役になるのだが、生憎養父母共に戦中だ。


 特に伝えるほどのことでもない。リカルドの女性たちは数多く、その中の一人として私が任を得ただけだ。形ばかりの婚姻である。


 子供時代の関係を知った国王は、私に彼の目付役となることを望んでいるのだ。事実、子供時代はうまく彼の手綱を握っていたと思う。

 女性問題が日々騒がれる第二王子をうまく誘導し、王族の品位を損なうことのないようにと。


 こんな役回りを受けるだけで、両親の信頼も回復するのだから、喜ばしい。やっと不義理を働いた仇に恩で返せる。


 考え事をしていたら、ノックと共に誰かが入ってくる。


「すまない。待ちきれなくて」

「あら、リカルド殿下」

「……ッ。やはり、君は美しいな」

「殿下も素敵ですわ」


 一礼し、お世辞を聞き流す。

 暑いのだろうか。真っ赤に顔を染めたリカルドは、私を見て、しかしすぐに目を泳がせ落ち着きがない。


「あ、……その、なんというか」

「?」

「やはり、私たちは同じ気持ちだったんだね。ロリータは駆け引きがうまい。おかげで私は何度も心が折れかけたよ」

「え?」

「悪い子だね。でもそこも可愛い」


 顎をすくわれ、潤んだ瞳とぶつかる。


 あれ、と思う間もなく、唇が重なる。殿下は私を嫌っているはず。昔はさておき、大人になった今相性はあまり良くなかった。

 常に敵意を孕んだ瞳で睨まれて、でも時には気まぐれに優しくて。


 彼の唇が頬に、額に、顔中に散らされ、それは次第に首元へ降ってくる。逃れるべく胸を押し返したが、焦ったせいかドレスの裾を踏み抜いてしまった。

 布が裂ける嫌な音がして、気づいた時には遅かった。胸元が溢れ、装飾の宝石までも床に散らばってゆく。


 まずい。


 折角の祝いの場でこんなことになるなんて。

 リカルドの見本的立場になると心に決めたはずが、とんだ失態である。落ちる胸の部分を押さえて、リカルドを見上げる。


 しかし見る前に抱き上げられて、そのままソファーへと運ばれた。確かに一旦座って呼吸を落ち着けよう。裁縫セットを借りて修復出来れば。


「…………?!」

「ロリータ」


 背面の紐が解かれ、下着が露わになる。両の腕を押さえられ、何がどうしてこうなったかわからない。

 疑問を吐きたい口は既に塞がれ、やんわりと舌を入れられた瞬間、どっと滝のような汗が流れた。


「あ」


 瞬時にリカルドが身を引いた。焦ったように自分の上着を脱いで私に被せる。

 先程まで甘やかだった金色の瞳は、一転怯えるように光彩を揺らした。


「す、すまない。つい、嬉しくて箍が外れ……」

「…………」

「ろ、ロリータ。お願いだから、泣かないでおくれ。もう、しないから」

「……え」


 涙と誤解される滝汗って。

 我ながら間抜けくさくて恥ずかしい。おかげで冷静になったが。

 ハンカチで汗を拭い、呼吸を整える。


「いえ、失礼しました。折角のドレスを壊してしまい」

「そんなの、どうでも……」

「しかし、今のようなことは他の姫君となさってください。殿下だって嫌いな私となんて、お嫌でしょう」

「…………、え?」

「え?」


 リカルドの顔が間の抜けたようになる。

 大きく見開かれた瞳が私を射抜き、急に彼の顔色が変わった。蒼白と言っていい。


「ちょ、ちょっと、待ってほしい。君の言っている意味がわからない」

「発音がおかしかったですか?」

「いや、言語の問題ではなくて。……す、少し考える時間がほしい」

「かしこまりました」


 リカルドはそう言ってフラフラと控室を後にした。

 彼と入れ替えに、針仕事職人が入ってきて、すぐにドレスを直してくれた。職人って凄い。

 そしてその後、滞りなく形だけの結婚式は終わりを告げた。



 王城にて仕事をして数日。私はあることに気づいた。


 リカルド周りはもっと女性たちで溢れていると思っていたのだが、意外にも数が少ない。いや、少ない以前に使用人以外の女性を見かけたことがない。


 ある程度の品行方正をお伝えするべく結婚したはずなのに、なかなかその機会が現れないのだ。外で会っているのかと思ったがそうでもない。

 彼の周りに集っていた煌びやかな集会は、ある日を境に解散したという。侍女にその理由を聞いても、寧ろ不思議そうに私を見返すのであった。


「ロリータ」

「ご機嫌よう、リカルド殿下」

「じゃあ、行こうか」


 そして、生活の中に一つの日課が加わった。リカルドとの朝晩の散歩である。

 それなりにお互い忙しいのでまとまった時間は取れない。けれど合間を見て数分園庭を見て回るのだ。たわいも無い会話をする、意味のよくわからない日課である。


 歩いていたら、互いの指の先がぶつかった。彼の肩が強張り、痛かったかと思い謝罪を述べる。


「ロリータ」

「申し訳ありません。痛めましたか?」

「……違うよ。そうじゃなくて、手を繋いでもいいかな」

「ええ、どうぞ」


 差し出すと、すぐに力強く握られる。手袋越しでもわかる、彼の体温の高さ。リカルドは何かを噛みしめるように目を瞑った。


 そしてまた数日後。更に日課が加わった。


「だ、抱き締めて、いいかな」

「え」

「す、少しだけだから」

「構いませんが」


 少しと言いながら、なかなか離してくれない。やけに心臓の音が早くて、病気なのでは無いかと心配してしまう。


 苦しくなって腕の中から顔を出すと、真っ赤になった顔がそこにあった。彼の指が、私の唇を撫でる。

 何度も横断を繰り返し、リカルドは苦しげにため息をついた。


 そしてまたまた数日後。次なる日課に私は眉を寄せる。


「い、一緒に寝ても、いいかな」

「それは……」

「無理にとは言わないよ。私はソファーでいいから」

「でしたら私がソファーに休みますわ。殿下はベッドをご利用ください」


 一時ソファーの取り合いになったが、結局ベッドの端と端に寝ることに落ち着いた。

 話は落ち着いたが、私は落ち着かない。彼がいなければ無着衣で眠れたのに。おかげで寝不足な日々が続いた。


 流石におかしいと思って、彼の自室へ向かった。部屋は開放されている。

 探し人は部屋におらず、代わりにテーブルの上の手紙の山に目が行った。

 見るつもりはなかったが、見知った筆跡に無意識に吸い寄せられてしまう。


 この丸文字はプリシアのものだ。この直角文字はライネリオのもの。


 書かれている内容は……、目で追いながらここ数日の疑問が一気に解けた。

 突然背後で物音がし、振り返ると探していたリカルドが立っていた。真っ赤な顔をして狼狽える彼と、人の手紙を盗み見て気まずい私。

 先に口を開いたのはリカルドの方だった。


「あ、あ、あ、……み、見たのかい? 手紙」

「ごめんなさい」

「いや、あ……。す、すまない。いざとなると、言葉が出ない」


 唇を震わせる彼と対照的に、彼らの手紙は非常に強かだ。

 私とリカルドの間にある誤解を二人は知っていたのだ。プリシアとライネリオは誤解を承知の上で、リカルドに助言を送っていた。


 どうすれば誤解を解き、私との仲を深められるのか、その一点に集中している。最終的に手紙をあえて見えるところに置け、とライネリオが書いていた。

「あの女は恐ろしいほど速読だ。一秒見れば全部読んでる」と。


「私は思い違いをしていたのでしょうか」

「いや、そう思わせたのは私の方だ。何でもいいから、君の目に映りたくて」

「では殿下の姫たちは……」

「私の伴侶はロリータが最初で最後だ。他の女性たちとはそういう意味での関係にない」

「…………」


 僅かに嘘を感じたが、今までにないリカルドの必死さが喉を詰まらせる。リカルドにそのつもりはなくても、彼女たちはきっと彼が好きだっただろうに。


「ずっと、怖くて、直接的な言葉を言えなかった」

「…………」

「子供の時指輪を贈った時も、君の血が縁遠そうだと言った時も。遠回しに伝えて、君が意図を汲んでくれると願うばかりだった」


 指輪。

 あの時はリカと同じ立場になることを望まれた。ずっと友達だと、約束したのだと思ったが。

 船で戯れた時も同様に。

 下賤な血を謗られたのだと受け取っていた。


「察しが悪く、殿下を苦しめたのですね」

「いや。私が臆病なのがいけないんだ。いつも君に守ってもらったばかりだったよね」

「殿下」

「ロリータ、愛してる。ずっとずっと、君だけが好きだった」


 意を決して発せられた言葉に、息が詰まる。


 いつも穏やかに女性を囲んでいる彼とはまるで別人だ。一生懸命な様子が、昔のリカに重なる。虐められていても、必死に誇りを胸に抱いて争っていた。私の後ろに隠れながらも、自分のやり方で戦っていた。


 金色を震わせながら私を見る彼にそっと近づく。

 頬にキスを送り、答えを返した。


「私も、多分貴方が好きですわ」

「え」

「けれど、気持ちの進みが遅くて。殿下に追いつくまで待っていただけませんか。きっとすぐ追い付きますから」

「……ロリータ」


 待つよう言ったのに、被さるようにキスが重なる。

 唇の膨らみを楽しむように緩急をつけて何度も口付けられ、息ができない。


 けれど、あまりにも嬉しそうに微笑んだリカルドを見て、受け入れざるを得なくなった。


 その口づけに僅かに返しながら、私たちがこれから歩む道を考えるのであった。

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