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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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19. 大団円

「え」


 アルマンドの胸から弓矢が伸び、互いの顔が驚愕に変わる。

 ゆっくりと体を傾けるアルマンド。口を開閉させながら砂の上に倒れる。


「アルマンドッ!」

「ろ、ロラ……」


 背後から襲った弓矢。完全に気を抜いていた自分が恨めしい。

 街は平和になったと思っていたが、まだ残党がいたのか? 

 震える彼の手を握り、枯れ木の横に身を伏せる。次の弓が放たれる前に、手を打たなければ。


 深く突き刺さった弓矢が痛々しい。アルマンドの顔色を確かめると、なぜだか満足げに私を見ていた。


「やっと名前、呼んでくれたー。なんか結局有耶無耶にされてたから」

「今そんな事言ってる場合じゃ。私が囮になるから、その隙に逃げて」

「そういうとこ、ロラっぽいよねー」


 アルマンドは呆れた顔をして砂の上から起き上がる。的が現れ、また弓が降ってくるが彼はそれを容易く手で受け止めた。人間業ではない。まして怪我人の所業でもない。


 あ、コレ大丈夫なやつだわ。


 アルマンドに刺さる矢は十センチ程度に深いのに、血の一滴も溢れていないのだ。つまり胸に何かを仕込んでいる。

 それがアルマンドが言った「リスト」であることは後ほど知るのだが。


「……わざと攻撃を受けたわね」

「だって僕もロラに心配されたかったし。名前で呼ばれたかったし」

「そんなことばかりしていると、嫌われるわよ」

「えッ」


 驚きつつも彼は胸から弓を引き抜き、持っていた弓矢ごとまとめて草むらに投げる。低いうめき声が聞こえて、向こうからの攻撃が止んだ。敵の生死の確認より早く、アルマンドは手をワタワタさせながら私の方へ駆けてきた。


「え、嫌うって僕を? ロラが? やめて。ごめん。ほんと、謝るから」

「……もう」


 弓矢を受けた時と比較にならないくらい青い顔をして弁解を始めるアルマンド。呆れつつも、一方で自分の臆病な部分を反省した。

 私も彼を名前で呼ぶことが気恥ずかしく避けていた。これを機に少し勇気を振り絞る覚悟を、胸に決めたのだった。




 数年後、

 アリビアの任期を終えた私は、今日も元気に各国を渡り歩いている。

 私の隣にいるのはやっぱりアルマンドで。

 彼は結婚したのちも母国に帰らず、各国の視察の名目で私と共に過ごしていた。王国が恋しくないのか聞いたことがあったが、「ハネムーンみたいでサイコー」と、気の抜ける返事をするので、もうこの話はしていない。


 アルマンドと同様、スアードともずっと一緒だ。

 奴隷として育ち、学問に接する機会が少なかった彼女だが、学校に通うようになり破竹の勢いでその才能を伸ばしていった。すでにトップクラスであるといっても過言ではない。

 私は母親のつもりだが、「ハール」と、運命の相手の意味の言葉で私を呼ぶ。スアードと私の刺青は遠縁にあたるため、必要以上の親近感を持っているのだろう。


 ルーベンは私たちの結婚とほぼ同時期に婚約を交わした。相手はタリタンの姫君で、以前の汚職事件で貸しを作り、強引に関係を結んだらしい。

 国力増加の目的があからさまだが、互いにメリットがある為反論はなかったそう。ただ一人、コーネリアだけは未だに異論を唱えている。


 リカルドはシーラと関係を深めている。

 敵対し合う二国であるが、和平のかけはしになることを市井より望まれ、近い将来実現するのであろう。

 時折シーラとお茶をするが、その度に意味のわからないことを頼まれる。

 このまま、シルヴェニスタに帰ってくれるな、と。


 プリシアは相変わらずだ。

 純真無垢を笠に着て、世の男性を引っさらい、裏で国を転がして遊んでいる。それでも刺激が足りないのか、アルマンドの貸し出しを希望される。一つ返事で彼はNOを示した。


 ライネリオも同様に。

 彼も彼の父親も元気だ。


 そしてカルメン。

 外務省の半数が離職したので、自ずと彼女が上長の席を獲得することになった。今やライネリオより偉い。

 しかし彼女にあそこまで権力を与えていいものか。純粋に疑問だ。

 何故なら。


「ロラ、今日の分の手紙だよ」


 思考の途中でアルマンドがやって来た。

 木箱一箱に溢れんばかりのそれは、全てカルメンからのものだ。いや、彼女は指示しただけであり、差出人は世界中にいる。

 お悩み相談から都市伝説の報告まで内容は様々。


 タリタンの逆転裁判が余程面白かったのか、カルメンは全ての持ち札を私に横流しし始めた。

 アルマンドと奴隷商の関係はそれで知ったのだ。

 しかし彼女から送られる手札は全然話が繋がっていない。あらゆる組み合わせを試行錯誤し、真実を導き出し、アクションをしろ、と言う。

 曰く「ドローレスの選択肢の先が見たい」、とのこと。そのおかげで、無駄に国家秘密まで握ってしまった。

 安易に秘密を掴むと、間者と疑われ殺されかねないのに。


 そう言えばシルヴェニスタ内で銀の価値が暴落したらしい。最大顧客のタリタンが銀を嫌うようになったと。なぜかしら? 

 銀といえば元婚約者が銀鉱山を所有していた。彼はやたらアルマにベタベタしており、ムカついていたからちょうどいい。

 銀と相反して金の価値が跳ね上がる。私名義で金鉱山を持っていたから幸運だ。混ぜ物は銀だけなんて一言も言ってないのに、不思議ね?


「楽しそうだね?」

「そうかしら」

「悪い顔してるから」


 アルマンドに言われて鏡を見るが、自分ではよくわからない。元より悪女顔なので、常に悪いことを考えてそう。実際その通りだし。

 私と対照的に、アルマンドは天使の顔をして笑う。金色の髪に天使の輪を作り、蜂蜜色の瞳が甘やかに溶ける。今すぐ純白の羽を生やしても違和感などないだろう。


「そうだわ。シスターペルサに手紙を書こうと思うのだけど、貴方も書く?」

「誰だっけ?」

「孤児院のマザーよ。アルマンドのことを知ってる風だったから。貴方は知らない?」

「知らな──」


 言いかけたところで、天井が波打った。いや、天井に潜んでいた従者たちに震えが走ったのだ。彼らは変わらずアルマンドにくっついている。

 その反応を見て、アルマンドの動きが一瞬止まる。全員、ペルサが誰か記憶が合致したのだ。


 愛称ペルサで親しまれるペルセフォネは以前王宮に勤めていた。アルマンドのナニーで、剣術指南役でもある。

 今でこそ穏やかなペルサだが、現役時代は養父母とともに戦場を駆け巡った。その手腕から「破壊者」と恐れられ、アルマンドからは「クソババア」と呼ばれている。

 アルマンドのことを伝えると、彼女は懐かしそうに目を細めるのであった。


「……ロラって世界征服でも狙ってんの?」

「どうして?」

「スアードにプリシアにカルメンにクソババア。最高にヤベー奴集まってんじゃん」

「あら? アルマンドが集めてるのではなくて?」

「は?」


 アルマンドは目を丸くし、一方で従者たちが天井の隅で頷く。


「なるほど、類友ってやつっすね」

「その理論だと我々もヤベーということに」

「大丈夫だ。この二人を前にすれば、他のヤバさなど霞のようなものだから」


 結構失礼なことを言われている。


 笑って暴言に応えると、アルマンドの方も「まあ、いいか」とため息をついた。

 私たちの課題はいつも山積みなのだ。それこそ生涯をかけても終わるかどうかわからない。

 それなら持ちうる手札をどんどん使って、立ちふさがる壁を打ち破っていく他ない。


 二人で、ずっと。


 膨大な量の手紙を開封しながら、私はアルマンドへと微笑みを送った。

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