18. 結婚式
「結婚おめでとう」
二人同時に言われて、一瞬お茶を持つ手が止まる。
引きつった笑みを乗せて震えるカップに口をつけた。作り笑いが出来ない。
そういえば、あの子、そんなこと言っていたわね。
まさか本当に提出するとは思っていなかった。しかし日数的に彼らは海を渡っている真っ最中だろう。正式に受理するまで相当時間がかかるはず。従者の姿をここ最近見なかったのはそのせいか。
狼狽える私を尻目に、目前のカルメンとシーラは楽しげに笑みを浮かべている。
「書類上は晴れて夫婦ね。でもそれじゃあ物足りないのでは?」
「どういう意味かしら」
「結婚と言ったら人生の一大イベントじゃん。盛大に祝わないとな!」
「そうそう。周囲にきちんと知らせる意味もあるし」
ワクワクと目を輝かせる二人の気迫に腰が引けた。何を言われるのか、想像出来てしまった。
「結婚式よ。婚礼の段取りは私が」
「しなくていいわ。殿下の方が帰国後に予定しているから」
「でもそれって何ヶ月も後の話じゃん? 正式なのは後にして、先立って報告会みたいなのしようよ」
面倒。首を振って断ると、シーラが手を合わせる。若干必死である。
「そう言わず。こっちを助けると思ってさ」
「どういうことかしら?」
「私の男が、あんたをきっぱり諦められる。あんたはある意味目の上のたん瘤なんだよ」
「よくわからないけれど、独身でいると都合が悪いのね」
俄然やる気の二人に押されて、渋々頷くしかなかった。
とりわけシーラが頬を染めて頷いたので、リカルド絡みであると察しがつく。ライバルは少しでも少ない方がいいのだろう。しかしリカルドの守備範囲内に私はいないので意味はないと思うのだが。
あれよあれよとお膳立てされ、あっという間に結婚式を迎えることとなった。
会場のひな壇にはすでにアルマンドが鎮座している。アリビア形式に合わせた挙式で、シルヴェニスタやタリタンとはだいぶ段取りが違う。私は黒い布に身を包み、スアードに誘導されて壇上へ登った。目深に被ったカバヤのせいでだいぶ視界が悪い。
全ての階段を登りきり、アルマンドがソファーから立ち上がる。向かい合うように立つと、神父が合図をし私の黒い布が外された。
会場全体が拍手をし、私たちに祝福を送ってくれる。それをくすぐったく感じながらアルマンドを見ると、彼はやはり顔を熟しながら私を見ていた。シルヴェニスタ風にすれば赤い正装を着るのだが、今日の彼は白いタキシードだ。
清純を形にした衣装に、金色の髪が映え、非常に麗しい。私も彼を見つめると、感極まったように蜂蜜色の瞳が潤む。
誓いの言葉、指輪の交換ののち、キスへと移行した時、アルマンドが盛大に鼻血を吹いたので省略となる。ギリギリで彼自ら顔を覆ったので、私の方にはかからなかったが。
「うふふ。必ず貴方を幸せにしますわ」
「え。それ、僕のセリフ……」
狼狽える彼に微笑みを返す。彼から視線を外し、出席者へと向きなおる瞬間、突然腕を取られた。
「いつもロラのペースに乗せられてばかりなのは癪だ」
「?」
乱暴に唇が合わさり、一度で終わらず何度も角度を変えてキスが降ってくる。
「ちょっと、形式が、ちが……」
「知るか。むしろ見せつけたい」
「…………!」
彼の胸を押し返したが、逆に引き寄せる力が加わりより体が密着した。幾度のキスを受け止め、さらに拍手と歓声が上がる。
ホールで誰かが倒れた音がして、思わずそちらに目をやるが、アルマンドに顎を持たれ確認することができなかった。
花弁と喝采に包まれ、私たちの結婚式は無事に幕を閉じたのであった。
夕暮れの中、ドレス姿のままアルマンドと手を繋ぐ。
結婚式の賑やかさはなりを潜め、二人でのんびりと砂漠の中を歩く。昼間の太陽の照り返しに比べ、随分と過ごしやすい。涼しい風が砂を揺らし、ドレスの裾をさらってゆく。
ようやく落ち着いた気がしてため息をついた。
「やっと一区切りついた感じ。お疲れ様」
「だね。ずっとこの日を夢見てた。めちゃくちゃ嬉しい」
「うふふ」
二人揃って近くの枯れ木に座り、遠くに沈みかけた夕日を眺める。いつにもましてアルマンドの顔は高揚としている。
「一区切りってだけで、まだまだやりたい事あるからね」
「あら、結構執念深いのね」
「(執念?) いや、リスト見たでしょ。何年あっても足りないよ」
「(リスト?) そう、私も頑張るわね」
微妙に眉を潜めて答えると、同様にアルマンドも眉を寄せている。
何だか話が噛み合っていない?
ということは気づいていないのか。言及するのも野暮な気がして話題を止めた。
私が一区切りと言ったのはアルマンドの敵討ちであった。
私とアルマンドが大人となって再会を果たしたあの日、湖に沈んだ彼を助けたところまで話は遡る。
シルヴェニスタとアリビアは十数年前の国家転覆、人身売買事件を境に国交を断絶している。しかし水面下では繋がりがあったのだ。奴隷を求めた貴族とアリビア公主間で闇売買が頻繁に行われ、身元不明の死体が増える。
事件を知った王室はアルマンドを市中に放ち、すぐに貴族を弾劾したが、当のブローカーを逃してしまった。
すんでで尻尾を掴んだアルマンドは、敢えて彼らに捕まり、内部で奴隷解放に勤しむ。しかし今度は市中側で失踪者が相次いだ。シルヴェニスタ内で人攫いが横行したのだ。
市中に再度飛び出したアルマンドだが、奴隷解放の科を負い、石を括られ追われる身となる。その道中で私と会ったのだ。
彼を助けたところで、ちょうど私の背後まで迫っていた奴隷商人が返り討ちにされ、知らぬうちにことなきを得ていたなど。つい最近まで知らなかった。
今思うと、養父母のアルマンド推しは全て承知の上だったからこそなのだろう。
二度もアルマンドに命を救われ、その彼に求婚されたのであれば喜んで差し出すしかない。元より信頼はあったのだろうが、申し分ないほどの結婚相手だったのだ。
事情を知らない私はやはりのけものに変わりはないが。
奴隷商も確保され、王国に平和が戻った。
表向きには、赤い服を着たから、などと馬鹿馬鹿しい罪を着せられ罰せられたが、真実は違う。国民がパニックになりかねない、人攫いの罪だったのだが、全て闇に葬られた。
アルマンドが湖に沈むきっかけとなった奴隷商。そのバックにいる公主は未だ健在だ。
アリビアデイジーの刺青が目を引く当時の手配書。危険に近づくなと、両親に秘密裏に渡されずっと私の手元にあった。彼ばかりがのほほんと国益を貪っているなんて許せない。
今までアルマンドを無闇に傷つけてきた私の、せめてもの罪滅ぼしのつもりだったのだ。勿論、荒廃した国を立て直したい動機もあったが。
わざわざ説明はいらないわね。
隣を見ると、やはり彼は幸せいっぱいに微笑む。
そんな彼に突然弓矢が刺さった。




