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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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16. 無血革命

 止まらない針の攻撃に、前方の二人が堪らず前線を離脱した。


 数回壁や地面を蹴りながら跳躍し、ホールまで後退してくる。アルマンドに気づいた二人は、体中針だらけになりながら足を地につける。


「殿下、ご無事で何よりです」

「当然だろ。それよりお前らの体たらくはなんなんだ」

「殿下のために見せ場を作っておきました!」

「減らず口を」


 アルマンドは従者たちに立つように促す。従者は無造作に針を抜き、その辺りに投げ捨てた。

 痛そうな見た目に反して、出血はほとんどない。注射針を抜くような気軽さで、ほとんどダメージを受けていないように見えた。となると、本当にアルマンドが来るまでの時間稼ぎをしていたのだ。

 それは何故か。


 アルマンドが私を見て、咳払いをする。顔は赤いままなので、この場の緊張感にそぐわない。


「どっちが行く?」

「え?」

「僕かロラか。穏便に済ませたいなら君一択だけど」

「……あ」


 突然の攻防に呆気にとられてしまっていた。

 アルマンドは市内でスアードを見つけれらなかった。町中探し回り、官邸へ続く隠しトンネルを通りここまで来たのだ。


 御簾の奥にいるのはスアードである。

 まさか、小さな子供がここまで武に長けているとは思わなかったが、アルマンドたちは気配でわかったらしい。


「二人で一緒に行きましょう」

「おっけ」


 再び扉に近づくと、直ぐに見えない針の波が降ってきて、しかしアルマンドが音もなくそれを散らす。

 肩がぶつかって、促された。頷いて静かに彼女の名前を呼ぶ。


「スアード」


 呼ぶと、御簾の向こうの影が目に見えて固まった。

 瞬間私たちに集中していた針が音を立てて地面に落ちる。針山を跨いで、一歩部屋に入り、再度彼女の名前を呼ぶ。

 攻撃は来ない。


 狼狽えた様子が手に取るようにわかり、私たちはそのまま足を進めた。御簾をめくる際に一声かけ、その奥の彼女に対面する。

 彼女は粗末な布を被って隠れていた。震えと緊張の息遣いを感じつつも、その小さな体を抱きしめる。さらにスアードに緊張が走る。


「……ア」

「勝手にいなくなって、いけない子ね。迎えに来たわ。帰りましょう」

「…………」


 布の間から手だけが伸びて私の首に回った。ぎゅっと抱きしめられ、私の耳に口元を寄せ囁かれる。それに首を降って答えると、彼女は落胆を示した。

 アルマンドは不思議な顔をしていたが、説明は後でゆっくり行おう。



 官邸ではなく、市内側に揃って出る。

 街の中はやはりひっそりを静まり返っていた。しかし一方で官邸の方向が騒がしい。市民たちが一斉に押しかけているのだ。スアードは眉を顰め、そちらに走り出すが手を握って止める。


「大丈夫よ。そこまで悪くはならないから」

「なるほど。ドローレスはこういう構図に持って行きたかったわけね」

「私たちはこの国の国民じゃないもの。政治に異を唱えたいのであれば、それは国民よね」


 カルメンが頷いたので、それを合図に私たちは官邸に背を向けた。

 国の状況が一気に変わるので、これから仕事が山のように増える。早く帰って受け入れの準備をしなければ。

 スアードや従者は首を傾けていたが、笑顔だけをそれに返した。



 アリビアの資産とはいわゆる国民そのものである。

 重税を課し、納められない場合どうするか。資材を投げ打つしか手はないのだが、その間に人を売る、というのが選択肢として入る。

 働き手に足りない老人、赤子が最優先に売られ、最後には配偶者にも手を出さざるを得ない。


 しかし人身売買は表向き国家事業ではない。

 人身売買のブローカーは別に存在し、国民は伝手をたどり家族を売り、金銭を手にした。

 売られた方はその場で奴隷の烙印である手錠をはめられ、他国へ移送される。売り手が見つからなければ、別の方法で資産に化かす。


 死人の皮膚を削ぎ、髪を切り、骨を削る。先ほどのホールには生々しい片鱗が残っていた。

 恐怖に慄く子供らは自分の生存価値を求めて必死になった。スアードのように間者として育てられ、平気で同胞に鞭を打つように。


 ブローカーと公主が表裏一体であると気づいた国民は爆発した。隠し通路にはその証拠となる資料が山ほどあったのだ。普段ならば野盗──ならぬ役人たちが厳重に管理していた隠し通路。

 此度どう言うわけか彼らは不在で、市民も役人も互いに衝突する事なく何よりである。

 官邸初訪問の際の抗争、あれはブラフだったわけだ。私たちにミスリードさせるために。


 ろくな統治もならないアリビア。そのしわ寄せが全て国民に来ている。声を大にして述べることはないが、みな今の貧困生活に疑問と不満を抱いていた。

 そこへ私たちが切り込みを入れたのだ。教育を受けず、読み書きもままならない国民が下す判断を憂いて。

 先進国の生死感や善悪の価値観を多分に含んで、彼らを誘導した。アルマンドと共に訪れるようになった街で、ただ遊んでいたわけではない。


 国の外の知識を得た国民は何を選ぶのか。

 公主の首か、或いは市民による統治か。あとは彼らに任せよう。


 背後で歓声が上がった。

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