16. 無血革命
止まらない針の攻撃に、前方の二人が堪らず前線を離脱した。
数回壁や地面を蹴りながら跳躍し、ホールまで後退してくる。アルマンドに気づいた二人は、体中針だらけになりながら足を地につける。
「殿下、ご無事で何よりです」
「当然だろ。それよりお前らの体たらくはなんなんだ」
「殿下のために見せ場を作っておきました!」
「減らず口を」
アルマンドは従者たちに立つように促す。従者は無造作に針を抜き、その辺りに投げ捨てた。
痛そうな見た目に反して、出血はほとんどない。注射針を抜くような気軽さで、ほとんどダメージを受けていないように見えた。となると、本当にアルマンドが来るまでの時間稼ぎをしていたのだ。
それは何故か。
アルマンドが私を見て、咳払いをする。顔は赤いままなので、この場の緊張感にそぐわない。
「どっちが行く?」
「え?」
「僕かロラか。穏便に済ませたいなら君一択だけど」
「……あ」
突然の攻防に呆気にとられてしまっていた。
アルマンドは市内でスアードを見つけれらなかった。町中探し回り、官邸へ続く隠しトンネルを通りここまで来たのだ。
御簾の奥にいるのはスアードである。
まさか、小さな子供がここまで武に長けているとは思わなかったが、アルマンドたちは気配でわかったらしい。
「二人で一緒に行きましょう」
「おっけ」
再び扉に近づくと、直ぐに見えない針の波が降ってきて、しかしアルマンドが音もなくそれを散らす。
肩がぶつかって、促された。頷いて静かに彼女の名前を呼ぶ。
「スアード」
呼ぶと、御簾の向こうの影が目に見えて固まった。
瞬間私たちに集中していた針が音を立てて地面に落ちる。針山を跨いで、一歩部屋に入り、再度彼女の名前を呼ぶ。
攻撃は来ない。
狼狽えた様子が手に取るようにわかり、私たちはそのまま足を進めた。御簾をめくる際に一声かけ、その奥の彼女に対面する。
彼女は粗末な布を被って隠れていた。震えと緊張の息遣いを感じつつも、その小さな体を抱きしめる。さらにスアードに緊張が走る。
「……ア」
「勝手にいなくなって、いけない子ね。迎えに来たわ。帰りましょう」
「…………」
布の間から手だけが伸びて私の首に回った。ぎゅっと抱きしめられ、私の耳に口元を寄せ囁かれる。それに首を降って答えると、彼女は落胆を示した。
アルマンドは不思議な顔をしていたが、説明は後でゆっくり行おう。
官邸ではなく、市内側に揃って出る。
街の中はやはりひっそりを静まり返っていた。しかし一方で官邸の方向が騒がしい。市民たちが一斉に押しかけているのだ。スアードは眉を顰め、そちらに走り出すが手を握って止める。
「大丈夫よ。そこまで悪くはならないから」
「なるほど。ドローレスはこういう構図に持って行きたかったわけね」
「私たちはこの国の国民じゃないもの。政治に異を唱えたいのであれば、それは国民よね」
カルメンが頷いたので、それを合図に私たちは官邸に背を向けた。
国の状況が一気に変わるので、これから仕事が山のように増える。早く帰って受け入れの準備をしなければ。
スアードや従者は首を傾けていたが、笑顔だけをそれに返した。
アリビアの資産とはいわゆる国民そのものである。
重税を課し、納められない場合どうするか。資材を投げ打つしか手はないのだが、その間に人を売る、というのが選択肢として入る。
働き手に足りない老人、赤子が最優先に売られ、最後には配偶者にも手を出さざるを得ない。
しかし人身売買は表向き国家事業ではない。
人身売買のブローカーは別に存在し、国民は伝手をたどり家族を売り、金銭を手にした。
売られた方はその場で奴隷の烙印である手錠をはめられ、他国へ移送される。売り手が見つからなければ、別の方法で資産に化かす。
死人の皮膚を削ぎ、髪を切り、骨を削る。先ほどのホールには生々しい片鱗が残っていた。
恐怖に慄く子供らは自分の生存価値を求めて必死になった。スアードのように間者として育てられ、平気で同胞に鞭を打つように。
ブローカーと公主が表裏一体であると気づいた国民は爆発した。隠し通路にはその証拠となる資料が山ほどあったのだ。普段ならば野盗──ならぬ役人たちが厳重に管理していた隠し通路。
此度どう言うわけか彼らは不在で、市民も役人も互いに衝突する事なく何よりである。
官邸初訪問の際の抗争、あれはブラフだったわけだ。私たちにミスリードさせるために。
ろくな統治もならないアリビア。そのしわ寄せが全て国民に来ている。声を大にして述べることはないが、みな今の貧困生活に疑問と不満を抱いていた。
そこへ私たちが切り込みを入れたのだ。教育を受けず、読み書きもままならない国民が下す判断を憂いて。
先進国の生死感や善悪の価値観を多分に含んで、彼らを誘導した。アルマンドと共に訪れるようになった街で、ただ遊んでいたわけではない。
国の外の知識を得た国民は何を選ぶのか。
公主の首か、或いは市民による統治か。あとは彼らに任せよう。
背後で歓声が上がった。




