15. 役者登壇
「それで、リカルド殿下はご無事だったのかしら?」
廊下を進みながら尋ねると、護衛の一人が乾いた笑いをこぼした。
「ものの数分で見つかりましたよ。いや、女性のパワーって凄いですね」
「アリの巣のように張り巡らされた地下街を凄い勢いで横断していくんですよ。着いていくのに必死でした」
「規制線貼られてるとこも見境ないし。鍵もぶち壊してました。女性の集団パワー、軽くトラウマっす」
捕まっていた場所ですぐさまハーレムを構築したであろうリカルド。想像すると面白い。
「リカルド殿下へ対する女性たちの思い、凄まじいですね」
「50点」
「え?」
「彼女たちを動かしたのはそれだけじゃないって事」
女性の感情は累積型だ。
彼女たちの心はもうずっと前から我慢が蓄積されていて、今回の件はトリガーになったにすぎない。
むしろもっと早くこうやって行動を起こしていたら、と悔やんでいるものもいるだろう。彼女らの深層心理を思うと、胸が詰まる。
一直線に歩いていたが、足を止める。辺りを見回し、目当てのものが見つからず、天井へと声をかけた。
「ちょっと聞いていいかしら?」
「はい」
「なんとなく歩いてきてしまったわ。ここはどこかしら」
ずべっと音を立てて、三人が天井から落ちてきた。黒いローブを纏った男が四つん這いになって肩を震わせている。
脱力か、呆れか、溜まった疲れが堪えきれなかったのか。
「……何か考えがあったのではないのですか?」
「じっとしていられなくて歩いてきただけよ」
「うわ、めんどくさ」
「聞こえてるわよ。そうじゃなくて、貴方たちはどこからきたの?」
聞くと、一斉に真顔になった、気がした。フードの下の表情は見えない。
「やっぱ、わかってるんじゃないですか」と、誰かがつぶやき、徐に近くの絵画へと跳躍し蹴り上げた。
絵画が傾き、カチリと歯車が噛み合う音がする。その音に合わせて壁が左右に開き、薄暗い通路が現れた。
底冷えする空気が穴から漂い、通路の先は見えない。一歩足を踏み出すと、従者たちはため息をついて私の後に続いた。
「姫のお考え通り、地下の隠し通路は全てこの屋敷に繋がっていました」
「リカルド殿下を見つけたのもその道中です」
「他には何かあったのかしら?」
「ええ。おかげで市民感情が爆発です。貧困と空腹で反乱の意思を持たなかった市民たちですが、現実を目の当たりにして続々と集結しています」
「そう」
「ここまで見込んで女性たちを動かしたんですか。姫は恐ろしい人だ」
「偶然よ」
隠し通路には明かりがないものの、官邸内と同様にカーペットが敷かれ管理されている。
廊下の奥は階段になっていた。蛇がとぐろを巻いているようにどこまでも続き、底が見えない。試しに先ほど拾ったコーヒー豆を落としたら4秒ほどかかった。
よくぞここまで掘ったと、いっそ感心してしまう。
足を進めようとしたら、従者に止められる。
「姫、こちらに自動昇降機なるものが」
「あらいやだ。それを先に言いなさいよ」
「言わなきゃ、百メートルも駆け降りるつもりだったんすか。やばー」
地下に着くと、もうそこは官邸の様相はしていない。岩肌が突出した、大きなホールが口を開け私たちを出迎えた。ホールには様々な名残があり一つ一つ確認するのも痛ましい。ホールの周囲には無作為に穴が彫られており、これらは全て町中に繋がっている。
この穴を通って「官僚たち」は街に監視の目を向けていたのだ。
一つだけ綺麗に形取られた穴がある。
その穴の向こうには鉄製の扉が待ち構え、アリビアデイジーの文様が刻まれていた。八重咲きのデイジーは砂漠地帯のアリビアでも力強く根を生やし、国花になっている。また、高貴な身分の象徴にもなっていて、公主に刻まれた文様もデイジーであった。
先ほど彼に身を寄せた際に確認した。そうでもなければ、わざわざ男になんかくっついたりしない。
彼は現在別のシェルターに身を隠しており不在である。それをわかっていたがノックと共に扉を開けた。
しかし。
「……ダレ?」
部屋の中心、御簾ごしに影が動いた。扉を開けるまで一切気配がしなかった。従者たちがすぐに私の前に場所を変える。
背中に庇われ、部屋の中が見えなくなる。背を伸ばして奥を覗き見るのと、何かが飛んできたのはほぼ同時であった。
御簾が揺れ、従者の一人が弾く。見えない速さで飛んでくるそれは、地面に落ちてやっと長い針であることに気づいた。しかしすぐに私は分厚い布に覆われる。
誰かが私を抱き、二度三度回転しながらホール側へ後退した。覆われた布から顔を出すと、男の足に無数に針が刺さっているのに気づく。
「え」
私を抱く男だけでなく、前方で応戦を繰り返している従者たちにも細い針が埋まっていた。
目に見えない針の攻撃を弾きながら、けれど少しずつ体に受ける針は増えていく。精鋭たちが苦戦するほどの相手って……。
針の塊が大きく飛翔し、私たちの元にも降ってきた。針に背を向け、従者が私を胸に抱き込んだ。
ちょっと待って、この体勢って。
ただ守られているだけの状況。数秒もしないでこの男の背中に穴が開く。得体のしれない針の負傷。無事で済むのかわからない。
最悪の事態を想定し、呼吸が苦しい。思い切り胸を押して見てもビクともせず、逆に強く抱き込まれる。
「離して。私は大丈夫だから」
「姫に何かあったら大変です」
「でも……ッ」
「その前にお前は処刑だ」
聞き慣れた声が耳に届いたかと思うと、大きく風が吹いた。マントが翻り、強張るアンドレの顔が見えた。
アンドレと私の間に誰かが割り入る。乱暴だけれどどこか優しく、彼は私を抱き直す。市中を担当していたはずの彼は今ここにいて、嫉妬全開にアンドレを睨んでいた。
「お前、今、ロラに、何を」
「……えっと、その」
「アルマンド。その話は後にして。先に向こうを片付けましょ」
アルマンドの後ろにはカルメンが呆れた顔で立っていた。
カルメンに諭された彼は、渋々目を針山へと向け、最後に私へと首を回し瞳を固める。
ブワッと顔から火を吹き上げ、尋常でない心拍数が心臓を叩いたので、そっと体を離した。




