14. 甘い誘惑
部屋に通されお茶を啜る。
目の前の人物は温厚な笑みを浮かべ、私の様子を伺っていた。手配書の人相とは真逆な顔。ガセでも摑まされたか不安になるが、確かめる方法はまだある。
出されたお茶に口をつけながら微笑むと、彼もまた微笑む。気弱そうに眉尻を下げ、男は口を開いた。
「突然どうした。約束もなく謁見を望むなんて」
「申し訳ございません。一刻も早くお会いしたくて」
「なんと」
「ご厚情に感謝いたしますわ。……陛下」
そういうと、男の喉が鳴る。頬を赤らめたのち、私の隣に座り直した。
「いや、私は陛下などではない。ただのしがない公主だ」
「しかし、アリビア公国を治めているのは貴方ですわ。若くして一国を平定するその手腕、お見事でございます」
「まあ確かに。苦労は多かったが」
彼の目は私の一点を見つめている。気づかないふりをして話を続けた。
「私、政治について勉強中でして。どうしたら陛下のように国を発展させられるのでしょうか」
「知りたいか?」
「ええ」
「君は賢い。教えてもらうには、どうすれば良いか分かっておろう」
「それは……」
ずっと見ている胸元。
結んでいるリボンを指で遊びながら、上目遣いで公主へ囁いた。男の手が肩に回ったが、その手をやんわりと両手で包む。
身を寄せて甘えるように男の名を呼べば、下卑た笑いに変わった。強引に抱きこまれ、男の肩口へと顔を埋めた。
「端的に言えば、資源をうまく使うことだ」
「資源ですか? アリビアには目立った特産品はないように思えますが」
「資源は何でも特産になり得るからな。ないなら作ればいいのだ」
「どういう意味でしょう」
「わからんか。続きが聞きたいのであれば」
その瞬間、スコーンと音を立ててコーヒー豆の公主の額を直撃した。
扉の隙間から一直線に飛んできたそれに、呆気にとられ動きを止める。一泊の間を置いて扉の外が騒がしくなった。
慌ただしいノックとともに兵士たちが雪崩れ込む。
「侵入者です。公主はお急ぎシェルターへ」
「そんなもの、いつものように……」
言いかけて、公主は私を振り返り口を閉じた。
優しい笑みを作り、肩に手をかける。が、またどこからか豆が飛んできて、一同眉を顰める。
「悪いが慌ただしくなってしまった。君には護衛をつけるから今は帰ってくれ」
「かしこまりました」
「続きは後日」
兵士に固められ、公主は廊下の奥へと急ぎ走って行った。残ったのは私一人、ではない。
「姫」
「あら、早かったのね。お帰りなさい」
天井から声が降ってきて見上げる。しかしどこにも人の姿はなく、気配すらわからない。
どこか疲れたような声色に労りの笑みを送った。
「ほんっと、姫は説明不足です。こうなるってわかってるんなら教えてくださいよ」
「意味不明なまま女性たちの護衛に回る我々が可哀想でしょうが! 愚かだと笑ってたんでしょう!」
「姫を放って何かあったら、ガチで俺たちの首は飛ぶんですよッ! この非情冷血女!」
「うふふ。ごめんなさいね」
とりあえず謝るが、私だって確証があって動いているわけではないのだ。なんとなく考えていた通りに事が運んだので、ラッキー。その程度の認識だ。
「しかも! 殿下以外とああいうことはしないよう、再三申し上げているでしょうッ!」
「ああいうこと?」
「安易に男と寄り添ったりとか、ああいうのです! 姫は全部殿下のものです。他の男には指一本触れさせないでください!」
「あら、そういう束縛は不要よ。それに気持ちのない行為は息をするのと同じよ。殿下が気に病むことじゃないわ」
「しかし殿下が見たら」
「だから見えないところでしているでしょう? 貴方たちが貝になればみんな幸せ」
「ああ言えばこう言うッ!」
「誰かこの女を口で負かせ!」
イリイリと歯噛みをする従者たちをそのままに、私も廊下を歩き出す。
手配したと言う護衛が来ない。恐怖のあまり場を離れた、そういうことにしておこう。
公主との件について。当然アルマンド以外に触られるのは最高に嫌悪が走るが、彼ら向きにそういう事にしておいた。
要は全て割り切りである。元婚約者と好いてもいないのに婚姻関係を結んだ時と同じように、別の思惑が働いているのであればそれほど気にはならない。
ずっと抱いていたコンプレックスも、これが武器として使えるのであれば躊躇なく使おう。プリシアも強かにこの武器を手にして情報戦を有利に進めている。私もいつまでも助けてもらってばかりではないのだ。
ただ、誤解のないよう言わせていただくと、彼女も私も一定のボーダーラインはある。
「でも心配しないでね。私も殿下に身も心も捧げているから」
「え、……え?」
「あ、なんだ。姫って結構……」
「殿下にベタ惚れなんスね」
「当然でしょう」
そう笑うと、「悪女キャラってわかりにくい」と、誰かが呟いた。




