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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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8. ドローレスの過去

「ずっと謝りたかったことがあるの」


 言いながら心がざわつく。喉が乾く。本当に口に出していいのか、理性と煩悩がせめぎ合い、迷いが生まれる。

 ただ自分が楽になりたいがための告白ではないか。純真なる天使に救いを求めているだけの、愚かな行いではないか。振り子のように気持ちが揺らぐ。

 けれど。


「どうぞ。聞きたい」


 と、アルマンドが柔らかに瞳を緩めた。血にまみれた彼は、私の頬を優しく撫でながら先を促す。重症であるはずのアルマンドは、苦痛の色を一切纏わず、私だけに意識を傾けた。

 その瞳の色に決心が固まる。緊張のあまり喉が鳴ったが。


「先に言っておくけど、許してほしいなんて思っていないわ。ただの懺悔だし、結果聞き流しても、私を恨んでも構わない」

「うんうん。でも、聞く前にちょっといい?」


 そう言ってアルマンドは私の背後に回り、両足の間に体を入れられた。

 縛られたままの両腕が目の前に交差し、後ろから抱きしめられるような体勢に変わった。まるで逃げ場を断つような。


 なにこれ。


「あの?」

「ごめん。蹴られすぎて鼓膜がヤられたみたい。声が聞き取りにくいから位置変えさせて」


 聞き取りにくいと言う割には、随分滑らかに返答がくる。どこまで本気なのかわからない呑気さ。

 こっちが真剣に話そうと言うのに、アルマンドはいつも飄々としている。死ぬ気の覚悟を決めているのも知らないで。

 咳払いをして、若干の怒気を逃した。


「プリシアに聞いたのよね? 貴方が、私の両親を……」

「ああ。そのこと」

「随分軽いのね。正直、事実を知ったら貴方は身を引くと思っていたわ。プリシアもそう思ったから貴方に伝えたのでしょうし」

「なんで身を? 僕が罪悪感を抱くとでも思った? 前も言ったけどその件は謝らないよ」

「いいえ」


 人を二人殺めたと言うのに、彼の顔に曇りがない。そうして然るべき、致し方ない理由があったからだ。アルマンドの言う通り、彼に非はない。


「そうじゃなくて、私が罪人の子だからよ」


 喉に見えない異物が入り込んだ。湧き上がる吐き気を振り払って無理やり言葉を続ける。


「当時の私は驚くほど無知で、自分の行動の結果どんなことが起こるか、見通しもできないくらいバカだった」

「いや、幼児なんてそんなものでしょ。寧ろそんな齢で善悪区別出来てたら、そっちのが怖いわ」

「茶化さないで」


 当時のことを思って目を伏せる。

 ずっとずっと蓋をしていた記憶、アルマンドがあの時の彼であると認識してから、急に記憶の扉が開かれた。


 色鮮やかな幼児時代が蘇る。




 ミラモンテス家に引き取られて数年、私の生活はいたって平和であった。幼児舎に通い、日々勉学とマナーレッスンに励み、将来嫁ぐ殿方のための訓練に身を粉にした。


 しかし子供には子供なりの文化があった。他の子供たちとの衝突が絶えず、毎日のように嫌がらせが我が身を襲う。

 今思えばあれは、私の下賤な出自が漏れていたからこそだったのかもしれない。貴族社会の中に身元も分からない孤児などいらない。


 そういえば、私と同じく虐められ、毎日泣いていた男児がいた。暴言を吐かれ泣いているところに通りかかり、見るに見かねて返り討ちにしたのだ。それを機に懐かれた。

「ロリータ」「ロリータ」と私の後ろに付いて回ったあの子は今元気かしら? 「泣き虫リカちゃん」と随分揶揄されていたが。


 争いが日常である中、空気が一変したのは隣国の姫が転入してきてからだ。

 彼女は外見こそ愛らしく天使のような雰囲気を纏っていたが、中身は非常に強かで計算深い。彼女の方もすぐに私の存在を認知し、笑って手を差し出した。


「私はプリシア」

「ドローレスよ」

「うふふ。悪役同士、仲良くしましょうねぇ」


 あの強烈な一言が今でも忘れられない。


 孤児である自分は、一生をかけて拾ってもらったご恩に報いなければならないと思っていた。

 不正は須く正し、ミラモンテス当主の顔に泥を塗るような恥ずべき行為はしてはならないと。


 毎日が必死だったのに、彼女の一言で凝り固まった価値観が一気に溶けたのだ。自分の本当の姿を認められ、更には悪役だと言い切った。

 悪役なのだから周囲の目など気にせず、好き勝手に生きていいのだと、そう言われた気がしたのだ。薄く濁っていた世界が突然開けた。


 それからはプリシアと一緒に随分と自由気ままに幼児時代を過ごした。

 いじめっ子たちは流石に可愛いプリシアの前では手を出してこない。影では何かしらの被害を受けるも、察知したプリシアと共に逆に相手に一泡吹かせたりもした。


 私は直球の感覚派であったが、プリシアは頭脳派で、何度も二人で相手を返り討ちにしているうちに虐めがピタリと止む。一緒にリカへの虐めも無くなっり、彼は泣いて喜んだ。

 指輪と共に要らぬ感謝を寄越され、二人で笑って流したが。


 そうして平和な日常が続く中、突然彼らは私の目の前に現れた。

 私の耳の後ろを指差して嘲笑う。身分違いな場で、場違いな靴を穿かされ、道化のように踊る滑稽な毎日。




 話していくうちに声がかすれ、動悸が苦しくなってくる。

 目の奥が暗く濁ってくるが、宥めるようにアルマンドがそっと私の肩に顔を乗せた。


「いいよ、続けて」


 つまらない思い出話にアルマンドは静かに耳を傾けてくれた。その優しさに喉が詰まりながら、僅かに首を傾ける。

 さらりと髪が反対側に流れた。ずっと髪に隠していた私の大事な秘密。


「そこから見えるかしら」

「え?」

「耳の後ろ。花の紋があるの」

「…………」


 アルマンドは紋に目を落とし不思議そうに口を結んだが、一拍して目を見開いた。


「あ、スアードにも似たようなのあった」

「そう。これは赤子の頃に施される家紋よ。私もスアードと同じ、ここの出身なのよね」


 言葉を失うアルマンド。

 アリビア出身者が他国にいる意味。その行き着く結論に私は目を伏せた。

 私もスアード同様売られたのである。しかし赤子に働き手の価値はないため、もっと違う利用方法があったのだ。あまり想像したくないが。


 この紋様が望んでいない縁を手繰り寄せ、私は取り返しのつかない罪を背負ってしまうことになる。

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