9. リカとロリータとプリシア
アルマンドの雰囲気に促され、私の懺悔は続く。
「彼らは私の印を見て、本当の両親だと言ったわ。二人にも私と同じ印があってそれが証拠だと。始めは取り合わなかったけれど、後に書物で調べたらアリビアの慣習で真実だとわかったの」
一旦言葉を区切った。
本当の両親だとわかって、そして遠い地で巡り会えて、あの時は心の底から嬉しかった。何らかの理由で離れ離れになり、けれど探し出してくれたのだと。
養父母の愛を疑ったことはなかったが、一方で真の血の繋がりに愛を求めたのも本当だ。肉親の来訪を喜び、続いた彼らの要望を疑うことなく受け入れた。
始めの要望は可愛いものであった。生活に困っていた彼らは日々の食料を私に求めた。畑や家畜小屋から幾らか分け与えたが、その内食料から酒、金銭へと移行する。
当時の私は手当が支給されておらず、金銭を手配することが出来ない。その旨伝えると体を売ることを強要された。意味がわからず店に案内されたが、偶然通りかかったプリシアによってことなきを得る。
凄い剣幕で怒られ、いつの間にか両親は姿を消し、何か悪いことであったのだと悟った。
この一件から僅かに両親に対する不信感が芽生えるが、信じたい気持ちが先行し不信感をなきものにした。
しばらくして、また両親が現れる。金銭の入手方法を別の切り口で提案したのだ。無いならば、他に求めればいい、という助言である。
つまり盗め、という話であったのだが、馬鹿な子供は別の意味で受け取ってしまう。資産運用をしろ、という意味に捉えたのだ。
先の娼家騒動を目にしたプリシアが、何を思ったのかお小遣いをくれたのだ。一旦は断ったが無理やり押し付けられ、小さく無い金銭がその時手元にあった。必死に勉強し、数倍に増やし、無事に両親に渡し、プリシアには利子を付けて返却した。彼女は珍しく呆気にとられた顔をしていたが。
私は金のなる木としての地位を確立した。
しかしその内、子供の浅知恵による資金繰りには満足いかなくなってくる。要望はとどまることを知らない。次に求められたものの意味がわからず、数日悩んだ。
悩みに悩み、口数の少なくなった私をリカが心配してくれたのだ。その頃には随分仲良くなり、互いの悩みを打ち明ける程度にはなっていた。
プリシアにも心を開いているが、リカの存在もまた、特別なものであった。常に私を受け入れ、砂糖水のように甘やかしてくれる。
相談した内容に、リカは何故か顔を真っ赤にして狼狽えた。
「ロリータ。そ、それは国家秘密なんだけど」
「そうよね。バカなことを言ったわ。別の手を考えなくてはね」
「で、でも困ってるんだろう? 私は君の力になりたい」
「うん?」
「その代わり、条件があるんだけど」
提示された条件とやらも理解できないことだった。先日の指輪を取り出すと、指に嵌められる。石座の側面に小さく「Ⅱ」の文字が刻まれていた。
「ロリータもこっち側の人間になればいいのさ」
「どういう意味?」
「そうすれば権利が生まれる。誰にも文句は言わせない」
「?」
赤い顔のリカは、かくして本題へと話を戻した。一貴族が決して知り得ない、王家の秘密の数々。どうしてリカが知っているのか不思議だったが、大人しく聞いていると彼は得意げになり、更に饒舌になった。
王の血族、優性遺伝子、国益、地下資源、鉱石流通のからくり、暗部の存在、それから。
他にも、と口を開くリカを途中で止めた。口と口がくっつきそうなくらい顔が近くなってきたのだ。それを押し返して、話は十分であることを告げると、彼は非常に残念そうな顔をする。予鈴の鐘がなったので、教室に向かう道中、彼は念押しのように繰り返した。
「聞いたからには、約束は守って欲しい」
「約束?」
「ロリータが私と同じ立場になると。ずっと共にいると」
「それなら、もうなっているのでは?」
そう言うと、リカは目を大きく見開きすごい勢いで頷く。
元いじめられっこ同士同じ立場であるし、友達ならずっと一緒だ。当たり前のことを念押しされ不思議だったが、リカが思いの外嬉しそうに笑ったので私も笑い返した。
リカに聞いた情報を両親に話すと、彼らは諸手をあげて喜んだ。私には理解不能な内容だったが、両親を喜ばせることができて純粋に嬉しかった。それが国家転覆に利用される情報だったなんて。
シルヴェニスタは常々王党派と共和派が対立していた。共和派に組する貴族と、両親が裏で繋がっていたのだ。
私を利用し、王制を覆す情報を得るため多額の金銭を手にしたと言う。
しかし企みは直ぐに明るみに出て、件の貴族は皆厳罰に処される。子供の私が犯した罪は両親に直撃した。元々王都に隣接していたミラモンテス領は全て没収。信頼を大きく落とし、一時は爵位すらも奪われた。後に目覚ましい戦果を勝ち取り、爵位は戻ったが。領土は王都から遠く離れた荒蕪地を与えられた。
一気に起こった目まぐるしい変化の中で、プリシアやリカと離れ離れになった。一体何が起こったのか理解できず、精神的に不安定になる。哀れに思った養祖父母が慰めにヤマネコを飼い与えてくれたが。
少しずつ状況が飲み込めてきた頃、私は再度王都へ足を踏み入れた。
私が犯してしまった罪のせいで、リカに何らかの罰が下っていないか不安になったのだ。リカの名前は出していないが、両親は彼の存在を初めから知っていたような気がした。
元より彼を利用すること前提で組まれた国家転覆の青写真に、心臓が痛いほど絞まる。リカが心配で心配でたまらない。
幼児舎にリカはおらず、街中を当てもなく探していると両親と会った。
処刑から逃れた彼らは酷くやつれた様相をしており、私を見つけた途端、理解できない言語で叫んだ。後に罵声だと知れたが、当時は再会の喜びを伝えられたのだと誤解し、私も喜びを示し抱きしめる。
彼らが無事でよかった。
罪を働いてしまったが、命が無事でよかった。これからゆっくり償っていけばいい、そう思っただけなのに。
彼らは私を脇に抱えると、人気のない倉庫に連れて行った。
そこには既に先客がいて、目を疑う。桜色の髪を泥で汚し、手足を荒縄で縛られたプリシアが地面に転がっている。勝気な瞳が私を見て、苦々しげに眉を潜めた。
慌てて駆け寄ると、突然背後から蹴られて木箱の山に突っ込んだ。木の角が肌に食い込み、バランスを崩した木箱が頭の上から降ってくる。言葉にならない叫び声をあげて衝撃に耐えた。身体中が熱を持つのを感じながら、山の隙間から両親の方を見る。
見たこともない両親の姿がそこにあった。
「本当に使えない子。売っても全然お金にならなかったし」
「今ならいい金蔓になるかと思ったんだがな。別の方法で稼いでもらうか」
「お前を心配していたオトモダチも一緒よ。二人一緒なら寂しくないわよね?」
「逃げられないように四肢を潰しておこう」
何を言っているのか理解できない。
箱の中から乱暴に引っ張り出され、体を踏まれる。父親がハンマーを振りかぶった。プリシアが猿轡の下で叫ぶ。あんな風に泣いた顔は見たことがない。
全てが夢の中での出来事のようだ。スローモーションで降りてくるヘッドを見ていると、突然風が吹き抜けた。
瞬き一つの間に私とプリシアが知らない男に抱えられていた。仄暗い天井の梁に飛び上がり、闇にその姿を溶かす。
「もう安心ですよ。俺はアンドレ。姫さま方の味方です」
状況を理解する前に、倉庫の中で何かが駆け抜けた。その瞬間両親の首が飛び、私もプリシアも息を飲む。
状況にふさわしくない、愛らしい子供が全身に鮮血を浴びている。
つまらなそうに彼はナイフの血を空中で払った。




