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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
二章 シルヴェニスタ編
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9. アルマの心配

アルマ視点

 ロラちゃんの様子がおかしい。


 長兄の招待で舞踏会に参加してからおかしくなった。

 あの晩のことは僕としても色々と反省点があったし、あまり思い出したくない。


 っていうか思い出すと、ドローレスのかっこよさに悶絶必至になるからである。自身も怖かったくせに凛とした振る舞いで衛兵の前に立ちはだかってくれた。

 僕を罪人と勘違いし、けれど主人として守ろうとした結果の行動だ。恐ろしいくらいに鳥肌がたった。

 心奪われすぎて、間抜けな僕は対応に遅れた。


「隠れなくても大丈夫だよ〜。実は僕、王族なんだ。テヘペロ〜」


 と言うつもりで堂々と衛兵の前に出たのだが、結果的に彼女を泣かせてしまっただけであった。

 しかし、言わなくて正解だった。これだけ大事にされておいて、いきなり真実を告げるなんて裏切り行為にも等しい。確実にドローレスからの信頼は地に堕ちるだろう。

 あっぶな。セーフ、セーフ!


 ともあれ、あの日を境にドローレスは僕への接し方を変え始める。僕にとって悪い方向に。


 まず部屋に入れてくれなくなった。そのため一緒に寝てくれなくなった。よしよし、と触ってくれないし、ともすれば避けられている。


「なぜだと思う? アン・ドゥ・トワ」


 窓ガラスを掃除しながら疑問を空中に溶かすと、音もなくカーテンが揺れた。

 気配を消した従者たちがどこからともなく答えを告げる。今この場には僕しかいないが、用心に越したことはない。


「その呼び方、なんとかなりません? 馬鹿っぽいんすけど」

「なら1、2、3。名前なんて所詮記号だろ」

「ドローレス様も記号なんでしょうか?」

「女神は下等な人間と領域が異なるに決まってるだろ。名を呼べば汚れた心が浄化する祝福付きだ。でも僕以外気軽に呼ぶな。汚れるから」

「おっしゃってることがめちゃくちゃですね」


 目に見えない、呆れたような視線が刺さる。それを煩わしく振り払うと、従者たちは数秒置いて先ほどの質問に返答する。


「普通に考えてドローレス嬢も殿下を意識しているのでは?」

「あの晩の一件でご自覚なさったのでしょう。やはり好感度MAXだったご様子」

「ほら、言った通りだ。こっちはイチャラブの百合っすよ」


 こいつら、ついこの間まで「望み薄だ」「帰ろう」「メンタルやばい」とか散々言っていたような。あからさまに都合がいい。

 とはいえ、両想いと思おうにも今まで煮え湯を飲まされてきた経験がある。また浮かれて舞い上がり、やっぱり違いました、なんて日が来たらもう立ち上がれない。……嘘。多分半日で復活して同じことを性懲りも無く繰り返すだろう。


「……告白、しようかな」


 乙女のように甘やかに呟きを漏らすと、「え?!」と三人から驚きの声が上がる。


「今朝方してませんでした? それに昼食の時も」

「もしかして気づいていらっしゃらなかったんですか? 挨拶のように会う度おっしゃってますよ」

「それ、マジ?」


 全然意識していなかった。人に言われて気づく自分の癖ってなかなか衝撃的である。


「にしても、避けられるってすっごい辛いんだけど」

「以前に比べて接触率七割減ですよね。お可哀想に」

「忙しいって言って登下校一緒にしてくれないし、探して見つけても勉強中だから邪魔できないし。ダブルスクール復活させちゃって帰ってくるの夜遅いし。玄関で待っていてもそう言う時に限って外泊しちゃうし」

「……それ、ガチで忙しいんじゃないですか」

「避けられていると思っているのは殿下だけで、普通に学生生活送ってるだけですね」

「お前ら、言うことコロコロ変えんな」


 持ち上げたり落としたりと忙しい。手首をくるくる返すこと何度目か。

 でも僕自身もフラフラと思考があっち行ったりとこっち行ったりとするため結論が出せない。


 あーあ、何でもいいから早くギュってしたい。


 ため息をついてガラスを磨くと、パキリと音がしてガラスにヒビが入る。適当に掃除していたから割れてしまったのだ。

 気づいたら僕の掃除した軌跡に沿ってヒビが入っている。


「……あー」

「やってしまいましたね、殿下。新しいガラス板手配しときます?」

「いや、このままでいい」


 僕が壊したと言ったらドローレスは「本当にドジね」と言って叱ってくれるはずだ。そして怪我の有無を確かめるお触り付き。

 最近全然触ってないから思う存分触ってもらって、どさくさに紛れてギュってしよ。あるいは事故ということにしてもっと先まで進めてしまうか。


 ……それは流石に嫌われるか。


 本気の事故は今まで度々あったが、意図的に手を出してドローレスがどう思うのか未知数だ。嫌悪感を抱くか、あるいは喜ぶのか。……九割型前者だな。


 あーあ、僕って臆病者ー。


 ため息をつくと、視界の隅で愛しいかの人の髪が揺れた。


「あ、ロラちゃん!」


 夕闇に溶けかけた車道から、ふわりとライラック色の髪を靡かせてドローレスがやってくる。図書館に寄って来たのか、両手に大量の本を抱えていたので僕は急いで階下へと駆け下りた。

 彼女は徒歩での移動を主体としている。貴族なのだから馬車くらい使えばいいのに。聞けば「太ったから」と逆ギレ気味に睨まれたのは記憶に新しい。


「ろ、……ドローレス様、お帰りなさいませ!」

「あら、ただいま。アルマ」


 外に飛び出すと、既に玄関の目前まで来ていたドローレスとぶつかりそうになった。突進する僕を避けるため、一歩後ろに下がる。脇に避けると僕が転ぶと思ったらしい、咄嗟の行動で自分がいかに大事にされているのかを知る。


「本、お持ちしますね。お部屋までお運びします」

「大丈夫よ。気にしないで」

「でも重そうなので」

「ふふ。あなたも女の子なんだから、私が運んだって一緒よ」


 本気で言っているらしいその一言に僕はポカンとなった。前々から思っていたが、ドローレスには僕が正真正銘の女の子に見えているようだ。

 確かに初めは女だと思わせて近づいたが、結構早い段階で男だとバレた。それでも尚、僕に対する態度は変わらず女性にするような配慮が含まれている。


「か、体は、男なんで……」

「……え?」


 相当な勇気でもって発信した言葉に、ドローレスは目を瞬かせる。一線も二線も予防線を引いて、自分が男であると伝えた。

 侍女としてではなく、男として、僕を意識してほしい。

 顔に熱が上がってくるのを自覚しながらドローレスを見ると、彼女は優雅に微笑んだだけで黙って隣を通り過ぎる。


 その微笑みに感情は乗っていなかったのような気がして、ヒヤリと僕の心が凍った。

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