魔法魔術基礎知識 名付け
おはよう諸君。
或いはこんにちは、もしくはこんばんは。
前回、諸君らは晴れて魔法使いの体を手に入れ、浮かれていることだろう。
魔法とは本当に万能的なものだ。
想像力の及ぶ限りならば、如何様なことでも可能となる。
例えば理想的な美少女を作り出したりだとか、食事に困らなくなったりだとか、新しい生き物を創り出したりだとか。
もはや自分は神に近い──否、諸君らはきっと、自分こそがこの世の神なのだと、傲慢にもふんぞり返っているのではないだろうか。
魔法使いの界隈には、『魔術師は、その力を以って、徒人にその神秘を漏洩することを禁ずる』という掟があるが、まさにその理由はそこにある。
この掟は俗に「神秘の隠匿」とも呼ばれるが、我々はこれを破らない限りであれば、如何様にも魔術の行使が許されている。
存分に研究したまえ。
──と、前置きはこの程度にしておくとしよう。
今回私が諸君らに教えるのは、古来より今に至るまで行われてきた最も原始的な魔術──呪詛、呪いについて、その中の「名付け」について解説しようと思う。
《呪詛とは》
呪詛とは、原始的な魔術の一つである。
その多くは万物照応の法則に則り、言葉と実態を照応させ、言葉により実態の持つイメージを改変し結果実態を変貌させるものである。
これは魔法や魔術の行使にとって最も基本的なプロセスであり、魔法使いや魔術師であるならば、誰でも容易に理解し、解明し、行使できなければならないものである。
しかし呪術というものは世間一般でも広く日常的に使われている。
例えばそれは仲のいい友達に渾名を付けたりだとか、生まれてきた赤ん坊に名付けを行なったりだとか、気に入らない政治家に対する悪口だとか、知らないものに対して名前をつけたりだとか。
これらは全て原始的な呪術の一環であり、我々はそうと気づかずに彼らを日々行使している。
魔術だなんて非科学的だという人間もいるが、かの有名な魔術師アレイスター・クロウリーの言葉を借りて反撃するならば、魔術とは「意志に応じて変化を生ぜしめる科学にして技芸」であり、普段日常的に人類は魔術を行使してきたのであるから、それが非科学的だというのは、極めてナンセンスであると言える。
というわけで、これからそんな原始的な魔術──呪詛の中でもとりわけ有な「名付け」について説明しようと思う。
《名付けとは》
「名は体を表す」という言葉があるように、名前とはそれを持つ存在と照応し、互いに関連している。
例えば「リンゴ」という語彙は、ただそれだけであるならばただの「リンゴ」という音でしかないが、しかしこの語彙には果実としての「リンゴ」という物と照応しており、その一語において我々はリンゴの姿を頭の中に映し出す。
つまり「リンゴ」という果実と「リンゴ」という名前は照応しており、名前が果実の存在を意識世界に定着させているのである。
名前があることにより、その実態を名前が説明し、精神世界に姿形を投影し、理解させているのである。
名付けとは、つまるところその存在を世界に定着させる一種の呪詛の類なのである。
前頁にてベルゼブブとバアル・ゼブルの話からも理解できるように、名前によって投影される姿形にはイメージも伴う。
古来よりこの「名」を利用した呪術、呪詛、呪いによって作られた物や儀式は、洋の東西を問わず膨大な数で存在していた。
コトリ箱と呼ばれる呪術もその一つである。
コトリ箱とは、子取箱と書き、木で組まれた箱の中に、子供の肉体の部位を詰めることで完成する呪詛である。
詳しいことを説明すると真似をしてしまう人がいるかもしれない上に、少々グロいので中身の説明は省く。
今回問題にしたいのは、この「コトリ箱」という名前についてである。
普通、コトリ箱は「コトリ箱」と言うように「子取」の部分をカタカナで表記される。
そうすることによって、最初に「コトリ」という音を聞いた時に「小鳥」というイメージを与えることで、「コトリ」の中に隠された「子取」の意味を隠す仕組みがある。
カナンの地ではバアル・ゼブルが語呂の似ているベルゼブブに名前を変えられたのと同様に、この様な名前を用いた呪詛というものは世界各地に見られ、その呪詛は今となってはもう形骸化してはいるものの、今日まで受け継がれている。
名前に込める意味、すなわち由来と呼ばれるものは、この呪詛の根幹を成す物である。
見た目という音が膜としてあり、その内側に核として隠された意味、つまり由来が内包されているのである。
いわゆる陰口や渾名も同じようなプロセスで行われる呪詛である。
我々魔法使いや魔術師には、この隠された意味、由来を、諸々の現象から読み取る感覚(=オカルト)が必要である。
このオカルトの発達具合が、より高次な魔術を行使したり、現象の謎を解明するために役立つのである。
今回の話はこれまで。
次回は象徴について話そうと思うので、予習復習は怠らぬように。