魔法魔術リテラシー 瞑想
おはよう諸君。
あるいはこんにちは、もしくはこんばんは。
今回は瞑想について話をしようと思う。
……ところで、諸君らは瞑想とはなんだと心得ているかな?
ただ座って目を瞑っているだけだと思っている者も少なくはないのではないだろうか。
しかし瞑想とはそんな単純なものではない。
魔術において瞑想とは、内なる自己、即ち真の自分──アートマを支配するための修行である。
しかしせっかちな諸君らの事だから、きっとこう思うだろう。
そんなものを支配して、一体何になるのか。
いいだろう、今から教えてやろう。
《万物照応について》
魔法や魔術は、ただ単にイメージと可知化さえ万全であれば良いというものではない。
それだけではただの幻覚に過ぎず、世界を改編させるにはまだまだ要素が足りない。
なぜなら、魔術を行使するのに最も欠かせない要素が抜けているからだ。
その要素がズバリ、万物照応の法則である。
魔術にも科学と同じように法則が存在している。
その中でも最も基本的な法則が、この万物照応である。
万物照応とは、例えるならば地球上の水の循環と、蒸留によって生み出される水の循環のような関係である。
どう言うことかと言えば、雨が降ってそれが蒸発し、上昇気流となってまた雲となり雨を降らす様は、このフラスコの中で蒸留されている水の動き──即ち、フラスコの底で水が蒸発し、水蒸気が天辺で冷やされて凝結し、水滴となって再びフラスコの底へと戻り行く様の関係である。
この時、地球上の水の循環とフラスコ内部の水の循環は照応した関係にあると言える。
照応とは、簡単に言えば一つのモノと他のモノとが巧妙に相応し、別々の部分が互いに対応し合って整った関係にあることだ。
鏡面の虚像と、それの本体も同じことだ。
鏡の前で右手を上げれば、虚像の人間は同じように対応した部位を動かす。
魔法や魔術においてこの照応という関係は非常に重要なものであり、これがなければそもそも魔法や魔術は発動することがない。
……そもそも、これを言えば身も蓋もないが、この法則さえしっかりしていれば、先程まで延々と述べてきた事柄や魔力の操作などできなくても、我々はそれらを行使することができるのだ。
なぜこれが最も重要なのかを説明するために、先ずは可知化や魔力の操作などができなくても行える簡単な魔法について例を挙げて説明しよう。
その例というのは、つまり一般に「陰口」やら「悪口」、「噂」や「渾名」、そして「名付け」といったものが該当する。
これらは最も原始的かつ初歩的な呪いの一種である。
なぜこれが呪いなのか。
万物照応に当てはめて説明していくこととしよう。
わかりやすい様に、「渾名」と「悪口」を例にとって説明しよう。
例えば、新約聖書にはベルゼブブという名の悪魔が登場する。
このベルゼブブはヘブライ語に於いて「蝿の王」、もしくは「糞の王」、「糞山の王」という意味になるが、しかしこの悪魔は元々はペリシテ人の町であるエクロンにて豊穣の神として崇められていた、バアル・ゼブルという神格だった。
ベルゼブブと呼ばれるこの悪魔は、本来はバアル・ゼブル、即ち「気高き主」あるいは「高き館の主」の意味を持つ名で呼ばれていた。
一説によると、このバアルの崇拝者らは当時オリエント世界で広く行われていた、豊穣を祈る性的な儀式を行っていたとも言われる。
しかし、その地に入植してきたヘブライ人らは、この様なペリシテ人の儀式を嫌って(新約聖書に悪魔として登場することからも御察しの通り)バアル・ゼブルを邪教神とし、やがてこの異教の最高神を語呂の似たバアル・ゼブブ、即ち「蝿の王」と呼んで蔑んだ。
これが聖書に記されたために、この名で広く知られるようになった。
こうすること(つまり名前を変える≒渾名をつける)ことによって、もともと豊穣の神として祀られていた神格を、蝿の王などという悪魔に印象を変えてしまった。
これが魔力を用いない一つの呪いである。
魔法や魔術といったものは、つまるところこの様に、鏡に映る鏡像に変化を与えて、本質の実態を書き換えようとする行為とも呼ぶことができる。
この鏡像と実態の関連性を、万物照応と呼ぶ。
つまり魔法や魔術を行使するには、それぞれに起こしたい現象に対応する鏡像を準備しなければならないわけだが──そこで、アートマの話に戻ってくることになる。
《鏡像世界とは》
瞑想とは、フランスの数学者であり近世哲学の祖である哲学者ルネ・デカルトが「我思う、故に我あり」と唱うところの「我」に相当する知覚主体──つまりアートマを支配するための修行である。
術者は瞑想を行うことによりアートマを完全に支配し、魔術の行使にとって有用な意識空間「鏡像世界」を獲得することができる。
アートマとは簡単に説明すると、自己が知覚器官である目や耳、鼻や舌、肌などを通じてその情報を脳が受信し、そしてその受信した情報を元に世界を解釈している一番奥底にいる知覚の主体となる存在である。
これは魂であると言われることもあるが、アートマは魂そのものではなく、むしろその一部である。
魂を肉体として代入し考えるならば、即ちアートマとは脳の様なものである。
アートマは全ての情報を総合し解釈し、自己に世界の鏡像を見せる。
瞑想とはこのアートマを完全に支配し、隠された真実を知覚する感覚(=オカルト)を育てる。
瞑想によってオカルトが育つと、人は心の内に現実の世界と精神世界を照応させるための、一種の擬似的な異世界を構築することが可能になる。
前頁《弛緩法》の項目にて、「『起きている状態』と『寝ている状態』の間のニュートラルな意識状態が長く続くと、やがて突然に変な恐怖に煽られ、明晰夢の様な世界に入ることがある」と述べたが、この世界こそが「鏡像世界」の前身である。
この世界──つまり鏡像世界は、現実の世界と照応している。
うまく運用すれば、失くしたものを見つけ出すことができる様になるだろう。
なぜなら現実の世界と鏡像世界は照応しており、つまりそこに内包されている遺失物もまた、鏡像世界内にも同じ座標に存在していることになるからだ。
アートマを完全に支配できる様になれば、術者はいつでも理想的なタイミングでこの鏡像世界に入ることができる様になるばかりか、自身の視界と照応させることで、(外見的には)起きながらにして現実の改変が可能となる。
だが、照応しただけではそう安易に現実の改変、つまり魔法や魔術の行使ができるわけではない。
そこで可知化と魔力操作の出番である。
可知化によって照応させた鏡像世界に、例えばりんごを描き出すとしよう。
諸君らは既に可知化を習得しており、そのりんごには重さも手触りも、味も匂いも全ての存在感が内蔵されていることだろう。
鏡像世界は視界と照応しており、また視界は現実世界と照応しているために、鏡像世界は現実世界とも照応している。
これによって、突如鏡像世界に描き出されたりんごは、その万物照応の法則に則り、視界は愚か、現実世界にもりんごが登場するようになる。
瞑想とは、それを可能にするための修行なのである。
それでは早速、瞑想の方法を伝授しよう。
《瞑想の仕方》
まずは好きな座法で肉体を配置する。
この時のポイントだが、瞑想というものは、背筋が曲がっていると次第に眠くなってしまう。
それを防止するため、アーサナでは常にピンと背筋を伸ばしておくことを勧める。
この姿勢はアーサナの訓練でもきちんとこなしておけば、いざ瞑想を行うとなった際に背中や腰が痛いだとか、瞑想を終えて背中が筋肉痛になるということがないので、サボらないように。
次に、その状態で前頁にて指導した呼吸法で身体中の魔力を循環させながら、同じく前頁にて指導した弛緩法を用い、精神状態をニュートラルな状態へと移行する。
この時、意識は他のことを考えることはなく、無に近い状態を維持すること。
もしそれが難しいのであれば、自分の内側に意識を向け、一つのことに注意するか、もしくは単調なBGMを脳内に再生させ、それに意識を集中させる方法を勧める。
後者を試す場合は、できればこの訓練を行う際、いつも全く同じ曲を脳内に再生させるべきである。
なぜなら、これは後に説明することになるが、アンカーリングと呼ばれる現象を引き起こし、その曲を頭の中に流すことで、いつでも精神状態を自在にニュートラルな状態へと持っていくことができるようになるからである。
それができれば、後はひたすら集中である。
瞑想は最初のうちは苦痛を伴う。
体が痒くなったり、色々触りたくなることだろう。
しかし一度身動ぎすれば、それまでの瞑想状態への導入は水の泡となる。
以前指導した通り、座法の訓練で諸君らは長時間同じ姿勢で居続けることが可能になったことだろうから要らぬ心配かもしれないが。
しかし、そんな苦痛も束の間。
しばらくそれに耐えれば、やがて苦痛を感じなくなる瞬間がやってくる。
これを涅槃と呼ぶ。
涅槃とは、最も肉体の魔力の調子が良好になり、アートマで直に世界を認知できるようになる精神状態(=魔術的変性意識状態)を指す。
この状態になると、鏡像世界を支配できるようになり、鏡像世界は肉体的知覚──つまり視覚や聴覚など──と照応した状態へと、任意に移行することができるようになるのである。
以降は、この涅槃の状態へといつでも自由になることができるようになるまで訓練をする。
そうすることでアートマを完全に支配することができるようになり、結果としていつでもどこでも、自分の望む瞬間に魔法や魔術を行使できるようになるのである。
これができるようになれば、晴れて諸君らは魔法使いの体になることができたと言えることだろう。
さて、今日の話はこれまで。
次回からは魔法使いとして知っておくべき基礎的な知識を伝授していこうと思う。
それまで予習復習は怠らぬように。
以上。




