冒険者 Ⅵ
翌朝、見張りの順番が最後だった俺は、2人が起きてくるのを待ちながら朝食の用意をしていた。
人払いの結界魔法を応用した、生物払いの結界魔法のお陰もあってか何事もなく朝を迎えることが出来た。と感慨深く思ってしまうのはメリルンの昨日言った言葉に対して未だに臆病になっているからなのかもしれない。
起きてきた2人と朝食を食べながら今日の予定を話し合う。話し合うと言っても正確にはメリルンの話を聞くだけなのだが……。
「今日は予定通りに森に入ってダンジョンから外にでたモンスターを討伐するわ。明日イレギュラーが起こるから軽めの予定よ、時間で言ったら日が傾く前にはここに戻る予定でいるわね」
「モンスターと戦うのは初めてだから助かるよ」
「えーなんでよ? 普通はじめてだったらいっぱい戦うでしょ?」
メリルンの言葉に全く別の反応を見せる俺とエーリナ。
「オズワルドちゃんはどう考えて助かるって言ったのかしら?」
「言った通り俺はモンスターと戦うのは初めてだ。出てきそうなモンスターは一応下調べしているけど。1体倒すのにどれくらいの時間がかかって、どれくらいの体力を使うのかも分からない。だから早めに切り上げるっていうならペース配分にも気持ちにも余裕が出来ると思ったからだ」
俺の意見を聞いてただ頷くメリルンと、「へー」と少しだけ驚いたように反応するエーリナ。
「今のを聞いてエーリナちゃんはどう思った?」
「オズワルドって色々考えてるんだなーって思ったわ。だって初めての討伐依頼よ? 腕試しじゃないけど、なんかこうやってやるぞー! って燃えるとこじゃない普通。でもオズワルドなんていうか、冷静……違うわね、こういうのって枯れてるっていうのかな」
そこまでエーリナが言うとメリルンが吹き出して笑った。
枯れてるか……。俺枯れてるのか……。
「笑っちゃってごめんなさいね、エーリナちゃんの言いたいことはわかったわ。じゃあ次にエーリナちゃんはどうしていっぱい戦いたいって思ったのかしら?」
「モンスターとは言え生き物を殺すのよ? 沢山殺して後戻りできないくらいに返り血を浴びなきゃ中途半端な罪悪感で心が折れちゃうかも知れないでしょ? 殺してみないと自分の心が強いか弱いかわからないし、それなら必死なうちに沢山殺して慣れるしかないもの」
エーリナの意見を聞いたメリルンは再び頷く。そして俺は驚愕した。
「今のを聞いてオズワルドちゃんはどう思った?」
「正直エーリナは興奮して考えなしにモンスターと戦いたいって言ってるだけだと思ってた。でも、話を聞いた後だと納得できたよ」
村のモーム改牧場を作った当初、試食用に1体選んでと殺しようとした時、俺は自分で選べずに違う誰かに任せてしまった。そのことを思い出していた。
「俺は殺す家畜も選べない臆病者だ。もしかしたら折れるかもしれない」
俺がそう言うとメリルンは満足気に頷いて見せた。
「2人の考えはわかったわ、でも今日の討伐は予定通り日が傾く前までよ。今2人に意見を聞いたのはお互いがお互いの考えを知っておく必要があったからよ。慎重な人を臆病と呼んで、勇敢な人を考えなしと呼ぶ、2人がそんな冒険者になって欲しくはないわ」
メリルンはそう言って両手をパンッと合わせる。
「少しミーティングが長引いたわね。そろそろ行きましょうか」
◇ ◇ ◇
俺達は小さい荷物とそれぞれの武器を手に森の中を歩いている。
テントにすべての荷物を残していると、テントを荒らされた時の為の保険というやつだ。生物払いの結界魔法を使っているので俺達以外はよほどのことがない限り近づくことは出来ないのだが、今回は初遠征なので経験しておくためにも黙っていた。
先頭を歩くメリルンはいつも通りヒラヒラのワンピースドレス姿だがその手にはモーニングスターが握られている。
それを追って歩くエーリナは俺のあげた外套を荷物と一緒にしまい、七分袖の革の上着を中に来てる鉄の胸当てが見える様に着て、動きやすそうなハーフパンツと頑丈そうなブーツを身にまとい、両手にはそれぞれ1本ずつそれほど長くない剣が握られていた。
「エーリナって双剣ってなのか?」
最後尾を歩く俺がそうエーリナに聞くと、エーリナは自信あり気な顔をする。
「そうよ! 狩人は剣を半端で扱い辛いなんて言うけどその常識は冒険者には通じないわ! 狭い迷宮型のダンジョンでも十分に戦える剣こそ最強の武器って開拓者イニル=デコーズも言ってるでしょ? その剣を2本持ってる戦うのよ、それって超最強ってことだと思わない?」
興奮気味に俺の方に振り返って話すエーリナをなんとかなだめて前を向かせる。
まだ話したりないのかやや不満気な顔をしながら前を向くエーリナ。
「なによ、自分から話しかけてきた癖に。狩人の癖に……」
エーリナが俺を狩人と言った理由は俺の装備だ。弓を手に持ち、腰には鉈とナイフそれぞれぶら下げている。まさに正統派狩人の装備だ。
この装備の理由は、狩人の真似をして遊んでいたことがあるから弓が使えるということ。魔法による遠距離攻撃がメインになるがそれをいちいち説明するのが面倒だから弓使いってことにしておこう。という2つの理由がある。
「楽しいおしゃべりはおしまいよ。何かいるわ」
メリルンが足を止めて俺達に注意を促す。
俺は慌てて索敵魔法を使う、確かに何かが3体こちらに向かってきている。速度は人が走るくらいの速さ。となればおそらく――
「正面から3体。ゴブリン種の可能性が高い。視界に入ったらまず矢を放つ」
俺がそう言うとメリルンは楽し気な顔で「へぇ」と感心を漏らし、エーリナは「了解」と返事をして双剣を構えた。
その場で矢を構えて数秒待つ。すると前方からペタペタと裸足で走る足音が聞こえてくると同時にモンスターは姿と現した。
水色に近い青の肌をした1m程度の大きさの子鬼。
「シーゴブリン3体確認。射撃開始します」
2人に宣言しながら矢を放つ。放たれた矢が先頭を走るシーゴブリンの右目に突き刺さりそのまま頭を貫通する。
「うっ」
ビクンビクンと痙攣しながらそ倒れるその様はまるで人間のようで、俺は吐き気を覚えた。
しかし残った2匹のシーゴブリンは止まってはくれない。俺はすぐに2射目の準備をしようとするが手が震えて弦に矢がかからない。そうしている間にシーゴブリンとの距離はどんどん縮まっていく。
「アタシが前に出るわ。エーリナちゃんはフォローをお願い。オズワルドちゃんは武器を変えなさい」
メリルンの指示が飛ぶ。
エーリナが「了解」と返事するのを見て、俺も慌てて返事をして弓を手放し腰にぶら下げた鉈を鞘から抜いて構えたが鉈がカタカタと震えるのが止まらない。
震えを止めようとすると手に力入り余計に震える。
手の震えを止めないと! シーゴブリンはもう目の前に来てる。殺さなきゃ死ぬ。早く殺さないと早く早く
「――ルド! ちょっと聞こえてるの!? オズワルド!」
エーリナの声に我に返ると、戦闘はすでに終わっていたらしい。メリルンがシーゴブリン種の討伐報告用の部位である耳を切っているのが見える。
「大丈夫? 顔真っ青だしすごい汗だよ?」
「……大丈夫じゃないかも。エーリナは?」
「メリルンが2匹を一振りで倒しちゃったから私はまだ倒してない」
「そうか……」
「でも、ちょっと怖くなった。見てただけでこんな気持ちになるのに、剣で切ったらその感触が手に残るんだろうなって思ったら……」
震えの止まらない自分の右手を眺めながら、エーリナに「そうだな」とだけ返事を返した。
戻ってきたメリルンに俺を見て、「偉いわね」と言ったのが聞こえた。
魔法を使えばこんな思いも消すことが出来る。だけでそうしないのは向き合う覚悟があるからだ。
そんな俺の意地を見透かされた気がして、俺はギュッと震える右手を強く握った。




