はじまり Ⅰ
俺、オズワルドは今年で15歳になる。
しかし、精神年齢の方はハッキリ言ってオッサンだ。なぜなら、俺はサトウヤスヨシという40歳で病死した人間の記憶持ったまま生まれてきたからだ。
この世界はヤスヨシの記憶にある世界とはまるで違う世界だ。当たり前のように教育を受けれて、あらゆる便利な道具に囲まれ明日の命も保証されるような世界ではない。
生まれたばかりの頃、俺はいまから努力すれば秀才天才として持て囃され、エリートコースまっしぐらだ。という野心に燃え、必死に両親の会話を聞き取り、その時の状況を見て想像と空想を膨らますことで1歳になるまでには日常会話を覚えることができた。
3歳になる頃、村の同年代の子供達と同様に村の中をよたよたと歩き回っても怒られなくなった俺は、字を覚えるために何でもいいので本とそれを読み聞かせてくれる人を探していた。
しかしこの世界で紙は高価なもの、それも本ともなれば貧乏集落になどあるわけもなく。本とそれを読んでくれる人探しは難航することになった。
そんなある日、俺は見つけてしまった。3日1度の頻度で村に住む老人達が教会に集まり祈りを捧げるその場所で、書を読み聞かせている村に派遣されている神父様の姿を。
それから俺の行動は早かった。すぐに教会に通うようになりに敬虔な風を装って神父様に祈りの書を何度も読み聞かせてもらい、大まかに暗記した頃それを本の文字と照らし合わせてることで必死に字の勉強をした。
言葉や文字を覚え、持っていた記憶で複雑な計算も簡単にこなす、まさに神童と言わんばかりだった俺の夢は砕かれたのは、5歳になる頃だった。
子供ながらもその才を隠すことなく披露してた俺を、「生まれさえ良ければ」「こんな村じゃなければ」と言いながら村人達は可哀想な子を見るような目で見ている。そのことが気になり両親に聞いてしまったのだ。
両親は「賢いこの子は自分達が教えなくてもすぐに知ってしまうだろう」そう言って少し悲しい表情をしてから優しく俺に教えてくれた。
内容を要約すると――
どんなに頭が良くてもこんな貧乏な村の村人Aの家では将来は狩人か農民、腕に自信があってもせいぜい傭兵か使い捨ての兵士くらいにしかなれないということ。
その選べる職業も、この世界には15歳になると洗礼の儀というものがあり、そこで神様に成人を認めてもらうと同時に与えてもらえる恩恵でほぼ決まる。
万が一、いや億が一の確率でアタリの恩恵はあるらしく、それを与えられれば大出世は見込める。逆に同じ確率で全く意味の解らないいわゆるハズレの恩恵を与えられると農民が確定するどころか畑すら貰えないということもあるらしい。
つまり俺のような貧乏村人Aはどんなに学があってもそれを活かす職業を選ぶことはできない。
最初の内はそれでも体力を作っておけば大丈夫。それに字を読み書きできることが役に立たないわけがない。と自分に思い込ませて体力作りを始め毎日続けていた。
しかし、村の大人達を見ているとこれが現実なんだ。と突き付けられているような気がして、俺のモチベーションはどんどん下がっていった。
そして12歳になる頃には、朝から家の手伝いをして終わったら集まって遊びに出かける同い年の子供と同じ普通の子供になっていた。
最初の内は、村一番の変わり者な子供と呼ばれ浮いていた俺だったが、同世代の子供達の輪の中に入るのは難しくはなかった。
男は俺とコム、村長の息子ディン、村唯一の鍛冶屋の息子トマの4人。女は隣の家のケリィとフーの2人。合わせて6人が俺と同い年で村で悪ガキ6人組と呼ばれるメンバーだった。
狩人の真似をして山に入っては隣の村の猟区まで入って怒られたりなど、やってきた悪行をあげていくときりがない。
そんな俺達だからこそ仲間意識、結束力、絆。そんな言葉では片付かないほどの結びつきが生まれていたのだ。
特に隣の家のケリィとは仲間以上の仲になっていた。
もうすぐ15になり成人する俺達には試練が与えられる。
それは村の習わしで、洗礼の儀を終えた新成人は街へ行き狩人組合に登録し、そのまま半年間はその街に滞在しながら狩人の教育を受けて、その後で村に帰るか街で暮らすか自分で決めるというものだ。
前例は少ないが狩人組合の情報は領主様にも届くようになっていてアタリの恩恵の場合はそこで違う組合や騎士団、兵団にスカウトされることもあるらしい。逆にハズレな恩恵の場合は見つかると不利になるのでもし村から出たならその者は村から出すなという風になっている。
ほとんどの人は街に恐れをなして村に帰ってくるもので、俺達も帰ってくることを前提で仲間達と将来の話をしたりしていた。
俺とケリィは、俺達がどんな恩恵だったとしても必ず村に戻って一緒になろう。そう約束した。
前世は独身だったが今は結婚を約束した相手がいる。洗礼の儀をして街で勉強して戻ればケリィとのバラ色の新婚生活が始まるのだ。
◇◇◇
「こ、これは!?」
神父様が驚きの声をあげた。早朝から始まった洗礼の儀ももう終わろうという時のことだ。
最初に洗礼を受けた村長の息子ディンは剣術の恩恵を与えられた。ディンは神様に感謝するように祈りのポーズを取っていたが表情は納得いかないような顔をしていた。剣はこの世界ではマイナーな武器で、槍と比べて材料の鉄は倍以上使うのに攻撃範囲は狭く、扱いも難しい、その上威力もないという評価だ、ディンの表情が曇るのもわかる。
次に洗礼を受けたフーは料理の恩恵を与えられた。料理の恩恵は、料理が上手になるのは当然として、食べられるもの食べられないものを見分け、普通では難しい処理をしなければならないものなども簡単に調理できるようになるため遠征に向かう狩人などには嬉しい恩恵でフーは真面目な顔を作ろうとしているが口角が上がっているのがわかる。
その次のコムは開拓兵に向いている斧術の恩恵を与えられ、トマは力の恩恵という道具や作業関係なく常に使えるアタリの恩恵を与えられた。
ケリィは風の恩恵という、明日の天気がわかったり森の中で獲物の場所がわかったりするアタリの恩恵を与えられた。アタリの恩恵を与えられた2人はすごく嬉しそうな顔をしている。
そして俺の順番になったのだが、神父様は先ほど驚きの声をあげたまま硬直してしまった。
しばらく様子を見ていた俺だったが、沈黙に耐え切れなくなり恐る恐る声をかけることにした。
「神父様、俺の洗礼はどうだったんでしょうか?」
神父様は俺の声に我に返ると、申し訳なさそうにして俺の顔を見る。
「オズワルド、……残念だけど君は未知の恩恵のようだ」
未知の恩恵、それは億が一のほとんどない確率で与えられる使い方のわからないハズレの恩恵。
俺は膝から崩れ落ちた。俺の未来はここで終わったのだ、なにもかもが終わってしまった。
そんな俺を見たディンとケリィが駆け寄ってくる。どう声をかけていいかわからないのだろう、それでも肩に手を置いてしっかりしろと言わんばかりに俺を揺さぶる。
そのおかげで少し自分を取り戻せた俺は、震える声でもう一度神父様に問いかけた。
「あ、あの……。俺の、……俺の恩恵はなんと出たのでしょうか?」
「本当に聞きたいですか?」
「聞いてわかるものかはわかりません。それでも神様が俺に与えてくれた恩恵ならどんなものか知っておきたいです」
血の気の引いた真っ青な顔で、それでも真剣に神父様を見つめる俺の目を見て、神父様は一つ大きく息を吸い込んで――
「わかりました。オズワルド、君の恩恵はマホーの恩恵だ。」
他の言葉はこの世界の言葉だった。しかし1つだけ、この世界の言葉ではない聞きなれた言葉が含まれていた。
俺は思わず聞き返した。
「魔法?」
「そうマホーだ。全くなんのことか検討もつかない。神聖国の聖地にいけば前例くらいは見つかるかも知れないが……すまない」
神父様が頭を下げようとするのを俺は立ち上がって止める。
「大丈夫です、神父様に悪いところは一つもありません。ただもう一度だけ確認したいのですが、魔法の恩恵で間違いないですか?」
「あぁマホーの恩恵で間違いない」
「やったあああああああああああああああああああ!」
心からの俺の叫びに、その場にいる全員が俺がショックのあまりおかしくなったと勘違いした。ケリィとフーは俺をみて涙まで流している。
しかし俺は正常だ、純粋に喜んでいる。なぜなら魔法を俺は知っている。正確には今知ったのだが。
恩恵というのは与えられた人間が認識するとその使い方を頭の中に刻んでくれるものだそうだ。
神父様の言うマホーの恩恵を、俺が魔法の恩恵と認識したことでその使い方が頭の中に流れてくる。記憶にある前の恵まれていた世界ですら夢物語と言われていた万能な力の使い方だ。
この日、俺は魔法使いになった。




