第20話 「バンカーはどこにいてもバンカー」
ルミナス王国。
王都の中心を流れるルミナ川には、美しい石橋が架かっていた。
六つのアーチを持つその橋は、「ポン・アンフィニ」と呼ばれ、王国の人々に長く親しまれていた。
桜木は橋の欄干にもたれながら、静かに川面を眺めていた。
「……萬代橋に、よく似てるな」
異世界へ来たばかりの頃から、そう思っていた。
幅広い橋、緩やかな六連アーチ、橋の上を行き交う人々。
景色は違うのに、どこか懐かしかった。
背後からレオの声がする。
「支店長!」
「だから、その呼び方はやめろ」
「もう癖なんです!」
「困った癖だな」
ナインも静かに近づいてくる。
「……帰るのか」
「分からない」
桜木は苦笑した。
「帰れる保証もないし、帰れない保証もない」
女王エリシアも橋まで見送りに来ていた。
「銀行員。」
「はい。」
「そなたが来てから、この国は変わった。」
「私一人の力ではありません。」
「謙遜するな。」
女王は穏やかに微笑む。
「もし帰れぬなら、この国はいつでも迎える。」
「ありがとうございます。」
そのときだった。
「待てー!」
橋の向こうから、子どもたちが笑いながら走ってきた。
「危ないぞ!」
レオが叫ぶ。
しかし、一人の子どもが勢い余って桜木にぶつかった。
「あっ!」
桜木の足が石畳で滑る。
「しまっ――」
体勢を立て直そうとした瞬間、欄干を越えてしまう。
「桜木さん!」
「支店長!」
ナインが手を伸ばす。
だが、あとわずか届かない。
「またかよぉぉぉ!」
ドボンッ!
冷たい水が全身を包む。
(……また落ちるのか。)
(これで二度目だぞ。)
意識がゆっくり遠ざかっていく。
…知らない天井だ…。
「……先生!」
「意識が戻りました!」
桜木はゆっくり目を開けた。
白い天井。
薬品の匂い。
「ここは……」
看護師が安堵した表情で答える。
「リンコー病院です。萬代橋から落ちて2ヶ月ほど意識不明になってたんです」
「……そうか。」
萬代橋から転落した夜。
あの続きの時間へ戻ってきたのだ。
退院の日。
私物を受け取った桜木は、上着のポケットに小さな違和感を覚えた。
取り出したのは、一枚の金貨。
ルミナス王国の紋章が刻まれている。
「……夢じゃなかったか。」
思わず笑みがこぼれた。
数日後。
自宅で今後を考えていると、インターホンが鳴る。
「はい。」
玄関にはスーツ姿の男女が立っていた。
「株式会社ポニーです。」
「家電メーカーのポニーが私になにか?」
「新規金融事業について、ご相談に参りました。ついては旧越後中部銀行本店まで起こし頂けませんか?」
「は…はぁ…?」
1時間後、旧越後中部銀行本店。7階建てビルの3階にある会議室。
「現在、日本継承銀行が引き継いでいる越後中部銀行の事業を、当社が設立する新法人が承継する方向で協議を進めています。」
桜木は静かに資料へ目を落とした。
「ただし、当社だけでは資本が不足していました。」
担当者は続ける。
「そこで、コンビニ大手コメリーハートが20%出資することで合意しました。」
新しいロゴが映し出される。
『ポメリー銀行』
「あなたに、新銀行の立ち上げに参加していただきたいのです。」
桜木は少し考え、尋ねた。
「なぜ私なんです。」
担当者は迷わず答えた。
「越後中部銀行全店を調査しました。」
「唯一、黒字だった店舗があります。」
「沼垂四つ角支店です。」
桜木は黙って聞いていた。
「青山頭取による無理な大口融資の指示に対し、あなたは支店長として、採算の合わない案件は受け入れませんでした。」
「組織では浮いた存在だったそうですね。」
「ええ。」
桜木は苦笑する。
「ずいぶん怒鳴られました。」
「しかし、その結果、沼垂四つ角支店だけが最後まで黒字でした。」
担当者は深く頭を下げた。
「私たちは、従順な支店長ではなく、銀行を守れる経営者を探しています。」
しばらく沈黙が続く。
やがて桜木はホワイトボードに5つの項目を書いた。
「私から条件があります。」
「ぜひ。」
「第一。コメリーハートの店舗網を利用して、コンビニATMを全国展開します。」
「ええ、それはコメリーハートも納得しています。」
「そして、申し出があれば、そのATMを電気料金や施設利用料を減免頂いた上で、公共施設などにも展開します」
「なるほど…それならコメリーハート全国15000店のほか市役所などにもチャンネルを拡げられますし、災害時の避難所でも、キャッシュカードがあれば現金の調達が避難民でも楽にできますね…」
「第二。他行にもATMを開放します。」
役員が首をかしげながら話す
「独占した方が収益が大きくなるのでは?」
桜木は答えた。
「いいえ、逆です。他行としても15000店のコメリーハートにATMは魅力的です。他行に手数料の決定はしてもらいそのうち100円と消費税は必ず頂くようにします。」
と、ここで缶コーヒーを一口飲み続けた。
「今までは地元の店舗やショッピングセンターだけだった地銀が、その利用料金を支払ってもほぼ初期費用なしで、全国のコメリーハートを使えるようになる。当然、顧客も入出金くらいなら歩いていける自宅近くのコメリーハートを使います。その利用に伴う手数料収入を積み重ねれば、安定した収益になります。」
全員が熱心にメモを取る。
「第三。人員は必要最小限にします。」
「維持費は極力抑え、必要な手続きはコールセンターを使いメールオーダーやインターネットを使います」
「第四。」
桜木はゆっくり振り返った。
「融資は個人向けを中心にします。」
「住宅ローン、教育ローン、小口事業資金。」
「一件ごとの利益は小さくても、多くのお客様に分散して貸し出す。」
「一部の大口融資に銀行の命運を預けることは、二度としません。」
「そして…最後ですが、本店は少数の融資審査者、シス開と総務部門があればよいので、取締役を含めて150人くらいなので1フロア。そしてコールセンターを当初30人程度で拡張余地を残し1フロアの2フロアにし、低層階は賃貸に出しましょう。」
残りの缶コーヒーを飲み干し
「そして支店のうち、群馬県内の高崎、前橋、太田、桐生。埼玉県内の大宮と与野。東京都下の新宿と上野の8支店はすべて閉鎖します。そして県内の80支店は直営4店舗に集約。そして残り76支店のうちコメリーハートが出店できるところはコメリーハートに賃貸。そうではない店舗は売却とした方がよいと思います。
会議室は静まり返った。
やがて、ポニーの社長が立ち上がる。
「その銀行を、一緒につくりましょう。」
数か月後。
越後中部銀行本店跡地に作られたポメリー銀行本店。
大幅な改革により、低層階はATMコーナーだけ残し、6階と7階に集約された。
「社長っ!」
新入社員の声に、桜木は苦笑する。
「だから、その呼び方はやめろ。」
「すみません、つい。」
「まあ、好きに呼べ。」
窓の外には、夕日に照らされた萬代橋。
その姿は、ポン・アンフィニによく似ていた。
桜木は机の引き出しを開く。
そこには異世界の金貨が一枚。
「橋も銀行も同じだ。」
「人と人をつなぎ、未来へ信用をつないでいく。」
そう呟くと、桜木は新しい稟議書に、静かに承認印を押した。
― 完 ―




