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第1話 その勇者は銀行支店長のオッサン

――その日、銀行は静かに死んだ。

「支店長! 現金、もう出ません!」

「“もう出ません”って言い方やめろ。“在庫切れ”みたいに言うな」

「いや実際そうなんで!」

「そうか……そうだよな……」

 越後中部銀行・沼垂四つ角支店。

 普段は万代シテイから2kmほど離れた醸造と細々とした商店が立ち並ぶ商店街の中の、どこにでもある地方銀行の支店。

 だが今は――

「俺の金返せ!」 「昨日は大丈夫って言ったじゃないか!」 「責任者出せ!」

「はい、責任者です」

 桜木悠一、45歳。

 責任者という名のサンドバッグである。

 ぺこり、と頭を下げる。

(ああ……来るべき日が来ただけだ)

 分かっていた。

 ずっと前から。

 おかしい融資。

 おかしな決算。

 そして、上から降りてくる“特命”。

『この富士山麓巨人帝国リゾートと米山中東カルチャーリゾート。そして、五頭山麓ソ連村案件は通せ』

『上の判断だ』

『細かいことは気にするな』

(細かくねえよ。全部だよ)

 だが、現場は逆らえないが逆らった。

 ただ他の支店が逆らえないまま、積み上げた結果が――

(はい、破綻)

「支店長!」

 若手行員が青ざめた顔で駆け寄る。

「金融庁の検査官が……!」

「来たか」

 逃げない。

 逃げても意味がない。

 応接室。

「越後中部銀行に対し、本日付で業務停止命令を発出します」

 淡々とした声。

 桜木は、うなずいた。

「……そうですか」

「異議は?」

「ありません。むしろ、遅いくらいです」

 検査官の眉がわずかに動く。

「冷静ですね」

「現場は、ずっと見てますから」

 苦笑する。

「数字は嘘をつきません。嘘をつくのは人間です」


 その夜。

「支店長、もうやめましょうよ……」

「いいんだよ……今日は越後相互無尽から続いてきた越後中部銀行うちの命日だ……」

 信濃川のほとり。

 ネオンが揺れる。

 桜木は、完全に出来上がっていた。

「俺なぁ……ちゃんとやりたかったんだよ……」

「分かってますって」

「他の支店が貸しちゃいけないところに貸してさぁ……」

「それ支店長のせいじゃ――」

「現場の責任者だろ、俺は……もっとマトモな所に貸したかったんだよ…あぁ…うちをメーンにしている各社…危ないやろなぁ…」

 ふらり、とよろける。

「危ないですって!」

「大丈夫だ……お客様の会社よりは――」

 ドボン。

「支店長ーーーー!!?」

 冷たい。

(あー……これ死ぬな…俺)

 意識が沈む。

(回収不能……人生も、か……)

 ――の、はずだった。

「……おい」

「これが勇者?」

「いやいやいや」

「歳くいすぎじゃね?」

(……うるさいな)

 目を開けると、そこは石畳の広場だった。

 周囲には鎧姿の兵士と、野次馬。

 そして、遠慮のない視線。

「もっとこう……若くてキラキラしたやつじゃないのか?」 「伝説の剣とか似合わなそう」 「ていうか腹出てね?」「ハゲてね?」

「出てねえし!ハゲてもねぇよ!」

 反射でツッコんだ。

(あ、やばい)

「……あ、喋った」 「普通に喋るなこのおっさん」 「勇者っぽくねえなあ」

「だから勇者じゃないですって!」

 場が静まる。

「……違うの?」

「いや、むしろそっちが何なんですか」

 兵士が慌てて前に出る。

「し、失礼しました! あなた様は、陛下が召喚された勇者様でございます!」

「違うと思います」

「魔法陣から現れました!」

「それ“落ちてきただけの人”の可能性ないですか?」

 ざわざわ。

「ハズレ引いた?」 「再抽選できる?」 「返品制度ある?」

「俺は通販か!」

(なんだここ……)

(銀行潰れたと思ったら、今度はクレーム対象か……)

「と、とにかく! 陛下の御前へ!」

「強制イベントか……」


 玉座の間。

 そこにいたのは――若い女性だった。

「ようこそ、勇者よ」

 凛とした声。

(あ、王様じゃないな)

(女王か)

「ルミナス王国女王、エリシアである」

「どうも……桜木です」

「……勇者ではないのか?」

「本人にその自覚はありません」

 側近がひそひそ言う。

「陛下、再召喚を――」

「待て」

 女王が制する。

「……お前、何者だ」

「銀行員です」

「ぎんこういん?」

「お金を貸して、回収する仕事です」

 ざわ。

「回収……」 「取り立て屋だ」 「怖いやつ来た」

「だから言い方!」

 女王が興味深そうに身を乗り出す。

「では問う」

「はい」

「この国を救えるか?」

(テンプレ来た)

「その前にいいですか」

「なんだ」

「資料あります?」

「しりょう?」

「財政状況とか、借入とか、収支とか」

 側近が羊皮紙を持ってくる。

「こちらが……王国の帳簿でございます」

(フォーマットが雑すぎる……)

 内心ツッコミながら目を通す。

 そして、5秒。

「……あの」

「どうだ」

「正直に言っていいですか」

「許す」

 一拍。

「これ、もう破綻してますよ」

 沈黙。

「……やはりか」

「“やはり”じゃないです。完全にアウトです」

「どこがだ」

「全部です」

 場がざわつく。

「勇者ってそんなこと言う?」 「もっとこう、“任せろ!”じゃないの?」 「現実見せすぎだろ」

 女王が静かに言う。

「……父は」

「はい」

「戦を好み、芸術を愛した」

「はい」

「そして、金を使いすぎた」

 桜木はうなずく。

「趣味と戦争に全ツッパですね」

「……そうなる」

(あー……またこれかぁ)

「そのツケを、今払ってると」

「……そうだ」

 桜木は深く息を吐いた。

(銀行でも国家でも、やること同じかよ)

「で、どうする勇者よ」

「だから勇者じゃないですって」

「……では銀行員」

「はい」

「この国を立て直せるか?」

 少し考える。

「無理です」

 全員「えっ」

「ただし」

「やり方は知ってます」

 玉座の間に、静かなざわめきが広がる。

(さて――)

(貸し剥がし、どこから始めるか)

越後中部銀行…かつて、新潟中央銀行という第二地銀があってねえ…。

この破綻で、害虫駆除のピコイとかが和議を申請したり大変だった。

富士山麓巨人帝国、中東カルチャーリゾート、五頭山麓ソ連村…富士ガリバー王国、柏崎トルコ文化村、新潟ロシア村。この3つの頭取案件を始めとする乱脈融資が破綻の引き金になった都下なんとか。

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