捜査行動03 「握手」
「お前はここに二度と顔を出すなと、言っといたよな」
少し中年太りした特殊捜査課の男性署員が、こめかみに青筋を立てて辰巳と話をしている。
「えぇ? 同じ警察官同士、仲良くしましょうよ」
「私はお前を警官仲間だとは思ってない」
即刻断絶宣言が発せられる。
「もうすぐウチの課長経由でお話が来ると思いますよ」
辰巳は揺らがない。
男性署員、は憤怒の感情を露わにして、胸倉を掴んで突っかかる。
「いい加減にしろ、このドチンピラ! あの一件でウチらの面子丸潰しにしやがって! こっちは逮捕令状の手続き直前だったんだぞ! それを公務執行妨害で、一人でしょっ引いて! あとはこっちで余罪処理? 喧嘩売ってんのか!?」
ふぅと、どこ吹く風の態度を辰巳が見せる。
「でも最終的にはご破算にならなかったでしょう? しかもバックの組まで引っ張り出した。貴方たちの令状では実行犯までだった。立案者と計画者まで道連れにしたんですから、大目に見てください」
男性署員が舌打ちをして辰巳を離す。
「それに県警本部では対暴力団頂上作戦の最終調整局面だったんです。それを勘案したら、あの時、あの瞬間がベスト。特捜部も機動隊も出払ってるんだから、自分一人しか動けなかった。殉職したらしたで、警官殺しで相手を詰められる。結果オーライ、でした」
「結果じゃなくて、過程が大事なんだよ! 私たち警察は! 司法権の行使には過程の遵守が必要なんだ! だから国民に対して、抑止の暴力装置でいられる!」
本庁からのヒヨッコが、と悪態を吐く。
「お話ごもっとも。自分もあんな手段は本当は取りたくない。本当は、取りたくないんです」
そう言って一枚の書類を渡す。
「これが今回の件に関する被害者のSNSアカウントデータをまとめたものです。彼女のアカウントを閲覧した人間を片っ端から捜索してリスト化してほしいんです。個別の捜査はこちらで行ないます。女の子が一人命を落としていますからね」
「…そういう正義の味方ヅラしてるのも気に入らねぇ」
「ご自由に。こちらは結果が出れば、怨嗟も侮辱も受け入れます」
そして辰巳は深々と頭を下げた。
「ご協力、お願いします」
ケッとまた舌打ちが聞こえる。
「お前のボスに言っとけ。この署は捜査課のオモチャじゃねぇ。お前のようなガキの、”お前の近くにいるガキ”みたいなのの、でもな」
渡された書類をまるめて辰巳の頭をペシペシ叩き、男性署員は自分の管轄へ戻っていく。
さっと頭を上げた辰巳が、警察で支給されているスマホで電話を掛ける。
コール音数回ののち、繋がる。
「もしもし。俺、辰巳。いま大丈夫?」
《大丈夫じゃなくても、アンタ、話し続けるでしょう?》
声色だけで妖艶さが伝わる女性の声が聞こえる。
「お察し感謝。今回の件の担当鑑識だったよね。これから会いに行ってもいい?」
《…アタシ今日はもう非番なんだけど。何? 電話じゃダメ?》
「直接聞きたい、というのが本音」
《ヤダ。今回みたいな件、アタシ好みじゃないの。気分悪いから、また今度》
プツリと切れる。
再コール。
《いい加減にしないと、怒るわよ》
「一回写真見せた、あの組の若頭を酒の場に紹介しようか? あの人未婚だよ」
《そういうことは早く言いなさい! どこ行くの、今日会うの! ヤダ! 服どうしようかしら!? あの人の好みの色とか分かる? 特に下着とか!》
受話口から黄色い声がキンキンと聞こえる。
「あーあー。スマン、今日じゃないんだ」
《死ね》
「それは後日セッティングするから。取り急ぎ、話を聞かせてくれ」
《じゃあタクシーで来て。酒の無い席じゃ行かないから》
まだ退勤時間を回っていない。この時間から呑むのも、いかがなものか。
「…しかたねぇ。早退の許可取るから、どっか指定してくれ」
《オッケー。アンタの奢りね》
ハイハイと約束を取り付けて、今度は上司に早退の理由を電話で伝える。
「と、いうわけで鑑識課のアイツから話、聞いてきます」
《分かったよ。好きにしろ》
「あと、おやっさんも紹介しときましょうか?」
《ふざけんな。俺は妻も子供もいる。人の趣味に文句は言わないが、巻込むんじゃねぇ》
ブツリと切られる。
してやったりの顔で辰巳が署の出口へ向かう。
「…辰巳さん。何やってるんですか」
引き上げ時に清水に捕まる。
「あら、シミズちゃん。俺はこれで早退させてもらうよ。ちょいと腹の調子が悪くてね」
「清水です。ハァ…。もう好きにしてください。お大事に」
呆れて背中を向ける姿が、疲れて、寂しそうに見えた。
「…っ、シミズちゃん」
小さく零れた声は届かず、そのまま距離が離れていく。
後ろめたさを感じつつ、辰巳はそそくさと署から出る。
そこで他の女性警官たちに話しかけられる。
「あれ? 辰巳さん。今からお出掛け?」
「どこか行くならアタシたち車、出しますよ!」
若干色めきだった声色。
「ごめんね。ちょっと人には言えない、と・こ・ろ」
きゃあ、と興奮した声が上がる。
「辰巳さん! また何か悪いこと考えてるぅ!」
「また不良警官無双しちゃうんですか!」
フルフルと演技じみて首を横に振った。
「そんなことしたら、まぁぁた、おやっさんに怒られちゃうよ。だから今日はおとなしく聞き込みをするだけ。でももしも病院送りとかで帰ってきたら、お見舞いヨロシクね! 個室ベッドの隣空けとくから」
「ヤダぁ! そんなとこお姫様に見られたら、辰巳さんの入院が長引いちゃう!」
「おやおや? 俺だけがボコボコにされる前提かい? 恐い恐い」
身を震わせながら後ずさりして、その場から立ち去ろうとする。
「じゃあね辰巳さん! またゴハン連れてってください!」
「なんなら今度は二人きりでどこか行きましょう!」
抜け駆けはダメよ、とかじゃれ合い、辰巳に手を振りながら女性警官二人が署に戻っていく。
「…あっちは平和な部署だねぇ」
署の敷地から離れ、タクシーを探し始める。
貴殿におかれましては益々ご隆盛のこととお慶び申し上げます。
秋津島 蜻蛉です。
あれ? ひょっとして辰巳はちょっと不真面目な警察官なのでは?
そんな根拠の無い疑問が去来する今日この頃、如何お過ごしでしょうか。
辰巳が不良警官だったらその他の警察官なんて、すぐ退職して山賊にでもなってますよ。
あるいは空に浮かぶ城を目指す空賊か。
「お父さんは噓つきなんかじゃなかった!」
「でもアナタの人生はもう全身、嘘まみれね」
―――― 完 ――――
やだな、こんな少年少女冒険譚。
さて、与太話は置いといて。また癖の強そうな人物が出てきそうですね。
類は友を呼ぶというか、一丘之貉というか。ホントに禄でもない連中ですよ。
おっと口が滑った。
ではでは改めてこれからの辰巳の捜査へのご期待に、またお付き合いいただきますよ。




