第162話 巡る巡る魂は、転生を重ねてどこに至るのか?ただ、誰かと寄り添うためなのか?
白を基調にした真っ白な部屋。
白い部屋に映えるようにほの赤い絨毯が一筋の道を作る。
その先には、大きな光の扉が開かれている。
いつもは人が多いこの場所も、今日ばかりは善朗の貸切となった。
部屋の後方には魂の案内人達が十数名両脇に並び立ち、きちんと整列していた。
そんな中で部屋の出入り口でナナシが善朗を見送る。
善朗はゆっくりと歩んでいく。
きっと扉を潜り、その先に行くと転生するのだろう。
善朗の歩みには淀みがなかった。
善朗はわずかな関係者以外には別れの挨拶はしなかった。
柄ではなかった。
ただ、自分の役割を果たして満足していた。
善朗は静かに自分の新しい運命と向き合う。
たった一人で?
「待ってっ!!!」
真っ白な部屋に響き渡るのは聞き覚えのある女性の声。
善朗が振り返ると、そこにいたのは・・・。
台風が過ぎ去り、人知れず百鬼夜行が終わったスカイツリーのふもと。
善朗の姿を見失い、途方にくれる乃華達。
気配をいくら探っても、現世に善朗を見つける事はできなかった。
そんな乃華達を導くような声が届く。
「乃華ちゃんっ!」
その天真爛漫な声に乃華は振り向く。
そこには、いつものように元気いっぱいの伊予の姿があった。
「伊予ちゃんっ!どうしてここにっ?!」
乃華は突然現れた悪友に自然とそう尋ねた。
伊予はニコニコとしているが、いつもと何か雰囲気が違っていた。
「乃華ちゃんっ・・・善朗君を探してるの?」
「ッ?!」
伊予の少し張りつめた声が発した言葉に乃華は飛びついた。
「キャッ?!」
伊予は乃華の行動に悲鳴を上げてしまう。それもそう、乃華は突然物凄いスピードで伊予の両肩を掴み、逃がさまいと真剣な眼差しを向けてきたのだから、
「どこにいるのっ!伊予ちゃんっ、善朗君はどこっ!」
乃華はなりふり構っていられない。乃華の中で不安の闇が大きくなっていく。
乃華の中にウゴメく黒い不安が乃華を駆り立てる。
乃華のその真剣な表情に伊予は少し堅くなるが、
「乃華ちゃんっ・・・本当に善朗君が心配?」
伊予は少し動揺するも持ち直して、乃華に善朗についてそう尋ねる。
「どういうことなんだっ?!善朗はどこにいるっ?」
「善朗の居場所を知ってるのかいっ?早く教えておくれっ!」
「善朗君はっ?」
「善坊はどこだっ?」
菊ノ助を筆頭に佐乃達も善朗の居場所を知ろうと伊予に群がってくる。
〔キッ・・・。〕
「ッ?!」
乃華以外の4人に伊予が睨みを効かせた。すると、霊界の猛者でもある4人ではあったが、その伊予の眼力にタチマチ金縛りにあう。
「乃華ちゃんっ、来てっ!」
「えっ?!」
伊予は乃華の真剣さに動かされるように乃華の手を引っ張って、空へと飛び立つ。その余りにも突拍子もない行動に乃華は目を丸くした。
「・・・・・・。」
乃華達の行動を何も出来ずに、菊ノ助達は見送る。
菊の助達が自由に動けたのは、二人の姿が空に消えた頃だった。
「いっ、伊予ちゃんっ!どうしたの?」
乃華は空を飛びつつ、何処かへと向かう伊予に戸惑いながら質問した。
「・・・もうこの辺で良いか・・・。」
乃華の質問に答えるように上空で動きを止める伊予。
「・・・・・・。」
乃華はいつも突拍子もない伊予の行動に振り回されているが、今回はいつもよりも雰囲気の違う伊予に面食らっていた。
「・・・乃華ちゃん・・・善朗君ね、転生するの・・・しかも、今日・・・。」
「えッ?!」
伊予の今まで見た事のない真剣な眼差しとその口が発した言葉に乃華は固まる。
「・・・もう時間がない・・・乃華ちゃんがもし、本当に善朗君を大切に思ってるなら・・・その場所に連れて行ってあげる・・・どうする、乃華ちゃん?」
伊予は真剣な眼差しのまま、少し切れのある口調で、そう改めて乃華に尋ねた。
「・・・いやだ・・・・・・そんなの嫌だよっ!」
乃華の口から自然とそう言葉が漏れた。
乃華にとって、善朗は確かに特別な存在だった。
優秀な転生者として初めて会って、縄破螺の件で異動願いまで出して後を追い、案内人としては逸脱した力まで、父親に願い出て習得し、さっきまで日本の存亡をかけて命がけで鬼に立ち向かった。
それはなぜだったのか?
乃華の中で、今まで触れずにいた核心がその眼差しを向けてきた。
ずっと乃華は善朗を見てきた。
決して己の欲のためではなく、大切な人やモノや事に対して、己の身を呈して守ってきた善朗に勇気付けられ、人としての在り方を教わり、その背中をいつしか見失いたくないと一生懸命追いかけた。しかし、今、その背中が目の前から消えようとしている。
「嫌だっ!そんなの絶対に嫌ッ!」
魂の案内人としては絶対に口にしてはいけない言葉、その言葉が乃華の口から飛び出していく。
迷える善良な魂が転生するのは乃華にとっては願ってもないこと。それでも、乃華には善朗の行為が許せなかった。
置いて行かれるのが嫌。
乃華の中に一つの答えが鮮やかに色付く。
「・・・・・・答えが出たね・・・乃華ちゃん・・・。」
伊予はいつもように、にこやかに乃華に笑顔を向ける。
伊予は乃華の心の覚悟を見て、再度乃華の手を引く。
「ッ?!」
乃華は眩い光に包まれて、思わず目を背けてしまう。
輝かしい光に包まれていく乃華。
目を開けていられない視界の中も、乃華をしっかりとぬくもりのある伊予の手が導いていく。いつになく、シッカリとした伊予の手が乃華を落ち着かせ、自分がこれから何をすべきなのかを定めさせた。
「・・・・・・ここは?」
乃華がしばらくして、目を開けると少し見覚えがある場所に来ていた。
伊予はいつも通り、ニコニコと笑顔を乃華に向けている。
「ここは私達には御馴染みな転生の間・・・この扉を開ければ、そこに善朗君がいるよ・・・きっと今にも転生するかも・・・。」
「ッ?!」
伊予が状況を乃華に丁寧に説明するも、乃華は伊予の言葉に心を焦らせる。
〔バンッ!〕
「ちょっと待ってッ!!!!!」
乃華は気付くと転生の間の扉を力一杯開き、その間にいるであろう善朗に向かって声を荒げた。
「・・・・・・。」
部屋の中の人間達が全て、乃華の行動に目を奪われる。
善朗もその一人だった。
善朗は丁度転生の扉に進む道の真ん中で乃華を呆然と見ている。
乃華はそんな善朗の姿に次第に怒りがこみ上げてきた。
「善朗さんっ!どうしてこんな所にいるんですかっ!!」
乃華はドシンドシンと地を鳴らし、立ち尽くす善朗をこれでもかと睨みつけながら迫っていく。
「えっ?・・・あっ、いや・・・その・・・これは・・・。」
善朗は思いもよらない乃華の登場に面食らって、神でありながら狼狽してしまう。
「どうして、転生なんかするんですかっ?!」
乃華が善朗の目の前まで近付くと、大きな声で善朗を問い詰める。
「・・・・・・。」
部屋中の魂の案内人はその言葉に口が開いて塞がらない。
死神は自分の娘のその言葉に笑いを必死に堪えている。
「えええええええええ・・・えっ・・・いやっ、だって・・・。」
善朗もまた、乃華の立場と剥離した言葉に戸惑いが収まらない。
乃華は戸惑う善朗を見て、腕組みをして鼻息を荒げる。
「私は理由を聞いているんですっ!」
乃華は善朗を睨みつけて、事の経緯の説明を強く求めた。
「あの・・・。」
善朗は乃華の勢いに圧倒されて、全てを話した。
裏霊界から高天原に行き、そこでツクヨミと会って、百鬼夜行を止めるための交換条件や、盟友である大前との別れまで、乃華が真剣に善朗と向き合った熱量に比例するように饒舌になった。
「・・・・・・そうですか・・・それなら仕方ないですね・・・。」
「えっ?!」
乃華は真剣に善朗の話を聞いて、全て聞いた上で納得して、善朗の手を引いた。その行動に善朗は再度目を丸くする。
乃華は恥ずかしそうに善朗を見る。
「なんですか?・・・私が一緒なのが不満なんですかっ?」
乃華は善朗を見ながら、頬を膨らませる。
「・・・えっ、だって・・・乃華さんは・・・。」
善朗は乃華の大胆な行動に後方の乃華の父である死神ナナシの顔を見比べながら、乃華の行動を尋ねなければならなかった。
乃華はそんな善朗を徐々に睨みつけていく。
「なんなんですか?・・・善朗さんは転生もした事ないくせにっ・・・一人じゃ心配だから案内してあげるって言ってるんですよっ。」
乃華は次第に恥じらいが怒りに変わっていく。
「いや、ほら、転生ですよ?・・・何もかも捨てていくんですよ?」
善朗は乃華の言動にどれほどの覚悟があるのか慎重に確認していく。
「善朗さんに言われなくてもっ、転生がどういうことかなんてっ、私のほうが何倍も知ってますっ!・・・善朗さんは私が一緒じゃ不満なのかどうなのかって聞いてるんですよっ!!」
乃華は善朗のあまりにも要領を得ない態度に我慢が出来ずに、再びその頭が噴火した。
「不満なんてありませんっ!」
善朗は乃華の勢いに気圧されして、思わずそう言葉が飛び出る。
乃華はその善朗の言葉を聞いて、一度ため息をつく。
「なら、良いじゃないですか・・・行きましょ?」
乃華はにこやかに笑い、左手を改めて善朗に差し出した。
「・・・・・・。」
善朗は乃華の顔と乃華の左手を交互に見て、諦めたかのように差し出された手を握る。
善朗の頭に今までの乃華との出来事が走馬灯のように流れていく。
出会いはとても褒められたものではない。
その時、最終的には善朗は乃華を突き飛ばしたのだから・・・。
それでも乃華は善朗から離れずにずっと力になってくれていた。嫌な顔をせずに、迷った時には頬を叩き、一緒に笑って、一緒に泣いて、思えば、この暖かい手がずっと善朗自身を引っ張ってくれていたようにさえ思った。
一緒に闘ってきた大前や冥とは違い、心や視線が同じ高さで一緒にあったのかもしれない。
「なんですか・・・人の顔と手をジッと見て・・・。」
乃華がチラチラと恥ずかしそうに善朗の様子を伺う。
「・・・・・・いえ、ありがとうございます・・・。」
善朗はにこやかにそう答えた。
二人は手を堅く握り、ミチを歩いていく。
その先に何があるのか、何が待っているのかは最早、神も知りえない。
だからこそ、二人は胸を躍らせる。
どんな事があろうとも、きっと二人なら立ち向かえると自信を持っている。
一緒に転生したからといって、出会えるとは限らない。
それでも、二人はきっと巡り合えると確信していた。
「お別れとかしなくていいんですか?」
善朗が共に肩を並べて歩む乃華にそう尋ねる。
「・・・・・・ああいう人なんで、大丈夫ですよ。」
乃華がナナシの方を見ずにそう素っ気なく答えた。
善朗はその言葉を半信半疑で捉えて、ナナシの方に視線を向ける。
すると、ナナシはにこやかに手を振って、二人の門出を祝福していた。
その後ろで案内人達が深く会釈をしている。
「ッ?!」
善朗はナナシの後ろにいるその人物の顔を見て、ふと思い出す。
にこやかに笑顔を二人に向ける伊予の顔に天照大御神の優しい顔が重なった。
二人は限られた人の数少ない見送りの中で、光の中に溶けていく。
今まで得られた全てのモノを捨てて、
これからまた新しく得て、心を躍らせるために、
輪廻転生
めぐりめぐる魂の旅路が、
今度は人と人として、二人を結び付けていく。
二人の笑顔が光へと消えた。