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墓地々々でんな  作者: 葛屋伍美
終幕
168/171

善朗と大前

 



『大前は必要ない』

 大前の胸の中で棘となり、荒縄となって食い込むその言葉。


 百鬼夜行を終えて、大前と善朗は懐かしき武家屋敷に来ていた。

 武家屋敷ではいつも宴会をしていて、人が居ないということはないのだが、善朗の《《天幕》》が人を寄せ付けずに二人の空間を作り出していた。


 善朗と大前は肩を並べるように立っていたが、視線は交わらない。

「・・・・・・。」

 大前は善朗を直視できずに、様子を恐る恐る伺うようにチラチラ視線を送るだけだった。あの頃の大前ならば、強気に接する事が出来ただろうが、今の大前では善朗の次の言葉が怖く、何も聞けずにいた。



「・・・・・・大前。」

「ッ?!」[ビクッ]

 大前が様子を伺っていると、善朗の口から自分を呼ぶ声が発せられる。大前は心臓を握りつぶされんばかりに驚いた。


「・・・大前、今までありがとう・・・ここまで来れたのは大前のおかげだよ。」

 善朗が虚空を見ながら、今までの感謝を大前に伝える。


「・・・・・・。」

 大前の魂は引き裂かれそうだった。今まで、これほど一人の人間に執着する事のなかった大前だったが、善朗の言葉が自分の意に反することが悔しくて悔しくて仕方がなかった。




「大前、お前とはこっ・・・。」

「主よッ!!!」

 善朗の言葉を遮るように大前が大声で善朗の名を叫ぶ。




 あれだけの大前の大きな声でも、武家屋敷の人間たちは誰一人として気付かない。大前はもしかしたらと、大人数で善朗を取り囲めばという考えがあったのかもしれない。だが、その考えも虚しく、二人の時間は無情にも流れていく。


「主よ・・・ワシではだめだったのか?・・・融合もだめで・・・主の刀としても・・・。」

 大前は人目もハバカらず、涙を流す。大前の性格ならば、女の泣き落としなどとは持っての他ではあったが、もうそれにすがり付く事しか思いつかず、大前の思考は追い詰められていた。


「・・・・・・。」

 善朗は大前の言葉をしっかり聞くために、ずっと黙って大前を見ている。


「・・・ワシは主が好きだっ・・・侍としても・・・男としてもっ!・・・ワシでは主の横には相応しくないのかッ!?」

 大前は滝のように涙を流して、善朗に視線を向ける。



 善朗は大前の全てを受け止めて、満を持して口を開いた。

「俺も大前の事が好きだよ・・・ただ、それは融合するって言うのとは違う・・・一緒に居たいって言う気持ちがどういう意味を指すのかはなんとも言えないけど・・・俺も大前とは一緒に居たい・・・それは心や頭の中じゃなくて、こうやって向き合っていることなんだよ・・・。」

 善朗は言葉を選びながら、しっかりと大前との《《最後の会話》》を交す。


 二人の間は固い絆で結ばれている。

 その関係に誤解があったまま、別れるわけにはいかない。

 善朗が《《転生》》を選んだ時点で、必然の別れが二人には訪れる。

 その事を大前自身も、あの時から覚悟していた。


 大前が言葉を詰まらせる中、善朗がしっかりと言葉を伝える。

「・・・・・・大前、大嶽丸との闘いで、大前と最後まで戦えなかったのは、大前を《《無事に殿に返す為》》だった・・・納得行かないだろうけど、俺には大前にずっと無事で居て欲しい・・・ずっと茶菓子をおいしく食べて、笑っててほしかったんだ・・・あのまま、最後まで大前を使っていたら、きっと大前は役目を終えていた・・・そんなのは俺のワガママだろうけど・・・そうした事をわかってほしい・・・。」

 善朗はしっかりと大前を見て、シッカリと言葉を伝える。



「・・・・・・。」

 大前は俯いて何もいえない。



 大前自身も全て分かっていた。

 縄破螺との闘いからずっと傍でどんな強敵も二人で挑んできた。

 善朗が何を思い、何を大切して闘っていたかなんて、大前にとっては言葉で伝えなくとも、しっかりと伝わる。それほど、大前と善朗の間には深い深い信頼があった。



 それでも、大前は区切りをつけるために、言葉にしてもらう事を選んだのかもしれない。

 善朗は最後にニコリと笑って、大前に背を向ける。




「・・・・・・。」

 大前はその背中すら見る事は出来なかった。




 しばらくすると天幕が消える。

 今まで感じなかった人の気配がそこかしこで現れた。

「うわあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 大前の大きな泣き声が武家屋敷中に響き渡った。

 大前の周りに武家屋敷のいつもの面々が何か何かと集まってくる。


「大前様っ!」

「大前様、いつお帰りにっ?!」

 武家屋敷の面々が泣き喚く大前を取り囲んで、心配して事情を尋ねる。



「うわああああああああああああああああああああっ!!!」

 それでも、大前は泣く事をやめれなかった。

 大前の耳には善朗の最後の言葉がこびり付く。

 決して忘れる事のできない優しい声とその言葉。





「大前・・・ありがとう・・・さようなら・・・。」





 大前は初めて、恋に破れるという経験をした。

 刀として生を受け、何百年ものその長い時間を刀として歩んできた。

 今ほど、付喪神という立場を恨んだことはない。

 しかし、そうでなければ、善朗と共に歩むという事もなかった。

 大前は泣く事でしか、この不条理に向き合う事ができなかったのだった。










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