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墓地々々でんな  作者: 葛屋伍美
第9幕 虹を越えて、神を凌ぐ
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閉ざされた四角の檻の中、そこに集まる観衆の狂喜が黒い毒となる



 初対面の時の感情に変化があった。

 善朗という少年に抱いていた底知れる闇が晴れ、酒呑童子はにこやかに善朗と相対している。



 その酒呑の姿を善朗の中から伺うモノ有り。

(酒呑童子・・・確かに恐れられた悪鬼・・・歴戦の雄だけあり、戦闘に関しての吸収力、対応力は感服する・・・だが、それは主にも同じ事が言える・・・酒呑童子よ・・・感謝する。)

 大前は善朗の中で、息を潜ませるように静かにその様子を見ていた。



 初めて善朗が菊ノ助に教わった七色の技。それは、ここに来て、生みの親である菊ノ助の放つ技を意図も容易く凌駕(りょうが)するほどにまで成長していた。しかし、酒呑はその技を全て受けきり、その場で適応して見せた。それは確かに恐るべき敵である。


 かのように見えたが、


 大前が見てきた善朗の到達点に大前自身が畏怖(いふ)の念を抱かずにはいられなかった。


「・・・・・・。」

 善朗は自身の全ての技が看破されたこの状況に一ミリも感情が動いていない。それよりも、酒呑の次の行動だけが善朗の心を動かした。


 それは自信のあった技を看破されても心は動かない現われでもあった。そこにどれほどの根拠があったのか、それを知るのは善朗以外には、全てを共に見てきた大前以外に居なかっただろう。



 そんな事など露とも知らない酒呑は口が軽くなる。

「百鬼夜行・・・変に思わないか?・・・お前からしても余りにも鬼が弱すぎると?」

 酒呑は仁王立ちで善朗を見たまま、饒舌(じょうぜつ)に語り出す。


「そもそも百鬼なんてのは数合わせにしか過ぎない・・・その数にそれほどの意味があるわけじゃないんだぜ・・・百鬼夜行はある男を《《神にするため》》に、この日本全体を蠱毒(こどく)に落とすための儀式みたいなもんだ・・・それはつまり、この俺とお前との闘いすらも、ある一人の男のための貢物ってことだな・・・。」

 酒呑は口を滑るに滑らせて、意気揚々と歩み出す。


「だからこそ、(しゃく)に障る・・・この大悪鬼酒呑童子様が、蠱毒の中では奴の母親のようになって、奴に食べ物を与える事になる・・・だから、あえて奴らを消さなかった・・・それだけでもダイブ削がれるもんだぜ・・・くっくっくっくっ・・・しかし、まぁ・・・お前とこれまで楽しんじまった事がそれを無意味にしちまうのが残念でならねぇ~ぜ・・・。」

 酒呑は(おく)する事無く歩みをさらに進めて、善朗との間合いを詰めていく。そして、


「しかし、あの冥とかいう女共はアイツには渡さん・・・くっくっくっくっ・・・本当はお前の目の前で遊びたかったが仕方がない・・・こうなっ」

「ちょっと待って。」

 丁度、酒呑と善朗の間合いが重なり合う寸前、善朗がここで初めて、酒呑とまともに会話をする。


「・・・俺はお前に負けたってことなのか?」

 善朗は年相応の少年の顔そのものを酒呑に向けて、そう素直に尋ねる。


 酒呑はあまりにも突然の善朗のその顔と質問に呆気にとられた。

「・・・・・・ふっ・・・ふふふっ・・・ふははははははっ!・・・そうだ、そうだよ善朗っ・・・お前は全てを出し切って、俺に挑んだ・・・いやいや、負けたとは言え誇りに思え善朗っ、お前は強いっ・・・強かったぞっ。」

 酒呑は(せき)を切ったかのような笑いを堪えきれずに腹を抱える。そして、善朗に自分の思う全てを包み隠さず言い放った。



「・・・そうなのか・・・たしかに俺はお前に全ての技を防がれた・・・素直に驚いたよ・・・でも、俺はお前に負けたなんて思ってない・・・むしろ、こんなもんなんだなって、思ってるんだけど・・・。」

「ッ?!」

 善朗の言葉に酒呑の顔がミルミル曇り出す。


 今までの明るい酒呑の笑みは消え去り、曹兵衛に唯一向けた鬼の形相が露わになる。

「おもしろいじゃねぇか、善湖善朗・・・この酒呑童子様を捕まえて、こんなものかと値踏みするその根拠を示して見せろ・・・。」

 酒呑は一切のオフザケをなくして、善朗と初めて向き合った。



「・・・ッ?!」

 酒呑童子はここで初めて善朗と真剣に向き合った事で気付いてしまった。



 善朗のその底知れる存在を直視してしまった。

 そうして、ようやく理解する。

 『知らぬが仏』とはよく言ったもの




 善朗と自分との間合いが交差するその僅かな一歩。

 その一歩が踏み出せなくなってしまった酒呑。




(・・・なぜだ・・・なぜ、俺は踏み出せない。今まで、平然としてたじゃねぇか・・・小僧とのこの間合いは正確だ・・・この一歩で俺の攻撃も届く・・・なぜ、踏み出せない?)

 酒呑の頬に一筋の汗が流れる。



 酒呑はハッとする。そして、善朗の口が動くその動作に身震いする。

「俺は見てたよ・・・ずっと見てた・・・お前が俺の技にどれほどの感覚で反応するのか見てた・・・確かにすごい適応だと思う・・・でも、俺の思ってた酒呑童子っていう鬼は俺の中を突き抜けてない・・・あんたの後ろにいる鬼はそうじゃないんだよね?」

 酒呑は善朗の言葉ひとつひとつに共鳴して、自身の鼓動が跳ね上がるのを感じた。



 初めて人間?に感じる。《《畏怖》》。



 あの金太郎にも、自分の首を掻っ切った頼光にさえ、感じなかったその感情を酒呑は心のそこから味わった。


「蠱毒かどうかなんて関係ない・・・相手がどれだけ強くても、強くなろうとも関係ない・・・俺は負けないっ・・・負けられない・・・・・・。」

 善朗はそう言うと、大前を腰の鞘に収め、深く腰を下ろして、目を閉じる。

「七色は三色に集合し、原色は収束して・・・黒となる。」

 善朗は誰に言われるわけもなく、そう言葉を並べる。





黒刀(こくとう) 七天抜刀(しちてんばっとう)





 酒呑は何もかもを悟る。

 1フレーム、0・017秒。

 シナプスの反応は0・1ミリ秒。

 人間の反応の限界を示すその速度を圧倒するほどの速度。

 その速度から繰り出される七色の技という技。


「・・・これが神の域・・・神域なの・・・か・・・。」

 酒呑は瞬きも終わる事のない僅かな時間の速度に呑まれていく。


 口から言葉が出た時にはもう全てが終わっていた。

 酒呑は大の字に倒れて、指すら動かすことは出来なかった。

 それもそのはず、首以外の四肢はズタズタに切り裂かれ、体すら細切れとなっていたからだ。



「コポッ。」

 酒呑の口から胴から切り離されても尚残っていた最後の血が滲み(にじみ)出る。

「くっくっくっ、久しく、横道(おうどう)無き者と相見えた・・・天晴れだ、善朗・・・神明(しんめい)に横道無しっ・・・善朗よ、高天原の誰よりも・・・そうであれ・・・。」

 酒呑は最後まで笑っていた。四肢が灰になり、胴が灰になり、首が崩れ落ちる中も、そう善朗に笑い散っていく。



 一説では酒呑童子は源頼光に首を切られても尚、その兜に噛み付いて足掻いたという。



(ふふふふふふっ・・・大嶽丸・・・いよいよ俺の足掻きが功を奏するか・・・伸るか反るか・・・地獄の底で見ているぞっ・・・フッ、賢太・・・・・・こりゃ、グツグツの五右衛門風呂だぁ・・・。)

 酒呑はそう残思(ざんし)を大嶽丸に放って落ちていった。




 スカイツリー天望デッキフロア、残る鬼は零。

 スカイツリーに残る鬼は1。







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