表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓地々々でんな  作者: 葛屋伍美
第8幕 百鬼夜行
156/171

~エピローグ~ 人は器で変わるが、元々器の有る人ほど、威の圧が恐ろしい


 フロア350。

 戦意のある者は最早いない。

「・・・・・・。」

 酒呑は賢太と遊んだ後、グルリと再度辺りを見回して、鼻をヒクつかせる。


 酒呑は何かに惹かれるようにフロアを歩いて、迷う事なくフロア340に繋がるエスカレーターへと近付いて行った。そこには霊界の猛者がタムロしているが、全員が全員、賢太達と酒呑の闘いの後、戦意という戦意をそがれて、酒呑の前に立つモノは一人もいなかった。それはそのフロアにいた全員がそうだった。


 酒呑は自分のために空けられる人波をさも当然かのようにスルリと抜けて、下の階へと歩いていく。



 フロア340。

 酒呑の鼻をくすぐる甘い匂いの根源がある場所。

 それは紛れもない美々子が放つ一際甘美な匂い。

 鬼に限らず、人を食うものであれば、誰もがヨダレを流さずにはいられないほどの美酒とも言える至高の一品がそこにはあった。



 フロア340にいた猛者達はフロア350の惨劇を見ていなかったから動けたのか?

「うわああああああああああああああああっ!!」

 全員が魂を奮い立たせて、降りてきた酒呑へと襲い掛かった。




 結果は言うまでもない。全ての者が動かなくなった。

 酒呑の虫を払う動作に次々と跳ね除けられて、フロア340の猛者達は意識を断たれて行く。


 フロア340の猛者達には守るべきものが眼前にあった。だからこそ、消え去りそうな魂を振るい燃やして、酒呑へと挑めた。か細い抵抗だが、それは己の道を振り返ったときに胸の張れるものだったのかもしれない。そのことが、フロア350の霊達も導いた。が、どれほど美しい行動だろうとも、それが無駄なモノは無駄でしかない。そこには美しいモノなど無く、残酷な現実が(あざけ)り笑う。







〔ぐぅ~~・・・〕

 酒呑の腹が鳴る。目の前のよだれも止められ無いご馳走にその生理現象は禁じえない事だろう。

「くだらねぇ~~もんも食わずに我慢してここまで来たかいがあったんてもんだっ。」

 酒呑は冥達の背後にいる美々子を見ながら舌なめずりをする。



「簡単に食われるなんて思わないで欲しいわねっ!」

 冥が恐らく人生で一番の虚勢を張って、酒呑に果敢に挑む。


 冥も後ろの乃華も皆が理解している。

 ここまで、無傷で来た鬼が只者であるはずも無い。

 フロア340の猛者達ならともかく、フロア350にいた賢太達を退けて、無傷で平然としているのなら、それはもう人間がどれほどものであろうとも抗う事の出来ない絶望でしかなかった。



 それでも、ただ淡々と首を洗うような者など、ここには一人もいない。



 酒呑がここまで来るまでに散っていった者達も誰一人として、鬼を止められると本気で考えて居た者などいない。(賢太は除く)


 それでも、誰一人として立ち向かう事を諦めないのは、一秒でも時間を稼げばという希望がどこかにあったからだった。一秒でも稼いで、彼が・・・《《善湖 善朗》》が来てくれるのであれば、自分達がここで散る事になったとしても、日本は百鬼夜行の悲劇から守られる。



(・・・善朗君ッ!)

 冥は拳を握りこみながら、最後の希望を思う。


 ここで冥が酒呑に食われても、その後ろには乃華が・・・その後ろの美々子さえ無事ならば、冥や乃華はなんだってした。

「私は鼓條冥っ!あなたっ、名前を名乗りなさいよっ!」

 冥は震える身体をグッと足に力を入れながら抑えつける。


 冥の突拍子も無い質問に酒呑が左眉を上げる。

「・・・名前?・・・ふはははっ・・・なるほどな・・・食われる相手の名を知りたいと・・・面白い女だな・・・お前を食うのは抱いた後でも良さそうだ・・・もしかしたら情が移るかもしれん・・・。」

 酒呑は自分の名を尋ねた冥に興味を引かれて、下腹部をそそり立たせる。


「ッ?!」

 冥は鬼のそのおぞましい行動に身震いを止める事が出来ない。


「冥よ・・・よく聞け・・・そして、誇りに思え・・・俺の名は酒呑童子・・・大江山の悪鬼とは俺のことだっ・・・。」

 酒呑は口角を高々と上げて、舌を出し、冥に対して、正々堂々と名乗りを上げた。


「・・・・・・。」

 その名を聞いて、冥を含めて、全員が言葉を失った。


 誰も勝てるわけなどなかった。

 それは当然の結果だった。

 大江山の大妖怪、酒呑童子。

 色々なおとぎ話やゲーム、アニメにすら顔を出す鬼の中の鬼。

 かの有名な金太郎こと、『坂田金時』が主である『源頼光』と共にやっとの思いで倒したという鬼の統領。それが目の前にいるのだから仕方がない。


「ふはははっ・・・どうした冥よ・・・さっきの威勢はどこにいった?」

 酒呑は自分の名を聞いて、戦意をなくし立ち尽くした冥を見て、愉悦(ゆえつ)に浸る。




「酒呑童子よっ、待ちなさいっ!」

 冥の後ろから乃華が堪らず、前に躍り出る。




 酒呑は新たな女に興味を引かれて、冥に伸ばそうとした手を止める。



「貴方を大妖怪の酒呑童子として、頼みがありますっ!・・・私がこの身を捧げますから・・・どうか・・・どうかこの二人だけは見逃して・・・下さいっ!」

 乃華は冥を押しのけて、前に出ると、酒呑童子にヒザマズき、土下座をして大胆にも交換条件を提示した。


「・・・・・・。」

 突然の女の懇願に目を丸くする酒呑。


「貴方を大妖怪として、頼んでいますっ・・・私はどうなっても構いません・・・ですから、どうかこの者達はっ!」

 乃華は頭を床にこれでもかとこすり付けて、冥と美々子の命を助けるように酒呑にすがり付く。


「・・・・・・はははははははっ!これはこれはおもしろいっ!身を呈して、二人の少女を俺に救えと来たか!・・・はははははははっ!!」

 酒呑は乃華の言葉を全て飲み込んで、その場で大いに笑い転げた。そして、




 酒呑の口が静かに開く。

「・・・断る・・・。」

 その一言で、その場の時が完全に止まった。




 存分に笑った後に、フッと我に返った酒呑がムクリと起き上がって、にやりと笑いながらそう一言、乃華に言い放った。


「お前たちに選択肢なんてあるわけがないだろう?・・・お前が一番先に食われるか・・・威勢のよかった女が犯されて食われるか・・・それとも、お前達を動けなくしてから、一番後ろの女をいたぶって食うかの違いでしかないんだぞ?」

 酒呑は冷静に冷酷に残忍に乃華達の心をその言葉で切り刻んでいく。


「ッ?!」

 乃華達は自分達を弄ぶ酒呑の言葉に怒りがこみ上げる。しかし、かといって、怒りに任せても酒呑に勝てる術などない・・・下唇を噛んで、血と涙を流すしかなかった。


「決めた決めた・・・お前たちの言動を見て、いい事を思いついたっ・・・お前たちの四肢を砕いて、まずは一番後ろの女をいたぶって、骨までしゃぶった後、お前達を犯してから喰らってやるっ・・・。」

 酒呑はそそり立つ下腹部を握り、舌なめずりをして、口角を上げ、鬼らしい提案を乃華達に告げて、ニヤリを笑う。




「クッ、このケダモノッ!」

 冥は涙を流しながら、酒呑をノノシる。

 

 しかし、その時、異変がフロア340に起こった。


「・・・・・・。」

 酒呑は完全に冥達から視線を移して、冥達の背後を凝視していた。


 酒呑のその行動に冥は目を奪われる。

「・・・・・・えッ?!」

 冥は自然とごく自然に酒呑の視線に導かれるように視線を移して、その姿を目にする。そして、冥はその視界が捉えたその姿に驚愕した。




 冥達の背後には丁度、下層から直通のエレベーターがある。

 酒呑はそのエレベーターの方向を見て、固まっていた。

 酒呑の顔から先ほどまでの笑みがミルミルと消えていく。

 音もなく、エレベーターが下層からこのフロア340について、その扉を静かに開けていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ