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墓地々々でんな  作者: 葛屋伍美
幕間7 九尾の狐
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傾国の美女、安倍清明の母・・・狐は猫にも勝るエルフ哉

 

 ある大妖怪の話。

 その大妖は西より来たとされている。

 時の朝廷、帝を籠絡(ろうらく)せしめたその大妖はワガママに人を弄び、ワガママに欲を謳歌(おうか)した。それはそこに来る前も、その前も、気の遠くなる過去からずっと同じだった。


 そのはずだった。


 その大妖すらもおぼろげな過去に、何かを忘れてきたモヤモヤした記憶。

 何かに寄り添い、暖かな何かを抱き、抱かれていたようなおぼろげな感覚。




「・・・もう飽きちゃった。」




 霊界のとある一室。

 一匹と数えられる女性がはだけた着物も直さずに、グラスに入った血のように赤い酒を傾けて遊んでいる。


「・・・ふふふっ・・・それだけ遊べば、我々でも飽きますからね・・・なにせ、我々のお慕いする人も実に飽き性ですので・・・。」

 女性の対面に座る男はそう言いながら、両腕で気付いた塔にアゴを乗せて、不敵に笑う。


 女性は対面に座る男性に目線を流す。

「死神さん・・・貴方にならできる?私を解放してくれる?」

 女性はテーブルに上半身を流して、上目遣いでそう尋ねた。


 死神ナナシは口元を左手で隠して、優しく話す。

「玉藻前・・・貴方の望む開放ということが何を指すのか存じませんが、貴方を違う道に誘う事なら出来ます。」

 ナナシはそういって、空いた右手を玉藻の方へと流した。


「・・・・・・。」

 玉藻は差し出されたナナシの右手をジッと見ている。



「・・・殺生石から解き放たれた貴方が、何をするわけもなく、ただ漂って頂けるのはこちらとしても不安があります・・・この際、色々なものを捨て去れるというのも、手かもしれませんね・・・。」

 ナナシは隠していた口元を笑顔で晒し、左手で左頬を掻く。



 玉藻はスッと立ち上がると窓の外へと視線を向ける。

「・・・私達、力を持ちすぎた大妖はずっと何かに追われている・・・その力を利用しようとする者。その力を亡きものにしようとする者・・・人だろうと、妖怪だろうと・・・神だろうと・・・。」

 玉藻は窓から虚空をしばらく見詰めて、静かに微笑み、最後にナナシをジッと見た。


 ナナシも席を立って、玉藻に少し近付く。

「・・・後戻りは出来かねます・・・それでも宜しいなら・・・。」

 ナナシは優しく玉藻に微笑み、再度スッと右手を差し出した。


「・・・・・・。」

 玉藻はジッとナナシを見て、しばらくすると疲れた表情でナナシの右手に左手をソッと置く。






「ふっっっざけんじゃないわよっ、死神っ、くそやろおおおおおおおおおおっ!!」

 一匹の猫が必死に天に鳴きながら何かを訴えている。もちろん、猫の鳴き声以外の何ものでもない。


 玉藻はナナシに導かれるように転生した。

 今までの行いにより、人としての転生は望めなかったが、それでも、何者でもない何かになることは出来た。


 その結果が猫だ。


 玉藻は目を覚ますと数匹の兄妹と共に母猫に抱かれて、健やかだった。


 数週間。


 その幸せの時間は突然幕切れをする。

「だから言っただろっ、保護猫で良いってっ!」

「そんなの知らないわよっ!ちょっと目を離した隙に外に出てって、見つけたら妊娠してただけじゃないっ!」

 玉藻が母猫に抱かれる傍で、人間の男女がなにやら言い争いをしていた。


 玉藻を産んだ母猫は血統書付の立派な猫だった。

 女性にねだられた男性が大金を叩いて、わざわざペットショップで子猫を買ってきたのが始まり・・・家猫として、大事に飼われていた母猫だったが、ふとした瞬間に外の世界に飛び出して、玉藻達を宿して帰って来た。


 子猫を産んで数週間は母猫は大事な愛猫ということで、罪悪感から子猫を育てていたカップルだったが、いよいよその時が来た。


「ニャーッ、ニャーッ!」

 母猫に助けを求める子猫達の声が部屋に木霊す。


「アオーーーーンッ!ニャーーッ!」

 飼い主に対して、何をするのか必死に尋ねる母猫。


「ほらほら、ジュリアちゃん。大丈夫だよっ。」

 騒ぐ母猫をあやす様に女性が母猫を抱えて、抑え込む。


「まったく、だから去勢した猫がよかったんだよ・・・。」

 男性は子猫を捕まえては段ボール箱に詰めて、悪態をつく。


「分かったって言ってるじゃん・・・お腹切るなんてかわいそうだと思ってんだもんっ。」

 女性は母猫をあやしながら、男性の悪態にそう返答する。



(ちょっとちょっと、どういうこと?)

 猫に生まれ変わった玉藻は今までの順調そうだった生活に戸惑いを隠せない。



 玉藻のことなど露知らず、男性は全ての子猫をダンボールに詰め終わると、そのダンボールを持ったまま外へと出る。そして、車に乗せて、そのまま何処かへと走り出した。




 〔ザァーーーーッ〕

 男性が車を走らせていると、強い大粒の雨が降り出した。




「なんだよっ!どこまでもついてねぇーな・・・ちぇっ、アイツと一緒になってから面倒だし金のかかる女だし、そろそろ変えるかな・・・。」

 男性はそう言いながら、カーナビをいじり、音楽を駆け出す。


 〔ミャーッ、ニャーッ、ミャーッ!〕

「うるせーよっ!黙ってないとこのまま外に投げ出すぞっ!」

 男性はせっかく聞いていた音楽に混じる子猫の悲痛な叫びに怒鳴り、イライラしながら、さらに車を何処かへと走らせていく。



 〔キィーッ・・・バンッ〕

 しばらくすると、車は止まり、男性は雨に濡れながら段ボール箱を車から取り出す。


 そこは何処かの河川敷。

 人目のつかないその場所に男性は車から降りて、段ボール箱を抱えたまま、川の草むらの方へと向かっていく。


 〔ニャーッ、ミャーッ、ミャーッ〕

「あぁっ、うるせーなっ。ちょっとは黙って・・・あっ?!」

 男性はダンボールの中で騒ぐ子猫達の声がついに癇に障ったのか、段ボール箱の子猫達にその苛立ちをぶつけようと、段ボール箱の上面をあけてしまう。すると、待ってましたといわんばかりに元気な子猫達は我先にと河川敷の草むらに飛び降りて、男性の元から逃げ出していった。


 男性はダンボールから逃げ出す子猫達を呆然としてみて

「・・・あぁ~~~・・・まぁ、いいか・・・ん?」

 男性は逃げてしまったモノは仕方ないと軽くなった段ボール箱を抱えて、空になった段ボール箱の中を覗き込んで、一匹の子猫と目があう。


「ニャーーッ、ニャーーーッ」

(ちょっと何よこの雨っ・・・皆何処に行ったのよっ!)

 玉藻は突然の出来事に何も出来ずに、兄妹達に取り残されてしまった。


 玉藻としての記憶があるがゆえに、本能のままに動いた別の子猫達についていけなかったのだった。


「チェッ・・・そんな疎ましく見るなよ・・・まぁいいや・・・このままここにおいてもしょうがないし・・・。」

 男性は一匹となった子猫と見詰め合って、肩を落とす。



 〔ポイッ〕



「あぁあぁ、ビショビショじゃんっ・・・速く帰ってシャワー浴びねぇーとっ。」

 男性はタバコの吸殻を捨てるように玉藻が入った段ボール箱を軽々と川へ投げ込み、全く罪悪感のないまま車へと足早に去って行った。



「ちょっ、ちょっとっ・・・どうなってんのよっ!誰かっ、誰か助けてっ!」

 玉藻は段ボール箱から顔を出して、必死に助けを呼ぶ。


 転生する前の玉藻なら造作もない状況だが、今はただの猫。

 愛らしいだけが武器の子猫に過ぎない。

 大雨の中、増水した川の中を流れる段ボール箱の中のただの子猫には、叫ぶ以外に何もできるはずがなかった。




(はか)ったわねっ、死神っ!!」

 玉藻はありったけの憎悪を天でヌクヌクと見ているであろうナナシに向かって、そう叫ぶ。




 雨は容赦なく玉藻を穿(うが)ち、容赦なくまとわりついて、その体温を奪って行った。








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