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墓地々々でんな  作者: 葛屋伍美
第7幕 妖怪共の宴
144/171

テントの支柱は高々に、中で始まるはサーカスか?

 


「お伝えしますっ・・・台風32号は勢力を保ったまま、関東全域を暴風域に入れ、速度は落としながらも、そのまま北西に・・・。」

 お茶の間のTVから男性アナウンサーが必死に台風の危険性を伝えようとしている声が響く。


 その声は町中で聞かれ、暴風域に入った地域には流石に人は出歩いていなかったが、ただ不思議な集団がポツリとどこかへと向かうように歩いていた。


 その集団は、思い思いの宗教的な服装をしている者が多く、先頭には年配の老人が年甲斐もないシッカリとした足取りで集団を導いているようだった。


 集団は浅草の雷門の前の雷門通りを進み、吾妻橋(あづまばし)を通っていく。その集団以外に人気は全くなく、その集団を(いぶか)しげに見る者もいない。風が吹き荒む中、その集団は風も雨もものともせずに淀みなく進んでいく。


 集団は吾妻橋を通過すると463号線を真っ直ぐ道の真ん中を堂々と進んでいく。


 453号線と461号線の合流地点を直進して、本所吾妻橋駅の方へ歩を進める。


 本所吾妻橋駅を通り過ぎると、業平(なりひら)一丁目の交差点を左に曲がる。


 河津(かわづ)桜を右手に見て、東武橋(とうぶばし)を渡り、最初の曲がり角を右に曲がる。


 ここまで来ずとも、大体の人にはその建造物が視界に入ってくるだろう。



 その建造物の高さは、634m。



 日本で最も高いとされるその建造物は荒れ狂う風の中も存在感をそのままに、その集団が来るのを待ち侘びていたかのようにさえ思えた。


 しかし、そのタワーはただ待っていただけではない。


 そのタワー、スカイツリーの頂上よりもまた少し高い位置に紫色にたなびく何かがあった。その何かは一般人には見ることは出来ない。が、特殊な感覚を持った人間にはおぞましいほど見えてしまう。


 人はそれを『妖幕』と詠んだ。


 百鬼夜行の出発点として、定められたのはスカイツリー。

 その頂上から今にも舞台の幕が上がるように、妖幕が垂れ下がろうとしていた。




「お待ちしておりました。」

 曹兵衛はスカイツリーのフモトまで歩いてきた集団に向かってそう声をかける。




 曹兵衛の言葉に返事をしたのはギキョウ。

「いよいよ始まるのですね。」

 ギキョウは柔らかい表情なれど、瞳の奥に愛憎にも似た熱い炎を宿し、曹兵衛にそう言葉を投げかける。


 曹兵衛はそのギキョウの感情を全て受け止めた上で答える。

「・・・まだしばらく時はありますが・・・それも《《別れの挨拶》》には十分ではありません。」

 悲痛な表情をする曹兵衛。その感情がこれからくる壮絶な闘いを誰しも予期できるには十分なモノだった。


「ご先祖様っ!」

「よう元気にしておったな・・・息災にな・・・。」

「曾御祖父ちゃんっ。」

「・・・シュウ坊、お前の成長した姿をこの目で直に見れて、私は幸せ者だ。」


 曹兵衛とギキョウを尻目に、周囲では今を生きる者と、それを見守り続けてきた者とが、しばしの奇跡的な時を共有していた。



「・・・・・・お爺様。」

「・・・ネヤ・・・。」

 しかし、年老いたギキョウすらも今では例外ではなかった。



 周囲の関係とは真逆なれど、そこにもこれから来る闘いの先の別れを(しの)び、受け入れなければならない現実が横たわっていた。


 ネヤは流と桃源郷に行くといった時の姿のままで、ギキョウの前にいた。だが、その体は半透明で不確かなものとなっていた。




 ネヤは乗り越えることは出来なかった。




 精一杯抗った末、その魂が砕け散るのを防ぐのが精一杯だった。

 ネヤのそばにはもちろん流の姿がある。

 ギキョウはよもや、孫に先立たれる形になるとは思いもよらなかった。それはネヤの才能を誰よりも認めていたからこそ、桃源郷にも二つ返事で送り出した。今となっては、その選択を自分の中でどう処理していいのか、向き合っていいのかが入り混じり、責任の所在ですら、定める事ができずにいた。


「頑張ってきなさい・・・帰りを待っていますよ・・・。」

 ギキョウはそう告げるのが精一杯だった。


 ギキョウの涙はとうに枯れてしまった。

 それもそうだろう、たった一人の最愛の孫娘が先立ったのだから。

 とてつもなく複雑な心境がギキョウの中に渦巻く。ギキョウはその最愛の者の姿を今でも尚、認識できるが、ネヤの祖母や父親は天地がひっくり返っても、最愛の娘の冷たい顔でしか、その最後の姿を認識できなかった。


 今となってはそれはギキョウにとっては、歓迎すべき恵まれた環境なのだろうか。ネヤは自分達とは違う先の世界へと旅立ってしまったが、それを認識できるギキョウやネヤの母親にしてみれば、これほど残酷なことはないのかもしれない。


「行ってきます。」

 ネヤは晴れやかな表情でギキョウにそう答える。



 ネヤにとってはそれは願ってもない世界。



 不必要な体を捨てて、直に彼を感じる事が出来る世界。

 ギキョウや両親には申し訳ないと思っていても、ネヤにとっては喜びを爆発させたいぐらいの展開だった。それでも、ネヤはその感情を表には出さず、ギキョウや周囲の人間が望む姿を演じきる。


 ネヤにとって、最も素晴らしいのは流の《《罪悪感》》。


 流は結果として、自分が強くなるためにネヤを犠牲にしたという大きな十字架を背負う事になった。ネヤの内の感情など量りかねる不器用な男である。その男はネヤのことをこれからもずっとその魂に傷として刻み、永遠という時間の中で共有していくだろう。その流の感情が、ネヤの愛情を歪ませて完成させた。そんなネヤと流を取り巻く環境で、そのことを全て理解しているのはネヤ本人以外いないだろう・・・これからもずっと永劫に。






「冥さん、美々子さん・・・来てくださってありがとうございます。」

 周囲の愛哀(あいあい)が咲き乱れる中で、それとは一線を画す人物が、名乗りをあげるように口を開く。




 その人物に呼ばれるように姿を現したのは、巫女装束に身を包んだ姉妹だった。

「乃華さん・・・私達で出来る限り、お手伝いさせて頂きます。」

 姉妹を代表して、乃華に返事をしたのは冥だった。


 ギキョウ達、救霊会の集団がここまで守って来た者は、何を隠そう鼓條(こじょう)姉妹だった。


 乃華は鼓條姉妹をジッと見て、重い口を開く。

「今回、妖幕の中で曹兵衛さん達がそのまま鬼を迎え撃つのはあまりにも無謀・・・賢太さん達が力をつけたといっても、相手は100の鬼・・・少しでも勝率を上げる為に、私が大日如来様から助けて頂いて作る結界をより強固で強力なものにしたいのです・・・そのためには、どうしてもお二人の力を借りる他ありませんでした・・・。」

 乃華はそういうと深々と頭を下げて、鼓條姉妹に謝罪した。


「・・・そんなっ・・・私達で少しでもお力になれるなら・・・美々子・・・妹共々、精一杯頑張らせて頂きますっ。」

 冥は乃華の謝罪を呈よく受け止める形を取るも、どこか心配事を隠せない感情が、その言葉を淀ませた。


 冥のそんな感情もまったく微塵も感じていない天才が口を開く。

「乃華さんっ、任せてっ!私、頑張るからっ!」

 美々子はこれからどれほどの闘いが待ち受けているかなど、露知らず、人に頼られたという喜びだけで元気いっぱいだった。



「心配いらんで姉ちゃんっ・・・俺がいるんやから、鬼の百や千、米粒数えるようなもんやっ。」

 美々子の元気を借りるようにその場の湿りきった雰囲気を吹き飛ばす男、賢太がそう声を響かせた。



「まさか腕試しが鬼なんてなぁ・・・ウキウキが止まらないぜっ。」

 賢太から続いて、追い討ちをかける様に明るい口調で武城が割り込んでくる。


「・・・腕が鳴る。」

 武城に続くのは、無口なガカク。


「・・・皆さん、日ノ本の未来が掛かっています・・・私達は絶対に負けられない・・・そんな場所にお連れすることをお許し下さい。」

 乃華は人一倍の責任を背負うように自分の周囲の人間の顔をイチベツして、そう言いながら再度頭を下げる。


 乃華の余計な感情をしかめた顔で伺うのは賢太。

「まぁ、なんや・・・姉ちゃんがそう責任感じるもんでもないやろ・・・鬼がやりたいっていう喧嘩を俺達が買うだけやん・・・ええやんか、強い相手の喧嘩なんて、なんぼでもこうたるわっ。」

 賢太は桃源郷での修行の成果を実感し、どれほどの相手でも、自分の拳で対等以上に渡り合えると信じている。


 それがたとえ、あの善朗でさえも。


 だからこそ、乃華の余計な感情は(わずら)わしかった。

 自分の力を試し、世に知らしめる。その環境を提示してくれた鬼に対して、直接お礼を述べたいとさえ賢太は思っていた。




「見てっ!」

 集団の中にいた一人の女性が天を指差して、そう叫ぶ。




 その場にいた全員が導かれるように上を見上げた。

 女性が指差すスカイツリーの頂点よりも少し上空。

 紫色の半透明な幕が横へ横へと伸びて段々と広がっていくのが見てとれる。


 〔パンッ!〕

「さてと、そろそろ準備しますかっ!」

 武城が右拳を左手で受け止める音が周囲に柏手のように鳴り響く。


「武城・・・なぜ、相談しなかった?」

 武城の柏手に導かれてきたのはノムラだった。


 武城はノムラが真っ直ぐ自分を見る中で、ニヤリと笑い背を向けた。

「・・・お前と俺の道は違う・・・それだけだ。」

 武城は親友に一言だけそう告げて、サッと背を向け、スカイツリーの内部へと姿を消して行った。




「・・・ガカク。」

 武城の後を追おうとするガカクに甘い声が降りかかる。




 ガカクがその声に反応して振り返ると、そこにいたのはユウキ太夫だった。

「・・・さらばだ・・・・・・達者でな。」

 ガカクは切なそうな表情をするユウキの頬を手で優しく触れ、誰も見たことないほどの優しい微笑みを残して行った。


 ガカクとユウキの今生の別れを目にして、曹兵衛が目を細める。

「あんたはなにか言う事はないんですか?」

 曹兵衛は何も告げずに行こうとするゴウチに向けて、そう声を張り上げる。


 ゴウチはニコニコとした表情で曹兵衛を見る。

「・・・後のことはよろしくお願いしますよ。」

 ゴウチはそう一言告げて、笑った。




「・・・まったく世話の掛かる男達だわ。」

 ゴウチの言葉に被せたのはサユミ。




「っ?!」

 サユミの姿にゴウチは驚いて目を丸くする。


 サユミの言葉に続くようにゴウチと肩を並べる曹兵衛。

「・・・行きましょう・・・私は誰かに仕事を押し付けるような薄情な男ではありませんがね。」

 曹兵衛は目を丸くするゴウチの身体に手を回して、動く事を促し、悪戯に微笑みながらそうゴウチに言う。


 ゴウチは困惑の表情のまま、曹兵衛に連れられていくが、

「・・・どっ、どういう・・・。」

 ゴウチは感情を整理できずに思わず曹兵衛に尋ねる。


「腐れ縁という事です・・・ただ、私はしっかり役目を全うしますよっ。」

 曹兵衛が困惑するゴウチに言葉で殴るようにそう言い放つ。


 ゴウチは曹兵衛のその言葉に、何もかも飲み込んで笑った。

「確かに・・・腐れ縁ですな・・・大した仕事になりそうだ。」

 ゴウチは世界のために絶対に消してはいけない男を隣に連れ、そう覚悟を決める。




(・・・いってらっしゃい、馬鹿共。)

 サユミはゴウチと曹兵衛の二人の背中と、スカイツリーに入っていく全ての霊達に心の中で、そう発破をかける。




 霊界として、12人衆は曹兵衛以外この百鬼夜行の対応に参加せず、最悪の状況に備える形を取る事を決定した。それは薄情にも思える判断だが、賢太を始めとするゴウチ達の提案でもあった。鬼と連動する妖怪や悪霊達の動向を鑑みての戦略。世界は、その予想した最悪へと傾いていこうとしている。


 万の軍勢の妖怪を率いるぬらりひょん。

 街々を徘徊する悪霊共。

 百鬼夜行に加わった酒呑童子というまだ知られていない存在。

 霊界の最大戦力となりえた善朗の消失。




 高天原はこの時でさえも、不介入を貫いた。







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