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墓地々々でんな  作者: 葛屋伍美
第7幕 妖怪共の宴
143/171

西軍東軍別れに別れ、今日はイヅコが関が原

 

 現世のとある一家のテレビからアナウンサーが季節外れの事態について、茶の間にその緊急性を伝えている。

「先日、太平洋にて、発生した台風32号は勢力を拡大したまま、北西に進み、関東をその暴風圏に入れようとしています。中心気圧は最大で924ヘクトパスカル、最大風速28mとなっております。大変危険ですので、不用不急以外の方は、指定された避難所へ事前にご非難されるか、家から出ないようにしてください。今回、太平洋で発生した・・・。」

 テレビから聞こえてくる女性アナウンサーは切迫した緊張感のある口調で、これから来る脅威に関して、最大限のアナウンスを繰り返し行っている。


「あら~~・・・緊急用品大丈夫だったかしら?」

 テレビを見ながら、家事をしていた女性が心配そうに一時作業を中断して、玄関の方へと向かって行った。


「おいおい、もう12月だっていうのに大変だな・・・こりゃぁ~~、台風が過ぎるまで、何も出来ないな・・・母さん、買い物も混むだろうから早めに行っておこう。」

 玄関の方へと出て行った女性を追う様にソファから腰を上げて、中年の男性も玄関の方へと向かった。


「善文ッ!ちょっと二階の緊急用品も見ておいてっ!」

「はーーーいっ!」

 玄関の方から女性が誰かの名を呼んで、そう言いつける。すると、2階にいた子供が大きな声で返事をした。



 〔チリンッ〕

 ソファの脇で寝ていた猫が顔を上げて、首に掛かっていた鈴を静かに鳴らす。



 猫は背伸びをして、大きな欠伸をし、ソファから飛び降りて、何処かへと走り出した。


「ミィちゃん、ちょっと邪魔しないでよ・・・。」

 しばらくすると2階から善文の声が聞こえてくる。


「にゃぁ~~~っ」

 猫の甘い鳴き声が家に響いた。


 和やかに見えるある家庭の一場面だったが、その家の外は厚い曇天がウネリ、夜の様な闇をもたらそうとしていた。そして、弱い雨から始まり、風が音を立てるように次第に強くなっていく。年末の挨拶回りに動き出そうというこの時に、外はとても人が出歩けるような状況ではなくなってきていた。






「それは誠でございましょうか、大天狗様?」

 ギキョウが今までにない、大物の客人の名前を口にして、目を丸々として驚いている。


 大天狗は出された茶菓子にも手をつけず、黙って椅子に座り、腕組みをして目を閉じている。

「・・・・・・ギキョウとやら、百鬼夜行は何百年ぶりだが、もはや止める手立てはない・・・ならば、我々がすべきことはその成就を阻止する事のみだ。」

 大天狗はカッと目を見開いて、不安の色を隠せないギキョウにそう残酷な真実を言い継げる。



「ギキョウ殿・・・我々も先ほど、大天狗様から聞かされたばかり・・・私としても、初めての経験・・・百鬼夜行が成功すれば、現世への甚大な被害が予想されます。我々としても、子孫である貴方方を守るために全力を尽くします。一緒に乗り越えましょう。」

 そう話すのは、大天狗の後ろに控えていた曹兵衛だった。


 ここは救霊会の一室。

 部屋にいるのは数名の人間なれど、ソウソウたるメンバーが大天狗と曹兵衛を囲んでいた。もちろん筆頭は救霊会の長老であるギキョウ、その隣にいるのは総理大臣と防衛大臣、警視総監。この国の安全を担う役割の人間達が集められていた。


「・・・百鬼夜行が成就したら、何が起こるというのですか?」

 恐る恐るそう大天狗に尋ねるのは、総理大臣。


 大天狗は総理大臣の懇願するような目を避けるように目を閉じて、口だけを開く。

「分からぬ。」

 大天狗はそう一言告げた。


「・・・・・・。」

 一同は顔を見合わせて、不安を更に募らせる。



「百鬼夜行はその時々で、規模も違えば、その成功で起こりうる事象も様々なのだ・・・最大の百鬼夜行とされるのは1160年代を起因とする1170年代に起こったもので、その結果1180年代に大規模な飢饉が発生し、何十万人も死んだとされる。」

 大天狗は怯える民に追い討ちをかけるようにそう包み隠さず、素直に話した。


 その大天狗の言葉に大いに揺さぶられる総理大臣の面々。

「・・・わっ、我々人間にできることはあるのでしょうか?」

 総理大臣に続いて、恐る恐る口を開いたのは警視総監の初老の男性。


 大天狗は腕組みをしたまま、警視総監の方に視線を移すと、

「はっきり言って、対応する事は人間の身には難しかろう・・・その時代時代に生きた者達も防ぐ努力は精一杯してきた・・・だが、成功するにしろ、失敗するにしろ、備える事は出来る・・・ワシは今回の百鬼夜行で無意味な死者が出ぬ様に日ノ本に風を起こそうと思っておる・・・お前たちにはそれに備え、もし百鬼夜行が成功したなら、その後の事象についても準備を怠らないようにせよっ。」

 大天狗は眼光鋭くそう言い放ち、人間界ではソウソウたる面々にそう言い付けた。


「はっ、ははぁっ!」

 総理大臣達は、余りにも大きな存在である大天狗に自然と深々とコウベを垂れて、言われた事を守る事をその場で誓った。






 総理大臣達が今後の事態に対して、対応するために部屋を去った後、大天狗達は、更に人智を超えた対応に対しての話し合いを続けていた。

「・・・此度の百鬼夜行の規模はおそらく、先ほど話したモノと同じかそれ以上のモノとなるだろう・・・ぬらりひょんが率いる妖怪共がそれに連動すれば、更に被害が広がる事は必至っ。それはなんとしても止めねばならぬ・・・しかし、妖怪の方が止めれたとしても、それを呼び水として、町中に悪霊共が溢れかえるかも知れぬ・・・それについてはそちらで何とかしてもらわねばなるまい。」

 大天狗は腕組みを未だ崩さずに眉間に深々とシワを寄せて、自分の知りうることを余す事無く話す。


「悪霊共に付きましては、我々救霊会で対応させて頂きます・・・どれほどの犠牲が出ようとも、百鬼夜行が成功してしまえば、同じ事・・・努々(ゆめゆめ)忘れぬように皆に伝えます。」

 ギキョウは大天狗にも負けない神妙な顔で両手を合わせて、祈るような形を取り、大天狗に向かって誓いを立てるように頭を下げた。


 大天狗はそのギキョウを見た後に、その誓いを受け取り、視線を脇に控えていた曹兵衛に流す。

「・・・・・・後は・・・鬼の対応ですね。」

 曹兵衛は今回の事象でもっとも大きいであろう役割について、口を開く。


 大天狗が台風を発生させて、人間が百鬼夜行の間、不用意に外に出て、被害に会わない様にし、それに合わせて、政府が動き、百鬼夜行に呼び寄せられ、高ぶる悪霊達を救霊会が対応する。



 ならば、百鬼夜行の成功か否かの命運を握るのは誰なのか?


 それはもちろん、曹兵衛達、霊界の実力者達しかいなかった。



 大天狗は大きな問題である鬼の対応について、口をへの字にして、更に深く眉間にシワを寄せる。それに対して、曹兵衛も眉間にシワを寄せる表情を崩せずにいた。

「・・・・・・菊の助さん達には、この事態を秦右衛門さんを通して伝えています。彼らが率先して対応するという事で、時間が来るまでは修練を続けるとの事です。」

 曹兵衛は少しでも明るい話題を提供するように、桃源郷で修行をしている菊の助達の事を話題に上げた。


 曹兵衛の話に少し表情が崩れたのはギキョウ。

「おぉ・・・それはすばらしい・・・ことなんですよね?」

 ギキョウは少し喜んだ後、大天狗を見て、表情をまた曇らせる。


「・・・桃源郷の修練でどれほどのモノになるかは、その者達次第だが、相手が大嶽丸となると焼け石に水とも言える・・・。」

 目をジッと閉じた姿勢のまま、大天狗が現実から目を背けぬようにそう答えた。


 曹兵衛はグッと拳に力を入れて、上体を大天狗の方へと近付けて尋ねる。

「・・・善朗君は・・・その・・・。」

 曹兵衛の希望はもはや、それだけだった。


 裏霊界で何千とも言える悪霊をその刀一本で滅消し、曹兵衛達を救ってくれた神のような存在。すがってしまうのも無理はなかった。




「・・・こればかりは、もはやまさに神のみぞ知るというしか言いようがない・・・善朗はツクヨミ様の管轄に入っている・・・神の中でも、三神に数えられるツクヨミ様から善朗を如何こうしようと思う者はいても、実行できる者など一人も居らぬ・・・ツクヨミ様には進言はしたが、それが叶うかは・・・奇跡に近いかも知れぬな・・・。」

 大天狗は目をゆっくりと開けて、眉間も緩める代わりに、暗い表情で視線を下に落とした。




 曹兵衛は大天狗の言葉を聞くと、口をグッと閉めた後にゆっくりと開き、

「・・・分かりました・・・我々は現実的な駒で戦うしかありません・・・善朗君は居ない者として、最善を尽くします。」

 曹兵衛は希望は捨てずとも、一群の将として、事態に挑む事を大天狗に告げた。






 〔ビュオオオオオオオオオーーーーーーーーーーッ〕

 〔ゴロゴロゴロゴロッ〕

 曇天が厚く流れる切れ目が見えない暗い世界。稲光が暫しの光をもたらすのも束の間、その薄暗い闇の空に万の軍勢を前にしても一歩も引かない大天狗が、その軍勢の将であるぬらりひょんと寺以来となる対面を果たしていた。



「大天狗様っ!」

 大天狗がぬらりひょんとにらめっこをしていると、下界から飛んでくる者あり、

「・・・ぬっ、お前達・・・すまぬな・・・。」

 大天狗は自分の名を呼ぶ者達の方を見ると、柔らかい表情を向けて、その者達に感謝を含んだ謝罪をした。


 鴉天狗達に連なるように集まってきた大天狗を慕う妖怪達、その数は多く見積もっても千には遠く及ばなかった。だがしかし、大天狗の胸は大きく高鳴り、その力を何倍にも押し上げる鼓舞となった。



 大天狗達の微笑ましい光景を横目でみるぬらりひょんが圧倒的有利な状況にも関わらず、神妙な面持ちでその様子をジッと見ていた。

「・・・大天狗よ・・・よもや、本当に我々の目の前に現れるとは・・・その無勢でいったいにどうしようというのだ・・・。」

 ぬらりひょんは余りにも悲観的な状況の大天狗に同情するようにそう言葉をかける。


「何々・・・ワシとしては、後ろに友が控えてくれるだけで、何万倍の馬力となるっ・・・ゆうたはずだ、ぬらりひょんっ・・・ワシは一人で闘うと・・・。」

 大天狗は大見得を切って、その自慢の大きな羽団扇を構え、ぬらりひょんを眼光鋭く射抜いてみせた。


 その大天狗の様子を見て、面白くないのはぬらりひょん。

 わざわざ、裏霊界で大嶽丸共を接待して、百鬼夜行が成功した暁には大きな後ろ盾を約束させてきた手前、動かないわけにもいかない。しかし、ぬらりひょん自身と大きく妖怪界を二分する大天狗が、こうも判りきった貧乏くじを引くとは思えなかった。大嶽丸の手前、悪霊共もたきつけて、百鬼夜行に必要な下準備は滞りなく進めた。後は大嶽丸達が動いて、その成功を見守るだけとなる。ここで、大天狗を完膚なきまでに叩き潰すことは、ぬらりひょんにとっては赤子の手を捻る、否、赤子をさらうよりも容易い。


 そんなぬらりひょんの脳裏に彼の者の姿がよぎって仕方なかった。

(・・・儂の胸がすいて仕方がない・・・圧倒的形勢を取っていても、なぜか不安が大きく膨らんでいく・・・何か見落としがないかと思いを巡らせても・・・あやつの姿がこびりついて離れぬ・・・ありえぬ・・・ありえぬが・・・。)

 ぬらりひょんは大天狗に悟られないようにするも、その不安の膨らみが爆発しそうで、押し潰されそうで仕方がなかった。


「どうした・・・来ぬのか?」

 大天狗はにらめっこだけをして、動かないぬらりひょんをけん制するように声を掛けた。


 ぬらりひょんは幾ばくか、左右に目を泳がせた後、大天狗に視点を定めて口を開く。

「くっくっくっくっ・・・儂としては、ここでお主を捻るのも簡単簡単・・・しかし、冥途の土産に百鬼夜行を見せてやってもいいだろう・・・そこで大いに楽しむが良い・・・ただし、この場から動くのであれば、容赦はせぬぞっ。」

 ぬらりひょんは満面の明るい表情で、大天狗にそう宣言する。


 ぬらりひょんはしばし静観して、様子を見ることにしたのだ。そして、仕事をしている呈を装う為に大天狗をここに縛り付ける事にした。それが凶と出るのか吉と出るのか・・・それはもう数刻後に判明する形となる。




(儂って、やっぱり天才っ)

 ぬらりひょんは自身の悪知恵を大いに評価した。






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