鬼が踊るは古に、今は鬼が踊らせる?
「顕明・・・準備は出来てるか?」
大嶽丸が徳利で酒を飲みながら、後方に従えている一匹の鬼にそう尋ねる。
「はっ、首尾良く整えております。後は、かの者を待つだけでございます。」
顕明と言われた鬼は丁寧に会釈をして、大嶽丸にそう伝えた。
顕明と言われたこの鬼は、『顕明連』という鬼で、大嶽丸の逸話に『三明の剣』と言う形で登場するモノが鬼として具現化したものだった。顕明連の姿は、サッパリとした短髪の頭にニョキリと二本の角を額に生やし、キチンとした着物の一種「紬」を着ており、真っ白な着物に紺の帯を巻いていた。背格好は青年というには少し幼さが残るぐらいに見える。その両脇には、大嶽丸をも凌ぐタッパを持った大きな男と顕明連と同じぐらいの背格好をしている髪が怒髪天のようにギザギザした活発的な赤髪の女性が飄々と歩いていた。
大男の名は『大通連』、こちらも大嶽丸の所有していた3本の剣が具現がした鬼で、ビリビリに破れた着物を更に着崩しただらしない格好、ノソリノソリと歩くゴリラのような男だった。
女の鬼の名は『小通連』、こちらも剣が具現化した鬼で、大通連ほどではないが、紅い血塗れた着物を大胆に着崩した女性で、少々刺激的な風貌をしている。
「・・・あいつはいつも気分屋だ・・・そのうちヒョッコリ現れるだろうよ。」
大嶽丸は顕明の返答に薄ら笑いを浮かべて、言葉を投げ捨てた。
大嶽丸の後ろに顕明を始めとした三明衆が控え、その後ろには95匹の色とりどり、十人十色の鬼という鬼がゾロゾロと後に続いていた。その鬼達は地獄の鬼達とは違い、裏霊界のさらに深部といわれる常闇に続く場所で悪霊や迷い込んだ人などを弄んでは好き放題暮らす者共で、その性格はまさに残忍非道、無邪気な子供が蟻の足を笑いながら、むしる事を平然と行える畜生のようなモノしかいなかった。そんな99匹の鬼達がゾロゾロと歩いていると、百鬼目の鬼がその姿を現す。
「大嶽丸・・・いい酒はあるんだろうな?」
その鬼はダラダラと歩きながらフラッと現れたかと思うと、鬼の行列の先頭を歩く大嶽丸に向かって、何はなくとも酒の所在をまずは尋ねた。
大嶽丸はそんな鬼の姿を見るなり、左手を顕明の方に出すと、顕明は用意していた徳利を透かさず渡す。
「酒呑ッ・・・そろそろ現れる頃だと思ったぜっ・・・ほらよ、お前の大好きな『神変奇特酒』だぜっ。」
大嶽丸はそう言いながら、万遍の笑みを浮かべて、左手に持った徳利を酒呑へと差し出した。
酒呑と言われたその鬼は大嶽丸の言動を鼻で笑うようにズカズカと近付き、大嶽丸が左手に持っていた徳利を奪い取るように受け取った。
「かっかっかっかっ、いいじゃねぇか・・・俺の心を抉るような酒なら持って来いだっ。」
酒呑という鬼は大嶽丸から奪った徳利を勢い良く傾けて、ゴクゴクと聞こえんばかりの喉越しを鳴らし、その中身を瞬く間に飲み干す。
酒呑と言われたこの鬼は、かの有名な『酒呑童子』その人で、平安時代、安倍晴明が源頼光とその家臣、坂田金時らを導いて倒したとされる鬼。その姿は、豪快で、白い絹の着物を脱いで、上半身裸、上半身の着物は金の帯で止めてダラリと下ろし、紅い袴を穿いて、足はワラジだけという大胆なものだった。
酒呑が自分の差し出した酒を飲む姿をみて、どこか面白くなさそうにしている大嶽丸。
「はっ・・・いい飲みっぷりじゃねぇか・・・その勢いで頼むぜ、酒呑。」
大嶽丸は空になった左手を遊ばせて、右手を着物の胸元に納め、少しぎこちなく笑う。
酒呑は徳利の酒を飲み干すと、空になった徳利をその場に投げ捨て、ニヤリと笑う。
「へっ、誰に向かっていってやがる・・・お前が気が乗らないなら、こっちでやったって良いんだぜ?茨木なんて、不貞腐れて暴れようかって始末だ・・・。」
酒呑は大嶽丸の言動に少し釘を刺すようにそう言ってみせた。
酒呑童子の言う「茨木」というのは、もちろん地名ではなく、『茨木童子』という酒呑童子の部下の鬼の名前である。
大嶽丸が酒呑の言葉にピクリと眉を動かすのと連動するかのように、三明が僅かに動く。
「へっへっへっ、手の掛かる子を持つと大変だな・・・絶好の機会が回ってこなかったのは残念な事だ・・・まぁ、次があるさ。」
大嶽丸はまずは遊んでいた手を振って、後ろに控えている鬼たちを押さえ込み、酒呑へと返答する。
「・・・・・・。」
大嶽丸の言葉に酒呑は口を閉じて、ムッと黙り込んだ。
大嶽丸は黙り込む酒呑を見て、左手を再度、顕明に合図するように振ってみせる。すると、顕明が再び徳利を差し出して、大嶽丸に丁寧に渡した。
「・・・まぁまぁ、これから始まる大業を前にいがみ合っていても仕方ねぇよ・・・今後の事について、ゆっくり飲み明かそうや・・・。」
大嶽丸は顕明に渡された徳利をスッと再度酒呑に差し出して、和解を申し出た。
酒呑は差し出された新たな徳利を今度は静かに受け取ると、一口豪快に呑む。
「・・・ふぅ~~っ・・・いい酒だ・・・祭りの前にはいい食前酒だぜ。まだまだあるんだろうな?」
酒呑は大嶽丸と対面していた身体をゆっくりと脇に避けて、大嶽丸へ道を開けた。
大嶽丸は酒呑が開けた道をゆっくりと歩き出し、酒呑と肩を並べて進み出す。それに続くように98の鬼が列を連ねていく。
俗にいう、百鬼夜行の始まりである。
百鬼夜行とは、様々な形や色をした鬼共が踊り騒ぎながら、闇を練り歩くとされ、見た者は死ぬと言い伝えられている。まさに裏霊界の片隅で、百の鬼が集まり、練り歩こうとしていた。その先に、何があるのか?何が起こるのか?それを知るのは、参列する鬼と神のみぞ知るものである。ただただ人はそのイザナミから脈々と続く呪行が通り過ぎるのを震えて待つのみ。
かたしはや
えかせにくりに
くめるさけ
てえひあしえひ
われえひにけり
私は酒に酔って、幻覚を見ている。
現実逃避をして、そうやり過ごすのも一興かもしれない。