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墓地々々でんな  作者: 葛屋伍美
第7幕 妖怪共の宴
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情けは人のためならず、故人は良く云ったものです。人を助けると言う事は最初に救っているのは自分なんだと。

 

 高天原(たかまがはら)の神殿の一室。

 大天狗がツクヨミに対して、深々と頭を下げていた。


「大天狗よ・・・そなたは母の子・・・どうして、そうまでして、あの少年のために動くのですか?」

 畳に頭を擦り続ける大天狗に対して、ツクヨミが当然のようにそう尋ねる。


 大天狗はツクヨミの問いに、頭を下げたまま口を開いた。

「あの者は、素晴らしい心を持っております・・・その証拠に、貴方様がここにお連れしたと聞き及びました・・・それが理由ではいけませんでしょうか?」

 大妖怪大天狗という男でさえも、ツクヨミという神に対しては非礼のないように言葉を選び、最善の礼節を持って接した。


「・・・・・・。」

 ツクヨミはいつものようにどんな言葉にも動ぜず、ジッと大天狗を見下ろす。


 大天狗は黙り込むツクヨミに畳み掛けるべく、ゆっくりと頭を上げて、真剣な目をツクヨミに向ける。

「あの者が望むのなら、今しばらく・・・今しばらくお連れするのは踏み止まる事は出来ぬでしょうか?」

 大天狗が再びそう言いながら、ツクヨミに対して、畳に深々と三つ指をついて、頭を垂れた。


 ツクヨミは大天狗のその言葉に反応するかのように少し上体を大天狗の方に近付ける。

「解せませんね・・・どうして、少年がそう望むと思ったのですか?」

 ツクヨミが白々しくそう大天狗に尋ねる。


「はっ・・・かの者が闇で動き出しております・・・例に漏れず、少年の行動を建前にすることは火を見るよりも明らか・・・それを知れば、少年は責を感じるのは明白・・・ならば。」

 大天狗は言葉を慎重に選び、ツクヨミにそう進言する。


「ならば・・・・・・知らせなければ、よろしいのではないですか?」

「ッ?!」

 大天狗が話すのに割って入って、そう告げるツクヨミ。その言葉に、大天狗の全身に汗が噴出した。


 ツクヨミは背筋を直し、再び石像の様な振る舞いで大天狗を見下ろし、口を開く。

「今に始まった事ではありません・・・長くこの世を見てきた者達にとっては、朝、目を覚まして背伸びをするようなもの・・・どうして、そこまでするのです?」

 ツクヨミは大天狗の言動に対して、素直にそう質問する。


 大天狗は黙ったまましばらくの時間を明け、






 〔ピシャーーーーーンッ!ゴロゴロゴロゴロッ・・・〕

 古寺で未だにらみ合う大天狗とぬらりひょん。互いのつばぜり合いをわざわざ表現するように稲妻が天に踊る。


 ぬらりひょんが沈黙を嫌うように腕組みをして、大天狗に迫る。

「どうして、あんな小僧に対して、そこまで意地を張る必要がある?・・・この度のことも、何百年も何千年も繰り返してきたことぞ・・・巻き込まれる者達の身にもなれぬのか?」

 ぬらりひょんが外堀を埋めるように大天狗ではなく、その後ろに控えているウゴメく影たちを見て、そう言い放った。


 この古寺には、数え切れない妖怪たちが集まっていた。

 それはぬらりひょん側と大天狗側とに二分され、それぞれ慕う者で分かれていた。


 ぬらりひょんの思想から、それに集う者は荒々しい者が多く、大天狗に従う者は穏やかな者が多かった。ぬらりひょんの思惑ならば、争いを好まぬ妖怪達は大天狗側に多く、大天狗のワガママで争いに巻き込まれたくないと考える者が多いと考え、そこをぬらりひょんは責めたのだ。



 そんなぬらりひょんの思惑通り、大天狗側の妖怪達はどよめきに飲まれだす。

「・・・この度の争いに、ワシはワシ以外を巻き込むつもりはない。」

「ッ?!」

 どよめきが支配する古寺の一室が大天狗のその一言で水を打ったかのように静まり返る。


 その大天狗の言葉に満面の笑みをかみ殺すのはぬらりひょん。

「かぁっ・・・なんというたっ・・・御主一人でワシラをとめるというたのかっ?!」

 ぬらりひょんは笑いを必死に堪えながら大天狗を見て、言葉を必死に搾り出す。


 大天狗はぬらりひょんの思惑も飲み込んでそれでも、胸を張って向き合う。

「ワシのワガママで、皆を傷つけるわけにはいかぬ・・・オヌシが動くのであれば、ワシはワシとして、ワシの考えで動くまでっ。」

 大天狗はそういって、目を見開き、ぬらりひょんをその眼光で打ち抜いた。


「ッ・・・あっ、あの小僧になぜそこまで肩入れするのだ?・・・なんだ、あやつにはワシラの知らぬ得があるというのか?」

 ぬらりひょんは大天狗の睨みに怯みながらも多勢に優勢の威を借りて、大天狗の真意を探る。



 大天狗はぬらりひょんの問いに思わず、ニヤケる。

「ふふふふっ・・・そうだな・・・御主らしい考えよ・・・ワシが小僧に肩入れするのは損だ得だという事ではないっ・・・長として、あるまじき行為だとしても、男として、賭ける時があるという事っ。」

「ッ?!」

 大天狗は大いに笑いながらぬらりひょんにそう見得を切り、片膝を立てて、身を乗り出して見せた。



 ぬらりひょんは大いに困惑した。

(何を言っているのだ?こんなに大きな事をそんなちっぽけな事で考えているのか?・・・いやいや、これは奴の謀りか?・・・そうに違いない・・・。)

 ぬらりひょんは目の前で勝ち誇ったかのように笑う大天狗の様子を見て、次の一言を口にせざるを得なくなった。


「奴はそこまでの男なのか?」

 当然の問いがぬらりひょんの喉の奥から、口を通り、大天狗の耳へと渡る。


 大天狗は笑うのをピタリとやめて、ぬらりひょんをギョロリと大きな目で見る。

「オヌシがそう悩むのであれば、オヌシが支えとしておる大嶽丸に聞いてみるがよいっ。」

 大天狗はぬらりひょんが後ろ盾とする今回の様々な出来事の大本とも言える者の名をそう告げた。


「・・・・・・。」

 ぬらりひょんは思慮深い男。大天狗が一言告げるだけで、1を10や100と捕らえて、考えを巡らせて行く。

(・・・まさか。)

 ぬらりひょんは今までの大嶽丸の言動を自分なりに整理して、自分なりの真理を探る。



「オヌシが動くならば、ワシが一人でも迎え撃とうっ・・・それだけだ。」

 大天狗は考え込むぬらりひょんを置いていくように勢い良く立ち上がり、古寺の出入り口の方へと歩き出す。


「・・・・・・。」

 ぬらりひょんは大天狗をジッと見るだけで、何もすることはなかった。


 止める事が、大天狗の思惑なのか。

 それとも、ここで大天狗を孤立させる事が得なのか。

 はたまた、大嶽丸の思惑を利用する事が吉なのか。


 その日の大妖怪の対談は妖怪の世界を大きく巻き込み、日本を二分する事となった。大天狗は思い悩むぬらりひょんとは対極に晴れ渡った顔で、雨が降りしきる空を飛んでいく。ぬらりひょんは大天狗の言葉を飲み込み、大いに大局と向き合っていた。





 大天狗の頭に、あの日ツクヨミと向き合った時の事が蘇る。

「どうして、そこまでするのですか?」

 ツクヨミが、善朗に必要以上に肩入れをする理由を大天狗にそう素直に尋ねる。


 大天狗は迷い無い眼をツクヨミに向けて答える。

「ツクヨミ様はご存知でございましょうか?善朗が何故にこうまで強くあり、強くなろうとして居られるのを・・・私めも非常に興味を持ち、善朗本人に聞いてみた事がございました。」

 大天狗はその時の事を思い出すと胸の高鳴りが抑えられないように今でも心が踊り、それを抑えるようにツクヨミに話す。


 ツクヨミはそんな大天狗を見て、少し感情が動いた。

「ほほぉ・・・善朗はなんと申したのですか?」

 ツクヨミは大天狗に導かれるように尋ねていく。


 大天狗は一息ついて、善朗の想いを代弁する。

縄破螺(なわはら)との戦いの時、善朗は縄破螺の呪縛から解き放たれた子供達の笑顔が忘れられないと申して居りました。結果的に救えなかった憐れな魂達でしたが、善朗はその者達の笑顔に心が震え、快感を得たと・・・。」

 大天狗は自然と口角が上がっていることにも気付かずに、その時の感情のままにツクヨミに伝えていく。


「・・・・・・。」

 ツクヨミは大天狗の感情に一線を引きながら静かに聞く。



 大天狗はツクヨミが聞く構えに徹した事で、さらに感情を乗せて言葉を続ける。

「・・・私めは、年甲斐も無くその時思ってしまいました。無償で無欲で、ただ笑顔が見たいだけで他者を助ける者の・・・心の底からの笑顔が見たいと・・・。」

 大天狗は一切の嘘偽り、迷い無くそう言い切った。





 〔ザザザザザザザザーーーーーーーーーーーーッ〕

 大天狗の全身を強い雨粒が襲いかかっていく。


 それでも大天狗は強い眼光を緩めることなく、頬を緩めて、まっすぐ前だけを見ていた。大天狗の先にあるのは暗く黒く深い曇天なれど、大天狗の心には雲一つかかってはいなかった。





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