ただひたすらに後を追う・・・その先が暗く冷たく過酷だとしても、それがその少女の求めた光なのだから
〔ドゴオオオオオオオオンッ!〕
「ぐわあああああっ!」
〔ゴバアアアアアアアッ!〕
「うわああああああああああっ!」
「ぬおおおおおおおおおっ!」
桃源郷のとある場所にある、とある洞窟の内部。
善朗が菊の助に稽古をつけてもらったその場所で、今まさに流達は菊の助によって、叩きのめされていた。1対3という数的不利をものともしない菊の助。そんな様子を遠くから眺めていたのはネヤだった。
「・・・ッ・・・。」
ネヤは黙って、バケモノのような強さの菊の助に果敢に立ち向かう流だけをジッと見ていた。しかし、その場にいることはただ見るだけというものではなく、想像以上にネヤにとっては負担ともなっていた。
見るということが負担でなく、付喪神を持ち、その力が馴染むにつれて、メキメキと人知を超えようとしている流と契約と言う形で繋がっているネヤの魂が激流の中にあるからだった。
『ネヤさん・・・あの中は、どんな修行よりも苦痛でした。』
ここに来る前に、ネヤは経験者である冥にしっかりその体験談を聞いていた。
腐っても、救霊会の№1、どんな修行にも耐え、力を磨いてきたネヤには、冥の言葉は半信半疑だった。冥のことは小さな頃から知っていた。その力の成長度合いも。ネヤにとっては、正直、下の下だと思っていた冥。しかし、今まさにネヤ自身が蛙だったことを痛感していた。
「・・・ッ・・・。」
ネヤは黙って、ジッと流だけを見ている。むしろ、それだけがネヤにとっては蜘蛛の糸だった。
流は菊の助の攻撃を受けるだけで、まったく自身の攻撃は菊の助にはカスリもしなかった。だが、ネヤにとって、そうやって懸命に何かに打ち込む流の姿が眩しく映り、繋がっている魂の激情からくる凄まじい激流にネヤの魂がバラバラにされないように繋ぎ止める唯一の救いの光だった。
ネヤ以外は霊体ゆえに、ほぼ不眠不休。
霊力を使い切れば、ここにはマン桃という万能薬もある。ネヤも使ってはいるが、実体のあるネヤにとっては、それだけでは到底補えない疲れもあった。
「・・・はぁはぁ・・・すみません・・・。」
「気にするな。」
ネヤは深いクマを目の下につくり、申し訳なさそうに流を見て、弱弱しくも謝る。流はしばし、菊の助の稽古から離れて、ネヤの傍に戻ってきていた。謝るネヤを労わるようにネヤの肩に手をおいてはいるが、視線は菊の助の方をしっかりと見ていた。
「・・・不甲斐無くて・・・はぁはぁ・・・本当に・・・。」
「今は身体を休める事に専念しろ・・・俺とて、オンオフがあることはためになる・・・。」
今にも倒れこみそうな上半身を震える両腕で必死に支えるネヤが振り絞るように言葉をつぐむと、流は視線をやっとネヤに移して、労わりの言葉を視線と共にネヤに送る。
「・・・ッ。」
〔ドサッ〕
流の優しい視線と合ったことで、ネヤは安心したのか、ツッパリが外れた蓋のように、身体を地面に落として、そのまま深い眠りについた。
ネヤと流が初めて会ったのは、ネヤがまだ小学生高学年の時だった。
ネヤはその年齢にも関わらず、将来有望と救霊会の中でも、すでに輝いていた。
「初めまして・・・ネヤと申します。」
ネヤは幽霊の流を見ても、驚かずに丁寧に頭を下げて、自己紹介をする。
「・・・・・・。」
流は頭を縦に小さく一度振って、それを返答とした。
救霊会の会長の孫と言うこともあり、周りは必要以上にネヤに目配り気配りをしていたが、それは流から見ても、息苦しいものに映っていた。しかし、ネヤは何一つ不平不満を言わずに、ただひたすらに周囲が求めるように行動し、求める姿を見せていた。
「疲れないのか?」
流はネヤが高校に上がる頃、一度だけ、ふと、そう聞いたことがある。
「全然」
ネヤはニコリと笑って、一言そう返すだけだった。
実際、その言葉には偽りはなかった。
ネヤにとって、幽霊は事実であり、この世界こそが全てだった。
周囲からどう求められているかも、賢いネヤには容易に見て取れた。そして、求められるモノを望むままに返す力もネヤにはあった。周囲から見たら、確かに周りに大人が常にいて、息苦しい環境なのは間違いなかったが、ネヤにとってはそんな事は気にも留めるほどでもない些細なことだった。
一目ぼれ。
小学生高学年に対しては、精一杯背伸びしても届かない存在。しかし、これ以上ないネヤにとっての理想的な男性像がそこにはあった。
ネヤの世界を護る大人達がそばにいるだけ。
誰も二人の世界に入っては来れない。
周囲が煩わしいと思える空間も、ネヤにとっては流との二人だけの空間を周囲から隔離するための大事な城壁でしかなかったのだ。
その内側には、姫を護る騎士がいる。
中学生に上がる前に、正式に流と契約を結んだネヤ。
どんな悪霊が来ようとも、ネヤの騎士は何人も寄せ付けない。流は普段はあまりしゃべらないが、いつもネヤを気遣うように行動をしていた。それこそが、ネヤがこの世に望む全てだった。
その世界に永遠を求める。
それがネヤにとっての全てだった。
そんな世界がある一人の少年の存在によって、揺らごうとしていた。
ネヤは必死だった。
人として、その場に止まっているはずだった魂だけの存在が歩き出したのだ。
ネヤもまた、命を懸けて、歩きをとめるわけにはいかなかった。
どこまででも、ついていくために・・・。
稽古を始めて、桃源郷の時間にして、4日目。
ネヤは不眠不休でずっと4日間、流の戦いを見続けたが、流石に不眠という疲れは脳があるネヤにとってはさけられないもので、マン桃にもカバーできない生理現象だった。
「・・・・・・。」
深い眠りの中にあるネヤの寝顔を見て、流が口を真一文字にする。
〔ズガアアアアアンッ!〕
〔ボオオオオンッ!〕
今も休みなく菊の助と戦い続ける武城とガカクの音だけが流の耳に届いていた。
「・・・・・・。」
流は鋭い視線をネヤに向けるが、目をグッと閉じて、ネヤの横で静かに座禅をくみ出した。
流の行動を逐一見ていた菊の助。
「・・・・・・。」
菊の助は黙ってはいるが、流の中の葛藤を捉えているようだった。
「何処見てんっ?!」
〔ズギャアアアアアンッ!〕
余所見をしている菊の助に飛び掛った武城だったが、あっさりと反撃の一撃を喰らい後方へと飛んでいく。
「ムッ!」
〔ガドオオオオオンッ!〕
武城を囮にして、ガカクも菊の助の死角から斬りかかるが預言者のようにそれをかわす菊の助に反撃を喰らい、武城とは別の方向へと飛ばされた。
「・・・・・・ありえねぇだろっ!」
霊体だけにどんなに激しい攻撃を受けても、身体はピンピンしている武城がガバッと起き上がって、遠くの菊の助を睨みつけて、大声で現状に抗議した。
「・・・ンッ・・・。」
ガカクもスッと起き上がり、武城と同じ気持ちを菊の助に向ける。
武城達の抗議を一身に受ける菊の助はピシッと背筋を伸ばして、それを全身で受け止め、にやりと笑う。
「・・・事実は一つっ・・・お前達は強いが、まだまだ弱いっ。」
菊の助は視線は流の方向に向けたまま、ポンポンと自身の刀の峰で右肩を叩きながらそう言い放った。
「なんだそりゃっ、問答なんて求めてねぇーーぞっ!」
武城は菊の助の遠まわしの嫌味ともとれる言葉にドシンッドシンッと音を踏み鳴らすかのように重い足取りで、菊の助の方に近付いていく。
菊の助はふてぶてしく近付いてくる武城に視線を流して、ニヤニヤしているが、その目は真剣だった。
「・・・お前達は付喪神を式している以上、俺よりも伸び代もあるし、ここ数日で随分と強くなったぜ・・・ただ、お前達が強さって言うのを勘違いしてるだけだっ。」
菊の助は刀でポンポンと肩を叩きながら、軽い口調で、そう武城達に答える。
「・・・・・・。」
ガカクは菊の助の言葉に眉をしかめるだけで、ジッと菊の助を見る。
菊の助はガカクの視線にも答えるようにそちらを見て、口角を上げる。
「お前達は歴戦の雄だ・・・戦い方も知ってる・・・だけどな、今は付喪神の力に振り回されてるっ・・・いいかい?人のすべての行動には流れがある・・・その流れに逆らえば、当然身体は重くなり、鈍くなる・・・俺達は、魂だけの存在だ・・・それは自由であり、無防備なんだぜ・・・流れに逆らえば、肉体が有った時以上に重くなるんだぜっ。」
菊の助は優しい口調で、向かってくる二人にそう言葉を送る。
菊の助のその言葉に武城は目を丸くして、動きを止める。
「・・・・・・あの賢太には、それが出来てるって事かよ・・・。」
武城は歩みを止めて、付喪神がその姿を変えた自分のトンファーに目を落として、そう呟く。
「まぁ、これは感覚的なもんだ・・・人によって、闘いの中から学ぶ者もいりゃぁ~、ジッと己と向き合って、掴む者もいるってもんよ・・・。」
菊の助は武城から再び流の方へと視線を流して、何かをフォローするように少し大きな声で、誰に向けるわけでもなく、そう言った。
「それは良い事聞いたでっ・・・伸び代ですねぇーーーっ!」
「ッ?!」
菊の助達の放つ闘いの轟音が洞窟から消えたその束の間に、それよりも大きいひどい癖のある関西弁の声が洞窟内に木霊した。流石に不意を疲れた面々が目を丸々とさせて驚き、その声のほうへと自然と視線が引っ張られる。
そこに立っていたのは、他でもない。
秦右衛門を従えて、賢太が威風堂々と仁王立ちで、その姿を大きく見せていた。が、そこにいたのは二人だけではなかった。賢太と秦右衛門の隣には、乃華の姿もあり、その後方には思いもよらぬ人物の姿が見える。
大きな猛々しい一頭の虎を引き連れて、大きな身体をした人物。
「・・・ゴウ・・・チ・・・。」
その人物を目にして、武城がその者の名を口からポロリと零した。
「ハハハハッ・・・私も一つ、混ぜてもらいますよ。」
ゴウチはニコニコと笑顔を振りまきながら、稽古に励む面々の顔見て、そう笑いかけた。