地獄にいようとも、過酷であろうとも、その男達は選んだ道を反れる事はない
裏霊界の死闘から赤門を潜り、現世へと返ってきた菊の助達。
着いて早々、善朗が死神ナナシに連れて行かれてから、和やかなムードがしばし、冷え切ったように思えたが、それでも全滅の憂き目から逃れられた安堵感は霊界の猛者達でさえも、それぞれの顔に笑顔を忘れさせてはいなかった。しかし、
「菊の助・・・お前が善朗を桃源郷で稽古をつけたって言うのは本当か?」
皆が笑顔で自分達の無事を確認する中、菊の助に声をかけた流を始めとする4人はむしろ、笑顔とは程遠い表情をしていた。
「・・・どうしたんでぇ~・・・そんな深刻そうな顔して・・・あんな地獄から無事返って来れたんだぜ・・・なんだか、望んでなかったみたいな顔じゃねぇ~か?」
菊の助は突然流から声をかけられるも、声をかけられたことよりも、深刻そうな顔をする面々の雰囲気に少し驚いた。
驚く菊の助に、流に続いて声を掛けたのは武城だった。
「菊の助さん・・・率直に言う・・・俺達も善朗のように鍛えて欲しいんだ。」
いつもふざけた雰囲気の武城がいつになく真剣な顔で、そう菊の助に迫る。
「・・・・・・。」
武城の隣には、いつも一緒にいるノムラではなく、ガカクが仏頂面で腕組みをして立っていた。
「揃いも揃ってなんでぇ~・・・お前ら十分強いじゃねぇ~か・・・。」
菊の助は悪戯に笑みを浮かべて、そう面々の顔を見ながら答える。
「菊の助・・・俺たちはガキじゃないんだぞ・・・そんな分かりきったお世辞をいうなっ。」
流は自分達を袖で振るような態度を取る菊の助に少しイラッとした気持ちを素直にぶつけた。
「・・・どんな心境の変化だ?・・・分かってるのか・・・それ以上の強さを目指すって言う事が何を得て、何を失うかって言う事を・・・。」
菊の助は顔から笑みを完全に消して、流と真剣に真正面から向き合う。
菊の助のかもし出す圧迫感からしばし、ほんのしばし、無言の時間があった中、最初に意を決するように口を開いたのは武城だった。
「俺はもう50年近く霊界にいる・・・その生活に満足してたが・・・誤魔化していた自分に嫌気が差したんだ・・・刺激を求めるくせに、ノウノウとしてることに・・・俺の求める満足できる世界はここにはねぇーって、痛感したんだよ。」
武城は両拳を握りこみながら、眉間に鋭い彫りを入れて、菊の助を悲痛な表情で見た。
悲痛に顔をゆがめる武城の隣で、ガカクもその重い口を開く。
「・・・俺は・・・友の仇をこの手で討てなかった・・・そんな自分の甘さを断ち切るため・・・。」
もう何年もガカクの声を聞いていない者もいるほど、口を開く事が奇跡に近いガカクが、腕組みを解いて一歩前に踏み出し、低いしっかりとした声で、武城に続いて菊の助にそう答えた。
「菊の助・・・おれmっ。」
「お前の気持ちはどうでもいい・・・あんたはどうなんだい?」
武城やガカクに続き、口を開こうとした流を遮り、菊の助は流の後ろで黙っていた人物に声を掛けた。
「・・・わっ・・・私は・・・。」
菊の助に声をかけられることで、その場にパッと存在を現したのは、流のパートナーであるネヤだった。ネヤはオドオドと身を小刻みに震わせて、それでも流のパートナーとして離れようとせずにその場にいた。
ネヤは口を開こうとしたが、菊の助から視線を地面へと流すなり、黙り込んでしまう。
菊の助は黙り込んだネヤから視線を流に戻して、流を睨む。
「流よ・・・お前が強くなるって言う事がどういうことなのか・・・分からんわけでもあるまい?」
菊の助は自分の過ちを見つめるように流を諭すようにゆっくりとそれでいて、重い口調で流に考えを尋ねた。
「・・・ネヤとも相談はした・・・ネヤは救霊会ナンバーワンの実力者だっ・・・女子高校生が乗り越えられたのなら・・・ネヤだって乗り越えられる。」
流はしっかりとした眼差しを菊の助に向け、しっかりとした口調で、そう菊の助に返答する。
「・・・・・・。」
流がしっかりと答える傍ら、ネヤは俯いた顔を上げ、真剣な眼差しを菊の助に向けて、無言で答える。
菊の助は一切流を見ずに、ネヤの目だけをジッと見て、静かに首を縦にゆっくりと動かす。
「・・・・・・そうかい・・・当人に決意があるのなら・・・もう俺がどうこういうことじゃねぇ~な・・・だが、今の状態でいくら稽古をつけたところで、お前たちはそれ以上強くはなれねぇ~よ?」
菊の助はネヤから視線を流して、面々の顔を一通り見ながら、腕組みをして、ニヤリと笑みを浮かべる。
「・・・分かっている。付喪神が必要なんだろう?・・・救霊会に調べてもらって、早急に集めてくる・・・それでいいんだな?」
流が4人を代表して、菊の助にそう答えた。
菊の助は流の回答を聞いたうえで、もう一度グルリと面々を見て、胸を張る。
「そうだな・・・条件を出そう・・・一週間以内に付喪神を連れて来い・・・連れて来れない者には資格はねぇ~よ・・・いいな?」
菊の助は各々の決意を聞いたうえで、そう各々に条件を出した。
「・・・・・・。」
4人は返事をせず、黙ったまま菊の助を見る。それこそが、答えであり、言葉などいらないシッカリとした覚悟の表れだった。
あれから期限の一週間よりも早い4日目。
菊の助達は三途の川の人気の少ない場所に再び集まっていた。
「・・・儂とて便利な道具ではないのだがな・・・。」
そう呆れた声で話すのは、もちろん大天狗。
大天狗の傍らには、大きな茶袋を重そうに持った鴉天狗たちが、当然のように何人か控えている。
「お手数をお掛けして、申し訳ございません。」
菊の助がそういって、頭を下げると、後ろに控えていた流達もそれぞれ頭を深々と大天狗に下げた。
「それにしても、錚々たる顔ぶれではないか・・・。」
大天狗は頭を下げた人間達よりも、その傍らにいる者達に興味を引かれた。
一番最初に目がいくのは、馬だった。
蒼いタテガミをなびかせて、悠然と立つ白馬。目も青く澄んでいる。流に従うように傍で軽く首を何度か振って、黙っている。
次に目に入ったのは、ガカクの肩に乗っていた鷹。
頭を下げたガカクの肩に器用にしがみ付いている鷹は、馬に負けないほど悠然で誇り高く胸を張り、真っ直ぐと大天狗を見ていた。
最後に、その中で異質な存在が大天狗の目に入る。
「はぁ~い。」
チャイナドレスを着たお団子頭の少女が武城の頭を下げた背中に寄りかかりながら、ニコニコと大天狗に向かって手を振っていた。
「まぁ~・・・揃いも揃って、物好きなものじゃな・・・。」
大天狗は最後のチャイナ娘に眉を細めて、りっぱなアゴヒゲを触りながらも、その存在がどういうものか、それを連れていることがどういうことかも理解しているように自分なりに納得し、改めて、頭を下げる面々を見た。
「おいおい、桃源郷はいつからファミリーリゾートになったんじゃ?」
太公望が釣竿を肩に担ぎながら、大天狗が連れて来た菊の助達を見て、呆れた声を出す。
「申し訳ございません・・・しばらく厄介になります。」
大天狗に頭を下げたように、一同は菊の助を先頭に太公望に対しても深々と頭を下げた。
「まぁ、ええけどのぉ~・・・また囲碁か?」
頭を下げる面々を他所に、また顔を合わせることになった大天狗の方を見て、太公望がそう旧友に尋ねる。
「いや・・・したいのは山々だが、最近こちらも忙しくてな・・・早々に帰らねばならん・・・すまんな。」
大天狗はアゴヒゲを触りながら、少し顔を曇らせて、らしくない弱弱しい口調で太公望にそう返答した。
「・・・そうか。」
太公望は大天狗の様子を見て、何かを察したのか、それ以上は何も聞かずに面々に背を向けてどこかに歩き出していく。そして、不意に振り返り、
「まぁ、人生色々あるだろうが、悔いの無い様にな・・・いつも最後に選択するのは自分ということも忘れずにの・・・。」
そう最後に言って、太公望はその場から姿を消した。
太公望は誰を見て、そう告げたのか。
面々は偉大な偉人の言葉を自分に対してだと、それぞれ心に刻み、大天狗とも別れて、桃源郷の奥へと足を進めて行った。