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墓地々々でんな  作者: 葛屋伍美
幕間6 高天原の面々
131/171

霊は霊幕、妖怪は妖幕、神は天幕、犯沢さんは黒幕

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「ハァーッ、ヒィーッ、ハァッ、ハァッ・・・」

 ぬらりひょんは誰からか必死に逃げるように闇雲に裏霊界を走り回っていた。


 ぬらりひょんは会場の特等席で、あの化け物が3人もの妖怪を意図も容易く切り捨てるのを己が(まなこ)でしかと見て、恐怖のあまり無意識に走り出していた。どう会場を出て、どこに向かっているかも、今のぬらりひょんには分からない。


 ただ、逃れたかった。

 ただ、恐怖した。


 大妖怪と知られた『ぬらりひょん』だったが、己が如何に矮小(わんしょう)な存在かをクソを顔面に塗りこまれるように叩きつけてきた化け物の存在が、恥も外聞も、命が一番大事だとぬらりひょんに叫び、そう教えていた。




「どこに行くんですか?」

「ッ?!」

 闇雲に走っていたぬらりひょんだったが、その声に背筋が凍りつき、全身が見事に金縛りにあった。




「・・・貴方ほどの大妖怪が、そんな悲痛な顔をして、何処に行こうというのですか?」

 ぬらりひょんの背後の死角から、その声はソッと近付いてくる。


 ぬらりひょんはガタガタと身体を震わせて、顔を動かせない。必死に視線を後ろに動かそうとするが、顔が動かない以上、それにも限界があった。その声はそんなぬらりひょんを嘲笑うかのように死角から死角から意図的に声を近づけていく。


「・・・ナナシ、こんなに怖がっているじゃない。苛めるのもそれぐらいにいたしましょう?」

 ナナシの声のする方向から、今度は優しい女性の声がぬらりひょんの耳に届く。


「御意っ。」

 ナナシの声は女性の声に答えるようにただ一言そう答えた。


「・・・おっ・・・おおっ・・・大神っ・・・様っ・・・こっ・・・此度の一件は・・・。」

「何も言う必要はありませんよ・・・自分の企てではないというのでしょう?」

 ぬらりひょんの右横から伊予がヌルリと顔を出して、にこやかにそう優しくぬらりひょんに伝える。すると、


 ぬらりひょんは自分を縛っていた糸が切れたかのように身体が突然自由になったのを感じた。

「ハッ?!・・・ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・・。」

 しかし、突然縛が解かれた事により、身体が前傾姿勢を取っていた為に、そのまま前のめりに倒れこんでしまうぬらりひょん。そんなぬらりひょんは全身に大汗をかいて、息を荒げながら顔から滝のように汗を地面へと流した。




「そういうことだ・・・自分でそうわかってるんならよぉ~大神さん・・・ここはあんたの来る様な所じゃぁないぜっ・・・。」

 ぬらりひょんが地面に倒れこんで、息を荒げていると、暗いくらい雑木林の奥から腹を抉る重低音が伊予とナナシへと向けられる。




 ナナシがその声を聞いて、サッと伊予の前に入るが、伊予はそれもお構い無しに声の方に視線を送り、

「・・・あら、これは珍しいですね・・・大嶽丸(おおたけまる)。」

 にこやかな表情を一切崩さずにその声の主の名を口にした。


 大嶽丸。

 日本の三大妖怪、妖狐『玉藻前(たまものまえ)』、鬼『酒呑童子(しゅてんどうじ)』と名を連ねる大悪鬼、それが大嶽丸。

 雑木林から姿を現した大妖怪である鬼の中の鬼、その重低音の声の主、大嶽丸。その姿は、ドス黒い光沢のある長髪を風になびかせ、その額には立派な白い10cmほどの二本の角が伸びており、2m弱のそう大きくはない身長で、鍛え抜かれた筋肉が黒い無造作に着られたボロボロの着物からその存在を示していた。大妖怪の鬼と言えば、もっと違った重々しい人物像が頭の中を駆け巡るようなものだが、その外見だけでは、とても大層な鬼とは思えない。しかし、一度その大嶽丸の眼光に睨まれた者は、そんな生易しい外見など、タチマち忘れ去るだろう。その背に浮かぶ、身の丈十丈とも言える巨大な黒い塊が、大嶽丸が見たモノをそのまま睨み付け、想像を絶する重力がその者を押さえつける。はずなのだが、


「・・・・・・。」

 伊予はそんな大嶽丸と目線を合わせていても、変わらず、ずっとニコニコとしている。


 大嶽丸と伊予の間にいるナナシもまた、静かに大嶽丸を見ていた。



「まったく面白くない連中だ・・・。」

 大嶽丸は着物の懐の中に無造作に右手を突っ込んだ状態で、左手で後頭部をかきながら、そうぶっきら棒に言葉を投げ捨てる。


 そんな超常的な3人の存在にぬらりひょうだけが、ガタガタと独り身体を震わせて、その身を無防備に無抵抗に焼かれていた。


 そんな小物の存在など、眼中にないように大嶽丸が一歩前に出る。

「約束通り、ここからは動かしてもらうぜ・・・もうあのガキをどうしようが、俺達には関係ない・・・いいな・・・。」

 大嶽丸は相手を見下すようにアゴを上げ、舌なめずりを伊予に見せ付けるようにして、ゆっくりと相手が言葉を聞き逃さないようにそう話す。


「神はいつ如何なる時も、人の世に直に手を貸すことはありませんよ。」

 そう話したのは、伊予ではなくナナシだった。

 伊予は黙って、ナナシの後ろからニコニコと笑顔を崩さず、大嶽丸を見ている。


「チッ、食えない女だぜ・・・腹の中がまったくわかりゃしない・・・こえぇ~、こえぇ~・・・。」

 大嶽丸はそう舌打ちすると、ぬらりひょんをヒョイと担いで、伊予達に背を向ける。


 そんな大嶽丸の背を見て、伊予がピクリと動く。

「もう行ってしまうんですか?」

 伊予はあてつける様にニコニコしながら、わざとらしく明るい口調で大嶽丸を引き止めた。


「こっちも色々と準備に忙しいもんでね・・・その面をいつかグチャグチャにしたいもんだ・・・。」

 大嶽丸は伊予の挑発とも取れる態度を肩ですかすように背を向けたまま、言葉だけを残して、雑木林の闇の中へと姿を消していった。




「姉上っ・・・たまに顔を出したかと思えば、こちらには来ずに、鬼とお戯れとはつれないですな・・・。」

 大嶽丸が姿を消すと同時に、スッと伊予達の背後から、また重低音を効かせた男の野太い声がその場に響く。




 伊予は声の有無など気にする事無く、変わらずにこやかな表情で、スッと声のする方向へ平然と身体を向ける。

「スサノオちゃん・・・お久しぶりねっ。」

 伊予はその声の主を見るなり、そう名を告げて軽い挨拶をする。


「姉上も息災で何よりでございます・・・して、今日は何ようで?」

 大嶽丸とは違う大きな巨躯を曲げて、大地に跪いて、丁寧に伊予に頭を下げるスサノオ。


「あらあら、ずっと影から見ていたくせに意地悪ね。」

 伊予はニヤケル口を隠すように口元に右手を添えて、そうスサノオに答え合わせをする。


「姉上には敵いませんな・・・ならば、早々にお帰りになられよ。」

 スサノオは跪いた状態からアグラをかき、頭をかきながら伊予にそう促した。


 スサノオが伊予とにこやかに会話をしていると、それに割って入るようにナナシが口を開く。

「スサノオ様・・・今回の件、こちらもしっかりといつものように対応させて頂きますので、良きように・・・。」

 ナナシは伊予の後ろから横にスッと移動して、スサノオに対して、深々と頭を下げた。


「・・・うむ・・・こちらとしては、もうあやつらを抑えることもできん・・・そちらもそちらで然るべき対応をしてくれ・・・。」

 スサノオはナナシを見ると、諦めの表情を向け、力なくそうナナシに答えた。


「もうお別れとは寂しいですね。」

 伊予が残念そうに肩をすぼめて、スサノオを上目遣いで見る。


「やれやれ・・・姉上も落ち着きがないようで・・・そのうち、そちらに遊びに行きますゆえ、その時でもユルリといたしましょう・・・。」

 スサノオは悪戯好きな姉を扱いなれたように、にこやかにそう告げて、優しくそう話す。


「わかったわっ・・・それじゃぁ、ツクヨミにも言っておくからっ。」

 伊予はそう言うと、ナナシが出した光の柱に進みつつ、手を軽く振って、スサノオにそう言葉を残した。


「それでは。」

 ナナシは伊予に続くように光の柱に向かい、柱に入る前に深々と再びスサノオに頭を下げて、光の柱の中へと溶けて行く。


「・・・・・・。」

 スサノオは光の柱に入って姿を消そうとする二人に軽く大きな手を振るだけで、別れを告げた。




 そして、光の柱が二人を飲み込んだ後に天に昇り、その姿を完全に消すと、

「はぁ~~っ・・・まったく、姉上は変わらぬな・・・ツクヨミもさぞ頭をかかえておろう。」

 スサノオは後頭部をかきながら、天を見上げて、深いため息をついたのだった。







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