さぁ、いよいよ祭りが幕を開ける。私は全ての叡智を絞り、ゴールを最初に駆け抜ける君を選ぶ!・・・第4コーナーを抜けて先頭を走るっ・・・そんな日に限って、来ないニゲ
「うわあああああああああああああああああああっ!!!!」
〔勝者っ、猪区コウジノスケッ!!〕
リングアナが勝利を告げるより先に大観衆がその勝敗に会場を揺るがす。試合は序盤ジリジリとした間合いの取り合いの緊迫した闘いだったが、先に動いた武術家コウジノスケの圧倒的な手数にササツキは徐々に消耗し、最後にはリング外に飛ばされる結果となった。
「・・・・・・。」
秦右衛門はササツキの戦いぶりからどうも腑に落ちない感覚に囚われていた。
確かにササツキはあの事件以来の弱体化を受けて、どうみても力量的にはコウジノスケが有利と見て取れた。しかし、長年、辰区で向かい合ってきた秦右衛門だからこそ違和感を持たざるを得なかった。
姑息で、狡猾、非道で冷徹。
(・・・明らかに手を抜いている・・・力量差を覆せないほどの相手ではなかった。)
秦右衛門がササツキの外見だけ仰々しい中身のない戦いぶりを見て、率直にそう感じた。
「いやはや、申し訳ない・・・善朗君にえらそうな事を言っておきながら情けない。」
ササツキはリングアウトした場所からトボトボと歩き、頭を掻きながら善朗達の元へと戻ってきた。
「・・・・・・。」
もちろん、誰一人ササツキのことを気にする事もなく、一切目も向けない。
〔それでは続けて、次鋒戦を行いたいと思いますっ!・・・次鋒前へっ!!!〕
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
リングアナの続いての試合の開催の合図に会場がまた一段とどよめく。
「ほな・・・行って来るとするか・・・。」
リング外で自分の出番を待っていた賢太が意外に落ち着いた面持ちでゆっくりとリング上に向かう。
「・・・賢太君・・・なんでも、ろ組とい組の悪霊を一人で滅消したんだって?期待してるよっ・・・思う存分暴れてくると良い。」
秦右衛門は賢太の背に優しいそして、力強い口調でそう声をかける。
「んっ・・・一人?・・・ちゃうで、おっちゃん・・・のぅ、太郎っ。」
賢太は不意に掛けられた秦右衛門の声に顔を向けて、あっけらかんとそうはっきりと答える。
「・・・・・・ふっ・・・そうだな・・・。」
賢太について歩いていた太郎がクスリと笑い、次の瞬間光となって、賢太の両腕にそれぞれ収束する。
「善朗っ・・・しっかり見とけよっ。」
準備万端の賢太が右手の人差し指で、今も塞ぎこんでいる善朗を指差し、そう強く言葉を投げる。
「・・・頑張って・・・。」
一言だけだった。善朗は力ない声で戦場に向かう賢太にそう答え、張り付いた乾いた笑顔を向けて終わった。
「・・・・・・。」
賢太はそんな善朗に右拳をギュッと握りこむが、それ以上は何も言わずにリング中央へと歩を進めた。
〔それでは、両者っ・・・私の開始の合図で思いっきりぶつかり合ってくださいっ!!〕
リングアナが両者の試合の合図の前に示し合わせたかのような間を作る。
リング中央でにらみ合う賢太と猪区の選手。
「賢太君と言ったか?・・・私はツジムラ・・・これでも、生前は空手で世界を喰らい尽くしたものだ・・・聞く所によると、君はっ。」
「あぁっ、ええよええよ・・・自己紹介はせんくても・・・一発で終わるさかい・・・。」
猪区のツジムラが正々堂々と名乗りを上げようとすると、手持ち無沙汰にしていた賢太が左手を振って割り込み、ツジムラの言葉を軽く制止する。
「・・・ほっ・・・ほぉ~~、一発で?・・・おもしろい・・・ならば、その一発とやらを耐えて見せよう・・・空手とは相手との正々堂々とした撃ち合いを制してこそ・・・君のご自慢の一発とやらを撃たせてやろうっ。」
途中で名乗りを止められて、予告ホームランとも取れる舐めた態度を取られたツジムラは怒りにワナワナと震えている。
「・・・ん、ええの?・・・ホンマ終わるで?」
賢太はツジムラの挑発とも取れる売り言葉に買い言葉を軽く右手をブラブラとしながら打ち返す。
「あぁ、来たまえっ!」
ツジムラはそう言うと、リングアナの開始の合図も待たずにグッと重心を落として、両腕を脇にしっかりとつけ、腹に力を入れる。
〔えぇ~~っ・・・どっ、どうやら、両者準備万端なようですので・・・そっ、それでは始めたいと思いますっ。〕
リングアナは自分をホッポリ出して、勝手に始めている二人に戸惑いながらもしっかりと仕事をする。
「・・・・・・ええんやな・・・ほな、一発いかせてもらおかの・・・。」
賢太は直立不動で右手をグッと握りこむ。
「なっ?!」
ツジムラはその瞬間に、目の前の人物が巨大化するのをその身、全身で感じる。
〔それではっ、はじめっ!!!!!!〕
「ちょまっ?!」
「うわああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
リングアナの開始の合図、それを待っていましたと歓迎する大観衆。それに掻き消されるのはツジムラの声だった。
〔ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!〕
「ッ?!!!!!!」
開始の合図と同時に放たれた賢太の一撃。
「・・・ホンマ、幽霊って便利やな・・・相手が気ぃ失うようにって思ぉとけば、どんなに本気でどついても滅消せんのやからのぉ・・・まぁ~、悪霊に対してはそんなことせんけどな・・・。」
賢太は右ストレートを思いっきり振り切った形で止まって、撃ち抜いた先を見てそう話す。
「・・・・・・。」
会場は物凄い音に静まり返り、当のツジムラはリングを囲むコロシアムの壁に叩きつけられて、完全に気を失っていた。リングアナもツジムラが壁に叩きつけらる凄まじい爆音に視線を奪われて、その有様を見て、固まってしまう。
「なっ・・・終わったやろ?」
賢太はそう言うと、スッと姿勢を直立に直し、勝ち名乗りも受けずにスタスタと善朗達が待つリング下へと歩き出す。
リングアナは突然居なくなる賢太の背を見て、慌てて口を開く。
〔えっ、あっ、ちょっ・・・しょっ、勝者っ、辰区賢太っ!!!!!〕
「・・・っ・・・ウワアアアアアアああああああああああああっ!!!!!!」
戸惑いの中でリングアナが精一杯声を絞り出して、会場全体に賢太の勝利を告げる。会場の大観衆は一瞬の戸惑いの下、あまりにも壮絶な戦いの幕切れに興奮が津波のように押し寄せた。そんな中、ツジムラは人知れず、大会の救護班に担架に乗せられて運ばれていく。
「すっ、すごいね・・・。」
秦右衛門は返ってきた賢太を見て、素直にそう一言告げる。
「・・・俺の相手やないよ・・・。」
賢太は秦右衛門の言葉に答えるも、視線は完全に善朗に向けられていた。
「・・・・・・。」
善朗は賢太の壮絶な戦いも、それで生じた凄まじい音も、会場の大歓声もまったく何も善朗の周りでは無風だったかのように俯いたまま、ジッと地面を見詰めるだけだった。
〔そっ、それでは、気を取り直して、試合を続けたいと思います。辰区と猪区、共に一勝一敗で迎えますわ、中堅戦ですっ!・・・両者前へっ!!!〕
リングアナは余りにも予想外の試合に未だに戸惑いながらも、しっかりと仕事をこなそうとリズムを取っていく。
「それじゃ、俺も腹ごしらえに運動してくるとするか・・・・・・なっ?!」
金太は自分の出番である中堅戦に腰を上げて、ゆっくりとリング上へと向かう。そして、リング上に上がった瞬間、自分が対峙する相手を見て、目を丸くした。
「・・・・・・。」
金太の相手は足早にリング中央に姿を現しており、金太が来るのを待っている。
金太の驚きと同じように秦右衛門もその人物の姿を捉えて、度肝を抜かれた。
(・・・まっ・・・まさか・・・ムカイ殿・・・副将だと思っていた。)
秦右衛門の目に映った金太の相手は猪区でもゴウチと同等。12人衆に名を連ねても遜色ない実力者だった。
秦右衛門は事前にササツキの敗北も加味して、三勝一敗で善朗には回さないように試合を組み立てるつもりでいた。対戦相手は確かに勝敗によって、順番を入れ替える事が許されている。しかし、この組み合わせの選択は明らかにおかしかった。
(ゴウチ殿・・・いったい何を考えておられる・・・。)
秦右衛門は金太、そして金太の相手の実力者ムカイをも飛び越えて、その奥で腕組みをして、自分の出番を待っているゴウチを視界に入れる。
通常なら、金太と秦右衛門での2勝はギリギリ取れるだろうと秦右衛門は計算していた。それは、猪区にとっても、三勝一敗で辰区に勝つ見込みがある最善の試合運びでもある。だが、猪区の取った行動は明らかにギリギリの勝ちを取らずに、二勝二敗で善朗ゴウチ戦を意図するものだった。
(ゴウチ殿は確かに強い。あの統率の取れない暴れん坊の12人衆を曹兵衛殿と一緒とはいえ、まとめる参謀。しかし、それでも・・・あの戦いを潜り抜けた善朗君には遠く及ばない・・・ゴウチ殿・・・それが貴方の武士としての本懐なのですか?)
秦右衛門はゴウチをジッと見詰めながら、ゴウチの思考を読もうと思いを巡らせる。だが、いくら頭で考えた所で、あの参謀の思考が分かるはずもなかった。
「・・・・・・どうしたのですか、金太殿・・・皆さん待ってますよ?」
リング中央でムカイが遅れている金太を促す。
「・・・・・・。」
金太は固唾を飲みながらゆっくりとリング中央へと歩を進める。
金太はリング中央に向かう間に頭をフル回転させて考える。相手は秦右衛門と対等かそれ以上の相手。金太はどうしたら、自分が勝てるかを賢明に考える。金太としての弟分である善朗。金太も善朗には戦わせたくなかった。出来れば、勝とうが負けようが善朗を除いて大会を終えられればとさえ考えていた。しかし、この状況はどう考えても金太が勝たなければ善朗まで回ってしまう。金太は闘々丸との因縁ですら、善朗の力になれなかった。そんな不甲斐無い自分にイライラを人知れず募らせていた金太。そして、今回は自分が負ければ、守ろうとした善朗すらも守れないというこの状況。今までにないほど、金太は追い詰められていた。
金太がゆっくりと歩を進めて、リング中央に辿り着く。すると、それを待ってましたとばかりにムカイが金太に声をかける。
「君達があの少年を闘わせないように守っているのは知っているよ・・・そして、秦右衛門がわざと負けることも出来ないのは気付いているだろう?・・・私としても、是非ともあの少年の闘う様をこの目で見てみたい・・・君に阻めるかい?」
ムカイは冷静な冷たい目で金太を見据えながら、淡々とした口調でそう金太に尋ねる。
「・・・ぐっ・・・。」
金太は何も答えられない。ただ、今は全神経を使って、目の前の相手にどう勝つかだけを求める獣と化すしかなかった。
〔それではっ、第三試合っ・・・中堅戦っ、始めて下さいっ!!!!〕
「うわあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
リングアナが中堅戦の開始の合図を非情に高らかに叫ぶ。何も知らない会場の大観衆は目の前の娯楽が盛り上がるのだけを求める猛禽類と化していた。
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