~エピローグ~ 自宅に帰ってきて、私が傷を癒す薬を飲んでいるその時、私の左頬に非情なビンタが炸裂する・・・そう今日は母への返済日だったのだ
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「蛇虻・・・こいや・・・そんなもんちゃうやろ?」
暗い森が更にその暗さを増す中で、賢太の暗く見え辛くなった顔から、なぜか浮かび上がる眼光が鋭く蛇虻に向けられる。
「クソガキイイイイイイイイイイイイイイイッ・・・。」
蛇虻も一歩も賢太に引かずにノソリと上体を起こして、両拳を握りこむ。
〔ドゴオオオオオオオンッ!〕
蛇虻の右の打ち下ろしがきれいに賢太の左顔面に入る。
(・・・・・・。)
最早太郎は何も言わない。
「・・・・・・。」
賢太は蛇虻の重い右をもらって尚、笑みを崩さず、さらに笑う。
〔ガゴオオオオオオオオンッ!〕
今度はお返しとばかりに賢太が右ボディを蛇虻の左わき腹に打ち込む。
〔ズガアアアアンッ!〕
〔ゴオオオオンッ!〕
〔バゴオオオオオオンッ!〕
〔バギャアアアアアアンッ!〕
賢太と蛇虻は互いにノーガードで殴り合っていく。しかも、それぞれの一撃は大振りで全自重をその拳に一撃一撃丁寧に乗せていく。まさにその二人の姿は、狭い四角のリングのさらに中央で自分が一番だと言わんばかりに殴りあうボクサーのよう・・・刹那のこの一瞬に全てをかけて、燃え尽くさんばかりの死闘に見えた。
賢太と蛇虻が互いの意地をぶつけ合う暗い森の中で、その二人の闘拳士の死闘のリングに向かおうとしている遊園地の方から疾走する数人の影が草木を掻き分けていく。
「本当にこっちでいいのかっ?!」
森を疾走するグループの一人の男性が前を見ながら、隣の女性にそう尋ねる。
「・・・間違いないわ・・・すごい霊圧を感じる。」
男性の隣で同じ速度で森の中を走る女性がそう返答する。
「・・・霊圧など、探る必要ないだろ・・・。」
二人とは別の男性が少し後方を走りながらポツリと呟く。その時だった。
〔ドゴオオオオオオオオオンッ!〕
暗い森には似つかわしくない何かを打ちつける鈍く重い音が全員の鼓膜を震わせるように鳴り響く。
「・・・一体、この森で何が起こっているの?」
一人の女性が暗い森には到底似つかわしくないその音に生唾を飲む。
「・・・我々にしか聞こえないのだ・・・霊同士であるのは間違いない・・・。」
男性がその音の元凶を正確に判断して、そう口にする。
そう、賢太と蛇虻の殴り合いはあくまで霊同士のもので、よほど霊を感知できる人間ではないとその音を聞く事はできない。犬猫や動物ならその研ぎ澄まされた第6感で感じ取る事ができるかもしれないが、一般人にはほぼ不可能だった。が、遊園地には、多くの霊達もいたことから騒ぎは蛇虻が考えていた予測以上に早く大騒ぎになり、そのことが、逆に救霊会の動きを早める事になっていた。そのため、この遊園地の保安を担当してた霊能力者達が問題を探り解決すべく、森の中へと入っていた。そして、
救霊会の霊能力者達がその場に到着した時、その場にいる全員が信じられない光景を目にする。
〔ゴガアアアアアアアアアンッ!〕
「ガハッ!?」
どれほど、拳を交換した事だろう。ついに二人の均衡が崩れる。
蛇虻は賢太の渾身の一撃をミゾオチにくらい、ヨタヨタと後方に下がる。
「・・・なんなんだ・・・これは・・・。」
現場に到着した霊能力者の男性が、その光景を目にして、口をアングリと開けたまま閉じれない。
「・・・どうなっているの?」
霊能力者の女性も賢太と蛇虻の姿を見て、その異様な光景に目を丸くする。
「君っ、大丈夫かっ?!」
「・・・・・・。」
別の男性がその場にいた美々子を見つけて、保護するように両肩を抱いて、美々子の無事を確認する。美々子は男性に声をかけられ、肩を掴まれても尚、賢太の勇姿から目を離さなず、黙ってジッとその様子を見ていた。
事態の状況がめまぐるしく変わる中でも、そんなことなど微塵も関係ないように賢太は蛇虻だけを見ている。
「どないした、おっさん・・・次はおっさんの番やぞ・・・。」
賢太が静かな口調で悠然と蛇虻を見下ろしながら、後退した蛇虻との距離を縮めていく。
「ぐっ・・・はっ・・・。」
度重なる撃ち合いからのダメージの蓄積が一気に噴出したのか、蛇虻は臨戦態勢を取れない。
「・・・そうか・・・終いか・・・。」
「・・・まっ・・・待てッ・・・たすっ・・・。」
〔バカアアアアアアアアアアアアンッ!〕
蛇虻との距離がいよいよ射程距離に入る頃、賢太は悲しい笑みをうっすらと浮かべて、ポツリと呟く。その賢太の言葉に左手を大きく広げて、蛇虻が賢太の行動をとめようとするが、その行動ごと、蛇虻を圧し潰さんとばかりに賢太の右の撃ち降しが蛇虻に放たれる。
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい・・・。」
蛇虻は賢太の攻撃に怯みに怯んで、怯え出す。
〔バガンッ、バギャンッ、ボゴンッ、バゴンッ!〕
そこからは一方的だった。
賢太は一切表情を変えずに、怯える相手に無情に拳を振り下ろしていく。
「たっ・・・たしゅっ・・・たすけっ・・・。」
賢太の無慈悲な撃ち込みに涙を流しながら蛇虻が助けを懇願する。
「・・・お前らはいっつもそうや・・・そうやって、自分だけがかわええんか?・・・一体、何人の人間を殺してきたんじゃっ!・・・お前らはその度に、助けてくれぇ~ゆわれとったんとちゃうんか?」
賢太は無表情のまま、蛇虻に撃ち込みを続けながら、そう言葉を吐き捨てていく。
賢太が蛇虻に対して、マウントを取りながらボコボコにしていると、
「・・・ちょっと待って・・・あれって、い組の蛇虻じゃないの?」
その光景を見ていた一人の救霊会の女性がなにやらスマホを覗き込みながら、スマホの画面と賢太達を交互に見て、ポツリと呟く。
「馬鹿なっ・・・い組だと・・・悪霊連合に属さない、い組なのか?」
美々子を保護していた男性が女性の言葉に驚きながらそう尋ねる。
「い組の悪霊は大体ローンウルフが多い・・・悪霊連合が暴れている隙に、遊園地の人々を襲おうとしていたのだろう・・・。」
別の男性が賢太達に目を奪われながらも冷静に分析して、そう話す。
「なら、今、そのい組の化け物と戦ってるあの少年は誰なの?・・・い組に勝てるなんて・・・霊界の12人衆でもわずかでしょ?あんな少年見たことないわ・・・。」
別の女性がワナワナと身体を震わせながら、信じられない賢太達の光景に度肝を抜かれている。
「・・・美々子、無事か?」
救霊会の面々が事態の状況を飲み込もうと整理している中で、一人の悪霊を地獄に叩き落した賢太が気だるそうに美々子の方に近付いてきていた。
「うんっ!」
美々子は賢太の問いに元気いっぱいに返事して、賢太に駆け寄る。
「・・・・・・。」
美々子を保護していた男性は敵とも味方とも分からない賢太の存在に身を強張らせて、身動きが取れなかった。
「・・・あんたら、なにもんや?」
美々子が無事だったのにホッとした賢太だったが、見覚えのない集団に目を細める。
賢太が怪しい面々に臨戦態勢に入ろうとした時、
「・・・救霊会の方々だろう・・・拙僧らは怪しいものではござらん・・・無事事態も収拾しましたゆえ、結界の再構築をお願いいたす。」
皇峨輪から犬の姿に戻っていた太郎が、尻尾を振りながら丁寧に救霊会の面々に頭を下げて、賢太や美々子の代わりにそう話す。
「・・・おっさんが、なんか20分か10分か、そない時間掛かるゆうとったけど、案外早かってんな・・・ご苦労さんっ・・・。」
賢太は太郎の説明で、再び気だるそうに脱力するとトボトボと森を遊園地の方に歩き出した。
「あっ、待ってよケンちゃんっ!」
美々子は気だるく歩いていく賢太に駆け寄って、その右手を握る。
「なんや、美々子っ・・・俺は幽霊やぞ・・・変に思われたらどうすんねんっ。」
「いいもんっ!」
賢太は美々子の行動を制しようとしたが、美々子が全力の笑顔で遮る。
美々子の光り輝く笑顔に上体を反射的に引くする賢太。
「・・・はぁ~~~っ、ほなっ遊園地までやぞ・・・それ以上は、こっちがハズイっ。」
「うんっ!」
賢太は美々子の圧に屈して、そう話して諦めた。美々子はしばしの賢太の温情に笑顔を返し、繋いだ手を大きく揺らして、嬉しさを力一杯表現する。
「おぉっ、そうや・・・太郎、先にアヤメのところに行ってきてくれや・・・心配しとるやろうから・・・。」
賢太は美々子に手をブラブラされながら、太郎に置いてきたアヤメを安心させるようにそう頼む。
「うむ、心得た。」
太郎はそう言うと、颯爽と森の中を遊園地の方に走り出し、森の中へと溶け込んでいく。
「・・・・・・。」
賢太達が去った静かな暗い森の中、救霊会の大人達はしばし、静寂に支配されていた。
「・・・美々子って・・・鼓條家の美々子ちゃんじゃない?」
静寂を切り裂くようにスマホを持ったまま固まっていた女性がポツリと口を開く。
「・・・空柾さんにさえ、天才と言わしめた才女か・・・。」
美々子を保護しようとしていた男性が美々子達が消えた森の中を呆然と眺めながらそう話す。
「たしかに、そうでないと説明がつかん・・・い組を滅消できるほどの霊を従わせるなど・・・到底普通の人間にはできんぞ・・・。」
別の男性が頭を掻きながら空を見上げる。
「・・・まだ、あんなに小さいのに・・・世界は広いわね・・・。」
そう言うと、別の女性がトボトボと森の中を歩き出す。
「どこにいく?」
「言われたでしょ・・・結界を張り直さないと・・・。」
男性が歩き出す女性に何処に行くか尋ねると、女性は肩を落としながら、太郎に言われた事を口にする。
「・・・・・・そうだったな・・・今夜は徹夜か・・・。」
女性に行き先を尋ねた男性はそう言うと元気のない笑顔を女性に向けて、そう呟く。
救霊会の面々がそれぞれ結界を張るために森の中に散っていく中、その面々の背後には今日も変わらぬ遊園地のネオンが煌々《こうこう》と夜空の星に負けずに光り輝いていた。