社長編
(先に言っておくが、俺は女が好きだ)
普通に考えてそれが当たり前なのだが社長にもなると色々事情が生じるのだ。
「おい、貴様。何も聞かずに俺と付き合え!」
秘書である優瑠に突然告白する結城。
だがしかし、優瑠は考えるそぶり一つせず即答した。
「嫌です」
あっさり言い切る優瑠に激怒する結城。
「ウルセェ!貴様に拒否権はねぇ!!」
だったら最初から聞かないで欲しいと心底思う優瑠。
しかし、結城には事情があった。
事の発端は以前会社創立で世話になった社長との面会だった。
その社長は結城の実績や仕事に対する姿勢を気に入っていた。
そこで、自分の娘と一度食事して欲しいと頼まれたのだ。
だが、それは食事とされているが単純に考えれば見合いの話だった。
しかし、世話になった恩義がある以上結城は断ることも出来ず承諾したのだ。
一見、女好きの結城なら喜ぶであろう話に聞こえるが、彼にも好みがあった。
妖艶で色気ある豊満な女性が好みだった。
つまり、その娘は彼の好みとは真逆で結城にとって眼中になかった。
その為、少しでも早く事を終わらせようと思った結城はある作戦を立てた。
それは既に結婚前提に付き合っている女がいると嘘をつくことだった。
そうすればたいした問題が起こることもなくスムーズに話はつくと考えていた。
しかし、そこに問題が生じた。
以前付き合っていた元秘書とはあの事件以来頼むのは不可能に近かった。
他の女性も考えたのだが優秀でなければ向こうの社長も納得しないと思っていた。
それで行き着いた先が優瑠だった。
「で?なんですか、これは・・・」
不機嫌そうに眉を寄せ聞く優瑠。
「ウルセェ、何も聞くなと言っただろう」
しかし、聞かずにはいられない状態だった。
何故かメイクをされ、カツラをつけさせられ、女性の洋服まで着せさせられている状態で何も聞くなとは無理な話だ。
しかし、結城が何も聞くなと答える以上。問い詰めたところで何も答えてくれないのだ。
それをわかっている優瑠は大人しく結城に従うしかなかった。
「本日はお招きありがとうございます」
店に着き、社長を目の前に礼儀正しく挨拶を交わす結城。
「挨拶はいいから早く腰をかけなさい」
「はい、失礼します」
一礼してからイスを引き、腰をかける結城。
「それで、さっきから気になっていたんだが彼女は?」
イスに座る結城の側に立つ女性を訝しげに見る社長。
「あぁ、彼女は・・・・・」
「ただの、付き添いです」
結城が答える前に優瑠が答えた。
そのおかげで結城の作戦は全て水の泡となった。
「そうか、それを聞いて安心した」
心底嬉しそうに喜ぶ社長を見て内心舌打ちをする結城。
そして、小声で優瑠に囁いた。
「おい、貴様。どう言うつもりだ!」
「どうもこうも、最初から協力する気なんてありません」
理由もわからず女装までさせられている優瑠は内心かなり怒っていた。
「それじゃぁ私の娘を紹介するよ。さぁ、来なさい」
「は、はい。は、初めまして。娘のサキです」
緊張しながら可愛らしく挨拶をする女性に反射的に返事をする結城。
「あぁ、どうも」
「それでは社長、先に戻りますね」
嬉しそうに笑みを浮かべて逃げようとする叶を引き留める結城。
「おい、コラ!貴様いい加減にしねぇとマジでクビにすんぞ?」
「はぁ?したければどうぞ」
あっさりと答える叶に苛立ちが増す結城。
元々優瑠は会社と言う組織に拘りもなければ好きで秘書をやっているわけでもなかった。
「結城君?どうかしたのかね?」
「えっ?いや、なんでもありません」
これ以上優瑠を引き留めるすべもなく渋々諦める結城。
「それでは失礼します」
優瑠が立ち去ったのを見ると静かにため息をついた。
すると社長は娘のことを楽しそうに話し出した。
結城はそれをただ食事しながら聞き流していた。
(くだらねぇ)
好みでない彼女のことなど、結城にとってはどうでもいいことだった。
「それで、どうかね?娘の印象は?」
そう聞かれて恥じらう娘の姿は確かに可愛かった。
「えっ?あぁ、いいと思いますよ」
傷つけない為にもそう答えるしかなかった。
だが、それを聞いた社長は頷きながら良かったと安心していた。
それを見た結城は小さく嘲笑った。
バカらしいとさえ感じていた。
そして、全てのことがどうでもよくなっていた。
「社長、迎えに来ましたよ?」
そんな心が折れそうな時に優瑠の声が聞こえた。
「貴様・・・なんでここに!?」
帰ったはずの優瑠が再び現れたことに驚きを隠せない結城。
「いきなりなんだね君は!!」
場をわきまえない優瑠に怒りをあらわにする社長。
「どうも、ご無沙汰しております。間宮社長」
その極上スマイルに冷や汗を流す間宮。
「き、君は叶君!?」
思い出したように取り乱すとそそくさと席を立つ間宮。
「わ、悪い。急用を思い出した、失礼する」
娘を強引に連れ、店から出て行った。
「貴様はいったい・・・・何者だ!?」
「まぁ、いいじゃないですか。それより帰りますよ?」
差し出された手をなんのためらいもなく握る結城。
するとそのまま結城を連れ会社へと向かう優瑠。
結城は優瑠に導かれるままただその後をついて行った。
「なぁ、なんで来た?」
店では協力する気はないと言っていたのに助けに来た優瑠の意図がわからなかった。
「何って・・・。歩きですよ、わかるでしょ?」
天然ボケではすまされない返答に思わず激怒する結城。
「そうじゃねぇ!どうして来たのかって聞いてんだ!!」
「別に理由なんてないですよ」
呆れながら答える優瑠にますます訳がわからなくなる結城。
「理由がねぇって・・・。じゃぁ何で協力しねぇんだよ」
「そりゃぁ、あの展開じゃあ何を言われるのか想像がついたので先手を打っただけですよ。
俺、嘘でも社長となんて付き合いたくありませんでしたから」
極上スマイルで言い放つ悪態に怒りが込みあがる結城。
「俺だって好きでしたかったわけじゃねぇよ」
「だったら別にいいですよね?」
「・・・まぁ」
結果的には助かったわけだし、少しぐらい大目に見てやるかと思った結城。
「はい、着きましたよ?」
「ん。ご苦労」
そう言ってようやく手を離す優瑠。
その行動で今まで手を繋いで歩いていたことに気づく結城。
(う、嘘だ)
結城は自分自身が信じられなかった。
男嫌いの自分が今まで男の手を握って歩いていたのだ。
しかもなんの違和感もなく、会社に着くまでずっと・・・。結城は絶望した。
「社長?どうかしました?」
「いや、なんでもねぇ」
顔を青ざめて答える結城はとてもなんでもなさそうには見えなかったが優瑠はあえてスルーした。
「そうですか、じゃぁ先に戻ってますね?」
「あ、あぁ。そうしろ」
そして絶望の中結城は、もしかしたら自分は奴に惚れているのかもしれないと思った。
だが、そんなこと認めたくもなければ納得も出来なかった。
「はっ、まさか。俺が男を好きになるなんて・・・・ありえねぇ」
自分の考えがバカらしいと鼻で笑い、それ以上考えることをやめるのだった。
だが、それ以来。妙に気になりだしてしまった。
優瑠は仕事が出来る上に見た目も良かった。
社内でも頼りにされていて面倒見もいいのでかなりモテていた。
そのため女性社員と優瑠が話している姿を目撃することも少なくなかった。
そんな優瑠をボーっと眺めていると突然目があった。
すると、とっさに目を逸らしてしまった。
そして優瑠はその女性社員との会話を終えると結城の元に近寄ってきた。
「何か用ですか?」
「えっ?あ・・・いや。それより、良かったのか?」
優瑠は先ほどの女性社員からどこかへ誘いを受けていた。
盗み聞きしたわけではないが、たまたま会話が聞こえていた結城はそう答えた。
「あぁ、別にいいんです」
「・・・そうか」
「気になるんですか?」
「なっ!?ば、バカ言うな!誰が貴様なんか・・・・・」
反射的にそう言ってしまい焦る結城。
しかし優瑠は結城が何を言っているのか意味がわからないようだった。
「い、いいから仕事しろっ!!」
無理矢理話を誤魔化す結城に少々呆れながらも頷く優瑠だった。
だが結城は自分自身がよくわからなくなっていた。
「・・・気分悪い」
考えれば考えるほど気分が悪くなっていくようだった。
胸焼けのように胸がモヤモヤして、頭痛まで発症した。
「クソッ。どうなってんだ」
仕事に集中したいのに体がゆうことをきかない状態だった。
そして、結城はついに・・・倒れた。
「きゃぁ!!?」
「しゃ、社長。しっかりしてください。社長!!」
部署は一斉に取り乱した。
しかし、秘書である優瑠が冷静に指示を出すとその場はなんとか収まった。
そうして結城が意識を取り戻すとそこは見慣れない場所だった。
「・・・・ここはどこだ?」
痛む頭を押さえながら起き上がる結城に挨拶を交わす優瑠。
「目が覚めたんですね。良かった」
何故かエプロン姿の優瑠に思いっきり取り乱す結城。
しかし、そんな結城の事などお構いなしに話を進める優瑠。
「えーっと、ネクタイとスーツは一緒にかけてありますから。それと会社は大丈夫なので安心してください」
そんな説明をされても全く理解できない結城。
とりあえずまず先にここがどこなのか知りたかった。
「はぁ?それよりここはどこなんだ?」
「ここ?あぁ、ここは俺の家です」
「あぁ!?なんで俺はこんなとこにいるんだよ!!」
「えっ?それは急に会社で倒れたので、仕方なく秘書の俺が面倒を見ることにしたんです」
「・・・あっそう」
普通は病院だろうと思ったがあえて口は挟まなかった。
「それよりも今はゆっくり休んでください」
その方が面倒見る立場も楽だと思っていた優瑠。
そうとは知らずに結城は、優瑠の言葉に甘えてしばらく休むことにした。
数時間後、腹が減ってきた結城はようやく目を覚まし、起き上がった。
「あー、よく寝た」
久々にぐっすり眠った結城は優瑠を探した。
腹が減っていた為何か食べ物でも出して欲しかった。
しかし、見つけた優瑠はエプロン姿のまま眠りこけていた。
「・・・どうゆう神経してんだよ」
あまりにも無防備で無神経な態度の優瑠に悪態をつく結城。
だが、その寝顔に結城はフラフラと引き寄せられるとためらいなくキスをした。
「んっ」
少し身じろぐ優瑠に結城は飛び退いた。
「お、俺は今・・・何をした!?」
自分の行動が信じられなかった。
今、まさに自分自ら優瑠にキスをしてしまったのだ。
後悔の嵐が結城を襲った。
「ありえねぇ。俺が男になんて・・・絶対ねぇ!!」
ならさっきの行動はなんだと自問自答するほど混乱していた。
そしてたどり着いた答えは、相手が優瑠だったからした?
「バカな!俺に限ってそんなこと・・・!!」
眠りこける優瑠を見るとバックに花が見えてしまった。
「だ、ダメだ。何故か幻まで見える」
うなだれる結城がうるさかったのかうっすら目を開ける優瑠。
「ん〜。あっ、社長・・・。すいません俺、寝てました」
「いや、気にするな。俺は帰る・・・・」
もはや空腹などどうでも良かった。
今は一刻も早くこの状況から立ち去りたかった。
「では、送ります」
エプロンをほどき答える優瑠を思いっきり拒絶する結城。
「イヤ、いい。遠慮する!!」
「あっ、でも・・・・」
引き留める前に、逃げるように部屋から出て行く結城。
しかし、玄関を出て彼は立ち止まった。
「帰り方わかりますか?」
後ろからの声に結城はゆっくりと首を振った。
「でしょ?やっぱり送ります」
「そう、だな」
諦めたように呟くと大人しく優瑠の後ろをついて歩くのだった。
だが、それでも気まずい状態であることのは変わりなかった。
「そ、そうだ。貴様、俺になんかして欲しいこととかあるか?」
気を紛らわせるために話題をふった。
「えっ?なんですか、急に・・・・」
「今回の礼だよ。貸し借りはきっちりつけないと気が収まらん」
「はぁ?そうですか・・・・」
だが、優瑠は特に要望もなくしばらく考え込んだ。
「あっ!じゃぁそのうっとうしい髪。切って下さい」
満面の笑顔で答える優瑠に怒り爆発する結城。
「断る!!!!」
ハッキリ言い放つ結城に思わず落胆する優瑠。
して欲しいことがあれば言えと言ったのは自分のクセにと密かに愚痴をこぼした。
だが、結城にも怒る理由があった。
この髪はただ長く伸ばしているのでなく、願掛けでもあったからだ。
だから、自分以外は絶対触らせなかった。
しかし、それでも例外が一人いた。それが秘書である優瑠だ。
それを知っていて切れと言う優瑠が信じられなかった。
「別に俺、切りますよ?」
「いやだ、絶対イヤだ」
断固拒否する結城にうんざりする優瑠。
優瑠からすれば毎日髪を結ばせる結城が信じられなかった。
それぐらい自分でして欲しいと思っていた。
まさか、前の秘書にもこんなことさせてたのかと思えばそうでもなかった。
だからこそ、自分だけさせられているのがイヤで仕方がなかった。
しかし、この事がきっかけで結城は優瑠に惚れるなんてありえないと思うのだった。