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念願の第一志望大学に受かり、大学生活を満喫していた1回生の夏。
ゆうなは母から「再婚したい人がいるので会ってほしい」という言葉を聞いた。
とても驚いたが、両手を固く握り締め一世一代の告白とばかりの母を見て、そんなに緊張しなくてもと、ゆうなは知らず知らず笑みを浮かべていた。
ゆうなが小さい頃に夫を亡くした母は、女で一つでゆうなを育ててくれた。
そんな母がまた新たな人生を歩むのだ、応援しないわけがない。
「おめでとう、お母さん。」
ゆうなは母の幸せを心から喜び、自然とその言葉が出た。
「いいの?」
ぎゅっと握っていた掌をこわごわと開いて母がゆうなに問いかけた。
それを見て、ゆうなは笑顔でうなづいた。
「もちろん!」
勢いよく母親に抱きつかれ、ゆうなは危うく椅子から落ちそうになった。
嗚咽をもらしながら泣く母を抱きしめ、落ち着いた頃にどんな人なのかを尋ねてみると、母が数年前から仕事先でお世話になっている国の人だということがわかった。
国名はアルタニア国。東ヨーロッパにある小国の一つであまり日本では知られていない国だった。
母はゆうなが中学に入ったころから通訳として働いており、高校からはアルタニア国と専任契約を結んで、度々仕事で渡航をしていた。
その中で出会って再婚にまで至ったのは、少しもおかしいとは思わなかった。
むしろ、実際の年齢より若く見られる母はその性格もあってかなりモテた、今まで独りだったのがおかしいくらいだったのだ。
母はゆうなの友人にも人気で、いつも誇らしかった。
「え〜っと、そしたらアルタニア国の人ってこと?」
「ええ、とても素敵な人たちよ。」
「・・・たち?」
母の言葉に、思わず首を傾げてしまった。
「・・・。あのね、まだ伝えてない大事なことがあるんだけどー」
少しだけ目を泳がせながら、珍しく母が言葉を詰まらせる。
「あっ、もしかして相手も子持ちだとか?大丈夫、私ももう大学生だよ。兄弟姉妹どちらが増えても仲良くするよ!それに前から兄弟が欲しかったしね。」
兄弟がいる友人たちをみて、羨ましいと思ったのは本当だ。少しだけ不安はあったが、ゆうなはそんなことを気付かせない笑顔で大丈夫と請けおった。
そんなゆうなの笑顔に母親は何も言えなくなり、「・・・息子さんが三人いるのよ」と伝えた。
新しい父親のことを聞くと、母曰く新しい父親はとっても良い人なのだそうだ。
年は48才、母よりも3つ年上で黒い髪に青い目の渋めのイケメンだそうだ。
ハリウッド映画に出ていてもおかしくないぐらいだと力説する母の言葉を話半分で聞いていた。
あばたもえくぼというものだろう。
息子三人はゆうなより年上だということだった。
日本語は母が教えており、日常会話は問題ないくらいにできるとのこと。
その人の奥さんが死別なのか、はたまた離婚なのかは母が言わなかったため特に気にも留めなかった。
「で、いつ会うの?」
「急で悪いのだけど、今週の金曜日は大丈夫?」
今仕事で日本に来ているそうだ。息子三人はさすがに揃わないが、三男は日本にいるためその人たちと会うことになった。
「あのね、ゆうな。ゆうながこの再婚に賛成してくれるのはとても嬉しいのだけど、出来れば会ってから判断して欲しいと思ってるの。」
「大丈夫だよ。お母さんが選んだ人でしょ?仲良くするよ。」
それでもなお言い募ろうとする母親を制して、ゆうなは当日何を着て行こうかと別の話題に切り替えた。
聞くところによると、会食の場所となるのは超高級ホテルだった。
名前だけは知っているが、一般人の自分たちがおいそれと行けるホテルではない。
「・・・服どうしようか?さすがにスーツじゃダメだよね。高校の時だったら制服でも良かったのに。」
入学式で着たスーツじゃダメだよねと考え始めてるゆうなに、母は奥の部屋に入るといくつかの紙袋を手に戻ってきた。
「はい、これ。」と差し出された紙袋を開けてみると、出てきたのは予想通り服だった。
白に近いベージュのワンピース、胸元と腕の部分が複雑に編み込まれたレースが使われてる。
とても可愛いが、はっきりいってとても高そうな服だった。
紙袋の店名をみても英語で聞いたことがない。
当然ながら値段のわかるものは全て外されていた。
「向こうからのプレゼントだって。
本当はゆうなが大学に合格した際に送りたかったみたいなんだけど、まだその時はプロポーズも受けてなかったからね。」
そして、靴に、下着とそれぞれ紙袋を出すと、思わず下着を掴んでゆうなは母を仰ぎ見た。
「下着!?」
「大丈夫!それはお母さんが選んだから!!」
焦る私に、母が言葉をかぶせた。
さすがに、たとえ父親からだろうとまだ会ったこともない男性から下着をプレゼントされるのには抵抗があったため、思わず安堵の息を吐いた。
「びっくりした〜。」
「本当ね〜。」
同じように焦る母親を少しだけ訝しみながらも、最後に渡された小さな箱を紐解くと、そこにはピンクダイヤモンドのネックレスが入っていた。
一粒タイプで不思議な色合いをしているシンプルなネックレスだった。
「・・・お母さん、本当にこれをもらってもいいの?」
「気にしないでいいんじゃないの、向こうは嬉々として選んたわよ。喜んで受け取りなさい。」
仕事柄、裕福な人たちと付き合いが多い母は高そうな服や靴、ネックレスを見ても顔色を変えなかった。
一般中流家庭で節約家気味のゆうなは少し悩んだが、服も靴もネックレスもとても素敵だったので素直に喜んだ。
「・・・うん、そうする。これ、今着てみてもいいかな?」
「もちろん、サイズが合うか確認してね。」
そう言われて着てみた服は、母がサイズをちゃんと伝えていたためだろう。
ピッタリだった。
「可愛い、可愛い!」
娘贔屓な母親の前で照れながらも軽快にクルリと一回転する。
それを母はスマートフォンで写真を連射して撮ったりして、その日は楽しく過ごした。
それから数日、運命の金曜日がやってきた。
会食は夕方からで、その日は普通に大学の授業を受けていた。
どうしようか迷ったのだが、時間の関係もあり思い切ってプレゼントされた服を着て大学に行った。
とても良い服というのは一目でわかるのだが、あまりパーティドレスといったフォーマルなドレスではなく、少し畏まったところで着れるワンピースだったことも大きい。
おかげで、今日は朝から友達にどうしたの?と質問されまくりだった。
仲の良い友達には母の再婚のことを簡単に話していたため、母をよく知る友達からは「良かったね」「おめでとう」という嬉しい言葉をたくさん貰っていた。
そんないつも通りの大学生活を過ごし、次の授業の移動のために大学内を歩いていたら、向こう側からキャーという喜びに満ちた女の子たちの高い声が聞こえた。
「あっ、見て!王子だよ!」
隣にいた友人がゆうなの腕を掴んで、王子と呼ばれる男性を指差した。
そこには絵本にでてくるような物腰の柔らかなまさに王子と呼ばれる人が、SPらしきサングラスをかけた男性を後ろに連れて歩いていた。
実はこの大学の留学生の一人に本物の『王子』がいる。
警護の関係のためか、個人情報の保護のためかどこの国の王子かは知らされていない。
大学はマンモス校と言われるぐらい人数が多いため、その人に出会うことは滅多にないのだが、今日のようにファンクラブの女の子に囲まれた王子を見ることはあった。
初めてその人をみた時、日本語で格好いい人を表す「イケメン」という言葉をその人に使うのは申し訳がないと思ったほどだ。
王子様は絵本の中だけでなく、実際にいるのだとこの大学にいる女性は全員思ったにちがいない。
王子は髪こそ金髪ではないが、黒い髪に青い目の綺麗な人だった。
正面に立たれて挨拶をしただけで相手の女の人が気絶したという逸話があるほどだ。
だけど、その人を王子たらしめているのは容姿だけではなく、立ち姿・所作全てに気品があるからだった。動き一つとっても優雅で、品がある。
ゆうなはいつも遠目から眺めているだけだったが、今まで歩く姿を見て綺麗だと思ったのはその人だけだった。
今日のように時々見かける王子を少しだけそっと見つめる。
歩く姿が本当に綺麗だと見惚れる。
ファンクラブの女の子たちにも愛想がよく、必ず1回は微笑みを投げる彼は本当に「王子」なのだなと思う。
そんな風に見つめていたら、相手が偶然こちらを見た。
そして、ゆうながいる方向に向かって手を振って微笑みかけたのだ。
もちろん、ゆうなにしたわけではない、と思う。
ゆうながいた方向にも同じように見ていた人たちは大勢いるのだから。
「うっわー、久々に王子様スマイルを見たよ!手をふるサービス付き!ラッキーだったね、ゆうな!」
同じように王子一行を見ていた友人が激しく王子に手を振りながらアピールをしているが、ゆうなは同じように手を振り返すことはしなかった。
「うん、驚いた。いつ見ても麗しいね、王子は。」
これ以上王子と目線を合わせるのは辛く、友達の腕をひっぱって、王子とは反対方向に足を向ける。
あまりに不躾に見つめるのは失礼だと思ったからだ。
ファンクラブの人に囲まれて対応する王子をいつも少しだけ可哀想、疲れないのかなと思っていたのだ。
「さっ、次の授業に行こうか、遅れるよ。」
友達はまだ王子を眺めていたかったのか、少しためらったが授業に遅れるのも本当なので、ゆうなの後に慌てて続いた。
だから、ゆうなは気づかなかった。
王子がそんなゆうなの後ろ姿を少し哀しげに眺めていたことに。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。
2016.7.18 少しだけ話を修正しました。
ストーリー展開に変更はないです。




