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黒い紳士 3

せいいぇす、せいふぉお!

ハイと言え、フォーと言え。

イエスはなんとかわかるけどフォーってなんぞ、ベトナムの透明っぽい麺って美味しいよね。

たしかまだストックあったから後でたべよーっと。


ではお付き合いいただきたいと所望します、おね!

「ヨルダさんもお疲れ様です」


 ヨツバがヨルダにねぎらいの笑顔を見せ、握手をしようと手を差し出した。

 しかしヨルダはそれを握ろうとせず、両手を口元に当て何か大変なものを見てしまったような目付きでヨツバを見ている。

 かすれるような声でぽつりと呟いた。


「ヨツバちゃん……笑顔」


 ヨツバの思考が空白を生み、無意識に手が口端に運ばれる。

 触れてみるとそこには穏やかな隆起と優しい角度のズレがあった。

 カウンター下の調理台にある包丁を手に取り、反射させて自身の顔を見てみる。


「……笑ってる」


 包丁がまな板の上に落ちる。

 手が震えているのが目に映る。

 ヨツバは誰しもが顔をほころばせるような笑顔をしていた。

 カウンター越しにこちらを見ているソーマ、エレナ、カトレアードが含みのある笑みを向けている。


「ヨツバー笑ったー」

「ふふふふふふいいものみちゃったー」

「……かわいい」


 ふつふつと込み上がる感情。嬉しみでもない、何かを乗り越えて次のステップに移るときの感情。

 こみ上げていたものが我慢を超え、臨界点を吹き上げた。


「営業スマイルできた!!」


 難聴者でも聞き逃さないような、店内にとどまらない大きく澄んだ声だった。

 世界が凍結する。






 ――そこからのお客の捌けは素晴らしいものがあった。

 ヨツバの喜びの後に何人かが苦虫を噛んだ会計を済まし、しばらくして同じように人が減っていく。

 当の本人は調理場へ篭ってしまい、なんとも言えない空気が流れていた。

 最後の会計を終え、ヨルダは調理場からヨツバを連れ出したが、明らかに顔色がすぐれないのでカウンターで食事を済ませた三人には今日のところは席を外してもらった。

 片付け終わったテーブル席に居心地悪いのを押し殺して座るヨルダと、向かい側に顔を伏せてもたれて座るヨツバ。

 これは時間がかかりそうですね……。と。

 傍らヨツバは全く別の思考が脳内で混沌を作っていた。


『お客様は目で殺す。それだけでいいのです。味や雰囲気、接客技術など集客率を上げるものは沢山あります。ですがヨツバ、私たちは店を大きくしたいわけではありません。私たちの願いは末永くこの店を続けていくことです。ですから、集客率などはそれほど重要ではありません。重要なのはリピーターを増やすことです。そしてそれに一番必要なのが、営業スマイルなのです』


 帝国領土で営業していた時からのウルフウッドの言葉。ヨツバの脳内に深く強制的に刻み込まれた言葉である。


『ヨツバはまだスマイルは難しいかもしれません。でしたら目で、お客様を殺しなさい。拳はしまって。殺すというのは射止める、お客様の心にこの店を刻み込むということです。そうですね……ヨツバには沢山の友達がいますね。そのようにお客様ともお友達になるということです。大丈夫です、ヨツバなら。営業スマイルですか? 別に構いません、私はヨツバが大好きなんですから。意味はそのうちわかります。そしてお客様もヨツバのことが大好きになります。営業スマイルはいつかできたらいいな、程度に留めておけばいいですよ。ヨツバの魅力はヨツバですから。いえ、そうではなくて。そうですねぇしいていうなら――』


 よくわからなかった。

 だが普通は営業スマイルが必要なことはわかった。そしてずっとそれができないことを悔いてきた。でも今日、はじめてできた。

 しかし、失敗した。

 どうやら営業というのは、両者がわかっていても口には出してはいけないものがある、と知った。

 これも勉強、割り切る。失敗は業績で補うのですとウルフ兄から教わった。

 営業スマイルでこれからもっと売上を伸ばす。

 それでいいのか。

 確かに営業スマイルをしていた今日はすごくお客様の顔が明るかった。談笑にも弾みが心地よく表れていた。

 でも常連さん達は違った。

 終始笑顔で会話もよく飛んでいた。しかしそのリズムに聞き取れたものは懐疑心もあった。なにか喜びと不安の混じったキャッチボール。

 ウルフウッドの言葉を思い出す。

 僕の魅力は、僕……。

 未だに意味は分かりかねる。だがはっきりと、これは違うというものがあった。

 店だから、営業だからといって、今までの僕を作り替えるのは違う気がする。そんな浮雲の疑念。

 しかし所詮はもやもやと形のなさない個人的な疑念。一般の定義、営業スマイルが命の前では無に等しい。自分は自分であるが、一個人は一個人でしか無い。大多数の意見の前では無味無臭極小無機質の儚い小さな粒だ。

 大衆の規則的なものを取るか、自身の形ない矮小な疑念を取るか。

 悩み続ける。

 まだ十三年しか生きていないヨツバには、到底答えの出せるものではなかった。

 本来ならここで助け舟を出すのが、先を生きた大人の仕事、家族の仕事なのだろう。本人を信じてその疑念を取らせるもいいし、世間の無慈悲さを心に込めて疑念を諭すのもいい。はたまた疑念を自身で時間をかけさせて解かせるのもありだ。そのための支えをするのもいい。

 だが、生憎ながらそこにいるのは、人間が夢に見るような悠久の時を生きたものである。このような、いわゆる思春期の悩みなどは別次元の生き物の感覚であり、それ気付くことはなかった。

 加えてヨツバの歪んだ生い立ちから、他者に自身の問題を頼ろうという思考は作られていなかった。

 結果としてヨツバは悩み続けることのみが残り、自然と悩みと調和する。

 そして生きるのは今まで見てきた世界を基準にした考えのみである。


『めんどくせーものはほっとけ!』


 頭の隅から響く声。誰の声など考える必要もないやる気のなさと適当さ。

 機械的に正しく、落伍者的に粗暴。ヨツバの中で生み重なっていく教訓。

 わからないものはわからないでいい。後は後の行動が示してくれる。ヨツバの中での現在の結論だった。

 結論が出ると、脳内で渋滞していた血流も清々しく加速し、立ち込めていた暗雲も晴天へと変わっていった。

 顔を上げる。あるのは清々しいまでの無表情のみ。だが口角は注視しなければわからない程度だが、上がっていた。

 ヨルダと目が合う。


「そろそろお昼だね」


 いつもと変わらない口調に、ヨルダの顔もほころぶ。


「そうですね、お昼、何にしましょうか」


 悩んでいるヨツバに対するヨルダの選んだ結論も、信愛するダイキチと、信頼するウルフウッドから受けた結論だった。

 わからないならわからないで、最悪にならないように見守る。最悪になったなら全力でなんとかする。だから、待とう。

 最高高度に達して室内を照らす、柔らかい日差しが空腹を誘った。

いやー青春? だね!

思春期だね!

思春期のお子さんのフォローってすごい難しいよね!

弟が思春期なんだけど大変だね! おもしろすぎて腹痛が大変だね!

え、違う?

まぁ毎回笑わせてもらって感謝してますよ。感謝してるからたまに飯おごったりしてますよ。

でも最近はメニューをチラ見でオーダー決めるのが本人のブームらしくて、その行動を見るたびにサーカス団が心の奥から飛び出してくるよ。

小さい頃はすんごい悩んでオーダー決める子だったのにね。

HAHAHA


お読みいただきありがとうございました

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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