■第5話「選ぶということ」
人は、自分で選んだものを疑わない。
どれだけ不自然でも。
どれだけ都合が良すぎても。
それが“自分の選択”である限り、正しいと信じようとする。
東雲恒一は、目の前に並べられた三つの資料を静かに見つめていた。
神谷透。
そして、その推薦による二人の候補者。
どれも優秀だ。
少なくとも、表面上は。
「どう思う?」
向かいに座る側近が尋ねる。
東雲は資料から目を離さず、淡々と答える。
「よくできている」
「ですよね。正直、どれも当たりです」
「そうだな」
短く返す。
だが、その言葉に感情は乗っていない。
評価ではなく、確認に近い。
「ただ」
ゆっくりと視線を上げる。
「“当たりすぎる”」
側近が少しだけ戸惑う。
「……どういう意味ですか?」
「このレベルの人材が、同時に三人も現れる確率は低い」
事実を述べる。
それ以上でも、それ以下でもない。
「偶然と片付けるには、少し綺麗すぎる」
静かな声。
だが、確実に疑っている。
「じゃあ……外しますか?」
側近の問いに、東雲は一瞬だけ考える。
そして。
「いや」
小さく笑った。
「むしろ逆だ」
「逆?」
「だからこそ、選ぶ価値がある」
資料を一枚手に取る。
「本物か、偽物か」
視線が鋭くなる。
「見極めるには、使うのが一番早い」
その言葉は、冷静で、そして残酷だった。
⸻
その頃。
黒鉄蓮は東雲のオフィスにいた。
「三人とも、面白い人材ですね」
あくまで自然に言う。
自分が仕込んだものを、他人事のように評価する。
それがフェイスの仕事だ。
「君の目は信用している」
東雲は椅子に座ったまま、蓮を見上げる。
「だからこそ、慎重に選びたい」
その言葉に、蓮は内心でわずかに警戒する。
完全には乗っていない。
だが。
乗らないわけでもない。
「当然です」
静かに答える。
「この規模のプロジェクトですから」
「そうだ」
東雲は頷く。
「だから、テストをする」
「テスト、ですか」
「簡単なものだ」
資料を机に置く。
「三人に同じ条件を提示する」
指で軽く叩く。
「資金、環境、期限」
「その中で、誰が一番結果を出せるか」
蓮は少しだけ考える素振りを見せる。
「競わせる、ということですか」
「そうだ」
迷いはない。
完全に“選ぶ側”の思考。
「その方が、わかりやすい」
東雲は言い切る。
「結果が全てだ」
その言葉を聞いた瞬間。
蓮の中で、一つの確信が固まる。
この男は。
やはり。
止まらない。
⸻
別の場所。
白鷺悠真は、あの女性と再び向き合っていた。
「テスト?」
女性が不安そうに言う。
「はい」
悠真は落ち着いた声で答える。
「今回のプログラムでは、いくつかの候補者を同時に評価するそうです」
「それって……落ちる人もいるってことですよね」
「そうですね」
あえて否定しない。
現実を隠さない。
だが。
「ただ」
少しだけ声を柔らかくする。
「あなたは、既に“選ばれている側”です」
女性の目が揺れる。
「だから、必要以上に不安になる必要はありません」
「……でも」
「むしろ」
言葉を重ねる。
「これはチャンスです」
視線を合わせる。
「自分の価値を、証明する機会」
女性は黙る。
そして。
ゆっくりと頷いた。
「……やります」
その瞬間。
彼女の中で“選択”が確定する。
もう後戻りはしない。
⸻
同時に。
別の候補者にも、同じ話が伝えられていた。
それぞれが。
それぞれの理由で。
このテストを受けると決める。
誰もが。
自分の意思で。
⸻
雨宮澪は、その様子をモニター越しに眺めていた。
「いいね」
楽しそうに呟く。
「全員、ちゃんと乗ってる」
画面には、三人の候補者の動き。
SNSの反応。
周囲の評価。
全てが計算通りに動いている。
「しかも」
指を動かす。
いくつかのデータを切り替える。
「勝手に盛り上がってくれる」
既に、外部でも話題になり始めている。
“次世代の人材選抜プロジェクト”。
注目度は上がっている。
「これで舞台は完成」
軽く笑う。
⸻
如月玲は、その動きを追っていた。
「……なるほどね」
全体像が、少しずつ見えてくる。
「選抜形式」
候補者を競わせる。
その過程で、情報が拡散される。
そして。
「仕組まれてる」
確信に近い感覚。
だが。
「証拠がない」
そこが問題だった。
⸻
氷室理人は、淡々とデータを整理していた。
「現時点では違法性なし」
「またそれかよ」
堂島が苛立つ。
「どう見てもおかしいだろ」
「おかしいことと違法であることは別だ」
冷静な返答。
「だから動けない」
それが現実だった。
⸻
神代昴は、全てを俯瞰していた。
「選んだか」
小さく呟く。
東雲恒一は、三人を選んだ。
そして。
競わせることを決めた。
「いい判断だ」
皮肉でも何でもない。
本心からそう思う。
「だからこそ」
目を細める。
「終わる」
⸻
時任紗那は、静かにログを更新する。
「第四段階、開始」
画面には、新たな分岐。
テスト開始後のシナリオ。
成功率が、わずかに変動する。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「この人、読みづらい」
だが。
それでも。
「問題ない」
淡々と入力を続ける。
⸻
選ばれた三人。
選んだ一人。
そして、それを仕組んだ者たち。
全てが動き出した。
この瞬間から。
誰もが。
自分の選択を、正しいと信じている。
だからこそ。
間違いに気づくことはない。




