■第2話「評価という幻想」
数字は嘘をつかない。
ただし、数字を作る人間は嘘をつく。
雨宮澪は画面に映るグラフを眺めながら、小さく笑った。
フォロワー数、再生数、エンゲージメント率。
どれも綺麗な右肩上がりを描いている。
だが、その“成長”は自然なものではない。
設計されたものだ。
「もう少し伸ばす?」
独り言のように呟きながら、キーボードを叩く。
画面の中で、いくつものアカウントが同時に動き始める。
コメント、引用、拡散。
わずか数秒で空気が変わる。
ひとつの名前が、急速に広がっていく。
神谷透。
まだ無名に近い若者だったその名前が、今や“次に来る人物”として扱われ始めている。
澪は椅子にもたれ、スマートフォンを手に取った。
「人ってほんと単純」
軽くスクロールするだけで、同じような言葉が並ぶ。
『この人すごくない?』
『本物の社会起業家って感じ』
『東雲さんと組んだらやばそう』
誰も疑っていない。
むしろ、自分から信じにいっている。
「ね、言ったでしょ」
誰にともなく、楽しそうに呟く。
「真実なんてどうでもいいの。信じられたら、それが真実」
画面を閉じる。
次の仕事に移る。
⸻
一方その頃。
白鷺悠真は静かな部屋で向かい合っていた。
相手は若い女性。
緊張しているのか、指先がわずかに震えている。
「大丈夫ですよ」
柔らかい声で言う。
「ここは安全な場所ですから」
女性は少しだけ安心したように息を吐いた。
「……あの、私、本当にこれでいいんでしょうか」
「何が不安なんですか?」
問い返す。
責めるような言い方ではない。
ただ、自然に言葉を引き出すようなトーン。
「その……紹介されたプログラム、すごく魅力的で。でも、私なんかが……」
言葉が途切れる。
自己評価の低さ。
典型的なパターンだ。
悠真はゆっくりと頷く。
「あなたは、自分の価値を低く見積もりすぎている」
女性が顔を上げる。
「でも、それは悪いことじゃない。慎重な人は、長く続きます」
安心させる。
肯定する。
だが、それだけでは終わらない。
「ただ」
少しだけ間を置く。
「チャンスは、選ばれた人間にしか来ません」
女性の目が揺れる。
「今回の件、あなたは“選ばれています”」
静かに、確実に言い切る。
「東雲さんのプログラムは、誰でも入れるものじゃない。あなたは、その中でも可能性があると判断された」
「……本当に?」
「ええ」
微笑む。
「少なくとも、私はそう思います」
嘘ではない。
ただし、その“判断基準”が何かは言っていない。
女性はしばらく考え、やがて小さく頷いた。
「……やってみます」
その言葉を聞いた瞬間、悠真は内心で確信する。
決まった。
この人間は、もう“こちら側の流れ”に乗った。
「いい決断です」
優しくそう言う。
女性は少しだけ誇らしげに笑った。
自分で選んだと思っている顔だ。
それでいい。
それが一番都合がいい。
⸻
同じ時間。
黒鉄蓮はカフェの窓際に座っていた。
目の前には東雲恒一。
「最近、君の名前をよく見る」
コーヒーを口にしながら、東雲が言う。
「そうですか?」
「SNSだけじゃない。複数のメディアでも取り上げられている」
視線が鋭い。
「偶然にしては出来すぎていると思わないか?」
試されている。
蓮は一瞬だけ視線を落とし、軽く息を吐いた。
「正直に言えば、怖いです」
「怖い?」
「はい。自分でも追いついていない評価が先行している感じがして」
少しだけ苦笑する。
「でも、それでも」
顔を上げる。
「期待されているなら、応えたいと思っています」
東雲は黙って蓮を見ていた。
数秒。
沈黙。
そして。
「いい」
短く言う。
「その感覚を持っているなら、問題ない」
グラスを置く。
「人はね、評価されることで形になる」
ゆっくりとした口調。
「最初は中身がなくてもいい。周囲が“価値がある”と判断すれば、やがてそれに見合うものになる」
それは、ある種の真理だった。
そして同時に。
危険な思想でもある。
「君は、今その途中にいる」
東雲は微笑む。
「だから、私が責任を持って“完成させる”」
その言葉に、蓮は小さく頷いた。
内心では、別のことを考えながら。
完成させるのは、どちらだ。
⸻
少し離れた場所。
堂島誠人はスマートフォンの画面を睨んでいた。
「なんだよこれ……」
表示されているのは、神谷透に関する記事。
「急に出てきすぎだろ」
隣で、氷室理人が淡々と言う。
「不自然ではある」
「だろ? 絶対なんかあるって」
「だが、現時点では違法性は確認できない」
冷静すぎる返答。
堂島は舌打ちする。
「だからって放っておくのかよ」
「証拠がない以上、動けない」
それがルールだった。
そして、そのルールこそが。
彼らの足を止めている。
⸻
別室。
如月玲はモニターに映るデータを解析していた。
「……へえ」
興味深そうに呟く。
「綺麗すぎる」
拡散のタイミング、アカウントの動き、関連性。
どれもが自然に見える。
だが。
「自然すぎるのは、不自然なんだよね」
口元がわずかに歪む。
「誰かが“作ってる”」
画面を拡大する。
「面白いじゃん」
⸻
その頃。
時任紗那は静かにログを整理していた。
「第二段階、進行中」
誰に聞かせるでもなく呟く。
画面には複数の人物データ。
神谷透。
そして、別の二人。
まだ表には出ていない“候補”。
「予定通り」
指が止まる。
「……いや」
ほんのわずかに、眉が動く。
「少し早い」
視線が一つのデータに止まる。
東雲恒一。
「この人」
小さく呟く。
「やっぱり、普通じゃない」
⸻
すべては順調に進んでいる。
誰もがそう思っている。
だが。
この時点で既に。
いくつかの“ズレ”が生まれていた。




