第38話 望まぬ来訪者
「んっ……朝か……」
目を覚ました俺が起き上がろうとするが、体が重くて動かない。
またいつものアレか。
「おい、起きろぉ。朝だぞ」
布団を捲り、俺の布団に潜り込んでいる娘たちに、声をかけた。
「ふにゃ、まだ眠いの」
俺の右腕にしがみ付いているのはシャルだ。
成長して体も大きくなったので、色々と困るのだが。
「はふぅ……父上は、わらわのものじゃ」
変な寝言を言っているのはメテオラだ。俺の左手に抱きついている。
まだ小さいのに、妙に色気があって困るのだが。
「お父さん……すやぁ……」
控えめに横で寝ているのはエステルだ。
最近ますます可愛くなって、父親の俺でもドキリとさせられる。やっぱり困るのだが。
「んっ♡ お父様と初夜ですわぁ♡」
極めつけはリゼットだ。俺の上に乗って胸に顔を埋めている。
前からヤバいと思っていたが、このところガチに俺と結婚しようとしている気がする。
最も困っているのだが。
「こら、起きろ! もうすぐ年頃になるんだから、父親と一緒に寝るのは控えないとダメだぞ」
とりあえず注意してみたものの、分かっているのかいないのか。
娘たちは、とぼけた感じに起き上がる。
「ふぁ、お腹空いたの」
「何で他の妹も一緒なのじゃ」
「お、おはようございます。お父さん」
「あふ♡ 夫婦が一緒に寝るのは当たり前ですわ」
やっぱり心配だ。俺の娘がファザコンな気がする。
何とかしないと。
◆ ◇ ◆
朝食を終え外に出てみると、すでに街は賑わっていた。
街と表現するのが適切かどうかわからないが、いつの間にか湖畔に街ができてしまったのだ。
「うーん、何か前より栄えているような?」
知らない内にどんどん店が立ち並び、今では完全に宿場町のようになっている。
王都の目の前に造ってしまって大丈夫だろうか?
こんなの国王の耳に入ったらヤバいかもしれない。やっぱり大丈夫じゃないよな。
「レインさーん!」
王都側の道からサーシャさんが走ってきた。
「どうしました、サーシャさん?」
「はあっ、はあっ、あ、あの、引っ越しの準備が整いました」
「ん?」
引っ越しって何だろ? もしかして、ここの冒険者ギルドに住み込むのか?
「レインさんの家に引っ越します」
「俺の家だった!」
どうなってるんだ? 俺とサーシャさんが同居だと? 普通にマズいだろ。
「えっと、年頃の女性が俺みたいな男と同居とかダメですって。危険ですよ」
「うふふっ♡ レインさん、何かするんですか?」
「し、しませんよ」
サーシャさんと同居とか、そんなのまるで恋人みたいじゃないか。同棲みたいだな。
って、待て待て。俺は何を想像してるんだ。
「しないなら良いじゃないですかぁ♡」
サーシャさんが、ニマニマしながら俺の顔を覗き込んできた。
「やっぱりマズいですって。恋人同士じゃあるまいし」
「ヴィクトリアさんとは一緒に住んでるんですよね?」
「た、確かに!」
しまった。ヴィクトリアの行動が自然すぎて、何の疑問も持たず一緒に住んでいたぞ。
「レインさん、もしかしてヴィクトリアさんのこと、す、好きなんですか?」
サーシャさんが、不安そうな顔で俺を見つめる。
「ち、違いますよ。あいつは勝手に住んでるというか、成り行きでズルズルしているというか……」
「むぅううっ!」
サーシャさんの視線が怖い。
もしかして、俺って疑われてる?
成り行きというのは、『行きずりの女』って意味じゃなく、『成り行きで一緒にいる』ってだけだぞ。
「何も無いですよ。俺と彼女は冒険者仲間なだけです」
「本当ですか?」
「本当ですよ。一緒に住んでるといっても、娘たちもいますし、部屋も別ですし」
サーシャさんって、普段は穏やかで優し気なのに、ヴィクトリアのことになるとムキになるような?
「良かったぁ。まだ男女の仲じゃないんですね」
安堵した表情のサーシャさんが、ホッと息をもらした。
「男女の仲なんて、とんでもない。子供の前で何もしないですよ」
「ですよね」
サーシャさんは優しく微笑む。
元の優しい彼女に戻ったようだ。
同居の件は、なし崩し的に決まってしまったけど。
「そういう訳で、サーシャさんも一緒に住むことになったから」
「何でよぉおおおお!」
サーシャさんを連れ家に戻った俺に、ヴィクトリアが泣きながら迫ってきた。
「何でって言われてもな。お前も勝手に住んでるじゃないか」
「私は良いのよ! 新妻でしょ!」
「妻じゃねえよ」
妻にした覚えはないのに、勝手に新妻を名乗るヴィクトリア。困った女だ。
「レインさん! やっぱり!」
「お父様! どういうことですの!?」
サーシャさんに加え、リゼットまでムキになってしまった。
こっちがどういうことか聞きたいよ!
「とりあえずサーシャさんは、ヴィクトリアと同じ客間を使ってください。確かベッドは二つあったはずだから」
狙ったようにベッドが揃っているのが不思議だが、こうして同居メンバーが増えたのだった。
◆ ◇ ◆
更に数日が過ぎ、街がデカくなった今日この頃――
望まぬ来訪者も増えたようで。
「おい、誰の許可を得て街を造っておるのだ!」
王都から兵士を引き連れた役人がやってきたのだ。
辺りに怒声を響かせながら、俺のほうに近づいてくる。
「全ての土地は国王か貴族に属しておるのだ! 勝手に都市を造るのは、明確に領主の権利侵害であるぞ!」
何となくそんな気がしてたけど、やっぱりこうなったか。確かに王国の土地は領主の持ち物だよな。
でも…………。
「ちょっと待ってくれよ。これは俺が造ったんじゃなく、勝手に人が集まってきてだな……」
俺が前に出ると、お偉いさんっぽい役人が血相を変えた。
「き、きき、貴様はレイン・スタッド! 何故ここに!?」
「何故って言われても、王都を追放されたからだが」
「何だと!」
役人の顔が、赤くなったり青くなったり忙しい。
「貴様ぁ、王国に反逆でもしているのか! 王都の前に都市を造るなど、明確な敵対行為であるぞ! 即刻退去せよ!」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ」
「待てぬ!」
そう言い放った役人は、肩を怒らせながら戻っていった。
「くっ、やっぱりこうなったか。さてどうするか。街ごと移転させられれば良いのだが」
途方に暮れていると、役人と入れ替わるように、数人のエルフがやってきた。
スレンダーな体に長い金髪の髪。若い女性が一人と、それを護衛するように戦士風の男が二人。
若いといっても、エルフは長寿なので見た目どおりじゃないかもだけど。
「おい、そこの人族、我らの問いに答えよ!」
護衛の男の一人が、俺に声をかけてきた。
さっきの役人に負けず劣らず、尊大な態度だ。
「何だい」
それが人にものを尋ねる態度かよと思ったが、初対面で対立を避けるように答えた。
「ここにエステルという名のエルフは居らぬか?」
「エステルだと!」
娘の名が出て、俺は身構えた。
俺の娘に何か用なのかと。
「居たとしたらどうなんだ?」
「連れ帰るのだ」
「はあ!? 何でだよ」
俺の態度を不審に思ったのか、奥に控えていた女性が前に出た。
「早くエステルを差し出しなさい! 私は母親なのよ! 下等な人族が、私たちハイエルフに口答えなんかしてるんじゃないわよ!」
ヒステリックに叫ぶその女性に、俺の中にある、前世の記憶が呼び覚まされた。義理の母に、理不尽な理由で怒鳴られた記憶だ。
「はぁ? 母親だと? エステルを追い出したんじゃなかったのかよ。何だよ今さら」
俺の体が怒りで震える。元世界の義母と、目の前の女が重なった。
子供を虐待する毒親の姿が。
エステルは母親に『要らない子』だと言われたのだ。
そんなの許せるはずがないだろ!




