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マル秘第四回国枝頼子リポート

国枝は今、北海道の最北上に位置する博士の研究所うにお邪魔させてもらっている。國枝はいつものリポートを初めての直ぐの唐突な発言に戸惑った。「脳の中にゾンビが居ると云ったら驚きますか?」

「驚かせた様で済みません離す順序が間違いました」

「話す順序によってなんて事ない話がとてもあり得ない話になりますからね」

「ある盲目の患者が居ました」

「彼は通常の視覚検査の結果盲目であることはハッキリしていた」

「視力検査表の1番上の文字も読めなかったし、指を2本三本立たせて見せた時も、それが何本か見分けられなかった」

 その患者が目覚めた時、全く目が見えなかった。 2、3日すると色や地模様(テクスチャー)は認識できる様になり物も手渡されれば手探りでそれが何であるのかを言い当てることが出来た。

 私は彼に鉛筆を一本見せて「此れは何ですか?」と尋ねた。すると彼は例の困った表情を見せたが、予想外の行動に出た、「ちょっと良いですか?」と私から鉛筆を手際良くとったのである。私は驚いた。触って物の正体を言い当てたことに驚いたのでは無く、鉛筆を取った時の敏捷性に驚いたのだ。彼は鉛筆の方へ手を伸ばし、指をさっと正確に動かして鉛筆を掴むと、流れる様な動作で膝の上に置いたまるで目が見えないとは思えないまるで誰か他の人間が━━彼の中に居る無意識のゾンビが動きを誘導している様だった。私が云うゾンビは、全く意識のない存在を指しているが、処刑執行(エキゼキューション)やスキル発動時、ゾンビは明らかに眠ってはいない。完全に覚醒して、熟練を要する複雑な運動をする能力を持っている。」興味を惹かれた私は彼の隠された能力肢を試す実験をすることにした。

 まず一本の直線を見せて「この直線は縦線ですか、横線ですか、それとも斜線ですか」と尋ねた。

「わかりません」と彼は答えた。

 次に縦に長い差し込み口(実は郵便の投入口)を見せてその向きを尋ねた。今度も彼は「わかりません」と答えた。

 私は彼に一通の手紙を渡してその差し込み口入れて下さいと云うと彼は抗議した。「そんな事出来ません」

「そう云わずにやってみてください手紙をポストに入れるつもりで」

 彼は困った様で躊躇(ためら)った。

「やってみてください」と私は促した。

 彼は私から手紙を受け取ると手首を回して手紙が投入口にピッタリ合う様にしてまた熟練を要する動作をしながら手紙を投入口に差し込んだ。━━その口が縦か横か斜めか分からないと言ってたのに。彼はこの動作に指示を無意識に実行した。丸でまた同じゾンビが作業を引き継義彼の手を難なく目標に導いた様に。

 彼の行動が驚異的に見える私たちが一般的に視覚を単一の過程と捉えているからだ。

 目の見えない事がはっきりしているかれが、手を伸ばして手紙を掴み、それを正しい方向へ直して見えない投入口入れる事が出来るのだから、ほとんど超能力の様だ。

 彼の体験を理解するには、物を見ると云う実体について、常識的な観念を捨てなくてはならない。

 人はタイ大抵そうだが、恐らくあなたも、物が見えるのは当たり前と思って居るだろう。朝起きて目を開けると、総てが目の前にある。見る事があまりに簡単で自動的なので、私達は視覚が信じられない程複雑な(そしてまだ謎多い)過程である事を認識出来ていない。

 私の研究仲間であるチャーリーが指摘した様に、眼球の内側に有る小さな二次元の倒立像が単一のパノラマの様な三次元の世界観として知覚されるのだ。この奇跡の様な転換はどの様にして起こるのだろうか。見ることは単に頭の中で映像を捜査することだと間違った考えに固執して居る人が沢山いる。例えば私は先ごろ、あるカクテルぱーティで若い男性からどんな仕事をしているのか聞かれた。

 人がものを(そして脳がどのように知覚に関与して居るのか)に関心を持っていると応えると、「何か研究するような事があるにですか?」と聞いた。

「そうですね。何か物を見ると、脳の中でどんな事が起こっていると思うますか?」

彼は目を落としてシャンパングラスをかざし、「ぼくの眼の中にこのグラスの倒立像ができます。明暗の像が網膜の受容体を活性化し、そのパターンが画素(ピクセル)毎に電線を通してつまり、視神経を通して脳のスクリーンに表示されます。そうやってこのグラスを見えるのでしょう。勿論、脳は正しい向きに直す必要があるでしょうが」

 彼は光受容体や視覚についてなかなかの知識を持ち得て居たが、脳のどこかにスクリーンがあって、其処に像が表示されると云う説明は重大な論理的錯誤のあらわれだ。もしグラスの像が内部の視神経スクリーン に表示されるとすれば、そのスクリーンを見る小さな人が脳の中に居なくてはならない。それにこれではその小人の頭の中2にも、表示された更に小さな小人が陽通用で、その小人の頭の中にも………、と云った風にfマトリョーシカの様に際限のなく続いて、知覚の問題を本当に解決することは出来ない。従って知覚を理解する第一歩は「」脳の中の像」と云う考え方を捨てて下界の物体や事象の記号的な記述について考えることだ。アメリカに住む友人に自分のアパートの見取り図を伝えなくてはいけない時自分おのアパートをそっくりアメリカへ遠距離輸送する必要はない。アパートの見取り図を書いて送るだけで済む。しかしインクの「のくたり」はーー手紙に書かれた文字やパラグラフはーーあなたの寝室とは、物理的に何の類似性は無い。手紙は貴方の寝室を記号で記述したものである。

「では脳の中の記号的記述と云うのは、何を指しているのか?」

「「勿論、インクの「のくたり」では無い。神経インパルスと云う言語で有る。人間の脳には像を処理する領域がいくつもあって、それぞれが複雑な神経ネットワークで構成され、像から一定の情報を抽出する様に特殊化している。対象物は凡てこれらの領域の下位セットに(それぞれ特有の)活動パターンを喚起する。例えば、あなたが鉛筆や本や顔を見ると、それぞれ別の神経活動のパターンが引き打出され、あなたが見ているものを高次に中枢に「知らせる」。活動パターンは、紙に書かれたインクとよく似たやり方で、視覚対象物を記号化或いは表像している。視覚プロセスを解明している身として脳が記号的記述を作り上げている時に使う記号体系を解読する事を目標にしている。馴染みのない文章を解読している様なものだ。筈だ。このように知覚は、唯、脳の中に像を複写しているだけで無い。網膜上の像が一定している限り、知覚がいつも一定に保たれる筈だ。しかし実際はそうではない。網膜の象が同じでも知覚がガラリと変わる事がある。一八三二年にスイスの決勝学者が驚くべき例を発見した。ある日顕微鏡立方体の結晶を覗いていると、突然それが半転した覗く度に何かが方向が変わったように見える。彼は当惑して、結晶ではなく、自分の頭の中で何かが半転したいるのではないかと考えた。網膜上の像は一定で、全く変化していないのに()()()()()()()()()()()()()()()()()結晶が上を向いているのか下を向いているようにも見えるのだ。従って、知覚と云う活動には、たとえそれが立方体の構造図を見ると云う単純なもので()()()()()()()()()()

「脳はこうした判断をする時に、安私達の住む世界が混沌や無定型でなく、安定した物理的な性質を持っていると云う事実を利用する。これらの安定した性質が進化の途上で、世界についての一種の「前提」或いは暗黙の知識として、脳の視覚野に取り込まれた。例えば、陰影をつけた絵をみてほしい。これらは平坦な円盤につけたものだけだが、上部が明るいミノは膨らんで見える上部が暗いものは窪んで見える。これは陰影のある図形を解釈するのに、自然界では太陽が上から照るので、こちらに向かって膨らんでいる湾曲した物体は上部が明るく照らされ、窪みは下部が光をを受けると云う前提が、視覚系に取り込まれたているからだ。ドイツの物理学者ヘルマンフォン*ヘルムホルツ(視覚科学の創始者)が知覚の「無意識の推論」と呼んだのも不思議でない。セイランと云うキジ科の鳥は、尾羽に印象的な灰色の円形模様あるただし、陰影は上下でなく左右である。ダーウィンはこの鳥が急愛の儀式でこの模様を「誘惑物」として使っているのではないか。よく目立つ光沢のある円形の模様は鳥のアクセサリーに相当するのでは無いかと考えた。だが、もしそうなら何故陰影が上下でなく左右なのか。ダーウィンは、恐らく求愛の時は羽が立つのdろうと推論した。そしてそれは正しい。

全体として視覚系は比較的単純な組織体制を持っているようだ。眼球から出たメッセージが視神経を通り、直ぐに二つの経路に別れる。一つは系統発生的古い経路で、もう一つはそれよりも新しく、全人類で霊長類でも最も良く発達した経路で有る。そしてその二つのSystemには、ハッキリとした役割がある。「古いほう」の経路は眼から真っ直ぐ脳幹のじょょ上丘と呼ばれる部位に行きつき、そこから頭頂葉を中心とする皮質野に至る。一方「新しいほう」の経路は、眼から外次視覚皮質と呼ばれるニューロン集団に行く。ここは一次視覚皮質に行く中継地点で有る。視覚情報はここから三十ほどの視覚野に送られ、さらに処理される。

「何故私たちには古い経路と新しい経路を持っているのかだろうか?」

「一つの可能性として、古い経路が一種の早期警報システムとして保存され、「方位(スキル)」と呼ばれるものに関与しているのではないかと考えられる。例えば私の左側から大きな物体が迫って来たら、この古い経路がその物体の位置を教え、眼球を回し、頭と身体を捻ってそれが視界に入る様にする。これは重要かも知れない物体を中心窩と云う眼の非常に鋭敏な部位で捉えるための原初的な反射で有る。

この時点で私は、系統発生的に新しいシステムに虚勢をとらせ、物体の正体を判断するどう反応するかを決定できるのはそれからだ。掴むべきか、みを躱すべきか、逃げるべきか、食べるべきか、闘うべきかそれとも愛し合うべきか、総てがゾンビ化ではゲーム性がない最終は脳に判断されるべきだと考えたそれでも、気現象には必ず瑕疵(イレギュラー)が有る。

「判断より速く自動化して動く人間が居る。古から少しおフレコで宜しいですかな?」

國枝は自前のテープレコーダーを切った。ここより先の台詞は二重線で消してある。最後の方は震えとインクの染みで読めない。

これは一つの仮説だが古いスキル動作を自動化で動くと云うのは身体が覚えているつまりは脳も覚えていると云うことだ。脳の古い視神経が働いて新しい視神経は放置され認識しない、ゾンビが動く環境が出来上がるそれとは別に、あ見るのと同じように当たり前に発動スキルは太鼓の昔より長い年月を掛けて古いスキル動作ゾンビ化するに至る様に構築されていったたのではないか。人は太古よりスキル類を日常的に当たり前に使ってと水推論出来る。⚪︎❌△と云うからこの瑕疵でできた人物を「稀少血種(ゴールドラット)」とw我々は呼んでいる」

                        ━━━━━第四回國枝リポートより━━━。

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