16 視える悪役令嬢は、視えない未来を信じたい
「未来が見えるって、どんな感じかしら?」
例え、そう尋ねられても、わたくしの答えは、ひどく冷ややかなものだと思う。
「──無限の死を、毎日味わうようなものよ」
それは誰かの目の前で大切な人が死ぬ場面かもしれない。あるいは、誰かが選ばなかった進路の先で、別の誰かが絶望の中で打ち拉がれて生き延びている姿かもしれない。私には、他人のそれが「視えて」しまう。
だから私は、恐れていた。
人の幸福に触れることを。
温もりを知ることを。
そして、自分だけが誰の未来に存在しないという事実を、改めて突きつけられることを。
けれど──あの日、あの人だけは、私を本当の未来へと投げ出した。視えないということが、わたくしにとって、何よりの希望だった。
何も視えないのに、彼の周囲には、何にも代え難い溢れる色彩があった。光があり、影があり、そして彼の魂に応じる兄妹たちがいた。皆が彼を慕い、彼という空白の存在によって、未来を選び、交わっていた。
──あんな風に、誰かの光になれたなら。
五歳だった私は、あのとき初めて、未来が美しいと思えた。皮肉だったけれど、同時に──救いでもあった。
いま、この国は静かに揺れている。いいえ、もうそんな静かな時は過ぎ去った。王国の表面は変わらぬ微笑を貼り付けているけれど、裏側では血の匂いが日々濃くなっている。
父の名が、陰で囁かれるようになって久しい。処刑の噂はまだ形を持たないが、私は知っている。いずれ、その日が来ることを。
そして私自身もまた、誰の未来にも現れないまま──物語から退場する運命を、すでに引き当てている。
だけど、それでも。
私は、もう一度、あの少年の姿を見たいと願っている。
あの瞳に真っ直ぐ見つめられたいと願っている。
その声を聞きたいと願っている。
少し怖いと、怯えながらも、彼の背に並ぶ兄妹たちの中に、いつか自分の姿を重ねてみたいと、そう──望んでしまっている。
悪役令嬢という仮面をつけたまま、わたくしは、今日も学院の階段をゆっくりと歩く。選ばれなかった未来が降り注ぎ、うず高く降り積もる中で、私は今も、わずかな灯を手繰っている。
どれだけ報われない歩みだったとしても──
それが、かつて未来の視える私に、未来というものの本来の美しさと、その確かな存在を教えてくれたあの人に応える道だと、信じているから。
──どうか、無限に広がる未来の可能性の、その先で。あなたの物語に、わたくしにも居場所をくださいませんか?




