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プラトニック ラブ  作者: 伊咲 汐恩
第八章
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2年ぶりの冴木




ーー時を遡る事、1時間半前。

KGKの帰国を待つ冴木は、空港の国際線の到着口の出口付近で待ち構えていた。

帰国情報は漏洩していない。

にも拘らず、隣や背後にはおよそ30組ほどの記者がカメラ等の機材を持ち抱えて待機している。



それから、間もなく便は到着。

入国手続きを終えた2人が自動扉の向こうからスーツケースを引いて姿を現わすと、カメラマンのシャッターが一斉に下された。

冴木はマスコミ取材に先を越されぬように出てきたばかりの2人にすかさず声をかけて引き止めた。




「おかえりなさい。2年間の留学お疲れ様でした」




2人は冴木からの第一声が耳が止まると揃って顔を向けた。

2年前と何一つ変わらない冴木に思わず顔がほころぶ。




「冴木さん! 久しぶり~」




ジュンは冴木に愛想良く手を振る。




「こんな悪天候の中、わざわざ空港まで迎えに来てくれたの?」


「そうよ。スタンドでスタットレスタイヤを装着してもらったからギリギリの時間に到着したけど、間に合って良かった。2人とも元気だった?」



「勿論。冴木さんは?」


「元気だったわ」


「ねぇねぇ、冴木さんがこんなに多くの記者を引き連れてきたの? さっきは、中の動く歩道で散々取材を受けてきたのに」



「ジュンってば」




2人は到着口のパーティションポールから外れると、あっという間に記者に囲まれた。

冴木はすかさずマスコミとの間に割って入って警護に回る。

2人は2年経っても相変わらずな冴木の姿勢に、顔を見合わせプッとフいた。


10分程度の簡単なマスコミ取材を終えると、3人は駐車場へ。

すると、2歩ほど遅らせて歩いていたジュンは、先程冴木に手渡されたスマホに目を通していると足をピタリと止めた。




「冴木さん。俺、家族が車で近くまで迎えに来てるから、ここでお別れ」


「あら、そう。家族が迎えに来てくれて良かったわね。今日は家族水入らずで過ごしてね。また明日連絡するから。お疲れ様」



「あー、はい。んじゃ」


「ジュン、お疲れ。またな」




慣れない長旅で疲労困憊のジュンだったが、久しぶりの母国に安堵の表情で手を振りながら去って行った。

ジュンを軽く見送った後、2人は再び駐車場へ。




「今日は大雪なんだね」




セイは渡された傘を軒下から開いて空を見上げ、フーッと白い息を吐く。

一歩足を踏み出すと、黒のエンジニアブーツは4センチほど雪の中に埋もれた。




「そうね。足元が滑るから気を付けてね」


「足首が完全に浸かるまで、あともう少しかな……」




セイは足音を立てながら一歩一歩雪を踏みしめていると、小学生時代に紗南とお別れした時に誓ったあの時の言葉を思い出した。


あいつは、あの時の約束をまだ覚えているかな。



再会の時を懐かしく思ったらフッとと笑い声が漏れた。

俺は彼女ともう一度再会出来る奇跡を信じてアメリカで頑張ってきた。

想像以上に厳しいダンスレッスンと、語学学校での英会話の勉強と、個人的に希望したピアノのレッスンは1日の大半を占めていた。

自由なんて殆どない。

日本に居る時と変わらないくらい忙しい毎日だった。


精神的に辛い時は、彼女との思い出の星型の飴が支えてくれた。

もし、この飴が手元になければ今日まで頑張れなかったかもしれない。

2年前に紗南から貰った飴はたった1つだけしか持ってないけど、今日までお守りのように大事にとっておいた。



2年ぶりに帰国したとはいえ、彼女と会える確信はない。

居場所どころか連絡先すら知らないから。

でも、いつか何処かで再会する事が出来たら、俺は1つ聞きたい事がある。


セイは冴木が運転する車の後部座席に乗車して、空港を後にした。

車内の窓ガラスは結露していて外の様子は伺えない。




「冴木さん、これから何処へ行くの? 俺の新居?」


「……いいえ。行き先は新居じゃないの」



「じゃあ、ホテル?」




冴木は背中を向けたまま首を横に振る。




「それじゃあ……」




セイは冴木の背中を見て答える気がないと悟ると、自然と口が閉ざされた。

カーナビに目的地はセットされていない。

彼女は道路標識を頼りに車を走らせているだけ。

ただ、彼女に何か考えがある事だけは薄々感じていた。



一方、テレビでセイの帰国報道を目にした紗南は、椅子に置いていたカバンを左手で背負って、食べ途中のお皿が乗っているお盆を持ち上げた。




「ごめん! 申し訳ないんだけど、急用が出来ちゃったからもう帰るね」


「え……、まだ3限目が残ってるけど」



「私には授業以上に大事な用なんだ。……それじゃあ、また明日ね」


「えっ、ちょっと。紗南~」




紗南は困惑する由莉にクルリと背中を向けると、学食の食器を手早く片付けて建物から外へ飛び出そうとした。

だが、外の光景を目の当たりにした瞬間、言葉を失った。


そこは、辺り一面真っ白な銀世界。

空から降り注ぐ雪のシャワーが、降り積もっている雪に厚みを増していく。


滑らぬようにと一歩一歩慎重に雪を踏みしめながら歩いて行くと、ブラウンのロングブーツが雪の中に埋もれていった。

くるぶしが雪に浸かりそうな深さまで、あともう少し。

彼が伝えてくれた大雪の日の再会の言葉をあれから8年経った今も信じたい。

雪がもっといっぱい降ってくれないかな。

そしたら、彼に会えるかもしれない。



急遽日本に帰国した彼と。

彼の帰国をテレビで偶然知った私。


偶然と奇跡。

この2つの運命の漣は、私の恋心を前進させた。



雪が頬に触れた瞬間、彼とお別れした直後に菜乃花が言ってくれた言葉を思い出した。




『……じゃあ、次はセイくんが赤い糸を引っ張ったらどうなると思う?』




先程テレビからエスマークを届けてくれた彼を見た瞬間、今度は彼が運命の赤い糸が引っ張ってくれたと確信した。

私が彼を想うように、彼もきっと私を想っていてくれる。

身体が離れていてもお互いの心が繋がり合っているなら、私達はもう一度スタートラインに立てる。



綿菓子のように漏れる半透明な白い息。

赤く染まった頬に叩きつける雪結晶。

愛しさが溢れて瞳にたまった透明の涙は、雪混じりの冷たい風にさらされている。


銀世界に包まれていても寒いと感じないのは、彼の事で頭がいっぱいになっているから。


恋人だったあの頃は、僅かにしか持てなかった2人きりの時間。

急に途絶えてしまった連絡手段。

別れを告げなければならなくなった辛い現実。

そして、2年という長い歳月の別れ。


恋の荒波に飲み込まれながら今日という日を迎えるまで頑張って来れたのは、この恋が正真正銘本物だから。


⋯⋯バカだね、私。

交際を猛反対されたのに、未だに恋を諦められないなんて。

またセイくんに近付こうとしているなんて知られたら、また引き離されてしまうかもしれないのにね。



ヒールが折れそうな位、いっぱい走った。

慌てるあまり雪でスリップして、正面から来た人とぶつかったら、カバンの中身が散らばって荷物が雪まみれに。

それでも1秒でも早く彼に会えるように、雪が付着したままの荷物を拾い上げて鞄に放り込んで駅へ向かった。



でも、全身雪まみれの状態でハァハァと白い息を吐きながら、駅に到着したまでは良かったんだけど……。

心配していた電車は辛うじて動いてたんだけど……。

残念ながら、彼の居場所はわからない。

これからどの方面のどの電車に乗車すればいいのかさえ。


本当は、もう二度と会えないんじゃないかな。



会えない不安に駆られていたら、虚しさとやるせなさのあまり、大雪に負けないくらいの大粒の涙で頬をぐしゃぐしゃに湿らせて、しゃっくりが起こってしまったかのように激しく咽び泣いた。


駅構内で泣いていても何の解決にもならないのに……。


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