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プラトニック ラブ  作者: 伊咲 汐恩
第八章
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離れ離れの時間




ーー彼が留学してから2週間後。

ソメイヨシノの蕾が膨らんで暖かい春風が優しく頬を撫でた。


2週間前、KGKの記者会見はトップニュースを着飾っていたが、過ぎ行く日々と共に他のニュースに埋もれていった。

出演しているCMは未だに放送されているせいか、世間は彼らがいなくなった実感を湧かせない。



ーー春休みの今日。

彼が歌っている姿が見たくなって駅前のCDショップに行ってライブDVDを購入した。

帰宅してから早速部屋のプレイヤーにセットして向かいのソファーに体育座りをした。


テレビ画面に映し出されている彼は、観客からの多くの声援を浴びながら、歌声とダンスでライブ会場を魅了する。

他人からするとただのアイドルのライブDVDに過ぎないが、私にとっては彼との思い出を彷彿させる材料の1つに。


私達2人には思い出の品がないから、こんな惨めな思い出浸りしか出来ない。



この頃はまだエスマークはまだ存在しない。

何故なら映像に映っている1年前の彼は、私と再会する前だから。


次第に涙で視界が歪んでモニターに映る彼がよく見えなくなった。

ぽっかり空いた心の隙間は、彼が居なくなったあの日から吹きさらし状態になっている。



彼との思い出を風化させないように、毎日幻想していた。

背はこのくらいだったかなとか。

体温は私よりも少し高めだったかなとか。

抱き寄せた力はこれくらいだったかなとか。

ポスターを眺めながら毎日想い続けている。



でも……。

優しくしてくれた分、辛くなる。

会えなくなった分、恋しくなる。

好きでいた分、枯れそうになる。


どうしようもないほど恋しい時は、KGKの曲を聴きながら繋がらなくなった彼のスマホに電話をかける。

そして、音声ガイダンスが流れたら、彼は仕事で忙しいんだと自分の心を騙して通話終了ボタンを押す。


でも、残念な事に人間の心はそう簡単に騙されてはくれない。




ーー4月初旬。

我が校は新学期を迎えて新入生を迎えた。

午前中は体育館で入学式で、芸能科とは時間差で式が行われる。


ふと校門に目をやると、初々しい顔が勢揃い。

今年の普通科の新入生も、芸能人に会う目的で入学した生徒はきっと沢山いるだろう。



つい数ヶ月前までは、毎週のように通っていた保健室。

最近は足が完全に遠退いていた。


授業中の今。

特に具合は悪くないけど、仮病を使って保健室の窓際のベッドに横になった。

窓際のベッドは彼がいつも独占していた場所。


まっすぐ見上げると、何の変哲もない白い天井。

次は顔を右に向けて、ベッドを囲んでいるカーテンに視線を当てた。

ここは、2ヶ月前まで彼が目に映していた光景。

あの時はどんな気持ちでカーテンを眺めていたのだろうか。


隣のベッドには私が横になっていて、キャッチボールのようにお互いの声を届け合っていた。

つい最近の事なのに不思議と懐かしく感じる。

今やこのベッドは彼の存在も残り香もしない。



あの時は手を伸ばせば触れ合えた指先。

今はもう二度と触れ合えない。

ゆっくりと目を瞑れば、彼との幸せな思い出が蘇る。

でも、目を開けば彼のいない寂しい現実が待っている。


隣から名前を呼んでくれる彼には、もう二度と会えない。

所詮、芸能人と一般人の恋なんていっ時の儚い夢。




「……っく、……ぐすっ」




閉ざされたカーテンの中から紗南の咽び泣く声が漏れていく。

唯一、影の応援者の養護教諭は、泣き声が耳に入ると胸がギュッと締め付けられた。


熱狂的に湧いていた街は、長い月日と共に静寂を取り戻していた。

音楽業界では新人歌手のデビューが相次ぐ。

だが、KGKの人気を越すほどの歌手は未だに現れない。


彼がいつ日本に帰国するかわからないから、情報収集の為に音楽番組を観るようになった。

でも、彼が出演していない番組を見る度に、心の中はひと気のない遊園地のように虚しさの嵐が吹き荒れていた。



ーー気付けば汗ばむ陽気が続いて半袖の季節が到来した。

南から吹き付けてくる夏風は、靡いた髪が頬にピシャリと勢いよく叩きつける。


それは、移りゆく季節の中、長々と恋を引きずっている自分に、一刻でも早く目を覚ませと言わんばかりに……。



もし、2年後に彼に会う事が出来たらどうしても伝えたい話がある。

気持ちを一度も伝えなかったあの時のように、二度と後悔したくないから。


でも、彼が日本に帰国してもきっとその夢は叶わない。

何故なら彼を突き放してしまったのは、この私だから。


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