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プラトニック ラブ  作者: 伊咲 汐恩
第五章
31/60

再び会いに来た冴木




紗南はセイと付き合い始めてから、普段から待ち合わせの時刻としていた9時50分に保健室へ向かった。

会いたいと思うあまりに足は自然と小走りに。

勿論、保健室で会う約束などしていない。


紗南は僅かな希望に願いを託して気持ちを振り子のように揺れ動かせながら向かっていたが、1階の保健室まであと8メートルという距離のところで⋯⋯。




「⋯⋯っ!」




膨れ上がっていた期待は、まるで雪崩が起きてしまったかのように崩れ始めた。


ある人物が瞳に映し出された瞬間、ブレーキがかかったように足が止まった。

ドキドキしていた胸は握り潰されてしまったかのように窮屈になっていき、セイに会えると思っていた期待は見事に打ち砕かれてしまう。


紗南の気持ちが急転してしまった理由。

それは、保健室前でスーツを着た女性が腕を組んで壁に背中をもたれていたから。


どうして冴木さんがこんな時間に学校へ⋯⋯?


紗南は冴木の登場に驚いたが、2度に渡って警告を受けていたからこそ思うものがあった。



タッ⋯⋯タッ⋯⋯タッ⋯⋯タッ⋯⋯


メトロノームが拍子を刻むように響く足音。

少人数だけど他の生徒も行き交う廊下。

まるで彼女だけをフォーカスしているかのように、自然と他の光景をぼやかせていた。


紗南は鉛のように重くなった足を1歩1歩進ませていると、冴木は存在に気付いて壁から離れて紗南の3歩手前で足を止めた。




「先週はどうも。またここで会うなんて偶然ね」


「……」




嫌味ったらしい口調に、紗南は視線をストンと落として口を結ぶ。




「顔色が良さそうに見えるけど、保健室に何の用? もしかして、セイに会いに来たの? 連絡がつかないから」


「なっ……」




紗南はピンポイントな指摘に心の波風が立つ。

だが、冴木は鉄仮面のような表情を崩さない。


キーンコーンカーンコーン~♪


2時間目開始のチャイムが鳴った。

もうこの付近に生徒の姿はない。

私と冴木さんの2人だけ⋯⋯。

だから、彼女は周りを気にせず語り始めた。




「セイの電話が急に繋がらなくなった理由、貴方にわかる?」


「機種変……ですか」




取り敢えず可能性がある回答を述べてみた。

SNSに投稿出来る端末を持っているのだから、自分の中では機種変が濃厚だった。




「いいえ、私がスマホを取り上げて解約したの」


「えっ! 解約したって⋯⋯。どうして」



「先日までセイが使っていたスマホは事務所からの貸与品なの。契約時にセイの住所が特定したら困るからね。勿論、解約をしたのは出国前に貴方との連絡を断ち切る為」




眉一つ動かさない冴木の口調は相変わらず厳しい。

紗南は驚愕的な真実を知ると、まるで氷水を浴びたかのように血の気が引いた。


嘘……。

スマホを解約したのは私のせい?

しかも、解約理由が私との連絡を断ち切る為?

どおりで電話が繋がらないはず。


よく考えたら、セイくんと連絡がつかないって事は、約束が出来ないって事だよね。

約束出来ないって事は、もう二度と会えないって事?

嫌……。

そんな一方的な引き離し方なんて受け入れられない。


ドクン…… ドクン……


ショックと怒りで身体が揺れ動きそうなほど大きな鼓動が打った。



冴木さんはどんな手を使ってでも仲を引き裂くつもりだ。

セイくんから離れるように警告しに来ただけじゃ満足しない。

私を仕事現場まで連れて行ったり、ぎっしりと書き詰められたスケジュール帳を見せびらかしたり、セイくんが今まで使用していたスマホを無理矢理取り上げたり。


酷い……。

2人の中を引き裂く為にここまでするなんて。




「冴木さんが私を目障りに思ってる気持ちはわかります。セイくんの傍から引き離したい気持ちや、連絡を絶たせたい気持ちもわかります。でも、セイくんは悪くないのに、どうして……」




紗南は爆発しそうなほど感情的になり瞳に涙を浮かばせた。

信じ難い気持ちが心を支配する。


一方の冴木は、以前から2人の繋がる手段がスマホでしかない事を知っていた。

距離を置かせる為は、連絡手段の心臓部を塞き止めるしかないと⋯⋯。



冴木さんは連絡手段を根こそぎ断ち切れば、私達の関係も断ち切れると思ったのだろうか。

その後、彼をアメリカに送れば問題ないと?

彼女の警告を受け入れなかった自分1人の問題は、いつしか彼の日常まで影響を及ぼしていた。


しかし、紗南が悲痛に叫びを続けても、冴木は一切表情を揺るがせない。




「そうね、セイは悪くないわ。でも、貴方が警告を聞かないせいかしらね」


「そんな……」




紗南への一方的な心理攻撃は続く。

太刀打ちしている戦力も、身の程を思い知らされていくうちに陰りを見せ始めた。


今やスマートフォンは財布と同等価値がある、このご時世。

毎日小さな情報をSNSで発信している彼にとって、スマホはファンサービスが手軽に行える商売道具の1つ。

ファンの応援があってこそ、今が成立している。


でも、その商売道具を取り上げられてしまった原因は私。

冴木さんの警告を無視したから、彼にまで被害が及んでしまったんだ。


どうしよう……。

セイくんの大事なもの。

築き上げてきたもの。

長く積み重ねてきたものを奪ったのは。


全部全部、私なんだ……。



現在は2時間目の授業中。

保健室から東側に向かう順で部屋を見ていくと、図書室、視聴覚室、そして普通科の一部の1年生の教室の配置となっている為、教室からは人の声がほとんど漏れていない。


じわりじわりと込み上げてくる感情は歯止めが利かない。

紗南は啜り泣く声が辺りに響かないようにと手で口元を押さえた。




「セイはいま保健室にいるわ」


「えっ……」




壁一枚挟んだ先にはセイくんがいる。

会いたくてもなかなか会えなかったセイくんが、そこに……。




「理由は言わなくてもわかるでしょ。保健室に来たのは貴方と会う為じゃない。それに、セイにはセイの未来があるように、貴方にも貴方の未来がある。残酷な話だけど、貴方の未来を思って言うわ」


「………」



「セイの未来に貴方はいない」





冴木の口から冷たい口調でキッパリとそう伝えられた瞬間、顎から滴る熱い涙はひんやりと冷たい床へ叩きつけられて砕け散った。



私、どうして冴木さんにここまで言われなきゃいけないのかな。

恋をした相手は今も昔もたった1人。

小学1年生の頃からの幼馴染の皆川 一星くんだけなのに。


その皆川くんが歌手として活躍していた事をつい最近まで知らなかったのに、冴木さんは新しい情報ばかりを上乗せしてくる。

きっと、私達の過去を知らないから、現在(いま)の話ばかりをするんだ。

留学前に私達を引き離したいから意地悪ばかり。



紗南は気持ちが崖っぷちまで追い詰められてボロボロの精神状態だった。

冴木と顔を合わせてから一方的に責められていたせいか、この先耐えていく自信がない。


しかし、言いなりにはなりたくない。

そう思った理由は、まだセイの口から心境が聞けてないから。



紗南は気持ちを奮い立たせると、起死回生を試みる事にした。

上着のポケットに手を入れて、中に忍ばせている勇気の飴をギュッと握りしめる。


勇気の飴は、他人からすると何の変哲もない星型の飴。

でも、大事なのは見た目じゃなくて心持ちようだ。

今の自分には何の盾もないから、何か1つでも頼るものが欲しかった。




「彼の未来に私がいるかどうかは私達の問題ですから」


「そうね。……でも、セイは貴方のせいで未来をダメにしようとしてるけど、それでも今と同じ答えが言える?」




紗南は気持ちを切り替えて反論したものの、冴木は1枚うわ手を行く。




「ダメになんて……」


「留学は貴方達2人の問題じゃない。会社全体に纏わるものなの。それに、世間に広く知れ渡った。半年前から準備を重ねて日本を出発する段階まで準備が整っていたのに、今度は延期どころかアメリカに行かないなんて言い出したら、この責任を一体どう取るつもりなの?」




1を言えば、10の返答が成される。

冴木は責任という圧力をかけて、セイとの間にバリケードを張り巡らす。

それによって負けたくない気持ちと、負けられない気持ちは足踏み状態に。




「そんなつもりじゃ……」


「貴方がそんなつもりじゃなくても、セイは貴方のひと言で簡単に心が揺れてしまうの。だから会わせられない」



「セイくんが私のひと言で簡単に心が揺れ動くなんて話が極端過ぎませんか?」


「じゃあ、セイがあと2日後の飛行機に乗らなかったら? もし予想外のアクシデントが起こったら、貴方が将来の責任を取ってくれるのね?」




力説する眼差しは真剣そのもの。

マイケル リーの代理人とレッスンの専属契約を交わして、語学学校やピアノ教室、それに新居から航空券の手配まで全て準備が整っている。

だから、あとはセイの気持ちが横道に逸れないように軌道修正を行うのみだった。



《 将来の責任 》



そう言われてしまうと、これ以上反論が出来なかった。


私が彼の活躍を応援するのか、それとも彼の将来を台無しにするのかの、二者択一。

彼女はわざわざ答えを聞かなくても、私がどちらかを選択するのかわかっている。




「留学は日程通りに進める。先日セイにも同じ話を伝えたの。それでも今回の便で向かわないとするならば、既に納入済みの留学費用の一部である600万円を自腹で返納してもらう上に、事務所から解雇して芸能界を引退してもらうつもりよ」


「芸能界を引退だなんて、そんな……」



「その場しのぎで言ってる訳じゃない。私は本気よ」




ギロリと光らせた眼差しは、まるで金縛りにあってしまったかのように身体を硬直させる。



この時点でもう結果は出ていた。

コツコツと積み上げてきた彼の将来を台無しにしたくないから、反論を辞めた。

応援する者、そしてされる側は、それぞれ自分の立ち位置を確認しなければならないのだろうか。


幼少時代からの夢を叶えて歌手として活躍しているセイくん。

小学生の頃は、声楽教室の入ってるビルの非常階段で1人歌の練習をしていた。


誰にも負けたくなくて。

今より少しでも上手になりたくて。

いつも楽譜とにらめっこをしながら発声練習を重ねていた。


彼は努力が才能へと結びついて、普段から先生に褒められていたけど、自分が納得しないと再び歌の練習に戻る。

そんな負けず嫌いな所がカッコ良くて憧れていた。



でも、運命を握っているのは何の取り柄もない自分。

戦える武器が1つもないクセに独占欲ばかりが横行している。

自分は彼の為に何をしてあげられるのだろう……と考えたら答えが見つからなかった。

ポケットの中の勇気の飴は、現実と引き換えに手から離れて再びポケットの中で眠りにつく。


紗南は口を閉ざして意気消沈していると、冴木は肩にかけていた鞄を開いてガサゴソ手で探って何かを取り出した。




「賢明な判断が出来そうね。……じゃあ、これは私から貴方へ最後のプレゼントよ」




手中の四つ折りのメモを手渡すと、短い髪を揺らせながら保健室の中へ入って行った。


一方、廊下に取り残された紗南は受け取ったばかりのメモを開く。

精神的に追い込まれている最中、更に追い討ちをかけるような内容を目にした途端、メモを開いてる手がガタガタと震えた。



冴木は保健室に入室すると、パソコンで作業している養護教諭に一礼してからセイがいる窓際のベッドの前に立ってカーテン越しから問いかけた。




「セイ、少しは休めた? あと40分したらここを出発するわよ」


「了解」




冴木の出現に驚いたのはセイも同じ。

普段なら出発間際に迎えに来るパターンだが、今日に限っては出発の40分前に。


セイは壁一枚挟んだ向こう側に紗南が居た事実を知らない。

だから、冴木と紗南の間で行われた話し合いなど知る由もない。



セイは冴木の出現によって紗南に会える期待を消失させた。

ただ、廊下から感じた人の気配だけは気になっていたから冴木に尋ねた。




「さっき廊下で話し声が聞こえたけど、冴木さんが誰かと喋ってたの?」




ベッドに横になるセイの耳まではっきり聞こえなかったけど、冴木が誰かと話していた事だけは気付いていた。




「えぇ」


「……誰?」



「貴方がよくお世話になってた方に最後の挨拶をしたのよ」


「そっか」




カーテンに影を映すセイからの小さい返事はカーテン越しへと届けた。


今日は紗南に会えなかった。

学生生活の最後の明日は会えるかな。

もし、明日紗南に会えなかったら……。


セイは紗南の連絡先が入っていないスマホをぎゅっと握りしめた。

紗南に会える可能性が残り1日しかないと思うと、もどかしい気持ちに押し固められていく。


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