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プラトニック ラブ  作者: 伊咲 汐恩
第五章
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全国規模のファン



「昨日、セイが1ヶ月だけ留学を先延ばしにしてくれないかってお願いしてきたの」


「え……」



「正直、私も驚いた。半年前から留学を心待ちにしていたのに。でも、セイが急に心変わりした原因は一体誰のせいかしらね」




冴木は手元のコーヒーから目線をなぞるかのように冷たい目で紗南を見つめる。

すると、紗南は矢を射止められた的のように目線を外せなくなった。

何故なら、冴木が指し示しているその誰かとは、自分自身だと確信したから。



私がセイくんの未来の邪魔をしてる?

セイくんは、私が原因で留学を1ヶ月も先延ばしにしようとしてるの?

嘘でしょ……。



セイの思いが明らかになると、紗南は自責の念に駆られたまま再び目線をスタジオの方へ。

すると、ちょうど生放送を終えたようでKGKの2人は席を立って順番にDJの人物と握手を交わした。


セイは去り際に窓の向こうで観覧していた女子達に手を振り終えると⋯⋯。

まるで紗南の事を頭の中に思い描いているかのように指先でSマークを象り、スタジオの奥へと去って行った。



Sマークは紗南への特別なメッセージ。

勿論、セイは紗南が遠目から見ている事を知らない。

にも関わらず、当たり前のようにサインを送る。

サインの意味など知らないファン達は、定番化したSマークに喜んで黄色い声援を浴びせている。



紗南は酷く驚いた。

自分の見ていないところでもSマークは送り続けられているという事実を知ったのだから。


一方のセイは、まるで指先にクセが付いてしまっているかのように、日常的にSマークを送り続けていた。



一瞬、握り潰されてしまったかのように胸が苦しくなった。

彼のSマークを見た途端、彼女の言ってる意味がじわじわと伝わってきたから。

もしかしたら、彼の運命の手綱を握っているのは自分自身なのかもしれない。




「生放送が終わったから2人はもうすぐ建物から出てくるわ。私達も外へ出て裏口に回りましょう」




冴木は返事を待たぬまま、隣の椅子に置いていた鞄と伝票を持ってレジへ向かった。

紗南は焦って荷物を鷲掴みにして後を追う。




「自分のお代は自分で払います」




紗南は鞄をガバッと開いてガサゴソと漁るが。




「いいのよ。私が勝手に連れて来ただけだから」




冴木は会計を終えてレシートを受け取ると、1階に下るエスカレーターの方へと進んだ。

紗南は遅れぬよう後を追う。


向かいのビルの裏口に回ると、先回りしていたファンがそわそわしながら2人の登場を待っていた。

紗南は間近でファンの姿を瞳に映す。

この場にいる女性達が、自分と同じようにセイに想いを寄せていると思うだけで怖気付いた。


しかも、ライバルは1人2人どころか今や全国規模。

自分はこの場にいる女性達と比較しても、容姿が優れている訳でもないし、飛び出た才能を持ってる訳でもない。


ビルの裏口で待つファンから少し距離を置いたガードレール側で暫く待っていると、サブマネージャーの伊藤がKGKを連れてビルの出入り口から出現し、車道に待機しているタクシーへ向かった。

すると、ファンはすぐに反応した。




「ジュンーっ!」

「セイーーっ!」

「キャーーッ、こっち見たぁ」

「カッコイイーー!!」




甲高い声を出してKGKの傍に押し寄せて行くファン。

紗南は今にも声が枯れそうなほどの熱狂っぷりを目の当たりにする事に。


彼女達はきっと、隣に何歳くらいの女性がいるのか、何色の服を着ているのか、KGKのどちらを応援してるかさえ知らないだろう。

人集りでもみくちゃになりながらも、人の隙間から手を伸ばして直接彼らに触れようとしたり、持参したプレゼントを渡していた。


一方のKGKは、車が発車する瞬間までファンサービスを忘れずに笑顔で愛想良く手を振り続けた。



タクシーが発車すると、彼女達は名残り惜しむかのように後を走って追った。

別のタクシーを呼び止めてKGKが乗る前のタクシーの後を追う者もいるが、殆どの女性はその場から散らばっていく。


セイに見つからぬように人混みに紛れながら距離をとって見守っていた冴木と紗南。

ファンの熱狂ぶりを痛感した紗南は、表情が暗くなっていく。

彼らが乗車するタクシーが信号を左折して姿を消すと、冴木は久しぶりに口を開いた。




「次はテレビ局で音楽バラエティ番組の収録があるんだけど、一緒に行く? 貴方の分の許可証はないから申請が必要だけど」


「いいえ、もう充分ですから。……さよなら」




紗南は首を横に振ってそう伝えると、冴木から逃げるように走り去った。


もう、頭の中がぐちゃぐちゃだった。

冴木さんの言う通り、セイくんは本当に休む暇がないほど忙しい。

一つ仕事が終われば、次はまた別の仕事。

そして、次の仕事が終わっても、そのまた次の仕事が待っている。


ファンと顔を合わせば愛想良く手を振り、差し出されたプレゼントは気持ち良く受け取る。

どんなに疲れていても笑顔。

そして、見えないところでも私にメッセージを送り続けている。



仕事を終えて帰宅しても、当日分の仕事の反省文を書いて、翌朝布団から起き上がっても、また昨日と同じような毎日がそこに待ち受けている。

こんなに窮屈な毎日を送っている彼らの一体何処にプライベートというものが存在してるのだろうか。



私ったら、最低。

自分の気持ちを優先するばかり、セイくんの日常生活を知ろうともしなかった。

家で寛いでいる時や仕事の合間など、少しでも手が空いた時にメッセージの返信をしてくれればいいのになって、利己的に考えてた。


でも、ギッシリと埋め尽くされているスケジュール帳を見たら、こまめな返信なんて無理。

返信する暇があるのなら少しでも身体を休ませた方がいい。

間近で仕事ぶりを見たり、彼らが乗車しているタクシーを追うファン達を見ていたら、芸能界で活躍している彼と、ごくごく一般人の私との間には大きな壁が1枚挟まれている事に気付かされた。



冴木は紗南に現状を知ってもらう為に、サブマネージャーの伊藤と一時的に任務を交代していた。

次の仕事先でバトンタッチした後は、再びマネージャー業へ戻る。


紗南からは最終的な回答が受け取れずに消化しきれない気持ちが残る。

だから、次のステップに向けてセイが楽屋にいない隙を狙ってジュンの元へ足を運んで隣の椅子に座る。




「ねぇ、ジュン。大事な話があるんだけど」


「……え、何っスか?」




音楽バラエティの台本を握っているジュンは、キョトンとした目を向ける。




「協力して欲しい事があるの。これはセイの為でもあり、貴方の為でもあるんだけどね」




冴木は話を誰にも聞かれないように、ジュンにそっと耳打ちをした。


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