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プラトニック ラブ  作者: 伊咲 汐恩
第五章
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会いに来た冴木




ーー留学日の6日前の金曜日。

翌週の月曜日は卒業式の為、事前準備もあり在校生は午前授業に。

菜乃花と一緒に下校中の紗南は、校門を通過したと同時にある女性に呼び止められた。




「福嶋 紗南さん」




女性の声は周囲の雑音に紛れる事もなくストレートに耳に止まった。


落ち着いた口調には聞き覚えが。

今や忘れもしない印象的な声。

しかし、残念な事にいい記憶がない。


紗南は後方の女性の方へと振り返ると、同じく反応した菜乃花もつられて振り返る。

すると、そこには……。


上下杢グレーのスカートスーツに、スカイブルーのワイシャツ。

左肩には大きめの黒いビジネスバッグ。

髪型は肩までのワンレンボブヘアー。

黒いレザーのヒールの低いパンプス。


一見キャリアウーマン風の彼女は、彼の専属マネージャーの冴木さん。

つい数週間前に保健室前の廊下で会ったばかり。

忘れもしないほど強烈なインパクトを与えてきた人物である。


紗南はセイとの交際に警告をする為に、わざわざ学校まで出向いた冴木がとても苦手だった。




「……私に何の用ですか?」




怯える眼差しは冴木の平常心を刺激する。




「いきなり呼び止めてごめんなさい。今日は大事な話があって貴方に会いに来たの。一方的で申し訳ないけど、少しお時間あるかしら?」


「……」



「身勝手なのは承知よ。でも、今日以外の時間が取れなくて……。話はここじゃなんだから」




紗南は冴木が怖くて身体の震えが止まらない。

隣で異変を察知した菜乃花だが、冴木の威圧的な雰囲気に口を黙らせる他ない。




「わかりました。特に用事もないし時間は大丈夫です」




快く返事をした訳ではないが、『時間がない』という意味を理解しているからこそ渋々了承した。



菜乃花とは校門で別れて西門側のパーキングに待機しているタクシーに乗車。

オフィス街に囲まれているビルの2階にあるファミレスへとやって来た。

ランチタイムという事もあって、店内は多くの客で賑わっている。



窓際に座りふと外を眺めると、道路を挟んだ向かい側は公開ラジオのブーススタジオがあった。

今は放送中なのか、ビルのガラスを囲むように、10代後半から20代半ばくらいの若い女性の人だかりが出来ている。

その数ざっと見ても30人以上。

スタジオに有名人でも来ているのだろうか。



紗南は腰を浮かせて前のめり気味にスタジオを眺めたが、店員がオーダーを聞きに来たので再び目線をメニューに戻した。

冴木はブラックコーヒー、紗南はレモンティーを注文する。



紗南はガチガチに緊張しているせいか、膝に置く手が震える。

正面に座る冴木自身にも緊張感が伝わってくる。




「昨日、メディアから発表されたからご存知かもしれないけど、セイは6日後に日本を発つ。先方の都合で当初の予定より半月ほど早まったの」


「はい……」




冴木の口から留学話が伝えられると、紗南は消えそうなほど暗い声で返事をした。

冴木は鞄の中から分厚いスケジュール帳を出して紗南の方に向けて開く。




「これはセイの今月の月間スケジュール。出発まで残り少ないけど、前日まで仕事が入っているわ」




紗南は恐る恐る視線を落としてスケジュール帳に目をやると、出発前日の3月9日までの仕事のスケジュールが、文字でギッシリ埋め尽くされている。

ざっと見ても、平日の勤務は1日平均3件。

土日となると、日付の枠から文字がはみ出ている。


出発日の10日以降は、一行程度の大まかなスケジュールのみ記載。

出発前までのスケジュールと見比べると、やけに英字が目立つ。



先ほど注文した飲み物が次々とテーブルに置かれた。

カップからはらせん状の白い湯気が立つ。

冴木はカップの取っ手に指を絡ませ、コーヒーをひと口ゴクリと飲んで本題へと進めた。




「現行スケジュールに加えて留学後に組まれていた予定を前倒ししてもらったら、休む暇もなくなった。これでも幾つか仕事をキャンセルをして、クライアントに頭を下げて回ったり、新人歌手と切り替えてもらったりもしたの。怒鳴られたり、契約を打ち切られたり。厳しい洗礼を受けたりもしたけどね」


「大変な業界なんですね」



「えぇ。それにセイの平均帰宅時間は22時半〜23時。仕事が立て続けに入っているから

間に休憩を多く取るようにしてるの。連続勤務だと疲れちゃうしね」


「……」



「帰宅後は勤務当日の反省文を書かせているから、就寝時間は大体深夜の1時か2時頃ね。反省文を書かせる理由は文章力向上の為。翌朝に反省文を回収して、あの子達の授業中に私が目を通しているの。


2人が目指しているのはその辺の歌い手じゃない。将来は作詞作曲、ダンスに楽器演奏、新人歌手の総合プロデュースを手がけていくオリジナルエンターテイナーなの。デビュー前から高いプロ意識を持たせて育てて来たわ。勿論、本人達の希望でね」




紗南は想像以上の忙しさに圧倒して口を結ぶ。




「今は向かいのビルのスタジオで、ラジオの生放送をしてるの。ここからはスタジオの中がよく見えるから貴方を連れて来たの。スタジオ内をちょっと見てみてね」


「あ、はい」




紗南は再びスタジオの方へ目を向けると、奥にはKGKの2人とDJの男性が楽しそうに喋っている。

一見楽しそうに見えるが、これはお遊びじゃない。

社会人の一員として高いプロ意識を持って仕事をこなしている。


彼が仕事に打ち込んでいる姿を生で見るのは初めてだった。

窓ガラス1枚を挟んでラジオの生放送を見守る女性達は、写真や動画を収める為にスマホをかざしたり、キャアキャアと騒ぎ立てている。

遠目からそんな様子を見ているうちに、身近な人から別世界で暮らす人へと心に距離を感じた。




「これが今のあの子達。目が回るほど忙しいけど、仕事が好きだから今まで弱音は吐かなかった。だからこそ、これ以上余計な事に時間を費やせないの」


「余計な事って……。もしかして、私の事ですか?」




紗南は直球勝負に出る冴木にビクビクしながら問い尋ねた。

すると……。




「えぇ。貴方もセイも時間がもったいないわ」




バッサリ切り捨てるようにそう言い、無表情のまま再びコーヒーを口にする。




「……っ!」


「貴方も世間の餌食になって被害を被る前に自分から身を引きなさい。その方が貴方だけじゃなくセイの為にもなるから。貴方は一般人の恋人でも作って、普通の学生らしい恋愛した方がきっと幸せになる。このまま幸せになんてなれない」



「でも、幸せかどうかを決めるのは自分自身ですから」




紗南はキリッとした上目遣いできっぱり反論する。


確かに冴木さんの言う通り、セイくんは大変な時期に差し掛かっているけど、自分の人生は自分で決めたい。

空白の6年間を知らない冴木さんに決めてもらいたくない。


ところが、冴木は諦めが悪い紗南に次の切り札を出した。


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