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第6章 ドラゴン住まう星

第6章 ドラゴン住まう星




 青とオレンジが混ざり合った奇妙な空が広がっていた。キツネ色の草原が足元に広がり、ところどころに捩じり曲がった枝が特徴的な木々が生えている。


 二色の空には大きな鳥のような生き物が巨大な羽を広げて飛んでいるのが見える。そして、それを追いかけるように飛ぶ小さな影・・・テントウムシ族の改造人間が確認できた。


「な・・・なんだ・・・ここ?」


ケントが思わず呟いた。


 古代遺跡の奥からワープゲートを抜けた先で、摩訶不思議な世界にたどり着いたと目を回していた。同じく、横に立つミカも同様に「変なのとこ・・・」と呟いては、あちこちと見渡している。


と、そこへ。


ドスッ!


背後にあるワープゲートからストログが飛び出して、薄黄色の草原の草を踏みつけ重々しく着地した。


「・・・・・・・・どこだ?ここは?」開口一番、ケントらと同じ感想を漏らした。


しかし、3人が謎の解明と頭を回転させるよりも先に、ゲートの向こうから追っ手であるロボット兵士が一体、身を乗り出してきたのであった。


「しつこいやつらだな!」


ケントが構えるとストログも合わせて拳を敵に向ける。


だが、次の瞬間――。


バチバチ!バチッ!!ボン!!


――、ゲートの方から嫌な音が聞こえた。


するとゲートを形作っていた薄緑の粒子が荒波の様に揺れたかと思うと、そのまま瞬時にして消え去ってしまうのだった。


ガシャン!とゲートの消失に巻き込まれたロボット兵が上半身と下半身を真っ二つにされて、上側だけが草原に転がって、その機能を止めたのだった。


 そうして、見た目では残酷な描写の中、ケント、ミカ、ストログは事の重大さを認識して押し黙ってしまった。


「あちゃー、イカレちまったみたいっスね・・・」そこへ宙を飛び交っていたテントウムシが戻ってきて言いやった。


「どどどどどどうすんのよ!?帰れないじゃない?!何とかしなさいよ!ロボ虫!」ミカが近くまでやってきたテントウムシをとッ捕まえては怒鳴った。


「ロボじゃないッス!それに、暴走は魔法族のお姉さんのせいッス!」「あんたが触れって言ったんじゃない!」


ボコスカと硬い体表を叩くミカと言い争うテントウムシ。


ケントとストログは呆れながらも溜息交じり、あらためて周りを見渡しては、ここがどこかの検討が付かないかと目を凝らした。


「・・・・・・俺も、仕事柄いろんな星に行ったがこんなところは初めてだ」長い傭兵生活を振り返ってストログが呟く。横ではケントがスマートツールを取り出すと、銀河地図のアプリを起動していた。


 半立体の地図がツールの表面に広がって、見やすいように拡大される。それを指先でサッサと操作しては位置を確認しようとする。


「・・・ん?」


しかし、ケントの指が止まった。


気になってストログがその行動を覗き見た。


「どうした?」「・・・いや、表示されなくってさ」応えながらにケントが何度も再操作を試みる。だが、結果は『位置情報を確認できません』のメッセージが出るだけで、結局は自分たちの位置情報を知りえることはできなかった。


「どうなってんだ?ここはでっかいトンネルの中なのか?」空を見上げて文句顔のケントが言う。


「・・・・いや、それが答えだ」


と、不満気味だったケントとは反対にストログは謎が解けたように言うのだった。その声にミカもようやくテントウムシを開放して彼らの方へと意識を向けた。


「どういう意味だよ?」


「位置情報が出ない・・・つまり探知できない宙域にある星というわけだ――よって、ここは『魔の宙域』だ」


「魔の宙域!?」ミカが声を荒げて駆け寄ってきた。


「なんだってそんなところに繋がってるのよ!?」


「魔の・・・、そういえば前に星間列車で聞いたな・・・」騒ぐミカとは対照的に、『魔の宙域』がなんだったかを思い出すケントが腕を組んで考え込む。


 そう、魔の宙域とはたしか、広い銀河の片隅にある太陽系ひとつ分がポッカリと空いてしまっている宙域である。そこではヒィアート動力のツールなんかは異変を起こして、まともに使うことはかなわないとされている場所である。


「・・・そうか、それでツールが使えないのか」無駄骨だった銀河地図アプリをしまってスマートツールを眺めるケント。


「いや、異変を起こすのは宇宙空間での話で近くの星々の内側までには干渉していないはずだ。現に宙域内の星々にも航行船が出ているはずだ・・・かなりの改造と腕が必要ではあるがな」


そんな博識なストログの説明を、子供の様に頷いて聞いていたケント。すると話の途中で「それより」と言ってストログがテントウムシを睨みつけたのに気が付いた。


瞬間、青のオーラをうっすらと浮かべたストログは既にテントウムシのを両腕の中に掌握していた。


「まずは、お前にいろいろ吐いてもらおうか」


「あ、あわわわわわ」


ロボット兵士が無残に破壊されていたのを思い返して、テントウムシの改造人は怖れに震えるのだった。




   ※




 草原に生える、ねじれた木の陰に入った3人。ストログはバスケットボールを掴むようにガッシリとテントウムシの自称改造人間を抑え込んでいた。


「まず名前は?」「シャシャリっす!壊さないで!」ミカの質問に素早く答えて命乞いまがいの声を出すシャシャリ。


「型番とか製造番号じゃないんだな」「だからロボじゃないッス!」


ケントが呟くが騒ぐシャシャリの声にかき消されてしまう。


「・・・・・・・よし、シャシャリだな。あの遺跡はなんだ?何故お前はあそこにいた?」そしてストログが低く重い声で尋問の神髄たる問いかけをした。


「あそこは大昔の大型ツール製造施設ッス!ずいぶん前にイエンスが発見して、自分の隠れ家に使ってたんす!オイラは拉致されてあそこにいただけッス!」


「――イエンス・・・さっきも名前出してたわね・・・誰よそれ?」


「イカれた科学者ッス!法的、倫理的に規制されている研究や開発を好き好んでやるマッド野郎っすよ!」


べらべらと解答し続けるシャシャリが、「そろそろ離せ」と暴れてみるがストログの握力が強まるだけで一行に身動きの取れない状態のままであった。


「それじゃ、そのイエンスってのがあの遺跡のロボ兵士も操ってたのか?」ケントが聞いた。


「あれは施設に元からある侵入者避けの警護システムっす!イエンスは入るたびにシステムが起動するから特殊なロックで封じていたッス!」


「・・・なるほど、しかしそれがミカ・フェリアの反発力のせいで暴走したと」ストログのが納得の声を漏らした。


「だーかーら!私のせいじゃないって!!」


ミカが大声で言って反論の表情をストログに向けた。


眉間にしわを寄せ怒り顔のミカだが、ケントは少し話が繋がってきたと思って思考を巡らせていた。




 「つまり、イエンスってのがあの遺跡施設で人知れず妙な開発を行っていたんだな?それで、ザワークロウさん達が見つけて・・・」そう考えをまとめながらに呟くケント。そこへ「いや」とストログが割って入った。


「先に、ザヴィエラが来ているはずだ・・・――おい」とミカに目だけで合図して、シャシャリにザヴィエラの事を聞いてみろと促すストログ。それに、怒った顔を残しつつも自らのスマートツールを取り出したミカは、サッサッと手早く操作して青い肌の老齢な男を画面の表示した。


「ちょっと!この男、元ミータッツ太陽系副大統領でザヴィエラよ!見たことない?!」


怒鳴り気味にスマートツールの画面をシャシャリの顔面に押し当てるミカ。


「・・・う・・・うーん・・・・--あ!見たことあるっス!!」その時、ここ一番での声でテントウムシが叫んだ。


「一回だけ施設の中で見たッス!けど、ちょうどそのころに特殊なロックを掛けられて、その後はオイラはずっと眠っていったス・・・」


喜ばしかったのも束の間、語尾が弱くなってまた怒られるのではないかと縮みこむシャシャリ。心なしか手足が体の内側に引っ込んでいるように見えた。


「・・・・いや、その情報で十分だ」


すると気持ち声色が柔らかくなったストログが、テントウムシを捕まえていた手を放して呪縛を解くのだった。


 突然のことに驚きつつも、自由を取り戻したシャシャリが羽をばたつかせて3人の頭上を飛び回った。


「・・・早い話、ザヴィエラはあの遺跡かイエンスに用があった・・・――おそらく協力関係だったんだろう」


「なるほどな。メガット博士の時みたいに開発援助って形か」


腕を組んで、うんうんと頷くケント。しかし、横ではミカが合点の行かないところがあると首をかしげていた。


「・・・でも、ザヴィエラの目的は武器じゃなくて『過去に介入するツール』だったわけでしょ?あの中にそれらしいものがあったように思えないんだけど」


身振りを大きくミカが言った。ケントはまた腕を組んだまま「それもそうだ」と頷く。


だが、ケントが応えられないのに反してストログがまた口を開いた。


「――・・・だったらあそこには無くて・・・―――ここにあるのだろうな」


ゲートがあった位置を眺めて静かに言うストログに、ケントとミカの視線が集まる。あの遺跡からワープゲートを通して繋がっていたこの不可思議な惑星のどこかにザヴィエラが目を付けていた『何か』があるのだろうか。また一段と考え込もうとしたケントとミカだったが、目の前のストログが視線を強くしてこちらを睨んだのに気がついた。




 「ここにあるのかもしれんが、探す気はないぞ」「な、なんでだよ?」突然の言葉にケントが問いただした。


「これ以上付き合う気はない。必要な情報は十分に得ただろう?とっととお前の兄弟子に報告して、この茶番は終わりだ――俺は未払いの報酬を受けっとって帰るぞ」


ギラリと眼光鋭く二人を睨むストログ。


「そ、そりゃそうだけど!」「そうよ!そもそもどうやって帰るのよ?!」


もっともな意見だと心中で頷きながらも反論する二人。青と橙の空では退屈をもてあそぶようにシャシャリが飛び回っている。


「言っただろう?魔の宙域であっても航行船があると・・・まさか何もない星をゲートの行き先にするとも思えん。きっとどこかに発着できる町か港でもあるだろう・・・それに探すにも、ちょうどよく空を飛べるやつがいるからな」


『ふん』と鼻で笑ってストログは空を舞うテントウムシを見やった。ケントらが「なるほど」と声を出さずに固まった表情をしているのに背を向けたままでニヤリと笑う。


 柄にもなく妙な事に巻き込まれてしまったと溜息のナンバー1傭兵だったが、それもここで終わりだと息をつくとシャシャリを呼ぼうと手を挙げた。


その時だった。


ガツン!!


と、空を飛んでいたシャシャリに何かがぶつかって、彼は力なく墜落してしまったのだった。


「な、なんだ!?」ケントが驚いて叫んだ。


「と、とりあえず行くわよ!!」ミカも続いて叫ぶとすでに駆けだしていた。


そうしてシャシャリを頼りにしていたストログを先頭に、テントウムシの落下地点に向けて3人はキツネ色の草原を走り出すのだった。




  ※




  「なんか当たったみたいだったけど見えたか?」ケントがミカに聞いた。


「・・・ううん。よく見てなかったし」首を横に振ってミカは答えると、先行するストログに置いて行かれないようにと足早く駆けている。


シャシャリがどうなって落下したのかは定かではないが、なんにせよ空を飛んで周辺の散策を行ってもらわねば今後の行動に支障が出るのだ。


3人は思いをひとつに落下地点に足を進めた。


「いたぞ!」ストログが大きな声で言った。それにケントとミカも続いて視線を彼と同じにした。


するとその視線の先には仰向けになっsたシャシャリが転がっていた―・・・それも大きな網に包まれて。


なるほど、どうやら狩猟の対象にされてしまったのだろうと3人ともに納得した。改造人間だとか言ってたわりには軽々のびているテントウムシに溜息のケントは、「しかたない」と網を外してやろうと手を伸ばした。その時。


「触るな!あたしんだ!!」


「へ?」


背後より可愛らしい声が聞こえたかと思うと、キツネ色の草陰から何かが飛び出してきてケントに襲い掛かったのだった。


「横取りする気だな!!」


グワーッ!!と襲い掛かったそれは小さな身なりで、長めの紅い髪を揺らしていた。


無論、突然のことにオーラで防御が間に合わずケントは襲撃者によって馬乗りにされ、シャシャリ救出を断念させられてしまうのだった。


「・・・・!」「ケント!」ストログ、ミカと突如の襲撃に声をあらげて危機的な状況なのだと察知する。


――が、それはすぐに目を細める結果に変わってしまった。




「この!ドロボーめ!あたしの獲物だぞ!」


「待て!待てって・・・!!」


馬乗りの小柄な襲撃者は手に奇妙なブーメランを持ったままに、ケントをポカスカ殴りつけていた。しかしケントも、慌ててオーラでの防御を高めたものの相手からの打撃がそこまで威力がないことに気が付いて疑問を持った。


「・・・ねぇ、ちょっと」


そこへミカが少しの呆れ声で問いかけてきた。


「・・・!むむ!ドロボーの仲間だな!」そう言って襲撃者は馬乗りのケントから飛び降りるとミカに向けてブーメランを構えるのだった。


そんな慌ただしい状況変化にケントはなんとかついていこうと、襲撃者の姿をよく見てみた。


小柄な体に長い紅髪、そして手にはブーメラン・・・さらに言えば身なりは狩猟民族そのものといった感じの造りで毛皮や丸っこい飾りなんかが添えられている。


 しかし、それらよりも特質すべき点があった。先ほどから聞こえている可愛らしい声と・・・そして小柄であるという理由を決定づける幼顔が確実性を与えた。


間違いなくこの襲撃者は『女の子』だ。それもまだほんの子供である。


「あなた!ダメじゃない!そんなの人にぶつけたら!」ミカの声が母親が子に言い聞かすような口調になっている。


「人じゃない!でっかい虫だった!あたしが一人で食べるんだ!」


網にかかったままのシャシャリを指差し狩猟少女が叫んだ。


3人は、「あぁ」と残念そうな声で頷いたが、少女は一向に引くことを知らず「ガルルル」と唸っては噛みつく勢いであった。と、そこへ。


「…オ、オイラは改造人間ッス・・・食べることはできない・・・ス」


網の中からシャリシャリの儚い声が聞こえた。


当然、少女はテントウムシが喋ったことに声にならない声を上げてびっくりすると持っていたブーメランを思わず落としてしまった。


「しゃ・・・喋った!喋る虫だ!!初めて食べる!」少女の意思は変わらなかった。


「・・・悪いが」と、そこへストログが落ちたブーメランを拾い上げ『没収』の形で己の手中に収めると少女と視線を合わせた。


「・・・こいつを食わせてやるわけにはいかん・・・と、いうより食えるとは思えん」


「そんなのやってみなきゃわかんないでしょ!」少女が一歩の踏み出して力強く言う。


「そのチャレンジ精神は素敵だけどね・・・無理なものは無理なのよ」


ミカからの指摘に少女はまたしても唸っては噛みつく勢いの雰囲気を見せる。


すると、そんなやりとりを見ていたケントが今度は少女の目の前に立って視線を合わせた。


「・・・わかったわかった、じゃ、そいつの代わりになんか食べ物あげるからさ」


「ほ、本当か!?」


急に眼の色が変わって少女がケントに迫った。ミカが少しムッとした。


「あぁ、もちろん。だけど食べ物を上げる前にひとつ・・・ちょっとこの星のこと聞かせてくれないかい?」


ケントは頑張って笑みを作っては狩猟少女に問いかけるのだった。




                           ※




「・・・ちょっと、そんな約束して大丈夫なんでしょうね?」ミカが、網からシャシャリを救い出しているケントにぶっきら棒に問いかけた。


「え?あ、あぁ、食べ物のことか?」取り出したシャシャリの背中兼羽部分をボンボン叩いてケントは「起きろ」を口を添える。同時にテントウムシの瞳に当たるランプが点滅して、キュイーンと起動音を鳴らした。


「・・・うわ!食べないで!お願いです!オイラはロボです!あっちのカブトムシの方が食べられれまス!」


飛び起きたシャシャリが開口一番に慌てたセリフを漏らしては、ケントらの頭上をぐるぐると飛び回りだした。それをストログが間髪入れず、強くつかみ取っては怖い顔で睨んで見せた。


「――おい、仕事だ・・・近くに集落か食料でもないか探してこい」


「へ?いきなりナンスか?!オイラは誰の指示に従わな・・・」そこでシャシャリの言葉を途切れてしまった。


 なぜなら、次の瞬間にはブンッ!!と、ストログによって全力投球よろしくその身を天高く放り投げられてしまったからである。


「うぁあぁぁぁぁ・・・・・」声が青と橙の空へと消えていく。


「おぉー!すっごい!やるなカブトムシ!」


少女がピョンピョン跳ねながらにストログに褒めの言葉を上げている。


「よし、これでシャシャリが食べ物も見つけてくるだろう」「・・・だといいけど」


先ほどのミカの問いに空を指さして応えてケント。ミカは気持ち不安げな顔を見せては溜息をもらした。


「・・・さてと、その間に」と、ケントはミカから視線を外すと、そのまま狩猟少女へと向き直った。


「えー・・・と、名前まだ聞いてなかったな」


「カ・リュー!あたしはトンハ族の戦士だ!」えっへんと無い胸を張っては長く赤い髪を揺らす少女。腰には、あのブーメランをぶら下げて、戦士の証だと自慢げに見せつけている。


「・・・カ・リュー・・・『リュー』か、よろしくなリュー。俺はケント、こっちはミカとストログ。それからさっきのテントウムシはシャシャリだ」


ケントは少女の名前を憶えて一度頷くと、横に並ぶ仲間の紹介を簡潔に済ました。


「ケント!ミカ!ログ!シャリ!」カ・リューは早速覚えたと言わんばかりに、4人の名を自分なりに呼んでは笑顔を見せている。反対に略す位置が悪かったせいで別の言葉になってしまっているストログとシャシャリに同情を覚えつつも、ケントは更に質問しようとリューに詰め寄った。


「それでリュー、ここはなんていう星なんだ?」


「エゲルスだよ・・――」


グウウゥウウ


と、そこでリューの声を遮ったのは彼女の腹の音であり、その場に張り詰められていた緊張の糸をさえも解いてしまうのだった。


「ううう、お腹すいた・・・本当に食い物くれるんだろうな?」じろりと少女に見えあげられてケントはたじろく。同時にミカからも小突かれて「どうすんだ」と小声で急かされた。


「―・・・近くに集落でもあるなら食料くらいあるだろ?」「あんたお金持ってるの?そもそも通貨が違うかもしれないでしょ?」ミカの返しに「あ」と小さく呟いたケント。それをリューには気取られまいとすぐに口を押さえてミカの方を向き直った。


「・・・・・・そ、そうか――」と呟きながらに少し考え込むケント。そして「そうだ!さっきでっかい鳥みたいなの飛んでただろ!あれを捕まるんだ!それなら充分の食料になるはずだ!」


パチンと指を弾いては名案が出たと嬉しい顔をしたケントだったが、ちょうどそこへ天より声が降ってきて、その思い付きを消し去る勢いで地面に落下した。


ガキン!


硬い金属音を鳴らして落下したテントウムシが悲鳴を上げては瞳のランプをてんやわんやに点滅させている。どうやら落下時の衝撃自体は問題ないらしい。


「ま、まち・・・!・・・あった・・・!けど、けど・・・鳥・・・!!」


地に転がりながらに慌てた様子で声を紡ぐシャシャリ。どうやら空から何かを見つけたらしいが、それを伝える口が焦り焦って形にならないでいる。


「おい、落ち着けシャシャリ。町があったのか?それで鳥って・・・」


「鳥・・・じゃない・・―あれは・・・・あれは――!!」


そこまでシャシャリが口走ったとき、突如として全員が影の中に落ちた。一瞬にして夜になったのかと思えるくらいの暗さに全員が上を見上げた。


 そこには丁度自分たちの真上より飛来する大きな物体が動いていた。なるほど、あの巨体のせいで影になっているのかと能天気なケントは笑みを作っていた。今しがた言っていた鳥だろう、ついでに仕留めてしまえば少女の恩にも応えられる。


「・・・ん?」「ねぇ、ちょっと」「――こいつは」


しかし、近づいてくる巨鳥のはずの物体は形がはっきりしてくるにつれ鳥には見えなくなっていった。羽は蝙蝠に近く、体表には毛はなく赤銅色の硬いうろこが揃っている。四つ足には鋭い爪が伸び、そして何より頭部には巨大な角が生えており眼光は蛇の様に鋭かった。


そう、その姿は鳥などではなかった。巨大トカゲに羽が生えたような生物――。


「なにやってんだ!!ドラゴンだ!!伏せろ!!」


カ・リューが叫び、ケントの頭を飛び上がって掴むと地面に叩きつけた。


同時に彼女の声にハッとしてミカとストログも草原の地面すれすれにまで身を屈めて、迫るドラゴンから隠れる形をとるのだった。


グォォォオオオオオオオオ!!


刹那、ケントらが隠れた草原のすぐ上をドラゴンが咆哮と共に低空飛行すると、そのまま再び天へと戻っていく。


「ォォォオオオオオオオ!!」


天に向かって吠え上がるドラゴン。やがて別の目的でも見つけたのだろうか、大きな翼を広げると何処へと飛び去っていってしまうのだった。




 一瞬の出来事にキツネ色の草原の中、身を屈めたままでケントは固まっていた。同じくミカも心拍数が上がったのか、無い胸を抑えて息を整えている。さすがのストログも目を見張ったほうで警戒を解いてはいない。そしてシャシャリはひっくりかえったまま応答せず沈黙していた。


「・・・ど、ドラゴン・・・初めて見た・・・」ケントが、そおっと飛び去った方向を覗き込んで呟いた。


「・・・――あんた、あれを捕まえる気でいたの?」ようやく呼吸を元に戻したミカが呆れ声で言った。


「鳥だと思ってたんだよ!」仕方ないだろうとミカの言葉に食って掛かるケント。すると、そんな二人のやりとりを視界の端に置いていたリューが「よし」と呟くと、小さな身なりをひょこっと立てて、草原から頭を出した。


「もういいぞ、巣にでも帰ったみたいだ」


嬉しそうに言ってケントらに警戒を解けと促すリュー。それに少々くすぶりながらもケントらはゆっくりと立ち上がると、彼女と同じく草原から半身を乗り出した。


 風が吹いては草原の草の端をなでていく。絨毯の毛並みをなぞる様にキツネ色の波が流れていく。空には先ほどのような巨大な影はなく、青とオレンジの天が広がっているだけだった。


カ・リューの言う通り先ほどのドラゴンの気配はなく、風の音だけが吹き抜けいてく。


「おまえらドラゴンのことも知らないなんて、どっから来たんだ?」


「いや、見たことなかっただけで・・・――っていうからこの星にはドラゴンが住んでるのか?」


あきれ顔のリューからの質問にそのままケントが質問を返した。


「うん。ドラゴン族は古くから住んでる種族だ」あっけらかんとして応えるリュー。


と、それに対してミカは気になることがあるようで腕を組みながら「うーん」と唸っていた。


「私も実際見たのは初めだけど・・・たしかドラゴン族って人を襲うことってないんじゃなかった・・・?宇宙中の種族の中でもトップクラスの賢者のはず・・・――うーん・・・」


ぼやくように呟くミカ。その言葉の意味を理解したのかどうかはわからないが、リューが首を傾げながらに口を開いた。


「ああやって、おっかなくなったのは最近だって族長は言ってたな。あたしが見たことあるのはあんなのばっかだけど」


「・・・最近、ねぇ」ミカが「ふむ」と頷いた。


そこへ。


「おい、どうやら、町を見つけていたようだ」


ストログから声が届いた。手にはバスケットボールを持つようにシャシャリを鷲掴みにしていた。


「み、見たッス!・・・あの先ッス!だから離して!あと食べないで!」


捕獲されながらも騒がしいテントウムシが命乞いをしては瞳のランプを点滅させている。彼の言う、あの先とは草原のはるか先にだろうが、まったくもってそれらしいものは見えない。


「・・・ねぇ、リューちゃん。こっちの方に町とかってあるの?」ミカが屈んで少女に聞いた。


「あるのは知ってるけど行ったことはないぞ。あたしはトンハ族の縄張りから出たことないから」


トンハ族というのが彼女の狩猟民族の名前だろうと、皆が納得の中、ケントが一つ提案を出した。


「なぁ、どうせならそのトンハ族のとこに行ってみたらどうだ?」


「何を言っている?一部族の集落に船が止まるわけいないだろう」


切って捨てるようなストログの冷たい返しにケントが「そりゃ、そうだろうけど」と呟いては押し黙ってしまう。


「いいか?ドラゴンがいようがどうでもいい、とっとと帰るぞ」


そうしてシャシャリを手放して、宙に解き放ったストログは「案内しろ」と強く睨みつけるのだった。







 ふよふよと羽を動かしてはシャシャリが皆の先頭を切って飛んでいる。ストログの半強制的な指示で彼が見つけたという町へ目指して進むことになったのだ。


ケントもリューへの食料のお返しを叶えるためにも、そちらの方が都合がよく、航行船だって来ている可能性が高いとなれば部族の集落を訪れるよりは断然良いのはわかってはいた。


「・・・なぁ、リュー。その、縄張りから出ちゃって大丈夫なのか?」


ケントが狩猟少女に向けて心配の声を告げた。


食料をあげるためにも付いてきて貰ってはいるが、本来なら小さな女の子を凶暴なドラゴンがうろつく地帯を連れまわすのは危険なのは間違いない。無論、この星の住人である少女は、心強いナビゲーターにも成ってくれる。狩猟民族であるがゆえに、腕はたつらしいが見た目には小学生ぐらいの少女なのは変わりない。


「大丈夫、トンハ族は10才でもう大人だから、大人は縄張りの外で狩りをしてもいいんだ」


「へぇ~、よく見るとそのブーメランもツールなのね、かなりの旧式だけど」


ミカは感心ながらにカ・リューの腰から吊るされた大きな武器をまじまじと見ては呟いた。彼女の言う部族の詳しい習わしや、しきたりを深くは追及はしないで町へと進んでいく。


リュー自身が大丈夫と言っている以上は、それを否定する必要もなく食料の報酬を与えやすくもあるため、そのまま突き進む形になっていた。


「ねぇ、リューちゃん。この空っていつもこんな色なの?朝なのか夕方なのかわかんないんだけど」ミカが青とオレンジの空を指さして聞いた。


「ん?そうか?今は早朝だぞ。ラジオ体操してから来たからな!夜には空が白と黒になるぞ!」


「・・・・・・夜は常に喪中なのか」


ずいぶんと縁起の悪そうな空色なんだと見上げてつぶやくケント。


そうして、エゲルスなる魔の宙域にあるはずの星についての質問をしながらに一行は草原を先に進んでいく。


ミカは『ゲートがここに繋がっていた理由』、『ドラゴンへの違和感』、『イエンスとかいう科学者』と自分なりの意見を独り言のようにベラベラと話したてて身振り手振り大き表現している。


 だがケントも、ガガノートを出発してからの疲労が溜まってきたせいで相手をする気もなく。リューは、言っている意味が理解できず首を傾げたままである。ストログに至っては聞く気などさらさらなく、ただ先導するシャシャリの跡を黙々とついていくだけであった。


 そんなこんなでミカの独演をBGMに進んできた一行は、先導していたシャシャリの「見えたッス!」という一言で、一気に気持ちが切り替わった。


小さな機械の細腕を動かしてシャシャリが「あっちだ」と急かしている。そうして見えた先には確かに建築物の塊が広がっていた。


 丁度、草原を抜ける小道に出てしっかりと確認すれば建築群の全容がよく見えた。決して背の高い建物は多くはなく、小さな家々が細々と並んでいる。全員が納得の顔を見せては、すぐにでも町に入ろうと足を進めた。小道の脇には看板があり「この先、コッツタウン」と書かれていた。


「コッツって町なのね」ミカが確認しては呟いた。そこへ。


グォオオオオオオオオオ!!


遥か空よりまたしてもドラゴンの唸り声が響いた。同時に身構える面々。シャシャリに至っては縮みあがってリューの背に隠れるくらいであった。


 が、しかし、全員が緊張感たっぷりに警戒を強めたが、結局はドラゴンの襲撃はなく大きな影が空高くを去っていくのがかすかに見えただけであった。


「・・・――ま、町の中までは襲ってこないわよね?」


「どうだろうな。そう思うなら、さっさと帰ることだ」


ミカの問いかけに冷たく返したストログは、皆より一足早く動き出すと忙しく町の方へと再び歩き出した。そんな彼に続いてケントらも遅れはとらないと、足早にコッツの町へと向かうのだった。




                           ※




 コッツの町へと無事たどり着いた一行。レンガ造りの家々とコンクリート造りの家々が織り交ざった時代の差が楽しめる小さな町である。ストログは何を置いても航行船の有無が大事だと、それらしい情報を探してあちこちと目を配っていた。無論、シャシャリを再び空からの探索に使役させては、最早舎弟扱いに近くなっている。


一方で、ケントはリューへの報酬である食料の獲得のためにどこかに売店がないかとミカと一緒になって探していた。


 『コッツ名物電気ウナギパイ』『ションボリコーン』『ドラゴン饅頭』やらなにやら、土産物の宣伝のための昇り旗があちこちに設置されている。町興しか流行にでも乗ったのか、それらしき形跡を朧げに見せては商店が細々と開いている。


「リュー、どれがいい?」


「んー?どれも食べたことないやつだな!そうだな・・・」


「ケント。あんたね、さっきも言ったけどお金どうすんのよ?」


道場の子供達に聞くようにリューに視線を合わせて話していたケントだったが、ミカの声に「そうだった」と気が付いて小さく唸った。


と、そこへ。




「お嬢さん!そこの帽子をかぶったお嬢さん!」


野太い男の声がケントらの後ろから聞こえて、3人を振り返らせた。


そこにいたのは数名の中年の男たちであった。禿げ上がった人間族や、灰色のイタチ族、それに肩メガネの鶏族と、様々な種族の中年男共が、どうにも商店街の集まりだろうかそれぞれに主だった職業の格好をしており、更には揃いのタスキを掛けていた。タスキには『ドラゴンイベント参加者募集中』と書かれており、彼らの引きつった笑顔がその文字から来るものかはわからないが妙になれなれしく話しかけてきた。


「どうです?イベントに参加してみませんか?」人間族の男が言った。


「はい?」ミカが、わけがわからんっと言った顔で返答した。


ケントも、もちろんミカの態度に納得で、いきなり言われてもそんな反応しかできないだろうと、様子を伺っていた。


「お嬢さんは美しい!」「是非イベント参加を!」「絶対に成功しますよ!」男共の声が次々にあがってミカを褒め讃えていく。それにまんざらでもない顔を見せたミカは、少しだけな話を聞いてやろうと一度咳ばらいをしてから口を開いた。


「そ、それで・・・イベントってなにかしら?」気取った声で尋ねた。


「へぇ!でっかいドラゴンと出会えるビッグチャンスです!それも超至近距離でですよ!もちろん撮影もOK!」鶏男がハキハキと言っては肩メガネを直す。


「ふ、ふーん・・・でも、さっきドラゴンに襲われちゃったし・・・ちょっと怖いかな・・・」


「そんな!怖いなんて!慣れれば可愛いもんですよ!」


「そ、そうかな?でも、私も早く帰らないと・・・いい加減ストログがキレそうだしなぁ」


「大丈夫!すぐ終わりますよ!」


「いや、でも・・・」


「大丈夫!!」


そこまでやり取りをしたところでミカは、この団体のしつこさに気が付いた。


このまま煽てに乗って了承してしまえば何やら珍妙なイベントに巻き込まれてしまいそうで、一気に熱が冷めた。そこからは一転して拒否を示したのだが。


「ごめんなさい、私、帰らないと」


「そこをなんとか!」「美しいお嬢さんお願いしますよ!」また一段と強い声で中年たちの声が飛んだ。


「美しいのは知ってるわよ・・・ねぇ、ちょっと、そこを通してよ」いつの間にか取り囲まれる形になってしまっていたミカ。ケントとリューとも離れてしまい、まわりはイベント勧誘の中年男だらけである。


「あのね!私は参加しないって!」


「お願いします!!町を助けると思って!」


いい加減、必死さがにじみ出てきた町民たち。ミカは、通せんぼする連中に憤慨する一方で、ケントは首を傾げていた。


「・・・なんなんだ・・・この人ら?」ミカを取り囲む一団を眉を潜めては眺めて呟いた。


ドラゴンに会えるイベントに必死に勧誘するだけの団体。いや、商店街一同か。たしかに先ほどの凶暴なドラゴンに会えるというのなら、願い下げだし、それにドラゴンに会ったからといって、なにが町を救うことになるのか。


 よくわからないと、衝突しあうミカと一団を眺めてはため息をついた。


そこへ。


「なーなー、ケント、これじゃないか?」と、リューの声が聞こえてそちらに振り向くと、彼女は手に一枚、なにかのチラシを持っていた。


『ビッグチャンス!ドラゴンイベント!』でかでかとそんな見出しが描かれたチラシには、巨大なドラゴンのイラストと、祈りをささげる女性が描かれている。きっとこれが『ドラゴンと会う』というイメージなんだろうが、特別には違和感を覚えるものでは無かった。


「ここんとこ、なんか書いてあるぞ」「ん?本当だ」


と、リューがチラシの隅の方に書いてある小さな文字を見つけて指さした。ケントは、それに頷くと一緒になって視線を移した。


「え・・・と、『あなたも巨竜に会ってコッツの町に貢献しませんか?興奮度マックスのドラゴンの餌食になっちゃうかも!』――――・・・うーん・・・」一文を読んでケントは妙な感じがして唸った。




「巨竜ってさっきのやつだよなきっと、でもこれじゃまるで、真似事とはいえドラゴンの餌になるような図だよな・・・もしこれがあの凶暴さがある前に書かれたものだとしたら・・・」


もう一度確認してからケントはあれこれ思考して難しい顔をした。それにリューは不思議めいたように首を傾げている。


しかし、怪しむケントの一方で、壮絶な参加拒否の攻防を繰り広げているミカにはその思いは届いておらず。イベントの真意を知らずに断り続けている。が、連中のしつこさは尋常じゃない、このままではいつか根負けしてしまいそうだ。


無理やり連れだしてもいいが・・・。


「なー、これ、まだなんか書いてあるぞ?・・・き・・こん?」リューが再びチラシの隅を指さした。


それに動揺中のケントは「お、おう」と短く答えてとりあえずはとチラシを覗き込んだ。


「え、と・・・」またしても小さな文字でなにかが書いてある。「『女性限定・・ただし既婚者は除外とする』・・・か・・・注意書きのつもりか」


なるほど、と、ケントは納得した。連中の選ぶ基準の範疇にミカが見事収まったということだ。悪い意味でのストライクゾーンである。なんとも難儀な奴だなと半分同情の目を向けるケント。


「なー、ミカのやつどうするんだ?あたしがあいつら全部やっつけちゃうか?」


「い、いや、待てリュー!」


ブーメランを構えたリューを抑えてケントは短く思考した。


「つ、つまりはミカが既婚者だって騙せれば、あいつらもあきらめるってことだよな・・・」


そう呟いたものの、出てきた作戦を思い浮かべては、げんなりとするケントであった。


「これしかないか・・・」溜息交じり呟いてはミカの方へと視線を向けた。




 「もー!いい加減にしてよ!!」「そこをなんとか!」


もはや何度目だろうか。このやりとりを繰り返しすぎて疲れがたまってきたミカは遂には銃へと手が延びていた。まだポーチの中で忍ばせている状態だが、無論、登場させれば一瞬にして騙せることも可能だろう。しかし、同時にここにいられなくなるのも必至。せっかくたどり着いた町なのだ、無駄にしたくないという思いがミカにもあって出し渋っていた。


「美しいお嬢さん!」「可愛いお嬢さん!」褒めちぎる言葉は絶え間なく続いている。


「・・・も、もう一声」


「・・・!可憐なお嬢さん!」「宇宙一の美女!」「まるでどこかのご令嬢!」


一気に熱されたように誉め言葉の嵐がミカへと降り注ぐ。反論に疲れ切っていたミカには、飽きてきた言葉たちだが、少しは悪い気分を和ませくれた。


「うむむ・・・そこまで言うなら――」と、ついに根負けしたミカが首を縦に振ろうとした。


その時。


「ちょっと待った!!」


全員の間を割る様に男の声が響き渡った。一斉に声の出所に振り向くと、主である男が中年集団の真ん中を割ってズイズイと掻きわけ歩くと、中心にいたミカの目の前に立ちはだかった。


「・・・け、ケント?」


やってきた男はケントであり、ミカの目にはどこか決意を込めたような目をしていた。


そして、くるりと集団に向き直ったケントは一度、大きく息を吸い込んでから重々しく口を開いた。


「・・・こ、こいつは俺の嫁だ!だからイベントには出させない!!」


瞬間、場が凍り付いた。集団連中が目をパチクリさせては傍のものと何度も目を合わせては、ざわざわとどよめきだした。


そうして、ミカはというと。ケントの言葉のすぐあとから凍り付くどころか時が止まっているようだった。


言葉の意味が遅れて理解できたみたいで、ようやっと時間停止の呪縛が解けると同時に顔が真っ赤になってケントを睨みつけた。


「なんなんななななッ!ななにに何言ってんのよ?!ななななななんで、私があんたの・・・・よ・・・・よよよよ・・・ヨメなんて・・・」語尾が擦り切れるぐらいに聞こえずに、ミカの慌てふためく様子がうかがえた。そんな彼女のすぐそばに立ったケントは、耳打ちをするために声を小さくして話し始めた。


「おい、話を合わせろ」


「ひっ!ちちちち近いわよ!」顔が赤くしたままでミカがケントの顔面を押しやる。


「話を聞け!このままだと餌にされるぞ!」なんとか小声で言って、暴走気味のミカに言って聞かすケント。その言葉になんとか聞く姿勢になったミカだが、未だに気持ちの整理がつかずにそわそわしながらにケントと中年集団を交互に見やっていた。


「どどどどういう意味よ・・・?」


「このイベントとかってのは既婚者は除外らしい・・・そんでもって該当者はドラゴンの柄にされるらしい」


簡潔に小さな声で返したケントに眉を潜めながらも、顔が赤いのを隠しては頷くミカ。


「・・・餌?そのままの意味なの?・・・いくら魔の宙域の星だからって・・・」


「おい、来るぞ、フリをしろよ」と考え込みそうなミカだったが、横でケントが顎で向こうの中年集団を示したのに気が付いてそちらに意識を向けた。ちょうどざわめいていたのが終わったところで、またリーダー格の男が話しかけてきた。


「・・・いや、これは失礼しました。ご夫婦でしたか!それにしてはずいぶんとお若い」


勘ぐっているのか、否か、中年男の言葉にチラチラとアイコンタクトをしては言葉を選び出す二人。


「そ、そうなのよ・・・学生結婚・・・てやつでね・・・えー・・・と」


「こ!ここには新婚旅行で来たんだよ!」


「ほぉ、それはまた変わってますな」


ふたりしてギクッ!!と表情を固めては会話の終わりを探り始める。


「え、えぇ・・・よく言われます―・・・このミカ・・・嫁がね、機械音痴でして、今回もそのトラブルのせいでここに来ることになったんですよ」


瞬間、ゴスっとケントの脇腹に『嫁』の肘打ちが突き刺さり「調子に乗るな」と低く冷たい小声が聞こえた。そして思わず咳込んだケントを差し置いてミカがズイっと前に出た。


「そ、それじゃ、私たち旅行の途中ですんで、もう行きますね?」


「そうですか・・・それは引き留めて悪かったですな――どうぞ、ごゆっくりしていってください」


中年のリーダーがぺこりとお辞儀をすると、後ろの集団もケントとミカに道を譲るようにゾロゾロと動いては間を割った。


「ほら、行くわよ『旦那さま』!」ミカが言って、具合の悪そうな『夫』を引っ張ては、やっとのことで集団から離れることに成功した。


「・・・お前、なんか楽しんでないか」


ようやく解放されて笑顔が浮かんでいたミカだったが、『夫』からの意味深な言葉に自然と鉄拳制裁を繰り出してしまっていた。


「だだだ、誰も楽しんでないわよ!」「だから殴るな!」


そうやっていつものやりとりで喚いた二人。集団から少し離れたところでギャーギャーと言い合っていると、ふと、ケントが何かに気になって動きを止めた。


「おい、あれ」


「・・・なによ?」


ケントが指さして何かを伝えている。ミカも続いてそちらへと目を向けてみた。


そこにはあの中年集団が、群れたままで何かひとつの囲みを作っていた。先ほど自分が自分がされていたのと同じだとミカはすぐに分かった。


ケントも同じく頷いて、別の誰かが捕まったのだと同情の視線を向けていた。


が、集団の方から聞こえてくる会話を聞いて、二人の顔色が変わった。


「お嬢ちゃん、ドラゴンに会いたくないかい?」


「見たことはあるぞ!それにあたしはお嬢ちゃんじゃない!もう大人だ!」


「そうかい!それじゃなおさら好都合じゃないか!」


囲いの中心から聞こえる元気はつらつな少女の声。それを聞いてケントとミカは確信した。


「リューちゃんよ!」


「わかってる!」


しまった。とケントは心で叫んだ。ミカの救出に集中するあまり彼女のことを置いてけぼりにしていた。というよりも、あんな小さな女の子に声をかける方もどうかしていると、焦り顔で思考する。


「それじゃドラゴンに会うかい?」


「おう!会ってぶっ倒してトンハ族一の狩人になってやる!」


意気揚々としたカ・リューの声が響き、集団らには歓声があがった。


「ちょっと!あのままじゃリューちゃんが危ないわよ!」


「・・・あいつチラシ持ってたくせに・・・――!くそ!」


ミカの急く声にケントは、あれこれと思考をめぐらせて、今度はリュー奪還の策をたてる。


が、出てきたのは先ほど同じ策であった。


「・・・え、ええい!他に思いつかない!」と一歩踏み出したケントは集団を睨みつけた。


「ちょっーと!!待ったぁ!!」


そうして先ほどとまた同じようにケントの声が轟いて、中年集団の視線を集めた。


そして。


「その子も俺の嫁だぁ!!」


ばばん!!と堂々と胸を張って叫んだケントだったが、その瞬間、背後より「あ”?」と地獄の底から響いてきたのかと思えるくらいの低い声が聞こえた。


そして振り返る間もなく、ケントがこれまで生きてきた中で最大級の激痛が後頭部から駆け抜けるのだった。




ゴスッ!ドゴォッ!!メキメキ!!







 「・・・で、なんなんだこれは?」


ストログがシャシャリを連れて戻ってきたころには異様な光景が広がっていた。


立ち並ぶ商店らの店先では数名の男たちが集まっている。その中心にリューがいたの見つけたが、それも束の間ミカから『彼女を頼む』とだけ告げられてしまった。


 そう言ったミカ自身はケントに馬乗りになっては、一筋の加減のもない拳を彼に打ち続けていた。


ケントの悲鳴と打撲音が聞こえてくるが、もはやいつもの事、日常茶飯事的な光景にストログは「やれやれ」と溜息をついてリューの方へと歩み寄った。


「・・・どうしたんだ?」「おお!ログ!シャリ!」リューがはつらつとして言った。その背後では中年集団がざわめいてはストログをチラチラと見やっていた。


「なんかあったんスか?」


「えー・・と、そうだ!これだ!」


シャシャリの問いかけに首を傾げていたリューは、握ったままだったチラシをパン!と叩いてから、それをストログに渡した。すぐさまに受け取って、さらさらと文面を読み切ってしまうストログ。


そして「なるほど」と一言、呟いてから中年たちを睨みつけた。




「・・・――ここに書いてあるドラゴンの『生贄』とはどういう意味だ?――まさか、そのままの意味なのか?」


瞬間、集団と、それらを覗き見ていた町の衆たちもドキリとしてどよめいた。


その光景に眉を潜めたストログは小さく唸ると、リューの肩にそっと手を置いた。


「・・・悪いが、俺はこの子の保護者だ。この子がいくら自分で大人だと言い張ろうと――俺が許可をしない」


「へぇ?」「いつからそんなことに?」ガン!と余計なことを言いそうなシャシャリを殴り飛ばして、ストログは再び町中を睨みつける。


それに押し黙ってしまったままの中年たちはバツの悪そうな顔を見せては、散り散りに去ろうとし始めていた。ミカとリューを参加させることができなかったことに、ようやく諦めの色が強くなったのかどんよりとした空気が漂い始めていた。


どうやら、このイベントなるものが彼ら、もといこの町にとってかなりの重要度があるのだろうと感じられた。それが詳しくどういうことなのかまではわからないが、すぐにでも立ち去るであろうこの地のことを深く知ろうとする気はストログにはなかった。


と、思考を切り替えようとしていた彼だったが、そこへ――。


「た、助けてくれ・・・・・・」


背後より亡者のようなケントの声が聞こえて思わず振り返った。


まるでボロ雑巾のような見た目になり果てた彼の更に背後では鬼のような眼光を見せるミカが唸っていた。


そうして、SOSを求めるケントをグイと引き戻してストログから遠ざけては拳を振り上げていた。


「手を出さないでストログ!この性犯罪者は私が責任もって消滅させるから!」


「あれは作戦だ!それにもう解決したみたいだろ!」しかしケントの弁明も右から左、ミカが容赦なくケントの胸倉を掴んだ。


「お、おい・・・!だから、それやめ」


ボゴォ!!と再びケントから痛々しい音が響いた。


ストログは、そこまで嫌がるならオーラでガードすればいいだろうと思ったが、よくみればミカは胸倉を掴んでいる手の中に魔力タンクを一緒に持っている。


それによってケントのオーラの源である体内ヒィアートがタンクへ吸収されて行っているのが見えた。


タンクが彼のオーラの色である真紅へと染まっていく。


「反省しなさい!この!鈍感二股男!どっちがふさわしいか、もう一度言ってみなさい!」


「・・・、こんな・・・んげ!――言え――な・・・げフッ!!」


遂には馬乗り状態での一方的な暴力に成り代わって、ケントのしぼりだすような悲痛な声がストログやシャシャリ、それにリューにも聞こえて「なんなんだ?」と首を傾げさせた。


「・・・・・・あの戦法、オーラ術者には天敵だな」


ぼそりと呟いたストログは、さすがにもうケントが限界だろうと感じて止めに入るのだった。


 町の人々もそんな光景に目を止めていたが、やがてイベントについて話が触れないとわかるとおのずと離れて行ってしまうのだった。




   ※




「・・・さて、と、もういいか?」


ボロ雑巾のような姿になり果てたケントに呆れた顔を見せたストログが言った。


少し離れた位置では気が晴れたかどうかはわからないがミカがリューを掴まえては「ああいうやつのことを最低野郎って言うのよ」と教授しており、ケントを指さしては軽蔑の目を送っている。リューはポカンとしたまま言っている意味を理解しておらず「ふーん」とだけ頷いている。


「・・・・・・・よ、よし、話を聞こうじゃないか・・・ストログ」


そんな中でも腫れた唇を動かして涙目のケントは、なんとか気丈に振舞っては傭兵からの話に耳を傾けた。


「――・・・結論から言うと、この町に航行船は来ていない」


「え?そ、そうなの?」ミカが瞬きながらに問いかけた。


「あぁ」と頷いてストログは話を続ける。


「集めた情報によると、この町から更に北に行ったところに小さいながらターミナルがあるらしい・・・そこに航行船は発着しているそうだ」


「・・・な、なるほど――」とケントが痛む首筋を我慢して頷く。


が、ちょうどそこへシャシャリがブーンと降下してきてストログの話に割って入った。


「はいはい!そこなんスけど!ターミナルに行くにはあの山!ヴェンビック山を越えなければならないらしいッス!」


シャシャリはストログの言うべきだったセリフを奪うと、町の遠くにそびえる大きな山をビシッと指差した。青とオレンジの空にかかる雲、それに突き刺さる山頂部分が高山であることを報せている。


「うえぇ・・・山登り~」ミカが嫌々な声を上げた。


「まぁ、でもそれで帰れるならたいした問題じゃないだろ」ケントがミカに言った。


「そこまではな」だが、登山程度に考えていたケントとミカへストログが鋭い声で、釘を打った。


「どういう意味だよ?」ケントが聞いた。


「・・・・・・今しがた、このドラゴンのイベントのチラシを見て気が付いたんだ」とストログが先ほどのチラシを手に取り見せた。ケントとミカは首を傾げて、リューとシャシャリもよくわからないとチラシに近寄った。


「・・・このドラゴンに出会えるというイベント――その会合予定になっている場所を見ろ」


「・・・――え、と、『コッツの町から徒歩30分!ヴェンビック山の山頂でドラゴンとのロマンチックなひと時を』――」


ストログに促されてケントがチラシの一文を読み上げた。


たしかに今しがたストログからもたらされれた山の名前がそこに入っていたのだった。


「ちょ、ちょっと待ってよ!それじゃドラゴンのいる山を越えなきゃいけないわけ?!」ミカが声を大きくした。


「それが最大の問題だ」ストログは落ち着いた声で応えて、小さく溜息をついた。


 その衝撃的な事実にケントもミカも帰れるという気持ちよりも、絶望にも近い気持ちの落胆を覚えては、チラシとヴェンビック山を交互に見てはげんなりとした溜息を吐いた。


「・・・・・・ドラゴンか・・・やっぱ戦うことになるのかな」ケントが呟いた。


「ちょっとストログ、あんたナンバー1傭兵でしょ?だったらドラゴンくらい一捻りでしょ?」


「それは知らん。ドラゴンを倒せという仕事を受けたことはないんでな」


ミカの問いかけにぶっきら棒に返したストログがプイッと他所を向く。


「ま、まぁ、あの山にいるドラゴンがさっきの飛んでたドラゴンってなら、必ずしも遭遇するってわけでもないんじゃないか?丁度外を飛び回っているときに通過すればいいわけだし」


と、ケントがひとつの可能性から案を出した。先ほど草原で襲い掛かってきた赤銅色のドラゴンが、この妙なイベントの対象なのだろうと予想してだ。


「・・・た、たしかに・・。でも、それじゃイベントが成立しないんじゃ・・・」


ミカはケントの意見に納得しかけたが、ひとつ引っかかる部分もあって腕を組んで考え込んだ。


「あのぉ・・・山を越える前に町の人にイベントのこと聞いてみたらどうッスか?さっきのおじさん達じゃ話にならなそうだから、それ以外の人に聞いてみるのいいと思うッス!」


と、そこへシャシャリが瞳の緑のランプをちかちかとさせながら発言した。


同時に少しだけ場の空気が落ち着いた。


「あんた、少しはまともなこと言えるのね」


「あ、ありがとうッス!」


「あんまり褒めていないぞ、それ」


ミカの言葉に照れるシャシャリを見て、ケントが呆れ声で囁くのだった。




                         ※




 町はケントらが来る前と同じように騒がしすぎず静かすぎず、町人たちの話し声がそこそこに聞こえるぐらいの賑やかさになっていた。


例のドラゴンイベントについてはミカとカリューには不参加だと確定されたので、さすがに誘ってくるものはいないが、チラリと先ほどの集団の者を眺めれば僅かだが残念そうな顔を覗かせていた。


「・・・そんなに、この生々しい町興しが成功してほしいのか?」


ケントがチラシを眺めては眉を潜めて呟いた。


ドラゴンの餌食なんぞと小さく注意書きされた上に未婚の女性限定だという、まるで御伽噺に出てくる悪いドラゴンの要求そのもののようにも思える。


「ねぇ、ここで聞いてみましょう?」と、考え込んでいたケントへとミカの声が聞こえて、そちらに目を向けた。


ミカは『喫茶チャラポラン』と看板の下げられた喫茶店の前で、中に入ろうと指さしていた。


特に断る理由もなく、皆はミカに続いて喫茶店の中へと足を進めた。リューだけは、さすがに空腹が限界なのか腹の音を鳴らしてはケントを眺めていた。


ログハウス風の造りの店舗の扉を抜けた先には、日中なのに薄暗い、雰囲気たっぷりの様子が広がっていた。この星に生える特殊な木々で出来ているせいか、全体を覆う木々から麻木色の蔦が伸びては絡まって、店内のインテリアと化してる。奥には常連客だろうか、2,3人がテーブル席で何やら話し込んでいる。他には客は見当たらず、店主であろう女性がひとりカウンターの中で新聞を読んでは休憩していた。


「あの」ケントが代表して店主に声をかけた。


同時にバサリと新聞をたたんだ女性店主が一度強く瞬いてケントらを確認した。


「いらっしゃい・・・――見ない顔だね?観光客かい?」


店主の女性はイタチ族であった。スラリとした体躯に白い体毛、頭の上で尖った耳をピピンと動かしては、切れ目の瞳でケント達を眺めた。


ケントとミカは、メガット博士の妻であったクイーンを思い出しては「おぉ」と小さく声を漏らした。


「で、なんにするんだい?・・・・あと、そこのテントウムシも客なのかい?」


と、さっそく注文を取ろうと店主がメニューを用意したがシャシャリを確認して、少し戸惑った。


「あぁ、こいつは半分ロボットみたいなもんだから気にしないでくれ、それと悪いけど客で来たわけじゃないんだ」簡潔に言うケントに店主は少しだけ眉を潜めから首を傾げた。


「・・・と、いうと?」店主が聞いた。


「実は、さっきドラゴンのイベントのことで取り囲まれちゃってさ・・・そこでこのイベントって具体的にどういものなのかと思ってさ」


そう問いかけたケントに向けて、イタチの店主はじっと視線を添えてから一度大きく瞳を瞬かせて溜息をついた。


「・・・なるほど・・・あの連中、まだやってたのか」


「・・・まだ?」店主の意味深な呟きにミカが気になって尋ねた。


「くだらない迷信じみた理由で生まれたイベントなんだ・・・気にしないでくれ」


「・・・?その割には随分と必死に参加者を募っていたようだが?」ストログが聞いた。


「ドラゴンが怖いだけさ――まぁ、あのライヤードを見ればわからんでもないが」


「ライヤード?」ケントを代表して皆が疑問をその名に感じた。


「ドラゴンの名前さ。ここに来る途中見なかったか?赤さび色の奴でさ」


「あぁ・・・見たっていうか襲われたっていうか」ミカが思い返し、顔を引き攣らせながらに応えた。


「・・・そうか、それじゃドラゴンに会えるなんてイベント願い下げだわな」


イタチ店主は軽く鼻で笑ってはお手上げのポーズを見せた。


「―――やはり、イベントで会える・・・餌を欲しているドラゴンというのはそのライヤードというやつなのか?」ストログが「ふむ」と頷きながらも再び問いかけた。


「・・・そこが私にはよくわからないんだ。なんでもライヤードの使いだってやつが来て、イベントの企画を町の奴に伝えていったらしい・・・その頃にはライヤードはもうあんな状態だったしな」


「前はあんなのじゃなかったのか?」リューがあっけらかんとした声で聞いた。


「あぁ、賢族の名にふさわしい寛大なドラゴンだった。人を襲うなんてことは絶対になかったしな」


「ほら見なさい!やっぱりドラゴンは賢いのよ!」


ミカがケントを掴まえて、自慢げな顔を見せつけるが、ケント自身は「わかったわかった」と素っ気ない態度で対応した。


「うーん・・・そのライヤードってドラゴンに何か異変があってこんなイベントが始まったわけだ」


「だからって餌食だの、既婚者じゃダメだの妙な注文があるのはどういうことかしら?」


「その企画を伝えられた者は、どこにいるんだ?」


ケント、ミカ、ストログとそれぞれに思うところを呟いてから店主の方を見やった。


「話を聞いたってのは前の町長さ。だけど去年、オタフグの食べ過ぎで食中毒で死んじまったんだ」


また聞いたことのないようなものを食べて死んだのだと、「御気の毒に」と返すことしかできずに一行は少しだけ口を噤んだ。




「まぁ、前町長もどこまで真に受けてイベントなんかを開始したのかわからないけど・・・、それに今のところ餌食になった女もいないからね」


「へ?・・・だって免除は既婚者だけじゃ?まさかここの女性はみんな結婚済みとか?」


少し残念そうな顔で言うケントにミカが他からは見えないように、彼の脇腹を鋭く小突いた。


「は?・・・・あはは、そんなわけないだろ?みんな適当に理由つけて断ってるだけさ、バイトがあるとか法事だとか、その時間にログインしてなきゃいけないとか」


「そ・・・そんなんで断れるんだったら、あんな恥ずかしいこと言わなきゃよかった」


店主からごく普通に勧誘を断れることを聞いて、ガックリ肩を落とすケント。バイトなんかを理由に断れたのなら、無理に夫婦のフリをする必要もなかったのだ。


「はぁ・・・、おいミカ、もうフリをしなくても――ッんげふっ!!」悪かったなと謝ろうと思っていたケントを、次の瞬間強烈なボディブローが直撃して声を詰まらせた。


「なに嬉しそうな顔してんのよ?私との新婚旅行はそんなに嫌なのかしら?」更にミカの拳に力が入ってケントの脇腹をえぐっていく。


「おや?あんたら夫婦だったのかい?」


「・・・い、いや勧誘を断る芝居で・・・」店主の問いかけに痛みに堪えながら答えるケント。


そこへ。


「あたしもケントの嫁だぞ!それにこっちのカブトムシが新しいホゴシャだ!」


リューがぴょこんと前に出て、店主に向けて堂々と言い放った。


その言葉でイタチ顔の店主の尖った耳が呆れたようにへの字に折れて顔を引き攣らせた。


「・・・・・・ふ、ふくざつなんだな」店主がぼそりと呟いた。


「―――ややこしくするんじゃない」


と、そんなリューをそそくさと後ろに隠すとストログが話相手を代わろうと、前に出た。


自分のすぐ後ろでシャシャリとなにやら雑談を始めたリューをそのままにストログは一度咳ばらいをしてから話を始めた。




「オホン。・・・イベントの有無はどっちでもいいんだ。俺たちは早急に航行船に乗ってここを発ちたいと思っている」


「――は、はぁ。それならヴェンビック山を越えなきゃね」


仕切り直して会話を始めたストログに店主も一度大きく瞬いてから、ゆっくりと頷いた。


「そこなのよ!その山にドラゴンが住み着いてるなら、なんとか回避することできないかと思って情報が欲しいのよ」


「・・・なるほどなぁ。でも、ライヤードがああなってから山を越えた奴はいないからな・・・まぁ


もともと頻度は少なかったからね」


「・・・結局、進展なしか・・・やっぱりこのまま突っ込むしかなさそうだな」


思っていた以上にドラゴン対策の情報を得られなかったことにケントは俯いてつぶやく。まだ痛む脇腹をさすりながらに考え込もうとした。すると。


「なぁ!ケント!ドラゴンを懲らしめたらもっと飯食わせてくれるか?!」


横からリューが活気に満ちた声で話しかけてきた。が、同時に腹の音が鳴っていた。


「あ、あぁ、いいけど。それより懲らしめるっていうか、殺しちゃダメだぞ。もともとは賢族だっていうなら話し合いでなんとかできないかと考えてたけど――」


「えらい!!」


と、突然、店主がケントを見やって声を大にした。


「ああなっちまったライヤードを、もう誰もが傭兵でも雇って始末するしかないと思っているところを――あんたは話し合いでときたか!気に入った!」店主のイタチ耳がピンと立ち上がる。


「え、あ、まぁ、それも一つの案として考えてただけで・・・」


「よぉし!だったら山越えする前にウチの飯をごちそうしてやるさ!そっちのお嬢ちゃんは限界っぽいしな?・・・あ、嫁だったか?」


「そうだぞ!」


「ちがうから!!」


腕まくりをしてニッコリと笑ってはケントら一行に料理を振舞ってやると張り切る店主。


そんな彼女の付け加えた言葉にリューとミカが続いて反応するのだった。

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