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第2章 最強の傭兵

第2章 最強の傭兵



「あはははは!・・・ふふふ!」

ミカは大笑いしていた。手にコンビニ袋を下げたままに、腹を抱えて目から少し涙までこぼしている。

 そんな横では、ケントが悄気返った顔でミカを睨んでいた。謹慎を言い渡され、「今日はもう帰れ」とまで言われて気が完全に滅入っていた。

どうしようもなくなって、仕方なく道場へ帰宅しようと事件現場から離れたところで、待ち構えていたミカと合流した。

そしてそこに、この大笑いである。ケントの意気はまた一段階ガクリと下がった。

「あははは・・・謹慎だって!なにそれ?タバコのバレた高校生かなにか?」

「――・・・人の不幸を喜ぶ奴め」ケントがボソリと言った。

そうしてひとしきり笑ったミカは、一度大きく息を吐くと。「やれやれ」と言った感じで頭を横に振ると喉がかわいたのか、コンビニ袋からペットボトルを取り出した。

 ミネラルウォーターだろうか、『禁断果実の天然水』とラベルが貼られており更には画がノート限定とのシールも貼られていて。そんな天然水をミカが一飲。

「・・・うぇ、なにこの味」

「おい」

すると天然水に文句たらたらのミカにケントが呆れ気味に声を掛けた。

「お前、なんでここにいるんだよ?」

「・・・あら、そんなの決まってるじゃない。スタアさんに会いに来たのよ」

少しだけ飲んだペットボトルの蓋を閉めると、ミカはあっけらかんとして応えた。

「式が始まったら、ゆっくり挨拶する暇もなそうだしさ・・・今のうちにちゃんと『おめでとう』って言ってあげたいのよ」

「・・・ふーん・・・暇なんだなお前」

ガスン!

ほぼ満タン状態のペットボトルがケントの後頭部を襲った。

「一時的無職のやつに言われたくないわ」フン!と怒った顔で言うミカ。

「・・・殴って当たり前な顔しやがって・・・」ケントは後頭部をさすりながらに呟いた。


 そんなやり取りに溜息のミカだったが、次には「そうだ」と思いついて手を叩いた。

「あんた今から帰るんでしょ?」

「そうだけど、なんだよ?」

「送ってってよ」ミカがニヤッと笑っていった。

「・・・送る・・・って?」

「だから道場まで送ってってよ。仕事の通勤に車なりなんなりで来てるんでしょ?――あ、もしかして電車通勤とか・・・まさか徒歩とか?」

「――・・いや、まぁ車、っちゃぁ・・・車通勤だけど」

渋るように言うケントだったが、ミカの「だったら乗せなさいよ」と強引な命令に渋々、車の方へと案内するのだった。



「・・・・・・うーん」

車に乗ったミカは唸っていた。

それもそのはず、ケントの言う車とはただの自転車だったのだ。それも、どこにでもある普通の自転車だ。よく主婦が使うようなタイプで前に籠が、後ろに荷物を載せる台座が付いている。そんな自転車の後ろに乗りながらにミカは、落ちないように台座を掴んでいた。

「思ってたのと違うんだけど」

「知るかよ!それより警官が二人乗りしているところなんて見られたら・・・謹慎だけですまないかもしれないんだぞ!」

ペダルを漕ぐケントが、辺りを気にしながらに自転車を運転し、道場へと向かって走っていた。

 できるだけ人目の付かない道を行き、ケントが額に汗してペダルを漕ぎ続ける。

「ちょっと街を離れると・・・ただの田舎ねぇ」

「魔法惑星も似たようなもんだったじゃないか」

ガン!今度はケントの後頭部に手刀が振り下ろされた。

「一緒にしないでよ!」

「だからいちいち殴るな!」

少しだけ振り向いて吠えるケント。ミカは後ろに乗せられているわりには遠慮がないように思えた。

「だいたい、お前がちょっとでも魔法を覚えてくれば早いんじゃないか?ほら、エールちゃんがやってみたいな」

「はいはい、それができたらもうやってまーす。ほらほら、漕いで漕いで」

「・・・開き直りやがって」

と、苛立ったケントは、なんとそこで急ブレーキを掛けたのだった。

キキーッ!

「ぎゃふ!」急停車の反動でケントの背中にぶち当たったミカ。

「ちょっと・・・!なんで急に止まるのよ!」

「もう、面倒臭い・・・降りろ」

「へ?」

すると、少々怒気の篭った声のケントにミカは表情をこわばらせた。

「なによ?怒ってんの?ここから歩いて行けって言う気?」

「いいから降りろ」

静かに言うケントに、ミカが「むぅ」と不満げな顔を見せると渋々、自転車後部から降りるのだった。

すると、それと同時にケントが両腕と両足を真っ赤なオーラで包み込んだ。

「・・・よっ、と」

そうしてそのまま片手で自転車を軽々と持ち上げた。そして――。

「ほれ、行くぞ」

「え?ひゃッ・・・!?」

ケントは、残った片方の腕をミカの腰に回した。

驚きと照れに顔の赤いミカを無視して、ケントはそのまま引き寄せると彼女を脇に抱えた。

「ちょ・・・待っ・・・!どこ触って・・・!」

じたばた暴れるミカだったが、ケントは既に遠くを見据えており、膝を曲げていた。

瞬間、自転車とミカを抱えたケントは両足に纏った真っ赤なオーラを残り香に、一気に地上高く飛び上がるのだった。


 「わわわ!」

先程までとはうってかわって余裕の無いミカが声を荒げていた。

視界が空高くから地上スレスレだったりと、もの凄いスピードで上下と前後に流れていく。まるでジェットコースーターのような感覚に陥ってミカは顔が青ざめていた。

「初めからこうすればよかったな」

しかし、そんな彼女を抱えたままのケントは、この行動に自ら肯定していた。

やがて、ノミのように跳ねゆく紅い点は、とある建物の前でピタリと止まると、その輝きを消し去ってしまった。

「よーし着いた!」

ケントは満足げに言って目の前の建物を見やった。瓦づくりの屋根が特徴的な我が家である。ソーン流武術道場の看板を確認しながらに自転車を降ろすと、そのまま抱えていたミカも手放した。

「・・・・・・ミカ、着いたぞ?」問いかけたケントだったが、返事がないのを不思議思ってミカの方を確認した。

 ミカは、地に手を付きぐったりとしていた。疲れきった顔見せて、目も焦点が合ってないように思えた。

「・・・どうした?あの水、そんなにまずかったのか?」

「あんたのせいでしょ!!」

まったく的を得ていないケントの言葉に、一瞬にして息を吹き替えたミカが怒涛の勢いで吠え返した。

 そうして、なんとか立ち上がったミカは大きく深呼吸をすると、ゆっくりと瞬いてケントを睨んだ。

「次やったら撃ち殺すわ」

素早くポーチから小銃を取り出すと、殺気に満ちた瞳を見せて銃口をケントに向けた。

それに、顔をひきつらせたケントはお手上げポーズで冷や汗を掻いていた。何がそこまで怒りを与えたのか理解できないでいたからだ。

と、そこへ。


「「ケントだ!」」

子供の声が響いた。

二人もそれに気付き、道場の方へ目をやると人間族とネズミ族の少年がこっちに手を振っていた。すると、それに続けて後ろからまた何人かの子供たちがやってきた。

「本当だ!」人間族の少女が言った。

「女連れだ!」コオロギ族の少年が騒いだ。

「ミカちゃんだよ!」それをリス族の少女が訂正した。

ワーワーと喚く子供たちを見てケントは、ニコリと笑うと「ただいま!」と告げて道場の方へと歩みだし、ミカもまたそれに続いた。

「ミカちゃん!」「ミカちゃん!」

「久しぶり皆、元気だった?」

女子には大人気ななのか、ミカは優しい笑顔を見えて、人間族とリス族の少女等に挨拶がてらじゃれていた。

 そんな光景にケントは、さっきまで「撃ち殺す」とか言ってたとは思えないと、頭で考えつつも口には出さず、そのまま道場の中へと進んでいった。


                  ※


 道場兼孤児園である我が家を奥へ奥へと進み、ケントは稽古場と札のかかった大きな広間に踏み入った。主に武術の鍛錬をする場であるのだが、半分は生活の場に侵食されて掃除道具や子供たちの玩具なんか散らかっている。広間の天井隅には後付な棚に乗った古めかしいテレビが置かれ、誰かが見ていた時代劇がつけっぱなしであった。

 その誰かは、稽古場のど真ん中で大の字になって大いびきを掻いていた。

「師匠・・・おーい師匠ー」

ケントは唸るようなイビキの猿族の男に声を掛けてみた。が、やはり起きる気配なく無作法に眠りこけるだけだった。

「師匠・・・!ソーン師匠!」こうなればと身体を揺すっては起こしてみた。

「・・・む。むむむ・・・ふぁ・・・なんじゃケントか」

どうやらなんとか起きたようで呟くソーンだがその目は眠気眼そのものであった。

「――・・・えらい早い帰りじゃな?」

「・・・・・・・・きょ、今日は半ドンなんだよ。それよりさミカが来てるんだ」

咄嗟に嘘をついたケントは、誤魔化す感じで次の話題を降った。すると、ソーンはその皺皺な顔をピン!と貼らせると、重たかった瞼を見開いて眼力を強めた。

「ミカちゃんが!どこじゃ?!」

「子供らと遊んでるよ。それでさ、スタア姉ちゃんに挨拶に来たっていうんだけど――姉ちゃんは?」

ケントは言いながらに辺りをキョロキョロと見渡した。どうやら姉弟子の姿は見えないようで首を傾げた。

と、ちょうどそこへ子供たちを引き連れてミカが稽古場へとやってきた。

「ご無沙汰しています、ソーン師範」

ミカは子供たちと手を繋ぎながらに、眩しい微笑みを放ち挨拶をした。

その笑顔にソーンは下心丸出しの顔で頷いたが、ケントは『他所行き』だなと、見破ってひとり呆れ顔を見せいていた。

「おぉ!ミカちゃん!よぉ来た!」

 そこへ老人の身のこなしを超えたソーンが、いやらしい顔のままミカに近づき手を伸ばした。だが、ミカはソーンから伸びる魔手の全てを払い除け完全なる回避を見せた。

「ししょーのスケベ!」「はりつけよ!」

「ぬおぉぉ!?」

今一度行動を起こそうとしたソーンだったが、なんと子供たちの抵抗(主に女子の指示)にあってその身を再び床に伏せられてしまったのだった

 子供らに取り押さえられ、もがく猿師匠だったがそんな彼の事情など無視してミカの問いかけが飛んだ。

「あの、スタアさんにお祝いを言おうと来たんですけど・・・」ミカもまたケントと同じように稽古場を見渡してみた。が、やはり彼女の姿は見当たらない。

「あ、あぁ、スタアなら今修行に行っておる――ま、これが最後じゃわい――あ痛たッ!」

子供らに何かされたのか師匠の語尾が強まった。

しかしその脇ではケントが「なるほど、またか」と小さく呟いていた。


「修行?――それって武術の?」ミカが問い掛けた。

「花嫁修業じゃよ」

「へ?」

 ソーンの答えにミカが目を丸くした。が、その直後。

「おい!裏庭に運ぼうぜ!」「さんせいー!」

「なぬ!?」

ソーンの身体が子供らの手によって神輿のように持ち上げられると、なんとそのまま道場の更に奥の方へと移動を始めたのだった。

「まて!待たんか!これ!尻尾を掴むんじゃない・・・!ミカちゃぁぁぁ――」

そうして断末魔のような声を荒げて、師匠は子供たちとともに裏庭なる場所へと運ばれてい行ってしまった。


「・・・・・・ね、ねぇ」

「聞きたいことはわかる」

稽古場に二人だけになってミカがケントに問いかけた。ケントは予想していたと頷くと小さな溜息を漏らした。

「花嫁修行ってあれでしょ?料理とか掃除とか難しい作法とか覚えるやつ」

「お前には無縁のものだな」

ガツン!!

一瞬にしてケントの鳩尾にミカの小銃の柄が埋まって、彼から呼吸を奪った。

「・・・がっ・・は・――お前は、隙あらば殴るのをやめろ」

「あんたが一言多いのよ」

フン、と怒った顔のままに小銃をしまうミカ。ケントも何度か咳き込んだ後で、話の続きをしようと息をついた。

「ゴホ・・ゴホ・・・あのな。まず最初に姉ちゃんが行っているのは正確には花嫁修行じゃない」

「なによそれ?」

「姉ちゃんは料理も掃除も作法も完璧だからな。修行する意味ないんだよ」

「じゃ、何しに行っているのよ?」

「全部断りに行ってるんだよ。それも、姉ちゃん真面目だから直接会いに行ってな・・・―――他の星にまで行くときだってあるんだぜ?」

それを聞いてミカは呆れた顔を見せていた。なんというか、結局はあのお猿師匠の巻き添えになっているのではと思えてしまう。

「スタアさんに同情するわ・・・」

「ま、師匠としては花嫁修業させることが、親代わりにできることだと思ったんじゃんないか?けど、姉ちゃんの武術の腕を知って腕試しを申し込むやつも――」

あれこれと姉弟子の苦労を聞かせようとしたケントだったが。

その時。

「おい」

二人の会話を割って、低い声が稽古場に響いた。

思いがけない事に驚いて声の方へと振り返ったケントとミカ。そして声の主を見た瞬間、二人共に顔をひきつらせて特大の疑問符を打った。

「あ、あんた・・!」

「ストログ!?」

目の前にはいたのは業界ナンバー1の傭兵ストログであった。

暗い色のコートに身を包み。カブトムシ族の特徴である先の割れた角を額に備えて、その修羅場をくぐってきたような鋭い目つきで二人を睨んでいた。

「何度か声はかけたんだがな・・・返事がないので上がらせてもらった。幸い玄関は開いたままだったのでな」

簡潔に、説明するストログだったが、ケントらが聞きたいことはそんなことではなかった。

「おまえ!なんだってこんなとこにいるんだよ!」

「そ、そうよ!」

「・・・・・・俺が用があるのはお前ではない」

するとストログはケントの方を一度見てから僅かにまたたくと、ゆっくりと手を動かした。そしてその手はそのままミカを指差した。

「お前だ、アージェナルド・ミカ・フェリア」

「ッ!?」

「わ、わたし――・・・!?・・・・・・・・・あ」

視線を尖らせたストログの言葉に驚くケントだったが、なぜだか横のミカは何かを思い出したように冷や汗をかき始め、声の音量も小さくなり始めた。

「ミカに何の用だ!?」「・・・ちょ、ケント・・・いいから――あの」

「副大統領の件の報酬がまだなんでな」ストログが『黙れ』と含みを込めて告げた。

すると打ち水を打ったように稽古場は静まり返った。吠えるケントを落ち着かせようとしていたミカは固まって、同時にケントは首を傾げた。

「・・・アージェナルド家に出向いたら、ここにいると教えてくれてな」

「・・・リーナスね」バツの悪そうな顔してミカが呟いた。

しかし、ケントは僅かだが止まって思考を働かせてストログがここにいることをなんとか理解した。簡単に言えば取り立てに来た。と。

「――・・・お前、まだ払ってなかったのか?」

「し、仕方ないでしょ!レッドパスの件で私が自由にできるお金、制限されちゃったんだから!いくらマケたからって傭兵の報酬なんてどのくらいすると思ってんのよ!」

「だからって放っておくなよ!こいつだって仕事なんだぞ!」

「あんたどっちの味方よ!」

「それに、それぐらい大統領に頼めばいいだろ!」

「親に『傭兵の代金払っといて♪』なんて、言えるわけないでしょ!」

いがみ合うケントとミカは段々と声が大きくなっていく。

「だいたいレッドパスのことはあんたとドリューの責任でもあるんだから、これはもうあんたのせいよ!」

「・・・ぐぬぬ、責任転嫁の上手い奴め」

それを言われると心苦しいケントは、一度口を噤んでしまった。そして、チラリとストログの方を見てみれば、やはりと言うべき苛立った表情を見せていた。

「なんでもいい、さぁ報酬を払ってもらおうか」

と、言いながらにストログは一歩、ズシリと二人に歩み寄った。まるで厚い空気の壁が押し寄せるようにプレッシャーがケントらを襲い息を呑ませる。

 ケントは、自分の持ち金を思い返してみるも脳裏に過ったのは儚い小銭が数枚で、同時に給料日前だということも思い返されて悲しくなった。

「・・・――な、なぁ・・返せないって言ったらどうなる?」

恐る恐る聞いてみたケント。しかし、その問の答えなのかストログはまた一歩、ズシリと歩み寄って殺気立った瞳で二人を睨んだ。

「――やり方は、いろいろある」

そうして小さく告げたと同時にストログは脅しのように拳の骨と首の骨をボキボキと鳴らせて見せた。

 ケントは、これはもう戦いは避けられぬと覚悟を決めて構えを取った。前に一度、港町で戦ったことを思い出し、そして敗北したことも思い出して更に悲しい気持ちになる。

できれば、拳を交えたくない相手である。なんとか回避する方法はないか。というよりも、ミカの未払いをどうにかすべきだ。

 と、考えるケントの横ではミカが何かを言いたそうにそわそわしていた。そして。

「わ、わかった!あんた、私が可愛いからって売り飛ばす気ね!?絶対そうよ!なにが抱かれたいカブトムシナンバー1よ!この変態カブト虫!ベストジーニスト!」

自意識過剰な部分も降り混ざり激しく言い飛ばして、ミカはストログに向けて銃を構えた。

だが、それにケントも、そしてもストログさえも無言で彼女を眺めるだけになっていた。

「――――俺、目瞑ってるから一発ぐらいならぶん殴ってもいいと思うぞ」

ケントがさり気なく提案したが、ストログは荒んだ目をして黙っているだけだった。

「な、なに言ってのよ!?あんたまさか裏切る気!?私のピンチなのよ!それでも警官なわけ?!」

「さっきはバカにしてたくせに、こんな時だけ警官のことを持ち出しがっって・・・!」

恨めしそうに呟くケントだが、もはやミカの勢いは止まらないでいた。

「なにぶつくさ言ってんのよ!ほら行きなさい!市民の味方でしょ!働きなさい公務員!」

「棘のある言い方する奴め」

応援なのか罵倒なのかよくわからない声を背に、ケントは覚悟というよりは諦めの境地で再び構えを取った。

「な、なぁ取引をしないか?組手をして、俺達が勝ったらここは一端引いてくれないか?時間があればミカには必ず金を用意させるからさ」

「・・・ほぉ。『勝ったら』だと?」

突然ケントの提案にストログはニヤリと笑った。

「そ、そうだ」「ちょ、ちょっと・・・」作り笑顔で頷くケントにミカが不安げな声で尋ねるとストログには聞こえないよう小さな声で話し始めた。

「勝てる見込みあるの?」

「ない」

「ッ?!どうするのよ?!」

「大丈夫だ・・・もう少ししたらラージ兄ちゃんが帰ってくる。兄ちゃんならなんとかしてくれるさ――だから『俺達』って言ったんだ。だから兄ちゃんが帰ってくるまで凌げればいいんだ」

小声で簡潔に作戦を伝えたケント。それにミカは渋った顔で頷くがどこか不安な気持ちが残ったままであった。

「よーし!決まりだ!!行くぞ!ストログ!!」

「・・・・・・・・・・」

そうして無理にでも張り切って声をあげたケントはパン!と拳を叩くと、全身に赤いオーラを纏わせた。ミカも戦闘が始まるのだと理解して、咄嗟にケントから離れた。

「その立派な角をへし折ってやるぜ!」

瞬間、ケントは真紅の弾丸となって飛び出した。

ストログに向けて猛スピードのケントの拳が迫る。ミカから見れば、まるで突風の如き所業である。そして、ほぼ奇襲に近い渾身の一撃はストログの顔面を抉る――

ヒョイ

――はずだった。


「ぃい!?」

ドカン!バキバキ!と大きな音を立ててケントは向こうの壁に激突すると、勢いのあまり壁を突き破りそのまま道場の外まで転がって行ってしまったのだ。

「ケント!!」ミカが叫んだ。

「・・・取引に応じるとは言ってはいない」

ほんの僅かい身を屈めただけでケントの攻撃を回避したストログは冷たく言い放った。

そうして仕切り直したように大きく息をつくと、改めてミカに視線を合わせた。

それに寒気がしたミカが急いで銃を取り出し構えをとった。

「こ、来ないで!来たら撃つわよ!」

「無駄だ。一度試しただろう」

初めて会合した海岸での出来事を思い返させてストログが言い放つ。

たしかにあの時ストログは傭兵の仕事でミカを狙っていた。そして危険を感じてミカはヒィアートを込めた銃弾を撃ち放ったのだが、結果はかき消されて終わるというものであった。

 しかしミカにはこうするしか対抗手段がないのだ。険しい表情を見せて銃口をストログに向け続けるミカ。

と、その時。

「・・・---ぁあああああ」

「!?」「へ?」

先ほど吹っ飛んでいったケントの声が外の方から聞こえてきた。それはどんどんと近くなてきて、次には吹っ飛んだ先からまるで逆戻しのようにケントが戻ってきたのだった。

だが、彼の身は自身の力で戻ってきたのではなく、まるで誰かに『放り投げられた』ようにもがいていた。

 ストログの脇をすり抜け、ミカの足元の床にぶつかったケントがそのままの勢いで稽古場を転がる。

 その光景にミカもストログも目を奪われていた。

刹那。一陣の風が吹いたかと思うと、ミカとストログの間に誰かが立っていた。

「なに!?」

「うぇぇ!?」

さしものストログも驚いたのか、ミカと同じになって声を上げた。

そこにいたのは長い黒髪を後ろで結った、きらびやかな着物姿の女性であった。凛とした表情と凍てついたような黒の瞳でストログを睨みつけると、まるで重力が増したように場の空気が一段重くなる。

「ス、スタアさん!!」

と、そこでミカが現れた女性の正体の名を叫んだ。

その声に、ピンと来たのか女性は表情を和らげると、くるりとミカに振り返った。

「あら?!ミカちゃん!来てたの?ケントが落ちてきたから何事かと思ったんだけど」

「は、はい・・・。結婚のお祝いを言いに――って!それどころじゃないんです!」

簡潔にここにいる理由を述べようとしたミカだったが、それよりも現状の打破を優先してストログを指さした。

「あ、あいつが!!」

「・・・あら?どちらさま?」

ミカが指さす方であるストログを再び睨んでスタアが問いかけた。その瞳は艶やかの中に冷酷さを秘め、麗しい表情の中にはどこか『怒り』を秘めていた。

そんなスタアと対面状態のストログは無言を貫き、警戒を最大限に強めていた。先ほどの接近がまるで気づけなかったのである。

自負しているわけではないがナンバー1の肩書を持つ自分が、感知できない程の身のこなしを持っているのだと、ストログはスタアを睨み返した。

そして、重苦しい空気を割くようにストログが口を開いた。

「俺が用があるのは、そこの――」

「こ、こいつ!道場破りです!!」

しかし、ストログの言葉はミカの咄嗟の嘘の前にかき消されてしまった。

「それでケントもやられちゃって、どうしようって思ってたところで!」

「・・・おい」

乗りに乗ったようにミカが次々に言葉を並べて、スタアに吹聴する。ストログが訂正の声を掛けようとするが、まったく聞かず。ストログを睨むスタアの目がだんだんと鋭くなっていくだけだった。

そうして。

「あなたがどなたか存じませんが――・・・この道場を傷つけることは絶対に許しません。どうしてもというのなら、私がお相手致します」スタアがギラリと睨みを強めて言い放った。

「・・・す、スタアさん、なんか怖い・・・」そんな背後でミカが肩をすくめて呟やいた。

 ミカとしては別にスタアをストログに焚きつけるつもりはなかった。とりあえずはストログを悪者にして一緒になって追っ払って貰えれば良いな、ぐらいの思いであった。それが、どうにも一戦交える気満々のようで、身を一歩後ずさりさせていた。


「あいたた・・・姉ちゃん、なにも投げなくても」

「ケント、私の薙刀をとって」

と、転がった身をなんとか起こしたところのケントにスタアの刺さるような声が飛んだ。

振り向きもせずに言う彼女に、ケントは一瞬にして背筋を伸ばして言われるがまま稽古場の隅に置かれていた木製の薙刀を手に取ると、そのままスタアへと投げ渡した。

パシ!と手元も見ずに薙刀を受け取って、スタアは綺麗な構えを見せる。本来なら道着でも着て行うものなのだろうが、着物姿で行うそれは独特で煌びやかな雰囲気を表していた。




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