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極限のリキシュ  作者: 小村周平
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白い獣その名は『ユキ』

今年初めの小説です。エログロありますが18禁にはならない・・・と思います。もののけロースさんの「肉食同居人」という小説からだいぶ影響を受けています。

 


 リキと呼ばれるちからがある。人間の中に眠る力で身に付ける事が出来た者をリキシュと呼ぶ。

 

 


 イドル大陸は乱れていた。今まで帝国がこの大陸を支配していたが、圧政に苦しむ民衆と差別されていた地方部族が反乱を起こした。


 戦乱の嵐は大陸全土に広がる勢いだった。



 そんなイドル大陸の西、ここにメルルという小さな村がある。辺境ながら軍馬の飼育は大陸の中でも1、2を争い、需要があり、賑わっていた。




 その夜、凄まじい嵐が村を襲った。雨風はもちろん雷も何度も落ちた後、一際大きな雷が「魔物の森」の中に落ちると嘘の様に嵐は過ぎ去っていった。


 夜が明けてもメルル村にはまだ霧が立ちこめていた。メルル村で一際大きなお屋敷・・・の敷地の隅っこにある倉庫に少年はいた。


 11、2才の少年だろうか。同年代の子供と比べると明らかに体重と身長が足りていない。髪の毛は癖っけのある黒で、肩越しまで伸びている。目も同じような黒だ。


 少年はその目をこすりながら寝床から這い出る。いや、寝床というにはあまりにもお粗末なもので地面に干し草を敷いただけである。部屋の中にはくわや干し草を拾う為のピッチフォーク等の農具が立てかけられている。小屋は農具をしまう倉庫なのだろう。


 昨日はすごい嵐だった。雷は何度も落ち、風も森の木々を根こそぎ持っていく勢いだった。


 そんな事を考えながら急いで仕事の支度を始める。少年に名前は無い。生まれたときから親の顔も知らず、引き取られた家では「あれ」や「これ」などと呼ばれており、誰も本名で呼ばない。


 少年はぼろぼろの衣服の上から体をばりばりかいて大きく伸びをすると、小屋を出た。これから馬の世話をするのだ。少年は動物全般が好きだった。特に馬は少年が最も愛情を注いでいる動物だった。


 必要な道具をもって、家族が住んでいる大きなお屋敷の前を横切り、馬小屋に向かう。


 お屋敷は少し小高い所に建てられており、馬小屋の近くには森がある。仕事に向かう途中にこの森を毎朝見る事になるが、少年はあまりこの森が好きではなかった。

 あそこには魔物が棲んでおり人を襲うのだと言う。だから村のみんなは森を「魔物の森」と呼んで忌み嫌っていた。


 その森を極力見ないように通り抜けようとした時、突然体に電気が走った。驚いて森を見る。



 普段から忌み嫌われた場所なので誰も近づかないのだが、その日は森の入り口付近に黒いコートを来た人が立っていた。


 村では見た事もない人だった。風はそこまで強く吹いていないのに、何故かコートがたなびいている。霧があるため遠くから姿を確認できないはずだが、何故かはっきりと姿が見える。そして立ちっぱなしで微動だにしない。呼吸しているかどうか、いや人間かどうかすらも妖しい。あまり見つめていなくない。身震いすると少年は可愛がっている馬の元へと足早に向かった。




 不気味な事もあるものだ、早く馬達の世話をしよう。そう思い、馬小屋をあけると彼は絶句してしまった。馬が一匹も居なかったのである。






「私の馬が消えただとォ!」

 目の前の巨漢の男が少年を殴りつけた。ガリガリの少年は宙を飛び背中から地面に叩き付けられた。


「ご、ごめんなさい。ゆ、ゆるして・・・っ。」


 少年が許しを請うが、巨漢の男はそれでも怒りが収まらず地面にへたり込んでいる少年に蹴りを数発、お見舞いした。少年は体を九の字にして耐えた。


 この巨漢の男は屋敷の主人であり、少年にとって養い親(やしないおや)であった。少年は下手に逆らうとその日のご飯にありつけなくなる事を知っていた。


 耐えるしかなかった。


 主人が怒りを少年にぶつけているとこの巨漢の主人の妻であろう女と息子が家から出てきた。


「えー、本当に馬消えちゃったの〜?」


 息子は地面に倒れている少年などまるで見えないかのように振る舞いながら馬小屋をのぞく。この家にとって馬の損失は重大な問題である。少年の安否等に気を払っている状況ではないのだろう。


「お前は馬小屋の管理をしっかりとこなしていない!今日は飯抜きだ!」

 巨漢の男にそう言われて少年は体をびくっと震わせる。昨日からろくに食べさせてもらっていない。その状況で飯抜きはもはや死を示していた。


「お、おねがいします。おねがいします。」


 許しを請うように、主人の足下にすがりつく。その様子を忌々しそうに眺め、足を払うと鼻をフンと鳴らす。


「でも、どうするのあなた。このままじゃあたし達の商売が成り立ちませんよ。大損だわ。」

 妻が少年に一瞥もくれず主人に話しかける。妻の目つきの悪さと額と口元のしわは彼女をよりいっそう老けさせていた。


「どうするもこうするも馬が勝手に逃げる訳はない。見た所、荒らされた様子がないから馬泥棒にしてやられたんだ。警察に届けてその泥棒から取り戻すしかない!」

 主人は怒声を上げて話すのでつばが飛ぶ。妻はそれを眉をひそめて聞いてわかったわと答えて下男を呼びつけ、警察に通報させた。


「お前達は夜中に何か見たり聞いたりはしていないか?」

 主人がイライラしながら周りに尋ねる。誰も何も聞いていないし、こんな状況の主人と長々と会話をしたくないため皆知らないと首を振る。



 しかし、息子が暗い森の所に何か見たかもしれないと、ぼそっと、つぶやいた。

「でも俺の見間違いだったかも・・・。」

 それを聞いて主人は眉をひそめる。息子の事を信じているのだろう。

「しかし、怪しい人物が居るのなら調べるべきだな・・・。」


「ねえお父さん?なら、『これ』に調べさせたらどうかな?」

 息子がすごく意地悪な顔をしてこっちを見る。この息子は少年が恐怖におびえるのが好きなのだ。




 息子はにやにやしている。あの森が危険な所だとよく知っているからだ。



「もし行って馬を見つける事が出来れば、飯をくれてやってもいいんじゃない?」


 主人が黄ばんだ歯をにやりと見せた。

「よし、お前が選べ。あの森に行くか。飯を抜くか。」



 少年は手に鍬を持って、森の入り口に立っていた。あの状況で断れない。「魔物の森」と呼ばれているこの森は、村の東側にあり、更にその森を超えた先に青色山脈あおいろさんみゃくという連なった山もある。


 


 後ろをちらりと振り向くと、あの息子がふんぞり返ってこちらを見ている。来ている服はほころび一つない新品で、色とりどりの刺繍や金色のボタンがつけられている。年相応よりずっと太っている体をその服は包んでいた。

 

 あの息子にとって自分の生死等どうでもいいのだろう。少年が最も残酷な方法で殺される事は彼の目には面白い見せ物としか写らないのだ。

 同い年という事もあり、いつも比較され馬鹿にされてきた。もはや逆らうという気力すらそがれていた。

 少年は暗い目をしたままゆっくりと「魔物の森」に向かっていった。



 森の中をおそるおそる歩いていく。何かにずっと見られている気がしてたまらない。


 物の数分歩いただろうか。どこからか腐った匂いがする。前に目を凝らすと、よく見かけた「毛並み」が見える。それは馬小屋でよくよく世話をした馬達だった。


 おそるおそる近づいてみると首だけを切り取られており、切断面から筋肉の束が赤黒く詰められているのが見えた。


 首は鋭利な刃物の様な物ですっぱりと切られていた。犯人がなぜ、どうやってこんな事をしたのか見当もつかなかった。


 死体の中に黒い毛並みをした馬がいるのに気づき、そばに寄る。

 少年は馬に手を置いて体をなでた。

 この黒馬は少年が世話をしていて特に仲が良かった馬だった。友達のいない少年はよくこの馬と話をして悲しさを晴らしていたのだった。

 

 その馬がこのような姿にされた事に悲しみと怒りが湧いてきた。



 

 地面を見ると血が点々と続いており馬の頭を持ち去ったのがわかった。馬を見つける、という命令をこなしたのだから、もう帰ってもいいだろうと思ったが、あの馬の事を考えると少しでも犯人につながる物を見つけたいという欲求が生まれた。


 怒りが森に対する恐怖を吹き飛ばした。少年は決心してこのまま前に進む事を決めた。


 血の跡を追って進んでいくといきなり開けた場所に出た。周囲の木々が何かになぎ倒されたかのようだ。

 





 ぽっかりと開いた空間の真ん中には白く、美しいけものがいた。子犬ほどの大きさで、狐のようにみえるが、定かではない。おそるおそる近づいてみるとその獣がひどく傷ついているのに気がついた。



 少年と獣の目が合う。



 瞬間、獣は飛び跳ねて警戒態勢をとる。だが、傷の所為せいなのか足下がよろついている。支えようと少年が右手を差し出すと、その手に噛み付いてきた。



 少年の手から血が流れ出し、痛みで顔をしかめるがそれでも優しく左手でそっと抱きしめて胸元に引き寄せる。胸元によせてもしばらくは暴れたが、重傷が獣の意識を奪ってしまったのだろう。すぐに大人しくなってしまった。




 その時、今朝も感じた不安を感じた。獣を胸に抱いたまま、そばになぎ倒されていた大木の裏側に隠れ息を止める。



 あの黒コートの男だ。朝見かけたときよりコートがぼろぼろだ。手に持っている物を見てあっと声が出そうになる。馬の頭だ。馬の頭のたてがみをつかんでいる。


 間違いない。この黒コートの奴が馬を攫い、頭部を切断したんだ。それが理解できた途端、一気に腰が砕けてしまった。先ほどの怒りの勢いはなくなり、体が恐怖に支配されてしまった。




 今見つかったら確実に殺される・・・。




 黒コートは窪みになっている中心に歩いていった。真ん中に来るとしゃがみ込み、手に持った馬の首をどさりと置いてその馬の首に手をかざした。すると、馬の首がかたかたと震えだし、首の切断面から、赤黒い血管がうねうねと這い出してきた。


 そのまま血管は触手のように這い回り、まるで足のようにのばし始めた。そして、まるで自らの意思があるかのようにそのまま村の方に向かっていった。


 黒コートはそれを見届けると馬蜘蛛とは逆に森の奥に引き返してしまった。


 

 大木の裏に潜んでいた少年は緊張が抜けて、一気に息を吐いた。



 

 来た道をいそいで戻り、森の入り口にたどり着く。てっきりいじわるな息子が待っていると思ったが、どこにもいない。


 息子を捜そうか迷ったが、このまま獣をほっとく訳にはいかない。早く治療をしなければ命も危ない状態だ。

 「お屋敷に戻れば、動物に使う薬も手に入るはずだ。」






 お屋敷に帰るともうあたりは真っ暗で周りは明かりが煌々こうこうと点いており、何故かこの時間でも忙しそうだった。



 少年はねぐらにしている物置にそそくさと向かう。獣はつらそうにしている。干し草と少々の布を敷き詰めた簡易ベッドを作り獣をそこに寝かせた。




 お屋敷では何故か、みんな慌ただしそうにあっちにいったりこっちにいったりしている。勝手に薬を使うのは禁じられているし、バレればただではすまないのはわかっている。しかし、少年はそのまま急いでお屋敷の中に入り、薬棚に向かう。


 薬棚には少年が望んでいた薬があった。そばにあった袋に必要な薬瓶を詰め込む。


「ちょっと聞いた?あの馬鹿息子まだ家に帰ってきてないそうよ。」


 少年が薬のある部屋から出ていこうとしたとき、角の所に使用人が二人おしゃべりをしていた。慌てて部屋に戻り隠れる。


「ほんと、いやね〜。その所為で私たちまで引っ張りだされるし。たまったもんじゃないわ。」

「はー、早く帰りたいわ。」



「おい、なにをしている!早く持ち場に戻れ!」


 突然主人がやってくるとさぼってる二人を叱りつけた。二人は突然現れた主人に驚き、小声ですいませんと言うと、急いでそのまま走っていった。


 主人と使用人は少年が隠れている部屋の前をどたどたと小走りで去っていく。


 どうやらあの息子が行方不明になっているらしい。どういう事なのだろう?少年が森に入った後、何が起きたのだろう?


 少し考えたがそれよりもあの白い獣の事が気になり、急いで部屋を出た。


 

 

 暗い物置で星の光が窓から差し込んでいる。その光が獣の毛に反射してとてもきれいだった。今さっき大好きな馬を失ったばかりだったが、その美しさが少年の心を少し癒してくれた。


 獣はこちらを睨んでいた。しかしその目すら美しかった。

「怪我の手当をしたいから、君にその・・触ってもいいかな・・・?」


 少年がおそるおそる尋ねる。そもそも言葉が通じるとは思わなかった。


 


 意外にも獣はそのまま目をつぶった。少年はそれを了承と受け取り治療を始めた。


 幸いにも動物の怪我については少年は詳しかった。怪我をしている場所に薬を塗り、包帯を巻いていく。時折、獣は苦痛に顔をゆがめてこちらを睨むが、少年の必死さを見て、何かを感じ取ったのか目を閉じる。


 治療は明け方まで続いた。全部が終わり、粗末な藁と布のベッドに獣を寝かせると、少年はその傍に横になった。




 それから一週間、お屋敷は地獄のようだった。お屋敷の使用人は皆、疲れ果てた顔をしていた。主人も奥さんも目の下にひどい隈をつくり、周りの人間に八つ当たりしていた。それをさけるため、みんな二人に近づかなくなり、それがますます二人のストレスを溜めた。


 その間、少年はゆっくり獣を癒していた。

 獣の傷は思っているより速く回復していき、ついに立てるようになった。



 

 

 怪我の回復に比例して主人はいつも以上に少年をいじめた。


 意味もなく拳を振るって少年を傷つけた。




 辛さは息子が消えて倍増したがそれでも、少年は耐えられた。

 

「お待たせ、今日のご飯だよ。」


 少年がご飯を持ってくると、獣は飛び跳ねんばかりに喜び、ふわふわの尻尾を足にこすりつけてきた。怪我の調子が良くなり、手厚く看病した甲斐があったのかとても少年に懐いていた。


「そういえば、名前を決めてなかった。うーん。そうだ真っ白いからユキって言うのはどうかな?」


 それを聞くとユキは尻尾を横に振った。それは了解の印だった。少年の顔に笑顔が浮かんでくる。

「ふふユキ、かわいいな。将来僕と結婚しない?」


 こんなのろけを言うとまるで言葉の意味を理解しているかのようにもっとうれしそうに尻尾を振った。少年は獣を抱き上げてほっぺたに優しくキスをした。少年の心はユキに夢中だった。






 五人の男達が森を探索していた。正直言えばここには入りたくなかった。

「おい、もうこんだけ探したんだ。あきらめていいだろう。」

 男の一人がおびえたように声を出す。がさりと音がする。全員驚いて音のする方を見るとそこには黒馬が顔だけを出してこちらを見ていた。





 

「おい、お前も来るんだ!」


 二週間たって主人はついに「魔物の森」の捜索隊を結成した。少年の話を聞いて、捜索していた五人の男達が一斉に森で行方不明になったのだと言う。


 少年は腕を掴まれて引きずられる様に捜索隊に入れられた。少年の後ろからユキが心配そうに着いてくる。ユキの怪我はもうほとんど治っていた。

「だめだよ。着いてきちゃ、今日はここにいなさい。」

 それを聞くとユキは寂しそうな声を上げた。 


 

 かり出された人達に緊張感が出てくる。全員、手には鍬や粗末なライフル銃を持っている。

 武装は最低限の保険だ。少年にもライフル銃を持たされた。



 全員森に入り、軍馬達が殺された場所に着いた。腐った軍馬の肉が腐敗臭を漂わせていた。


 村人達の顔が青ざめていく。少年もあのときの事を思い出して、恐怖で手足が冷たくなってきた。


「よし、ここから人数を分ける。お前達は東側を、そっちは西側を探せ。俺のグループは北側を探す。」


 てきぱきと割り振るとそそくさと皆動き出した。少年は主人と一緒のグループだった。


 


 歩き続けると段々生臭い匂いがしてきた。それもさっきの比ではない。


「一体このひどい匂いはなんなんだ?」

 匂いの元を辿っていく。




 赤い血だまりが見えた。そこには頭部のない村人の体が打ち捨てられていた。

 



 全員驚きと恐怖の声を出す。

 


「こ、これはどうしたんだ・・・?」


 村人達がおそるおそる近づき確認をする。やはり村人達の死体だった。


 皆が怯えていると木の葉のこすれる音がする。驚いて周りを見ると、見覚えのある村人達の顔が一本の木から枝が生えるように突き出されていた。


 不気味な事にどの顔もニタニタと笑っている。


「お、お前らいったいどうしたんだ。」

 捜索隊の一人が問いかける。

 するとそれに応えるように木の幹からその姿を現した。



 首から下はだらりと垂れた血管が幾重にも重なって一本の線になっており、顔の大きさに比べてその線の細さが異様だった。

 

 わしゃわしゃと奇妙な音がする。見たくもなかったが、どうやらその細い線のような体から横に突き出すように、びっしりと「足」のような物がついており、それが体を動かしているらしかった。その様は頭が人の顔になっている『人面ムカデ』だった。


「うああああああ!」


 村人の一人が悲鳴を上げた。それに答えるかのように、人面ムカデ達は一斉にこちらに飛びかかってきた。


 最初に犠牲になったのは一番近くにいた村人だった。彼は銃を顔に向けて発射した。その玉は顔面を抉りよろけさせたが、ひるませただけでその長い体を巻き付けた。


「い、痛い痛い痛・・・いあぎゃ。」


 体に巻き付くとその細かい「足」を使って肉に食い込ませる。そのまま「足」を首に巻き付けて引きちぎった。


 彼の頭は苦悶の表情をつけたままぼとりと地面に落ちた。次の瞬間、その落ちた首から人面ムカデ達と同じように体が出てきた。

 血でぬらぬらと光るその体を必死によがらせる。まるで牛の子供が足を震えさせながら立つように。


 その変化に一分も経っていないだろう。体の調整が終わったのだろうか、その顔には先ほどの苦悶の表情はなく狂気じみた笑顔が張り付いていた。



 恐怖に怯える少年とその目が合う。にやにや笑いで口が耳まで裂ける。


「に、逃げるぞ!」


 主人の声が聞こえて、少年も一目散に逃げ出す。元来た道を走っていく途中、耳をつんざくような悲鳴が森のあちこちから聞こえる。恐らくあの人面ムカデ達に襲われているのだろう。



 どのくらい走ったのだろう。少年と主人は村まで無事にたどり着く事が出来た。


「く、くそ。一旦町に戻って対策を立てる。くそ、あの化け物どもめ・・・!」


 息を荒げながら主人は悪態をつきよろよろとお屋敷に戻ると二階への階段を駆け上る。


「お前はそこで待ってろ!」


 主人に命令された少年は息をつこうと、柱に寄りかかった。


 背中に冷たい液体が張り付く。驚いて振り返るとその柱には血がびっしりとぬられていた。


「こ、これは!?」


 その途端、ぎゃーっと叫び声がする。驚いて二階に向かうとあの人面ムカデが廊下の先にいた。その顔はどれも見覚えがあった。なぜならば使用人や主人の妻の顔だったからだ。


 驚いている少年の足を誰かが掴む。


「お、お前、た、たすけ」


 主人だ。しかしその瞬間、妻が長い体を使って首をはねる。主人の頭がくるくると宙を舞い地面に落ちる。すかさず人面ムカデ達は足の一本を主人の耳の中に突っ込む。すると、主人の頭がひくひくと動き出し、先ほど見た村人のように変化し始めた。


 耐えられなくなった少年は逃げようとして後ろを振り向くが主人の手が足首を掴んだままだったのでこけてしまう。



 ムカデ達は一斉に少年に向かってくる。


 もうだめだ。そう覚悟した時、


「雑魚どもがリキシュに操られおって。」


 途端に、目の前の人面ムカデ達の体が見えない手に裂かれるようにバラバラに吹き飛んだ。見覚えのある顔がバラバラに吹っ飛んでいく光景は現実の物とは到底思えなかった。


 血のシャワーが頭の上から降ってくる。声がした方へゆっくりと振り向く。


 そこには真っ白な美女が全裸で立っていた。


 本当に頭の天辺からつま先まで真っ白だった。顔立ちは整っているが、目が狐の様に細く、黄色だった。そして不思議な事に少年はその目に見覚えがあった。


「大丈夫か?どこか具合が悪いか?お主が待っておれと命令したから待っておったが案の定ではないか。」

 

 その美女は少年に話しかけてきた。しゃべっている内容が一つも理解できない。


 少年の意識は次第に薄れていった。目の前の美女が心配そうな顔で自分を呼んでいるのが遠くで聞こえた。




 目が覚めるといつもの物置にいた。周囲を見回す。カビのにおい、小さい窓、粗末な干し草のベッド、いつもと何ら変わりない。


「そうだ、そうだよ。夢だったんだ・・・。」


 少年は安堵して急いで小屋を出る。寝坊すると主人に怒られてしまうからだ。


「おや、急いでどこに行くのだ?」


 小屋を出るとどこかで聞いたことのある声を耳にする。小屋の入り口にあの時の全裸の美女が立っていた。背はスラリと高く180以上あるだろう。髪の毛も露出している肌も何もかも白い。あの時と何もかも同じ格好だった。 

 

 あれは夢じゃない・・・?


 少年が混乱していると、美女は早足で近づいてくると少年を優しく抱きしめた。


「ふふふ、ずっとこうしたかった。」


 生まれたときから抱きしめてもらうなんて事は一度たりともなかった。いつも怒鳴られ、蹴られてきた少年は、初めて女性に抱きしめられて、ぬくもりに戸惑った。


 透き通るような肌が目の前いっぱいに広がっている。ああ、いや違う、そうじゃなくて、なんでこの人は自分を抱きしめているんだ?今までの事は全部夢じゃなかったのか?そう言えばユキをどこにも見かけていない。

 考える事が多すぎて、謎の美女に抱きしめられながら、しばらく硬直してしまっていた。


 その状況に敏感に察したのは美女の方だった。

「ん?ひょっとしてわしがわからぬのか?」


 整った眉根を寄らせると胸に抱いた少年の顔を覗き込む。少年は抱きしめられながらこくんとうなづいた。


「なんと!・・・むー。わからぬか・・・?。」


 少しいじけた顔になり、美女は迷った後、おお、そうだと何かに気づいたような顔をした。


「ほれ、これをみればわかるじゃろ!」


 ひょいっと彼女の後ろから白い尻尾が生えた。ふわふわのその尻尾に少年は見覚えがあった。


「・・・ユキ?」


 その答えを聞いて満足したかのように、にっこりと笑った。


「うむ、お主に怪我をいやしてもらったユキじゃ!」


 ど、どういうことだ。ユキはあの狐のような動物であって人間ではない。なのに今自分を抱きしめているのははっきりと人間の姿をしている。


 ユキの答えを聞いてもはっきりするどころか余計に混乱してしまった。


「あ、あのあれ?どういう事?」


 すると目の前の美女はにんまり笑って頷いた。


「つまりユキはお主の嫁になるということじゃ。」




 村中血みどろだった。見慣れた村の様子がこうも一変するかという奇妙な驚きを覚えた。壁には血しぶきが散り窓という窓は全て割れていた。足元にはたくさんの死体が折り重なっており、そのどれもが首を跳ね飛ばされていた。昨日は本当に夢ではなかった。そう思うと絶望感が心のなかにじわりと広がってきた。




 ユキは無人になった家から洋服を拝借していた。全裸でいいとユキがいうのだが、少年の目のやり場に困るからという説得でなんとか服を着てもらった。サイズが合っていないのか胸のあたりがきつそうだった。

 やっぱりあの狐のような動物がユキらしい。信じられないが目の前で何度か変身をするところを見せられたので信じるしかなかった。


 

「ユキさんですよね・・・?あの化け物達は一体なんなんですか。」


 ユキは胸のあたりが苦しいのか服を引っ張っている。


「あれか?あれはリキシュが創りだしたのじゃろう。」

 

「リキシュ?」

 聞いたことのない単語だった。

「うむ。リキという超能力の様なものを意識的に使えることの総称じゃ。」


「そのリキシュがなんでこの村の人々を襲うんですか?」


 

「さあのう・・・。しかし、そんなことどうでもいいじゃろ。」

 ニッコリと微笑み少年を見つめる。


「お主はわしの怪我を癒してくれた。優しくなでてくれたお主のことが好きになった。そしたら、結婚の申し込みをそちらから申し出てきた。わしは今とても幸せじゃ。幸せなのじゃ・・・。」


 うっとりと両手で顔を挟むと頬を紅潮させた。

「だのに、わしはまだお主の名前を知らない。わしは自分が情けない!」

 

「僕、名前がないんです。」

 

「何・・・?名前がない・・・?」

 

「はい、いつも『あれ』とか『これ』とか呼ばれてました。」  

 それを聞いてユキは愕然とした顔をする。


「なんと!それでは・・・それでは・・・お主のことをなんと呼べばいいのじゃ!?名前を呼べないなんて妻として失格じゃ!」


 またもや先ほど聞いた言葉を投げかけてくる。

「その、妻っていうのは一体なんでしょうか・・・。僕、その・・・分からないんですけど・・・。」

 オドオドしながら問いかけると、ユキは物凄い衝撃を受けたかのような顔をした。


「な、なんじゃと。ユ、ユキの事を嫁にすると確かに言ったはずじゃ!」


 そう言われれば、かわいがっていた時にそんなことを言ったような気もする。


「ユキはその言葉を聞いてどれほど嬉しかったか!それなのに・・・それなのに・・・ユキのぬか喜びじゃったのか!?」


 そういって地面に手を付いてしまった。少年は驚いてユキの側に駆け寄る。


「ご、ごめんなさい。僕、無神経なことを・・・。」


「ぐす、ぐす、ならば、ユキと妻と認めてくれるか・・・?」


 俯いて泣き始めるユキを少年はどうすればいいのか分からない。


「あ、あの、ユキさん。と、とりあえず、立ち上がってください。えっと、移動しましょう。あの怪物たちがまた襲ってくるかもしれません。」


 少年はどこか休めそうな場所を見回した。その時、

 

「お、おいお前、村はどうなったんだ。」


 前方から声がする。なんと主人の息子が立っていた。


 生きていたんだ・・・。少年が驚いていると、息子はずかずかと目の前にやってきて再度尋ねる。

「お前、聞いてるんだぞ!」


 近づいてきて分かったが、あの立派な服もボロボロになっており、頬もこけている。相当苦難を受けてきたといった風貌だった。



 息子は少年の服の襟を掴んだ。少年に詰問しようとしているらしい。しかし、その瞬間俯いていたユキの腕が動いた。


 息子の手首は宙を飛び、くるくると回転している。


「うあああああああ!?」


 息子がそう叫んだ瞬間、ユキの手刀が恐ろしい速度で首に辿り着いた。


 軽くあたったように見えたが音はその破壊力を物語っていた。肉と骨が軋みを上げているような音だった。


 息子はゆっくりと沈んでいく。足元に転がった彼は絶命していた。




 周りがざわつき始める。あの人面ムカデ達がそこら中にいた。どのムカデたちもニヤニヤと笑っている。


「ヤットミツケタゾ。『ハクビャク』。」


 その人面ムカデたちが取り巻くようにあの黒コートがいた。

「その名前でわしを呼ぶな。」


 静かな怒りで周りを威圧した。それを感じて少年は体を縮める。それに気づいたのか、すぐにこちらに振り返る。

「怖がるでない。ユキが側にいるからな。」


 そう微笑んだ。ユキは黒コートや人面ムカデ達がいないかのように振る舞い少年の身を案じた。先ほど人を1人殺したにもかかわらず、平然とした顔をしている。


「ユキさん、いま殺した・・・?」


 少年の頭は恐怖で真っ白になった。それでもまだ気絶せずに耐えられるのは今まで人の死を見過ぎたせいだろう。


「ああ、お主に手を上げようとしたのでな。ユキは偉いじゃろ?」


 まるで褒めてくれと言わんばかりに満面の笑顔であった。その笑顔に背中に悪寒が走った。人を殺すことをユキはなんとも思っていないのだ。まるで、アリを潰す感覚なのだ。怪物たちに囲まれた状況の中、目の前の美女が一番恐ろしく感じられた。


「・・・トラエロ。」


 感情の見えない声で黒コートが囁く。すると一斉に人面ムカデ達が襲いかかってきた。


 ユキは手を少年の腰に回すと、地を蹴って上空に飛んだ。通常の人間ならば頑張っても1メートル行くか行かないかだろうが、ユキはゆうに10メートルは飛んでいた。


 

「うわっ・・・。」


 一気に高いところに来たので意識が遠のきかけた。ユキはそれに気づいて、すまんなと謝って頭をなで、腕を水平にすると横に薙ぎ払った。目に見えない空気の刃が地面に群がっている人面ムカデたちを襲った。



 感覚が麻痺してるのが分かった。牛乳を毎朝運ぶおじさん、毎朝パンを焼いてくれたおばさん、見覚えのある顔が細切れになっても、もはや悲しみさえ感じられなくなっていた。


 


 腕の一振りで人面ムカデたちを全滅させて地上に降り立つ。そっと少年を下ろす。



 地面に辿り着いた瞬間を狙っていたのだろうか。黒コートの男が体からムカデの足を出して、突撃してきた。

「ヌオヲヲ!」

 声にならないくぐもった音を出しながらそのムカデの足がユキに触れそうになった時、

「森の時とはわけが違うぞ。」


 そう言うとユキは片手を凄まじいスピードで突き出した。黒コートはそれを避けようと体をひねるが、それでも間に合わず、突きを喰らってしまう。


 その途端体が爆発したかのようにバラバラに散らばった。


「ふん。ざっとこんなもんじゃ。」


 ユキの側から少し離れた場所で少年は怯えていた。

「のう?怖くなかったじゃろ?もう何も心配せずとも良い。・・・」


 ユキが近づく。


「こ、殺さないで・・・!」


 怖かった。人面ムカデ達から少年を助けてくれた時はまるで救世主のように感じたが、今はただの殺人鬼にしか感じられなかった。

「え・・・。」


 ぴたっと足を止めユキが今にも泣き出しそうな顔をする。


「なんでじゃ?ひょっとして、あの人間の子供を殺したことを気にしておるのか?ならば安心しろ。わしは今まで大勢の人間を殺してきたが、お主のことを殺すつもりは毛頭ない。」


 近づいてそっと少年を抱きしめる。少年はなすがままだ。


「お主のことが好きじゃからの。・・・確かにお主に最初に出会った時は、傷が言えたら殺そうと思ったのじゃが、お主がわしを優しく看病してくれて、胸の中に暖かいものを感じたのじゃ。わしに包帯を巻いてくれたじゃろ?冷たい体を優しく抱きしめてくれたあの時、お主の事が愛おしくてたまらなくなったのじゃ。だから、わしのことを嫌わないでくれ。お願いじゃ・・・。」


 さっきまでの殺気が嘘のように引いていく。ユキに抱きしめられて、少年の恐怖も次第に落ち着いていった。抱きしめられていると、母親の様に感じてしまう。いや、少年に母親の記憶はない。もし、自分に母親がいたらこんな風に抱きしめるのだろうと思ったのだ。



 その日の内に二人は村を離れた。お金はいくらか屋敷から失敬した。他に行くところのなかった二人は「魔物の森」を抜けて青色山脈に向かった。青色山脈の向こう側には首都『バルダン』そこにはこの大陸随一のお店がひしめき合っており、とりあえずそこに向かえば食べ物には苦労しないだろうと思っての行動だった。


 山を越えるとなると何日もかかるが、ユキの体力は人間とは全く違い、まるで疲れを知らなかった。


 少年一人ならば確実にもっと時間がかかっただろう道もユキがおぶってくれたおかげで、ずっと早く青色山脈の山腹まで来ることができた。

 その道中にユキと少年は色々と話し合いお互いを深め合った。少年はそのままだと困るのでユキが名前を決めてくれた。


「うーむ。名前か・・・。荘厳(そうごん)(いつく)しみ深くそれでいて誰からも好かれるようなそんな言葉がいいのう。」


「そうじゃ。スノウというのはどうじゃろう?ユキの別の呼び名じゃ。」

 うーむと長い指を額につける。

「スノウ・・・。・・・いいです。素敵・・・です。」


 その言葉を聞いたユキは嬉しそうに尻尾をくるりんと回した。



 3日ほどかかったが遂に青色山脈の頂上まで辿り着いた。頂上には山小屋のような宿屋があった。


「宿屋がありますよ。ユキさん、今日はここで泊まりませんか?」

「おお。お前様、ないすあいでぃあじゃ。」


 森のなかにいる間、ユキはスノウの事をかばいながら常に緊張していた。森のなかではいかなることが起こるかわからないからだ。だから眠るときはいつもスノウを胸に抱きしめてくれた。それはスノウは嬉しかったが、時々ユキが『夫婦の営み』を実行してくるので、それを防ぐのはなかなか至難の業だった。


「ユキさん、や、やめて・・・!」


 そういう時のユキはとても色っぽくなり白い頬を赤く染めて瞳が爛々と輝く。それを見るとスノウはあの村での惨劇を思い出してしまい、恐れてしまうのだ。すると、それに気づいたユキがとても悲しそうな顔をする。


「ならば、せめてこの胸にお前様を抱いてもいいか?抱きしめるだけでもよかろう?のう・・・。」


 これを断る度胸をスノウは持ってなかった。だから、毎晩ユキの胸に抱かれてスノウは眠った。


 スノウは別に性知識がないわけではない。屋敷の住人が世間話をするのを聞いていたので、そこそこエグイ話も知っていた。ユキに対する肉欲と恐怖と母親への憧れがスノウの胸の中でグルグルと渦巻いていた。



 今日はこの山小屋で眠れる。さすがにベッドまでは別々だろう。そう考えると少し安心した。ユキに対してみだらな気持ちを抱くのは非常に心苦しかったのだ。



 山小屋に入ると感じの良い亭主が出迎えてくれた。


「おや、お客さんお泊りですか?」

「うむ。部屋を頼む。」

「へぇ。分かりました。」

「一つで良いからな。」


 それを聞いてスノウは慌てて声を出す。


「あ、あの、二つで・・・。」

「む?何故じゃ?部屋は一つでいいじゃろ。」

「で、でも・・・」

「部屋は一つで良い。早くベッドに行こう。」


 そういうとユキはすたすたと行ってしまう。スノウは慌ててその後を追いかける。


 その姿を見ていた亭主が一瞬、顔を変える。

「・・・あの客は、いいな。よし、今夜はあの客を・・・」



 部屋は粗末であったがしっかりと綺麗に整えられていた。ユキはうーんと天井に手を伸ばす。高身長だから、手が届きそうだ。その後バタリとベッドに倒れ込む。


 スノウも備えられている椅子に座る。それを見ていたユキは起き上がり、自分の隣をポンポンと叩く。


「お前様。ここに座って欲しいのじゃ。」




「お前様は・・・。ユキと夫婦となるのは・・・嫌か?」

「え・・・。」

「元の姿に戻ってユキがお前様の求婚に答えた時、お主はとてもうろたえておった。やはり、嫌じゃったのではないか?」

「あの・・・ユキさんが白い獣の時に僕は冗談で言ったんです。まさかユキさんが言葉を聞けるとは思ってなくて・・・。で、でもユキさんのことが嫌いになったとかではないんです。ユキさんは僕の命の恩人ですから、その・・・夫婦としてはそのあまり考えてないです。ごめんなさい。」


 それを聞いてあからさまにユキは落ち込んだ。

「そうか・・・。では今までお前様には嫌なことをしておったのじゃな。」

 ベッドにコロンと転がって深い溜息をつく。

「・・・それでもわしはお前様のことを諦められぬのじゃ。それでも、お前様を思うと胸がズキズキするのじゃ。お前様・・・そんなわしを許してくれるか?」


 スノウはユキを子供みたいだと思った。体は自分よりも大きく得体のしれない力を持っているのに精神はまだ自分と似通っていると感じた。

 

「まだ僕も分からないです。ユキさんの事、でも、今の僕にはユキさんしかいません。だから、側にいさせて下さい。・・・すごくずるいと思うんですけど・・・。」


「・・・その答えはたしかにずるい。」

 ほっぺたをふくらませてユキは横を向く。

「もう寝よう。お前様明日もいっぱい歩く。」

「はい。お休みなさい。」


 

 夜中スノウは目を覚ました。嫌に体が温かいなと思ったら、ユキが手と足を自分の体に絡ませて寝ていた。

「と、トイレに・・・。」


 そう言ってユキを起こさないようにベッドから降り、部屋を出る。山小屋のトイレは外に設置されている。扉を開けると満天の星が空に散らばっていた。張り詰めた山の空気が肌に触り心地よかった。

 そのままトイレに向かおうとした時、スノウは後ろから何者かに襲われた。


「うっ!?」


 後頭部に重い一撃を受けたのを感じる。そのまま何も抵抗できずスノウは意識を失ってしまった。



「よし、後はあの髪の毛が白い女だ。好きにしていいんだよなぁ。ぐへへ・・・。」



 気が付くとそこは薄暗い牢屋の中だった。周りを見渡すと自分と同い年くらいの子どもたちが首輪を付けられていた。


「気がついたのか。」


 その子どもたちの集団の一人に声をかけられる。

「ここは・・・?」


「ここは人買いたちの棲家だ。」


「人買い!?」


「ああ、その様子じゃお前さらわれたんだろう?」


「や、山小屋にいて一人になった時、後ろから・・・。そ、そうだユキさんは!」


 スノウが立ち上がろうとすると自分の首からつながっている鎖が動きを邪魔する。


「やめとけ。ここから出ることはできない。」


 ジャラリと音のする鎖はある一箇所に繋がれており、他の子供達も同じ所に繋がれていた。

「・・・ぶっとい鎖だ。引きちぎれない。仮に引きちぎれてもこの檻を抜けることができない。」


 暗い顔をしている。その少年を尻目にスノウは鎖を肩に担いで引っ張り始める。しかし、やはり思っていたとおり鎖のつないだ輪っかはびくともしない。それでも、歯を食いしばってもう一度引っ張る。


 それを見ていた他の子供達はスノウの事を怪訝な表情で見ていたが、次第にその熱意が周りに伝播していった。


 一人が立ち上がりスノウの横に立ち鎖を引っ張り始めた。そうしてもう一人、もう一人と立ち上がる。


「お、お前ら本気かよ?」


 皆一生懸命鎖を引っ張る。その時つなぎとめている鎖の輪っかにヒビが入る。


「!お俺もやるぞ!」


 文句を言っていた少年も参加する。遂には全員一致団結して鎖を引っ張っていた。顔を真赤にして、鎖を握りしめる手からは皮が剥がれ血が滲んでいたがお構いなしに引っ張った。


 ばぎぃと鉄のひしゃげる音がして、遂に鎖から開放された。


「やったぁ!」


 全員喜びの声を上げる。


「お!おい!何してやがるんだ!」


 見張りの男がやってきて檻を開けるが子どもたちはもう捕まる気はないという顔をしていた。皆、手にした鎖を男に投げつけて相手をふんじばり、首輪を外す鍵を男から奪った。


「さあ脱出しよう。」


 檻の外は洞窟を長く掘った作りだった。壁には松明があり、その光が岩肌を光らせていた。

 しかし、その先には大きめの広間があり、そこには何人かの人さらい達がいた。ここを抜けなければ出口にはたどり着けない。

「今は夜かな?」


 隠れて様子をうかがいながらスノウはつぶやく。

「さあな・・・。そういえば、お前名前聞いてなかったな。なんて言うんだ?」

 ないよといいそうになったが自分に名前があったことを思い出した。


「スノウ。」


 噛みしめるように言う。ユキのことが心配だ。


「スノウか。いい名前だな。俺はスパークだ。」 


 お互い頷きあう。そして大声を上げて人さらい達に突撃していった。

 気まぐれだけど続きます。他にも書いてるのでよろしかったらそちらも温かい目で見て下さい。

 ご意見ご感想があればぜひお書き下さい。

 後「肉食同居人」という小説からだいぶ影響を受けていますがオマージュですから、だ、大丈夫なはず・・・。怒られないかな?


 と、ともかく今年もよろしくお願い致します。

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