第五章第三節
忍者だけに効力がある水晶は俺には利かないが、俺はそもそもナオト以前にジーゴさん以下の強さしかない。
苑子はジーゴさんをあっさり倒したし、翔子はこの前こそ苑子にあっさり負けたものの、本気で戦い合えば、おそらく互角に近い戦いをするだろう。
だから、翔子もジーゴさんやあの手の人たち相手なら束になっても勝てるだろう。
そんな翔子の攻撃をひれ伏させたナオトをどうにか出来るわけがない。
例え苑子が助けに来ても敵わないだろう。
だけど──。
「ま、話は後だ。先にこいつ食ってからだ」
ナオトはそう言うと、俺のシャツのボタンを外して手を中に──。
どんっ!
俺はナオトを突き飛ばした。
抵抗なんて無駄かもしれないが、このまま抱かれるのは嫌だ。
「おいおい、これだからチェリーは困るな」
ナオトはほとんど意に介さないように笑う。
それこそ、これから犯してやる女が無駄な抵抗をしているのを嘲笑するような態度だ。
俺はまさにその女の役だ。
「すんません、マジで無理です。俺、女としかこういう事出来ません」
「へっ、一回やりゃ、男の方がいいって分かるんだがよ。まあいい、そういう態度は好きだ。こういうのは暴力じゃなく、権力で落としてえ男だな」
ナオトは意地悪く口端を吊りあげる。
「おい、こいつが俺に抵抗したら、その女可愛がってやれ」
「なっ!」
「え?」
その女ってのは、もちろん翔子だ。
翔子はナオトに絶対服従を誓っているから、犯されろと言われたら、なすがままに犯されるだろう。
あのお嬢様が、年下の女の子が、俺が抵抗したら抵抗も出来ず犯される……!
「さて、どうする? あの女が可愛がられるのを見物するか、てめえが愛されるのをあの女に見てもらうか、どっちか選びな」
ナオトの顔が愉悦に歪む。
くそっ! なんて卑怯な奴だ!
あの翔子を、あのお嬢様を、こんなところで凌辱させるわけには行かないだろ!
俺に選択肢はない、それを分かってあえて選ばせてるんだ。
こうやって色々な奴を屈服させて来たんだろう、今更俺が足掻いたところで無駄なのかもしれない。
くそっ! しょうがない、俺が愛されればいいんだろ?
苦痛に歪む顔を、ナオトは楽しそうに見ていた。
「待って……くださいっ! 私を犯せば四谷さんが許されるなら、私を凌辱してくださいっ!」
「翔子?」
翔子が、自ら志願する。
「こ、これは、忍者同士の問題。関係のない四谷さんを巻き込むわけにはいきません!」
翔子は思いつめた表情で、声も震えている。
絶対嫌に決まってる。
女の子が見知らぬ男に凌辱されるなんて、望むわけがない。
それなのに忍者だという使命が、無理やり気持ちを奮い立たせている。
いいのか?
年下の女の子に、そんなこと言わせていいのかよ!
「いや! 俺が──」
「ただし!」
俺が自分を志願しようとすると、泣きそうな声の翔子が続ける。
「最初は四谷さんにしてください! 最初は、好きな人がいいっ! 後は好きにしていいですから……!」
懇願するような、翔子の声。
聞き方によっては告白にも聞こえる。
だが、この状況の中の次善を選択したんだろう。
翔子からすれば凌辱されるのは絶対嫌だ、それは相手が俺だって同じはず。
だが、この見知らぬ誰かを初めての相手にするくらいなら、ある程度面識があって、そこそこ仲のいい俺が相手の方がマシって事だろう。
「はあん……?」
俺がそんなことを考えている間に、ナオトが翔子に向かって歩いて行った。
「おい、こいつを押さえろ」
ナオトが命令すると、周囲の男たちが、翔子を羽交い絞めにする。
そして、ナオトは動けない翔子の鳩尾にハイキックを打ち込んだ。
「ぐぅぅっ!」
翔子が、何かを吐いた。
身体を折り曲げて苦しんでいるが、後ろから男に押さえられているので、倒れることも出来ない。
「てめえ、人の愛人に手ぇだそうって、いい根性してんじゃねえか」
ナオトが、怒り気味の声で翔子に言う。
「……だって、私の方が、あんたより何倍も四谷さんの事を好きだ──ぐふっおえぇぇっ!」
ナオトは今度は拳で、翔子の鳩尾を殴る。
翔子が、口の中から何かを吐き、床に落ちていく。
「けっ、やっぱ傍流じゃ、これが限界か。ま、本気で反抗する奴でもない限り抵抗も出来ねえし十分だがな。反抗する奴は、こうして──」
「や、やめろ! 分かった! 分かりました! 俺がやられるから!」
一方的に殴られる翔子を見かねて俺が叫ぶ。
「ふん、命拾いしたな、愛人がああ言ってるから今回ばかりは許してやる」
ナオトはそう言い捨てると、俺の方へ戻ってきた。
「さあて、てめえを好きだっていうあの女に、俺たちの仲を見せつけてやろうぜ?」
そう言って、顔を寄せてくるナオト。
抵抗は、出来ない。
俺はその場に寝かせられ、ナオトがそれに覆いかぶさった。
「四谷さんっ!」
翔子の声も、なぜか少し遠くに聞こえる。
ナオトの唇が、俺の頬や首筋を攻め、右手が俺の下腹部を愛撫する。
くそっ! 言うだけあって……うまい。
全く嫌悪感を抱けないまま、俺はシャツのボタンを外されていた。
「おら、力を抜け」
言われるまでもなく、俺の力は抜けていた。
ああ、これから起こる痴態を、翔子に見せなきゃならないのか。
女を知らないまま、男に犯されるくらいなら、もっと女の子に積極的になっておくんだったな。
俺はなんであんなに消極的に、女の子から積極的に求愛されてたのに、手を出すところか逃げてたんだろうな。
くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!
ナオトの唇が徐々に俺の唇に近づき、右手が、股間に──。
「そこまでです!」
そんな時、なじみのある、声が響いた。
「某のおやかたさまに対する凌辱、赦さないです!」
姿は、見えない。
「ぐっ!」
黒い何かがナオトに襲いかかり、交錯後、ナオトが背後に退く。
黒い、真っ黒な影が、俺とナオトの間に立ちはだかる。
黒い忍者装束を来た、おそらく女の子。
苑子……か?
苑子だ、俺を好きって言ってくれる女の子だ!
女の子が空から降って来た!
この時の俺がおかしかったのは認めよう。
男に迫られて、受け入れかけていて、なんかちょっと感じてしまってて、それが物凄く悔しくて──。
交戦中の味方に一番しちゃならないのは、それを妨害することだ。
だが、それでも俺は、苑子に後ろから抱きついた。
「苑子ぉぉぉぉっ!」
「え? きゃっ!」
俺は脇の下から手を入れ、細い腰を抱きしめ、肩と首の間から、顎と頬を付けた。
ああそうだよ! ただの性欲の衝動だよ!
それ以外何でもねえよ!
相手が苑子ってのが後から自殺ものの自己嫌悪になりそうだ、とは思う。
だが、これは、仕方がないんだよ!
そう、あれだ、砂漠で喉が渇いて死にかけてる奴なら、動物の小便でも喉を潤したいって思うのと同じだ。
人間の尊厳より優先すべき欲求が、俺を駆り立てているだけだ!
大丈夫、苑子なら許してくれる!
あああああ! いい匂いだな! 女の子の匂いだ!
柔らかいなあ! 女の子の身体は柔らないなああぁぁぁ!
俺は苑子にこちらを向かせ、その胸に、顔を埋めた。
そうだよこれだよ!
苑子も女の子だよ!
ないと思ったら結構やわらかいよ!
心臓の音が聞こえてきそうだよ!
「うぉぉぉぉっ!」
「ああんっ! ちょっ! んっ!」
苑子、結構成長したなあ!
身長だってかなり伸びてるし!
俺は苑子の胸の中で深呼吸をする。
「ちょっ! 景冶!?」
女の子の香りが!
女の子のいい匂いが!
……あれ?
俺はちょっと冷静になる。
えーっと、俺はまあ、苑子はいつも近くにいるから、苑子の身体から発する匂いって、分かってるんだけど……なんか、ちょっと違うような?
そう言えば背も高いし、これ翔子以上の身長じゃないか?
……あと、今こいつ、俺の事「景冶」って呼ばなかったか?
俺は、恐ろしくなって顔を上げる。
そして、覆面だが真っ赤な顔の推古と目が合った。
忍者の忍び服の覆面で、目の周りだけが見えるようになっているが、そこだけ見ても真っ赤だ。
その表情は、何かを観念したような、少し虚ろな目をしていた。
「推……古?」
その事実を自分で口にして、俺は混乱する。
あれ? なんで俺の親友がこんなところにいるんだ?
しかも忍者装束着て?
あ、そう言えばさっきナオトが百地家がどうの言ってた。
って事は、推古って忍者だったのか?
「景冶ってば……慌てん坊だな……」
俺が呆然としている間に、自分を取り戻した推古が、真っ赤な顔のまま、そう言って俺を押しのけた。
「この代償は、後で請求するよ。今はそれどころじゃないからね」
そして、おそらく、苑子が戦っている方へと走っていく。
……まずい、俺、親友の胸に顔埋めてた!
ああああっ!
俺と推古の友人関係に大きなヒビにならなければ……って無理だろ! 俺、推古を女として見ない事で今の関係が成り立ってたんだから、この時点で崩壊してるよ! 終わってるよ!




