第四章第四節
「なんとか……勝てた……」
そこに、翔子が戻ってきた。
満身創痍、とまでは行かないが、明らかに戦った形跡がある。
体力の限界が近いように荒い呼吸を繰り返して肩が揺れ、ふらふらの身体は、壁にもたれていなければ立っていることも出来ない。
染みひとつない白い頬に二本の赤い線があり、そこから赤い血が流れている。
服はところどころ破れており、ブラウスはリボンどころかボタンもいくつか飛んでいて、白い姿態が見え隠れする。
え? あのおっさん、この子とやりあったのか?
「大丈夫か、翔子?」
俺は翔子に肩を貸す。
「はい……少し……休めば……」
翔子の頬の傷を拭いてやり、苑子のベッドに寝かせる。
「……なあ、苑子、お前服部家継いだ方が良くないか? あのおっさん、こんな女の子に怪我させるようなクズだぞ?」
「父上だって藤林家の首領です。本気を出せばこんなものではありませんよ。多分手加減をしたのだと思います」
「だとしてもだ、翔子をこんな目に遭わせたのは事実だろ? それに娘をこんな目に遭わされたら、こいつの親父だって黙ってないだろ?」
「某と翔子がよく喧嘩しているので、その延長だと考えると思います」
「いや、子供の喧嘩に親が出ちゃ駄目だろ」
「大丈夫です、向こうもよく出てきますから」
「忍者って……いや、まあいいや。大丈夫か、翔子?」
「はい、何とか……あ……」
翔子は起き上がり、ブラウスがすべてを隠しきれてない事に気付き、前を押さえる。
「苑子、安全ピンか何かないか?」
俺は目を反らしつつ、苑子に聞く。
「危険ピンしかありません」
「どんなピンだよ?」
「手榴弾のピンとか」
「……知らないようだから教えてやるが、日本の法律では手榴弾を所持出来ないんだぞ?」
「知ってますよ?」
「だろうな! だったらそれを守れ!」
「冗談です」
「今、お前が泣くほど痛がる拳骨の作り方を思い付いた。試してみるか」
「安全ピンはこれです」
全く、最初からおとなしく出せよ。
「ほら、とりあえずこれで留めておけ」
「ありがとうございます」
俺が安全ピンを渡すと、翔子は片手でブラウスを押さえながらそれを受け取り、ちらちらと俺を見ながらそれでブラウスを留めた。
いや、俺だって一応はそのくらいの配慮できるから見てるわけじゃないけど、目端にでも俺が見てるのが気に入らなかったのかもな。
「ふふん、翔子はまだまだですね。某はおやかたさまになら見られても平気ですよ。ただ、おやかたさまが見てくれないのです」
何だか誇らしげに、かつ翔子を上から目線で批判してるようだが、それは単に露出狂だ。
「そう……可哀想に。苑子だってすぐに大きくなるから大丈夫。お月さんだってすぐ来るわよ」
だが、翔子は同情の目線からそう答えた。
多分苑子に魅力がないから俺が見たがらない、と解釈したようだ。
「ぐぬぬぬ。翔子はちょっと大きいと思って生意気です。某の方がお姉さんなのです!」
さっき姉上とか言って抱き付いたとは思えない。
「うんうん。分かってる。分かってるからさ」
翔子の方はも同情の目線以外で見ていなかった。
なんだかんだ言って優し子だよな、翔子って。
「むんがー! おやかたさま! 某の裸を見るのです。全裸です。ふんどしもなしです!」
矛先が俺に来やがった!
しかもワンピースを脱ぎだしやがったので俺は止める。
「まあ、落ち着けって。そう簡単に男に見せてもいい安い身体じゃないだろ?」
「おやかたさまだからです! おやかたさまなら全部見られてもいい!」
「落ち着いて冷静になれ。そうだな、俺だってお前の裸は見たいさ。だがな、そう簡単に見せて欲しくないな。男はあえて見たくても見ない。女はあえて見せない。そうやって男は女に惹かれていくんだよ。見せろって言って見せる女は、もう底が見えてるから魅力的でも何でもないんだよ。分かるな?」
俺は少し興奮している苑子の目を見て、ゆっくりと話す。
「つまり、おやかたさまは、某より翔子に魅力を感じるのですか?」
「いやまあ、恥ずかしがってる女の子は魅力的ではあるけど……」
俺が言うと、翔子は恥ずかしそうにうつむく。
まあ、出会った時の苑子もだから可愛いと思ったんだよな。
まさかこの短期間でこうなるとは思わなかった。
「男ってのは、ガードの堅い女の子を落とす方が熱中するもんなんだよ。脱げって言う前に脱ぐような女には情熱は注がないもんなんだ」
「ふむう、それならばもう見せません。見たら目潰しです」
「極端すぎだ!」
苑子は、上げていたスカートを下ろす。
「それでは、ふんどしもやめた方がいいのですか?」
「いや、それは個人の価値観だからさ」
「ショーツ穿いた某と、ふんどし穿いた翔子ではどっちが魅力ですか?」
「え? いや、その……」
俺はそう言われて戸惑う。
女の子の下着なんて、男から見えるもんじゃないし、どうでもいいっていえばどうでもいいんだが、その、見えないところに何を穿いているかってのは一つのミステリアスな神秘と言えなくもない。
苑子のショーツ、まあ、普通っていえば普通だ。
翔子にふんどし。
この、苑子が絡まなければ清楚で淑やかなお嬢様が、ふんどし。
…………。
それは、その、あれだ。
いろいろと、想像してしまうよな。
「ふんどしですね。分かりました」
「いや、何にも言ってないから!」
「ふんどし……」
「いや、翔子! 言ってないから! そこで退かないでくれ!」
俺は少し後ろに下がった翔子に言う。
「あ、いえ! 退いてませんから! ちょっと変な趣味だなって思っただけで」
それを退いたって言うんじゃないのか?
まあ、そんな感じで翔子も交えて三人で話をして、長いデートを終えた。
「婿殿」
そろそろ帰ろうかと下に降りると、親父さんに呼び止められた。
「何ですか……って、顔ボロボロじゃないっすか」
親父さんは翔子以上に怪我をしていて、あれから結構時間も経っているので体力は回復しているし、服も着替えているのだが、顔だけは隠せていなかった。
「ちょっと奇襲に遭い、不覚にもやられた上、発行直前まで漕ぎ着けたカードの書換えを余儀なくされました」
「書換え?」
「『ふんどし笑子』を『ふんどし某子』というポニーテール忍者に……全力で抵抗したのですがままならず……」
「いや、そこはもっと抵抗しましょうよ」
「何しろ『ふんどし笑子』は苑子の発案。絶対に実現させたかったのですが」
「犯人あいつか! 同情して損した! て言うか、抵抗の理由がおかしい! 娘の提案通すことより娘が世に晒されることに抵抗しましょうよ!」
まあ、翔子の仕返しは苑子への当然の仕打ちだろうとしても、このおっさんはおかしい。
「望月家の刺客に、抵抗すると婿殿が弁当を食さないと脅され、苦汁を飲むしかありませんでした……」
「いや、俺が弁当食べないのと、娘のふんどし姿晒すのと、優先順位考えましょうよ」
「もちろん弁当ですが?」
「そんな当たり前みたいな表情で言われても」
仮にも本家から預かった娘だろ。
……まあ、本気で色々突っ込みたいが生憎、今日はもう体力がない。
まあ、苑子と翔子の問題だし、苑子は自業自得だし、最悪このおっさんがひどい目に遭うだけだし、いいか、
「で、何ですか?」
「これを、婿殿に託したいと思います」
親父さんは俺に巾着のような袋に入った何かを手渡す。
「婿殿になら、これを託してもうまく使っていただけると思います。苑子がどの方向に進もうとも、これを使って二人で問題を解決していただきたい」
親父さんは深々と頭を下げる。
最低の親父さんだが、この時の態度には真摯さがあり、俺はそれを受け止めるしかなかった。
「分かりました。お預かりします」
俺は、それを受け取って帰宅した。
中にはなんだか水晶が入っていた。
澄んだ水晶は、アクセサリをつけられそうな金具が付いていた。
これってなんだか由緒正しきものなのか?
よく分からないけど、託された以上、持ち歩いていることにしよう。
それとは別に、新品のふんどしが三着入っていた。
桜色で、苑子が時々フンチラする時のと同じ色だ。
捨てようかと思ったが、ちょっと高級そうな生地なので取っておいた。
その夜、昼にメアド交換した苑子と翔子から写メが届いた。
二人ともその日の夕飯で、どうも二人がそれぞれ作ったようだ。
女の子の間では、夕飯を写メで送り合うってのが流行ってるのか?
ちなみに翔子のは「今日の夕飯は私が作りました。もっとうまくなりたいです><」と書かれていて、唐揚げとサラダ、後スープの夕食が並んでいた。
お嬢様かと思ったけど、食べてるものは結構庶民的だな。
苑子の方は「私が単独で作りました。最近は母上も手伝ってくれません」と書かれていて、結構繊細な創作和食っぽいメニューが並んでいた。
こんなもんが作れるのに何でいつもあのおっさんの弁当食わせてんだよ。
あと、ラブレターの時も思ったけど、苑子って文章の時は「私」なんだな。
とりあえず「これは本気でうまそうだ。ぜひ今度食べさせてくれ、いやマジで」と、送って、作ってきたそれを褒めて、親父弁当を静かに廃止させるようにしよう。
よし、送信。
あ、間違えて翔子の方に送ってしまった。
……まあ、貶してないからいいか。
俺は再度苑子にメールを送信した。




