第一章第一節
放課後、俺が学校の中庭を歩いていると、ふんどしが暴れていた。
うん、まあ、何言ってるか分からなくても仕方がないと思う。
俺も何言ってんのか分かってないからな。
まあでも、とりあえず一言で表現するならそうとしか言えない状況が目の前にあるって事だ。
落ち着いて状況を確認してみよう。
俺が毎日通るここ、中庭は結構木が多く、林に近いような状態になっている。
その中庭は、裏門への近道で俺が下校で通る道として毎日利用している、いわば見慣れた風景が続いている。
見慣れた木々があって。
見慣れた枯葉があって。
見慣れた倉庫があって。
見慣れないふんどしが……。
俺はその見慣れた風景の中の違和感を二度見した。
そりゃ二度見するだろう。
三度でも四度でも何度も見て、最後は凝視するって!
うん、もちろんふんどしが暴れてたってのはあくまで象徴的な言葉で、俺特有の詩的表現だ。
この事象を説明しようとして、まずその目に入ったふんどしが目に入ったからだ。
そこにあるのは桜色の鮮やかなふんどしと、それを着用している人間の胴体があった。
足首を縛られた逆さ吊り状態になっていて、それがうちの女子の制服を着ている。
だからスカートが逆さに垂れ下がっていて、中の下着が丸見えになってて、それがふんどしだったって話だ。
片足首を引っかけているのはロープのような何かで、その女生徒の制服を着ているのはうちの学校の女子と見ていいだろう、学校の中庭だし、見えている太ももの白さとか背格好の小柄さとか、ポニーテールにしてる髪の長さとか。
あと、まあ、小柄で幼児体型ながら、そこかしこに女の子っぽい丸みもあるしな。
それに時折「ふんぬっ! ふんぬっ!」と起き上がろうとするかけ声をかけている声の高さからも女の子だ。
あー、うん、俺だって紳士とは言えないが、男子として一般的な常識というかマナーはある。
女の子と分かっていながら、下着が覆っている股間を凝視するって事がどれだけ礼節を欠いた行為だって分かってはいる。
だけど、だ。
俺はそのふんどしを凝視してしまっている。
これが普通の女の子パンツなら凝視するどころか、こっちが恥ずかしいので目をそらすだろう。
だけど、ふんどしなのだ。
男である俺ですら着用したことはないし、誰かが着用しているのを見るのもこれが初めてだ。
女の子が、しかもうちの女子が、こんなものを穿いているのを見てしまえば信じられなくて凝視もしてしまう。
いや、俺は兄弟姉妹いないし、女の子のスカートの中を見たことなんてないんだが、俺の知る限りで女子の間にふんどしが流行ってるなんてのは聞いたことがない。
俺の知らないだけで、もしかすると学内のあるクラスとかある学年という小さな単位でふんどしが流行っているというのも否定は出来ない。
俺も女友達はいるが「今日どんな下着着けてるの?」なんて聞いた事もないし、聞いたら一週間は口をきいてくれなくなるだろう。
だが、ふんどしブームはおそらくどこにもないと思う。
ふんどしって俺の常識が確かなら、それは古来から日本男児のための下着とされ、西洋から下着が入ってくるまではみんなこの下着を穿いたいたはずだ。
あー、うん、女性ものの下着でふんどし並に細いセクシー下着があることは知っている。
だけど、それじゃない。
そんな代物じゃなく、真っ白な布を腰に巻いて、後ろから股下を通して前に垂らす、あのふんどしだ。
その光景は、凝視すればするほど、冷静になればなるほど混乱する光景だった。
時々疲れたようにだらん、と下がるがまたすぐにじたばたする。
えーっと、女の子、だよな?
周囲には誰もいない。
誰もこの子を助けてくれそうな人はいない、俺以外。
助けようとは思うのだが、ふんどしの女の子がじたばたしてうごめいてるシュールな光景を、俺はしばらく眺めてしまった。
助けた方がいいよな?
スカートの女の子が逆さ吊りだもんな。
俺はもしかして、壮絶ないじめの現場にいるのか?
女の子が学校で逆さ吊りにされるだけで壮絶ないじめだが、更にパンツを脱がされてふんどしを穿かされて、それをここを通る全生徒に見せているって事だ。
下着は見せるものじゃない、特に女の子なら尚更だ。
この子のふんどし姿を周囲に晒すことで、この子がふんどしを穿いていることを周囲に認識させる。
明日からこの子が普通のパンツを穿いて来たとしても、それを見せて歩くわけではないので、周りはこの子の下着は毎日ふんどしだと思う。
そういう、もう登校拒否か転校するレベルのいじめに遭っているのか?
そう思いつつも、俺はしばらく呆然と助けもせずそれを眺めていた。
エロ心からじゃない。
いや! それが全くなかったと言えばそれは嘘になるが、その、あまりの現実離れした光景に、どうすればいいか対応に困ってのが正しい。
だが、困っているようだし、このままほっとけば俺以外の奴らもここを通るだろう。
いじめかどうかは知らないが、女の子が下着丸出しで晒されているのは事実だ。
ふんどしと言っても、この子の下着であることには違いない。
それを俺に見られているだけでも恥ずかしいだろうし、他の奴に見られる前に助けないとな。
「なあ」
とりあえず、状況が分からないので、その子に声をかけてみる。
あれだけ凝視しておいてなんだが、一応紳士的に後ろを向いてふんどしを見ないようにした。
「…………っ!」
俺の声で、じたばた暴れていたその子がびくん、と身体を揺らした。
あ、ここまで近づいてたのに気付かなかったのか。
でも、返事がない。
とりあえず、この状態で事情を聞くのもなんだ、まずはどうして欲しいか聞こう。
「下ろして、欲しいか?」
話しを聞くために、あくまでそのために、なるべくふんどしを見ないように、その子に聞いてみる。
この状況の説明が欲しいが、まず、落ち着いて話を聞くためには下ろしてからの方がいいだろう。
だが、もしこの子が好き好んでこの宙吊り露出プレイを楽しんでいるなら、それを邪魔するわけにはいくまい。
ふんどし下着の宣伝中のデモンストレーションの可能性がゼロでは……いや、さすがにゼロか。
「……っ! ……っ!」
女の子は必死にぴょんぴょんとポニーテールを揺らしながら頷いた。
下ろしては欲しいんだな。
ならばと、その宙吊りになっている足首に引っかかっているロープを確かめる。
ワイヤーだと思っていたそれは、縄だった。
縄の反対側を見ると、木に引っかかっているのだが、その先に鉄の金具がついていた。
登山用具? いや、それよりも忍者が塀を登るときに使ってたような、縄を編み込んだ代物だ。
足首をどうにかしようとするより、金具の方を何とかする方がましだ。
幸いこの子は体重も軽そうだ。
俺は片手でその子の足首を持ちあげてロープの緊張を解き、うまく木に引っかかっている金具を落とした。
そして、今度は女の子の方を脳天から落とさないように身体を抱えて脚から下ろした。
暴れていた女の子は大人しく俺に身を預ける。
最後に、足首に絡まっていた縄を解き、その子のものかどうか分からないけど巻いて返してやった。
「…………」
女の子はおずおずとそれを受け取り、それを胸に抱いて俺を見上げる。
俺も、初めてその子の顔を間近で見た。
それは、可愛い子だった。
ポニーテールの似合う、おとなしそうな、だが、少し目の端が上がっており、たぶん小さなころから黙ってると怒ってるように思われるタイプの子だろう。
小柄で、うちの高校の制服を着ているが、中学生だと言われてもなんの違和感もない、そんな幼い雰囲気のある女の子だ。
だが、白い肌と、少し大きめの目と、小さな口が、人形のように綺麗で、俺は一瞬、人形を助けたのか? などと、ありえないことを考えてしまったくらいだ。
「あー……」
俺は、どきどきした自分を抑えるために、深呼吸をして、事情を聞こうと口を開きかけた。
「…………っ」
すると、女の子がダッシュで逃げ出した。
「あ、おい」
追おうかとも思ったが、追う理由もないため、その後ろ姿を見送った。
まあ、そりゃあ、足から宙吊りになった状態を見られたら女子として恥ずかしくて仕方がないだろう。
しかも下着がふんどしだ。
そういえば感謝の一言もなかったが、そんなことを求める程のことはやってないし、女の子の気持ちも分からなくはないので、俺はそのまま忘れようとそこを去った。
だが、俺の心の中ではあのふんどしはなかなか忘れられるものではなく、少しでも油断すると思い出し、クラスの女子を見ただけでも思い出し、もしやこいつもふんどし? などと考えてしまい、しばらく忘れられなかった。




