害悪
人格が消えようと、逃げようと、潰されようと
生物として生まれてしまった、故に生きることを決して諦めない。
生存本能に従ってこの身体は生きていくためにどんな手段でも使ったに過ぎない。
その手段の一つが人格の形成。
正しくは、人格を形成"し続ける"こと。
特別なことはない。誰だって成長していけば中身が変わっていく。
赤ん坊のまま成長することは、普通ありえない。
人間には知性が溢れているのだから…
「……」
電車から降りて数歩先の光景は知っている光景だった。
そこは駅前。電車から降りたのだからそれは当然の結果である。
それだけならば
(…行くべき場所は、あそこか)
有川湊の行くべき場所。
本人は理解していた。始まりの場所が終わりの場所であることを
今までの経験を無駄にしないために
今までの時間を無駄にしないために
彼はもう、歩みを止めない
「-------あら、湊。どうしたの?そんな顔して」
「…お袋さんか」
歩んだ先にあるスーパーの近くで見知った顔に声を掛けられ足を止めた。
いつも後ろで長い黒髪を紐で結び、その姿は体育教師を連想させる明るい女性
お袋さんこと、有川明梨
(…思えば今までこの人を直視したことなかったな)
ここに来て初めて母親の顔を見て、そうとだけ思う
それ以外は特に思わない。思いもしない
「そんな顔ってのは、どんな顔をしている?」
「そうね~、普段より前向きな姿勢っていうのかな。ちゃんと真っすぐ前を見てる感じがするわ。顔は辛気臭いのに」
僅かだけど覚えのあるその一言多い口調
ああ、確かにこの人は有川湊の育て親だと実感する。
「…そうか」
「そんな貴方なら協力を申し込めるわ~。今日こそネギ嫌いの千里においしいネギ料理を食わせてやりたいのよ~。口裏合わせ、お願いできる?」
両手にぶら下げたエコバックを前に突きつけながら彼女はそう言った。
湊は少しの間恍けた顔をして今までとは比べもにならないくらい穏やか声で返答する。
「ああ、分かった」
その声を聞いて嬉しそうに明梨は笑う。
笑う顔は誰かに似ていた気がするが―――
「そう!なら貴方もこれ持ちなさい。今日はビールの特売日だったからこっちのバックは重くてね~。これも全部お父さんのせいだわ」
前に突きつけた腕を下ろし、反対に持っていたエコバックを前に出してきた。
さっきのように突きつけてこないあたり、本当に重いのだろう。
湊はそのエコバックにゆっくりと手を伸ばす。
その姿を見てさらに嬉しそうにする母親
「―――――――……ゥッ!!!」
だがその顔は一瞬で破顔する。
「…ィ…ナ…!!」
伸ばした手はバックへ行かず、彼女の、有川明梨の喉元へ手を掛けていた
「……」
湊は何も口にしない。
何も話さない。
けれどその手の平は次第に力を強めていく
「ど…う……ぃて…」
「―――」
ほんの少しだけ、湊は小声で何かを呟く。
しかし、その呟きと同時に力の加減に容赦がなくなり―――
「―――…ァ―――…ガァ…―――ッ!!!!」
……何かが折れる音は、しなかった
ただ、感覚で伝わってくる。
実感が湧いてくる
"「有川湊」が、育て親「有川明梨」を絞殺した"
その事実を受け入れたところで湊は手から力を抜き、
地面に死体が横たわる。
「……」
――――――湊は最後まで彼女に対する言葉を掛けなかった
ただ冷ややか目をして再び目的の場所へと向かうおうと体を反対に向けた時…
「―――……おい、何やってんだよお前」
そこには見知った男性が呆気に取られた表情を浮かべていた
(…この人は知っている)
知っている、見知っている
この人が優しい心を持っていることを
この人が家族を本気で愛してくれていたことを
「湊!お前何をしている!!」
それこそが有川勝一。
例え血が繋がってなくても、最後の最後まで湊を信じてくれた育て親だ
その彼が湊の肩を掴み問いただしてくる
当たり前だ。今目の前で妻を子に殺されたのだから
意味が分からないだろう、理解出来ないだろう
「明梨に恨みでもあったのか!?嫌いだったのか!?…なあおい何とか言えよ!!何でお前はそうも簡単に人を殺せる!!!!」
簡単に、人を、殺せる…
その理由はたった一つだけあった
故に問い返す
「必要だからだ」
「―――…ぇ」
気づけば湊の右手には刃渡り15㎝以上のサバイバルナイフが握られていた
有川勝一の腹部に刺さっているナイフを
「…なん…で…。お前…ぁ…」
刺されたことに驚愕し、勝一はその場に崩れ落ちる
出血は止まらない。止まるはずがない
それは有川湊が突き刺していたことを実感させるのに十分な証拠だった
「言っただろう」
腹部に刺されているナイフを湊は喋りながら抜き取り
「必要だから、殺したんだ」
刹那
右手に握られたナイフは勝一の喉を一閃に駆け走る
「――――ぁ」
鮮血が宙を舞う
夕焼けに照らされ、反射し、気持ち悪くも綺麗だと感じる程の不気味さを持ちながら
その血と共に映る湊を見ながら、有川勝一は呆気なく意識を失った。
そしてそれは誰がどう見ても確実な死であることを証明しながら……




